(弐)

「あらためて、おめでとうございます。そして、気をつけて行ってください」


「ありがとうございます」


 耀秀は、私塾の先生に邑洛の軍官学校への出発の挨拶をしていた。


 先生の名は、長舞チョウブ銀髪碧眼ぎんぱつへきがん。嫌味なほど、眉目秀麗びもくしゅうれい。長い銀色の髪を、後ろにたばね。そして、少し前髪を垂らして鬱陶うっとうしい、おっと失礼しました。


 肖像画などで見る、かつての英雄、趙武にそっくりだった。意識して似させているという事はそういう事なのだろう。


「私の家系は、覚醒かくせい遺伝と言うのでしょうか? 数代に一人、銀髪碧眼の男が、誕生するんですよ。よほど、趙武の遺伝子が、強いんですかね?」



 大趙帝国の皇帝も混血が進み、現在は、黒髪黒眼の皇帝が、十何代も続いているそうだ。なのにである。


 先生の家系は、その大趙帝国の家系の、分家の、分家の、分家の、そのまた分家の……。という感じで、分け与えられる土地も無く、如親王国に流れて来た家系なのだそうだ。だから、趙の字は名乗らず? 名乗れず? 長の字なのだそうだ。



 そして、


「能力的にも、趙武にそっくりだったら、良かったのですが」


 いや、先生は、子供達とはいえ。武術に、戦術学、戦略学、用兵学など幅広く教える事が出来る能力を持っていた。だけど、飛び抜けた能力ではなく、仕官にはつながらなかったということだろう。



「本当に、気をつけてくださいね。邑洛ゆうらく周辺は、混在する諸勢力が相争あいあらそう場所ですからね」


「大丈夫ですよ。同行してくれる隊商も、見つかりましたし、それに、龍清君も一緒ですから」


「そうですか。だったら、良いのですが。では、今後の活躍を期待しておりますよ」


「はい」





 こうして僕は、先生に挨拶をすると、龍清君や、隊商との合流予定の、北府ほくふ、西門へと向かったのだった。



「龍清君。お待たせ」


「燿秀君。僕も今来たところだよ」


 いや、絶対に嘘だ。ほこを振るい、鍛錬たんれんしていたのだろうか、龍清君の呼吸は荒く、そして、全身からは、湯気ゆげが立っていた。一体どのくらい前から、いたのだろうか?



 僕は、龍清君と合流すると、共に邑洛へと向かう隊商を探した。


 出発する前に、ちょうど良い日程で、邑洛に向かう隊商がないか探したら、たまたま、ちょうど良い日程で邑洛へと向かう隊商が見つかったのだった。とても運が良い。その時は、そう思っていた。


 だけど。ん? その隊商は、燿家ようけの隊商だった。さらに、隊商を護衛する、護衛の体格が、とても良い。おそらく、精鋭を揃えたのだろう。


「父上かな?」


 僕は、ポツリと呟いた。だったら、見送りに来てくれれば良いのに。大人の建前などどうでも良いのに。と、思った。


 だけど、まあ、父上へのお礼は後でするとして、まずは。



 僕と、龍清君は、隊商の長のもとに向かい、挨拶する。


「耀秀です。この度は、同道させて頂きありがとうございます」


「龍清です。よろしくおねがいします」


「これは、これは、お坊ちゃまに龍清様。よろしくおねがい致します。わたくし、耀膳ヨウゼンと申します。以後、お見知り置きを」


 僕は、耀膳さんに見覚えはなかった。おそらく、邑洛にある分家の人なのだろう。いかにも、商人ぜんとした風貌ふうぼうの、人の良さそうなぽっちゃりとした背の低い男性だった。


 僕も、そんなに大きくはないが、身長は僕の方が高いし、それに、龍清君に鍛えられた肉体は、かなり筋肉質になっていた。商人よりは、軍人っぽい身体付きになっただろうか?



