(参)

 野盗やとうの襲撃から二日後、無事、耀秀ようしゅう達は邑洛ゆうらくへとたどり着いたのだった。だが、


「ボロボロだね」


「うん、ボロボロだ」


 僕のつぶやきに、龍清君も同調する。おそらく、昔は立派だったのだろうが、今は、ボロボロ。いや、ボロボロという表現は、正しいのだろうか?



 邑洛。如親王国の王都、北府ほくふに次ぐ大都市。その名に相応ふさわしい威容いようを誇る。城壁の高さは、7じょうしゃくすん(約18m)。東西に、およそ十里(約4.2km)。南北に、およそ九里(約3.8km)にもわたる城壁が連なっている。



 しかし、所々ところどころ城壁は崩れ。しかも、それが木の板で補修されていたり、さらに、城壁に穴が開けられ、そこに木の扉が取り付けられてもいた。


 その木の扉の前には、かなり密集して家々が色々な材料で建てられ、小さな街が形成されていた。貧民街といった所だろうか? だが、活気はある。昼時なのもあるが、家々からは煙が立ち昇、子供達が、家の周りを走り回るのも見えた。


 これらの街は、邑洛を取り囲むように複数あった。北府では見た事はない。おそらくだが、何らかの理由で城壁内に住むことが出来ない者達や、どこからか流れて来た者達が作ったのだろう。


 そして、住む者達が野盗になったのか。野盗が、そこを守る為にいるのかはわからないが、それらの街は、野盗の巣窟そうくつにもなっているだろう。


 そして、それらは放置されているのか平和そうだった。邑洛の兵では、取り締まれないのか。それともそもそも取り締まる気も無いのか。それは、分からなかったが。



 耀秀達は、東門から街へと入った。城門は開きっぱなしだし、城門の上には、城楼じょうろうもあるのだが、兵士はやる気が無いのか。ぼーっとたたずんでいるのみだった。



 大通りを進む。城内も活気があり、大通りには、出店でみせも出ており人通りも多い。だが、一歩入った裏通りの脇道をのぞくと。通りには、ごみが散乱し異臭を放っており、人の姿も見られなかった。


「大通りは、活気あるのにね」


 耀秀のつぶやきに、龍清は、


「人が潜んでいるよ。しかも、かすかな、殺気がある」


「えっ。人が潜んでいるの?」


「うん。数人だけどね」


「そうなんだ」


 耀秀は、目を凝らして薄暗い脇道を見るが、人の姿は見えなかった。だけど、龍清君が言うなら間違い無いのだろう。


 人が潜み、入って来た人間や近づいた人間を、負傷、あるいは殺してお金を奪う。そういう人がいるのだろうか? 僕は、裏通りは、通らないように誓った。それに、城壁、周辺にも近づかない。命は、大事にしないとね。





 隊商たいしょうは、耀膳ようぜん商家しょうかに到着すると、解散となった。耀秀と龍清は耀膳にお礼を言おうと探したのだが、耀膳は北府から運んで来た品物を、蔵や、店内に運び込む指示をしていた。



「坊っちゃん。少々、お待ち下さい。おい。違うぞ。それは、その蔵ではない。もう一個奥の蔵だ。その品物は、店内だ。急いでくれよ」


 等と、指示を出していたが、一段落すると、


「申し訳ありません。お待たせしました」


 すると、耀秀が、代表して、


「耀膳さん。お世話になりました。おかげで無事に邑洛に到着出来ました。ありがとうございました」


 耀秀が頭を下げると、龍清も合わせて頭を下げる。


「いえいえいえ。逆でしょう、それは。お坊ちゃまと、龍清様がいたからこそ、無事に到着出来たのですよ。ああ、そうでした。そう言えば、護衛の方々のお礼に、今日の夜は、えんもよおすのですが、一緒にいかがですか?」


 えっ! 宴か。どうしよう? 僕は、龍清君をちらっと見るが、何故か、目をキラキラと光らせていた。


 確かに16歳になって、お祝いの席などで、少したしなむようにはなった。しかし、そんなに量は、飲めないし、味も。濁酒だくしゅは美味しいと思うが、昔酒せきしゅはきつい。さらに、清酒せいしゅなど、もってのほかだ。


 それに。あまり、若いうちから飲むと良くないと、思うけどな〜。





 ビュッ、ビュウ、ブーン!


「よっ! 龍清の坊っちゃん。見事!」



 とても大きな広間の真ん中では、すでに目が座った龍清君が、少し赤い顔をして飾られていた木剣を振っている。それを見てはやし立てる。護衛の人達も、同じように赤い顔をしていた。


 やれやれ。


 耀秀は、目の前に置かれたはいを上げて、口へと運ぶ。ほのかに香る、米の香りと、ねっとりとしたやや甘い濁酒の味が、耀秀の口内を支配する。耀秀はゆっくりと濁酒を、楽しんでいた。


 まだ一杯目、三分の一程が、残っていた。だが時間もまだ半刻はんこく(約1時間)も、経っていない。だけど、出来た大量の酔っぱらい。だけど、まあ、良いか。旅も終わったんだからね。



