(弐)
「あらためて、おめでとうございます。そして、気をつけて行ってください」
「ありがとうございます」
耀秀は、私塾の先生に邑洛の軍官学校への出発の挨拶をしていた。
先生の名は、
肖像画などで見る、かつての英雄、趙武にそっくりだった。意識して似させているという事はそういう事なのだろう。
「私の家系は、
大趙帝国の皇帝も混血が進み、現在は、黒髪黒眼の皇帝が、十何代も続いているそうだ。なのにである。
先生の家系は、その大趙帝国の家系の、分家の、分家の、分家の、そのまた分家の……。という感じで、分け与えられる土地も無く、如親王国に流れて来た家系なのだそうだ。だから、趙の字は名乗らず? 名乗れず? 長の字なのだそうだ。
そして、
「能力的にも、趙武にそっくりだったら、良かったのですが」
いや、先生は、子供達とはいえ。武術に、戦術学、戦略学、用兵学など幅広く教える事が出来る能力を持っていた。だけど、飛び抜けた能力ではなく、仕官には
「本当に、気をつけてくださいね。
「大丈夫ですよ。同行してくれる隊商も、見つかりましたし、それに、龍清君も一緒ですから」
「そうですか。だったら、良いのですが。では、今後の活躍を期待しておりますよ」
「はい」
こうして僕は、先生に挨拶をすると、龍清君や、隊商との合流予定の、
「龍清君。お待たせ」
「燿秀君。僕も今来たところだよ」
いや、絶対に嘘だ。
僕は、龍清君と合流すると、共に邑洛へと向かう隊商を探した。
出発する前に、ちょうど良い日程で、邑洛に向かう隊商がないか探したら、たまたま、ちょうど良い日程で邑洛へと向かう隊商が見つかったのだった。とても運が良い。その時は、そう思っていた。
だけど。ん? その隊商は、
「父上かな?」
僕は、ポツリと呟いた。だったら、見送りに来てくれれば良いのに。大人の建前などどうでも良いのに。と、思った。
だけど、まあ、父上へのお礼は後でするとして、まずは。
僕と、龍清君は、隊商の長のもとに向かい、挨拶する。
「耀秀です。この度は、同道させて頂きありがとうございます」
「龍清です。よろしくおねがいします」
「これは、これは、お坊ちゃまに龍清様。よろしくおねがい致します。わたくし、
僕は、耀膳さんに見覚えはなかった。おそらく、邑洛にある分家の人なのだろう。いかにも、商人ぜんとした
僕も、そんなに大きくはないが、身長は僕の方が高いし、それに、龍清君に鍛えられた肉体は、かなり筋肉質になっていた。商人よりは、軍人っぽい身体付きになっただろうか?
さらに、僕達は、耀膳さんに連れられて護衛隊の隊長さんにも挨拶する。全身に鎧をまとい、完全武装で大柄な人相が悪い。いかにもな人だった。
「ワハハハ、お坊ちゃん方、安心してくだせえよ。俺達が、居る限り、お坊ちゃん方には、指一本、触れさせませんぜ」
と、いかにもな、言葉を吐く。周りを見回しても、強そうな人ばかりだ。まあ、安心、出来そうだった。
こうして、僕達は、北府を出発する。邑洛までは、およそ、十日ほどの旅の予定だった。耀秀は、隊商の馬車の荷台に乗った。龍清も、一緒に乗るよう言われたが、本人が歩く事を希望し、馬車の横を歩いている。隊商の人々は、馬車を操る為に、御者台に座るか、荷台に乗るか馬に乗っているかしていた。護衛は、数人が馬に乗り、他は
この隊商を、荷台から見ていて、気付いた事があった。商人達の方ではなく、護衛隊だった。精鋭は精鋭だが、どうも寄せ集めのようだった。
見ていると、二、三人、多くて四人位で、集まって話したり、行動しているようだった。それが、いつも組んでいる仲間なのだろう。そして、護衛の仕事の募集があると、応募して仕事する。という感じなのだろう。そして、今回は、精鋭をおよそ三十人も集めた。
「しかし、逆効果だろうな」
父上は、あくまでも商人だ。僕達の安全の為に、精鋭を
そして、まだ、如親王国の勢力圏内だが、百人を越える
だが、邑洛に、後二日程に達した時だった。
「後方から、盗賊だろう奴らが、迫ってるぞ!」
隊商の最後方にいる、護衛から大声で、知らせが入る。
「前へ駆けるぞ! 急げ!」
護衛隊長が、大声で指示を出す。しかし、遅いだろうな。わざわざ、後方だけから、襲うわけがないだろう。僕らを、見張っていて、周囲を囲む準備が出来たから、後方から近づいたんだろうな。
「やばい。前も左右から、敵が来やがった!」
ほらね。先頭を走っていた、護衛の人の声が響くと、隊商は動きを止める。さて、どうするのかな?