 さらに、僕達は、耀膳さんに連れられて護衛隊の隊長さんにも挨拶する。全身に鎧をまとい、完全武装で大柄な人相が悪い。いかにもな人だった。



「ワハハハ、お坊ちゃん方、安心してくだせえよ。俺達が、居る限り、お坊ちゃん方には、指一本、触れさせませんぜ」


 と、いかにもな、言葉を吐く。周りを見回しても、強そうな人ばかりだ。まあ、安心、出来そうだった。





 こうして、僕達は、北府を出発する。邑洛までは、およそ、十日ほどの旅の予定だった。耀秀は、隊商の馬車の荷台に乗った。龍清も、一緒に乗るよう言われたが、本人が歩く事を希望し、馬車の横を歩いている。隊商の人々は、馬車を操る為に、御者台に座るか、荷台に乗るか馬に乗っているかしていた。護衛は、数人が馬に乗り、他はかちで進んでいた。



 この隊商を、荷台から見ていて、気付いた事があった。商人達の方ではなく、護衛隊だった。精鋭は精鋭だが、どうも寄せ集めのようだった。


 見ていると、二、三人、多くて四人位で、集まって話したり、行動しているようだった。それが、いつも組んでいる仲間なのだろう。そして、護衛の仕事の募集があると、応募して仕事する。という感じなのだろう。そして、今回は、精鋭をおよそ三十人も集めた。


「しかし、逆効果だろうな」



 父上は、あくまでも商人だ。僕達の安全の為に、精鋭をき集めてくれたのだろうが。人数が、多すぎる。何か重要な物を運んでいると勘違いされ、襲われる可能性の方が高い。


 そして、まだ、如親王国の勢力圏内だが、百人を越える野盗やとうの集団もいるという。そういう集団に襲われないように、祈るしかないだろうなと、僕は思った。



 だが、邑洛に、後二日程に達した時だった。


「後方から、盗賊だろう奴らが、迫ってるぞ!」


 隊商の最後方にいる、護衛から大声で、知らせが入る。


「前へ駆けるぞ! 急げ!」



 護衛隊長が、大声で指示を出す。しかし、遅いだろうな。わざわざ、後方だけから、襲うわけがないだろう。僕らを、見張っていて、周囲を囲む準備が出来たから、後方から近づいたんだろうな。



「やばい。前も左右から、敵が来やがった!」


 ほらね。先頭を走っていた、護衛の人の声が響くと、隊商は動きを止める。さて、どうするのかな?


 僕は、荷車の上に立ち上がり、前後左右を見回す。後方からは、およそ20人が迫ってくる。そして、前方は、左右からそれぞれおよそ30人程が来ていた。前方のには、弓矢を持っている奴らも2、3人いる。


 しかも、ではなく、普通の弓矢だ。狩猟用か何かであろうか? だが、最近の弩も以前よりは大型化し、威力も飛距離も上がったが、それでも、弓矢は弩に比べて、速射性には劣るが威力と飛距離はまだ上だった。



「おい! お前達は、後方の奴らを、足止めしてくれ!」


「わかった!」


 そう言うと、7人程が、後方の野盗に立ち向かう為に、後ろへと走った。さらに、


「お前らは右へ、俺達は左へ向かう。そして、あんたらは、すきがあったら、隊を守りつつ、先へ進んでくれ。頼んだぞ」


「おう、任せてくれ」


 そして、護衛隊長は、耀膳さんに、向かい。


「俺達が負けると判断したら、わりいが商品を渡して降伏してくれ、命まではとらねえと思うから」


「かしこまりました」


 その返事に、うなずくと、隊長は仲間に追いつく為に、走り出して行った。



 隊商の周囲に、5名程が残り、およそ10名ずつが左右へと散った。さて。耀秀は、周囲を見回しつつ戦いを見ていた。



 護衛達は、確かに強かった。だけど、護衛よりは小柄な野盗達は戦いなれしていた。正規軍の兵士と同じく、5人ずつで組んで戦っている。兵士崩れなのだろうか?