 時間の経過と共に、座は酔った者達と、下戸げこや、それほど飲めない者達で、別れていった。そして、耀秀の周りにも、数人が座っていた。


 そこでは、護衛の人や、隊商の商人が、今まで経験した、旅の話をしていた。話は、ここから中原道ちゅうげんどうを進み、北河ほくがを渡河した先にある、泉水せんすいまでの話や、遠く、西京さいきょうまで及んだ。



 耀秀も興味深く聞いていた。西京の旅は、船で如親王国の王都北府をたち、呂国ろこく天港てんこうで、河船かわぶねに乗り換え、北河をさかのぼり泉水へ、そこから泉国せんこくを通り、さらに条国じょうこくに入り、途中、運河を通り西京への長い船旅の話だった。


 条国は、最近、代替わりし盛んに領土拡大をしているという。血気盛んな王らしい。名は、条烈ジョウレツ。これからどうなっていくのだろうか?



 一方、泉水への旅は、ここ邑洛から中原道を通っての、街道を通る陸上の旅だった。しかし、かなり大変なように聞こえた。途中の街等を支配する、様々な豪族ごうぞく。そして、街道に勝手に関所等を設ける、野盗等。様々な勢力下を進む。


 支配勢力にお金を払い、守ってもらいながら、敵対勢力に襲われない事を願い進む。とてもじゃないが、商人としても割りに合わないそうだ。


 だから、如親王国による統治を期待しているようだが。


「まあ、無理でしょうね」


 とその商人さんは言う。さらに、護衛の人も、


「ああ、やる気、無いしね」


 どうも、つい先日も、この邑洛の近くの丘に勝手に砦を作った野盗を討伐しようとして、負けたそうだ。


「駄目ですね。たった200名の野盗に、500名の兵士が惨敗」


「それは、凄いですね。優秀な軍師でもいたのでしょうか?」


 耀秀は、目を輝かせて聞いたが、


「いや、野盗の頭目とうもくに兵を率いていた、屯長とんちょうが一撃で殺されたそうだよ」


「強いんですね」


「ああ、名は確か……。が、がい、なんとかだったかな?」


「はあ」


 がい、なんとかでは、何も分からなかったが、面白い話を聞けた。龍清君とどちらが強いかな? 少し酔ってきた、耀秀はそう思った。





 翌日、耀秀は、目をますと、横を見る。隣にも寝具が、置かれていたが綺麗なままだった。


 耀秀は、寝具を片付け部屋を出ると、龍清を探した。龍清は、大広間でそのまま寝ていた。護衛の人達の多くも、同じく寝ていた。


 耀秀は考えた。確か達人って寝ているように見えて、警戒していて攻撃を回避するんだよな。龍清君も、もしかして。


 耀秀は、昨日龍清が振っていた。木剣を拾い上げると、龍清へと近づく。そして、軽くだが振り下ろした。すると、


「痛てっ!」


 龍清君に、木剣がまともに当たる。そして、龍清君は、慌てて飛び起きて周囲を見回す。


「あっ、耀秀君。おはよう」


「うん。おはよう」


「ごめん。もう起きる時間だった?」


「う、うん。そうかな?」


「ん?」


「……」


「……」


 龍清君と、僕は無言で見つめ合った。気まずい……。





「ハハハ。そうだったんだ」


「ごめんね。龍清君」


「いや、俺の方こそ期待に答えられなくて、ごめん」



 その後、耀膳さんの屋敷で食事を食べつつ、耀秀は、さっきの出来事を、龍清に説明していた。


 特に、龍清君も気にしていないようだったが、


「そうか。酔って寝ちゃうと。完全に無防備になるのか……」


 ちょっと、悔しそうだった。そして、それ以後、龍清君は、感覚をます事も、訓練として行い。それ以後、耀秀に不意をうたれる事すら、なくなっていった。



 そして、食事後、耀膳、そして、護衛の人々と別れを告げ、いよいよ、邑洛にある軍官学校へと向かったのだった。





「ようこそ。邑洛へ。わしが、校長の臥良がりょうじゃ」


 学校に到着すると、数名の本日到着したであろう、自分と同じような新入生数名が案内され、校長室へ。すると、校長先生が出て来て挨拶されたのだ。


 臥良先生。年の頃は、五十代後半から、六十歳くらいだろうか。手には、羽扇うせんを持ち、文官の着るような、真っ白の漢服かんふくまとい、頭には綸巾りんきんと、いかにも軍師という格好であった。



 そして、この臥良先生は、かなりの有名人であった。数年前までは、如親王国で軍の参謀筆頭である、長史ちょうしをつとめ、如親王国の版図拡大に貢献していた。それが、突然解任されて邑洛の軍官学校の校長に。


 それ以降、如親王国は、じわじわとその支配地域を縮小させているのだ。


 なぜ、辞めさせたのだろうか?


 噂では、功績を妬んだ同僚に、讒言ざんげんされたとも、国王陛下に、忠信し不興ふきょうを買ったとも言われていたが、真相は不明だった。



 だけど、耀秀にとっては、幸運な事だった。優秀な、実戦経験のある、軍師から直接、教えを受ける事が出来るのだ。


「よし、やるぞ!」


「ホホホ。元気ですな。耀秀君だったかな?」


 耀秀は、つい、校長室で大声をあげ、慌てて謝る事となった。


「すみません」

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