僕は、荷車の上に立ち上がり、前後左右を見回す。後方からは、およそ20人が迫ってくる。そして、前方は、左右からそれぞれおよそ30人程が来ていた。前方のには、弓矢を持っている奴らも2、3人いる。
しかも、
「おい! お前達は、後方の奴らを、足止めしてくれ!」
「わかった!」
そう言うと、7人程が、後方の野盗に立ち向かう為に、後ろへと走った。さらに、
「お前らは右へ、俺達は左へ向かう。そして、あんたらは、すきがあったら、隊を守りつつ、先へ進んでくれ。頼んだぞ」
「おう、任せてくれ」
そして、護衛隊長は、耀膳さんに、向かい。
「俺達が負けると判断したら、わりいが商品を渡して降伏してくれ、命まではとらねえと思うから」
「かしこまりました」
その返事に、うなずくと、隊長は仲間に追いつく為に、走り出して行った。
隊商の周囲に、5名程が残り、およそ10名ずつが左右へと散った。さて。耀秀は、周囲を見回しつつ戦いを見ていた。
護衛達は、確かに強かった。だけど、護衛よりは小柄な野盗達は戦いなれしていた。正規軍の兵士と同じく、5人ずつで組んで戦っている。兵士崩れなのだろうか?
それに対して、数で劣る護衛達は苦戦していた。それぞれの、武器を豪快に振るい。野盗の攻撃を
数で、およそ3倍だもんな。さて。僕は、目を瞑り、左右に手を広げ考える。これは、意味があってやってるわけではなくただの癖だった。ただ、こうすると、頭の中で考える戦場が描きやすい気がするのだった。
そして、目を開くと同時に、前方で手のひらを合わせる。
そして、
「さて、龍清君はと」
僕は、龍清君を探す為に、周りを見回そうとしたが、すぐ背後から、
「ここに、いるよ」
「わっ!」
びっくりして、耀秀は尻もちをつく。しかし、それには動じず、龍清君は、
「で、どうすれば良いの?」
「龍清君。どうしてここに?」
確か、龍清君も、護衛達と共に駆け出して行ったはずだったのだが、
「戦っていたけど、耀秀君が、目を瞑って手を左右に広げたから、戻ってきた」
「そう、ありがとう。それで……」
耀秀は、そう言いながら、左右の戦場を指差し、
「あの人と、あの人と。あっちのあの人と、あの人」
「ああ。赤いはちまきを巻いている奴らだな」
耀秀は、目をこらして見た。そう言われると、赤いはちまきを、巻いているように見える。
「その、赤いはちまきの人を、龍清君が倒して。それで、敵の連携は乱れるから」
「わかった」
そう言うと、龍清は、矛を構えながら、全力で、右へと走って行った。
こういう戦いは、頭を討たれたら終わる。頭といっても、人間の頭では無い。その集団を率いる人という意味だ。野盗達を見た限りだと、頭目らしき人はいなかった。本当にいないのか中に紛れているのかはわからない。
こちらの頭は、護衛隊長だが、まとめ役という意味だけで、多分、隊長が死んだら、他の人が隊長を引き継いで問題なくやっていくのだろう。まあ、それはともかく。
野盗の頭がいない以上、打つ手が無いかというとそうでは無い。頭はいないが、指揮官はいた。小隊長と言ったところだろうか? 5人ずつに別れて戦う野盗達を、いくつかまとめて、指示を出していた。それが、4名いたのだった。
龍清君は、素早く近づき矛を振り上げると、
「ぎゃっ!」
一撃で、男が倒れる。そして、また、乱戦へと踏み込むと、また、矛を振り上げる。そして、
「うわっ!」
また一人、倒れる。すると、
「奴ら、
「お〜!」
右の戦場の、野盗の連携が乱れ、数の少ない護衛達が、野盗達を圧倒し始めた。
そして、龍清君は、今度は左側の戦場へと走り、同様に二人程を斬り倒すと、左側の戦場も、護衛達が追い返し始めた。すると、甲高い指笛の音がし、野盗達は、死傷者を抱え素早く引き始めた。
それを見て、護衛達が追うが、
「おい、お前ら、追うな!」
隊長の声で、皆の足が、止まった。こうして、戦いは終わった。
「龍清の坊っちゃんは、凄い強いですな〜!」
夜、焚き火を囲いつつ、食事をしていると、護衛隊長が声をかけてきた。いつの間にか、見張り番以外の護衛が周囲を囲んでいた。
昼間の戦いで、こちらも二人程亡くなったそうだ。そして、負傷していない者はいない程だった。だが、それでも、護衛の人々の表情は明るい。そういう世界で生きているからだろうか? 強いな。耀秀は、思った。
「いや、耀秀君の指示で、やったまでだよ」
「そうですかい。耀秀の坊っちゃんも、見事な、軍師ですな〜」
「いえ、まだまだです。これからが、勉強ですよ」
「そうですかい。こりゃ、坊っちゃん方の将来が、楽しみだ、な〜皆!」
「ああ。こりゃ、この国も、すぐに平和になっちゃうんじゃねえの」
「それじゃ、俺達の仕事が、無くなちぃまうじゃねえか」
「その時は、その時。お坊ちゃん方に雇って貰えば良い」
「確かにな。お坊ちゃん方になら、仕えても損はねえな」
「ハハハハ!」
夜の荒野に、笑い声が響いた。
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