 それに対して、数で劣る護衛達は苦戦していた。それぞれの、武器を豪快に振るい。野盗の攻撃をしのいでいるが、じわじわと押されていた。


 数で、およそ3倍だもんな。さて。僕は、目を瞑り、左右に手を広げ考える。これは、意味があってやってるわけではなくただの癖だった。ただ、こうすると、頭の中で考える戦場が描きやすい気がするのだった。


 そして、目を開くと同時に、前方で手のひらを合わせる。



 そして、


「さて、龍清君はと」


 僕は、龍清君を探す為に、周りを見回そうとしたが、すぐ背後から、


「ここに、いるよ」


「わっ!」


 びっくりして、耀秀は尻もちをつく。しかし、それには動じず、龍清君は、


「で、どうすれば良いの?」


「龍清君。どうしてここに?」


 確か、龍清君も、護衛達と共に駆け出して行ったはずだったのだが、


「戦っていたけど、耀秀君が、目を瞑って手を左右に広げたから、戻ってきた」


「そう、ありがとう。それで……」


 耀秀は、そう言いながら、左右の戦場を指差し、


「あの人と、あの人と。あっちのあの人と、あの人」


「ああ。赤いはちまきを巻いている奴らだな」


 耀秀は、目をこらして見た。そう言われると、赤いはちまきを、巻いているように見える。


「その、赤いはちまきの人を、龍清君が倒して。それで、敵の連携は乱れるから」


「わかった」


 そう言うと、龍清は、矛を構えながら、全力で、右へと走って行った。


 こういう戦いは、頭を討たれたら終わる。頭といっても、人間の頭では無い。その集団を率いる人という意味だ。野盗達を見た限りだと、頭目らしき人はいなかった。本当にいないのか中に紛れているのかはわからない。


 こちらの頭は、護衛隊長だが、まとめ役という意味だけで、多分、隊長が死んだら、他の人が隊長を引き継いで問題なくやっていくのだろう。まあ、それはともかく。


 野盗の頭がいない以上、打つ手が無いかというとそうでは無い。頭はいないが、指揮官はいた。小隊長と言ったところだろうか? 5人ずつに別れて戦う野盗達を、いくつかまとめて、指示を出していた。それが、4名いたのだった。



 龍清君は、素早く近づき矛を振り上げると、


「ぎゃっ!」


 一撃で、男が倒れる。そして、また、乱戦へと踏み込むと、また、矛を振り上げる。そして、


「うわっ!」


 また一人、倒れる。すると、


「奴ら、ひるんだぞ! いけっ! 押し返せ!」


「お〜!」


 右の戦場の、野盗の連携が乱れ、数の少ない護衛達が、野盗達を圧倒し始めた。


 そして、龍清君は、今度は左側の戦場へと走り、同様に二人程を斬り倒すと、左側の戦場も、護衛達が追い返し始めた。すると、甲高い指笛の音がし、野盗達は、死傷者を抱え素早く引き始めた。


 それを見て、護衛達が追うが、


「おい、お前ら、追うな!」


 隊長の声で、皆の足が、止まった。こうして、戦いは終わった。





「龍清の坊っちゃんは、凄い強いですな〜!」


 夜、焚き火を囲いつつ、食事をしていると、護衛隊長が声をかけてきた。いつの間にか、見張り番以外の護衛が周囲を囲んでいた。


 昼間の戦いで、こちらも二人程亡くなったそうだ。そして、負傷していない者はいない程だった。だが、それでも、護衛の人々の表情は明るい。そういう世界で生きているからだろうか? 強いな。耀秀は、思った。


「いや、耀秀君の指示で、やったまでだよ」


「そうですかい。耀秀の坊っちゃんも、見事な、軍師ですな〜」


「いえ、まだまだです。これからが、勉強ですよ」


「そうですかい。こりゃ、坊っちゃん方の将来が、楽しみだ、な〜皆!」


「ああ。こりゃ、この国も、すぐに平和になっちゃうんじゃねえの」


「それじゃ、俺達の仕事が、無くなちぃまうじゃねえか」


「その時は、その時。お坊ちゃん方に雇って貰えば良い」


「確かにな。お坊ちゃん方になら、仕えても損はねえな」


「ハハハハ!」


 夜の荒野に、笑い声が響いた。

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