第弌幕 後生可畏

(弌)

「じゃあ、行ってきます」


「気をつけるんだぞ」


「はい、兄上。ありがとうございます」


「お坊ちゃま、あまり無理をなさらず。気をつけて。ああ、心配でございます」


「じいやは、心配症だな。大丈夫だよ。戦場に、行くわけでは、ないんだから」


「ですが、わざわざ北府ほくふを離れずとも……」


「僕は、実戦経験が、欲しいんだよ。それに、このままここにいたら、僕は、僕のままだ。それじゃ、いけないんだよ」


左様さようでございますか」


 僕は、大邸宅を見上げた。ここは、北府にある耀家ようけ本家の、屋敷だ。



 耀家本家。代々、如親王国じょしんおうこくにて、海洋交易かいようこうえきにない、手に入れた色々な品物を売ることによって、財を成してきた家だ。


 如親王国が滅んでも、我が家には、なんの被害も無く、さらに今の如親王国に出資して、分家だった唐家とうけの人を、国王として擁立したのは、耀家だ。


 実質的に、この国を支配していると言っても良い。そんな耀家に、僕は生まれた。だけど、僕は、商人になりたくなかった。別に、人に物を売って頭を下がる、何てとか。金の亡者もうじゃだから、とか言うつもりはない。


 ただ、僕は、本を読み憧れを抱いてしまったのだった。先祖の耀勝、そして、英雄、趙武に。創作物だから真実かどうかは分からないが、耀勝と趙武の戦い。ぎりぎりで展開される、頭脳戦。策と策がぶつかりあい。配下の将達も、決死の覚悟でぶつかりあう。この世界に憧れた。



 別に戦争が好きなわけでも、人を、殺したいわけでもない。ただ、少しでも戦乱の世に平和をもたらせたら、いや、せめて、自分の力で平和な国を作れたらと思ったんだ。おそらく、耀勝が目指したように。おごりかもしれないけど。



 この如親王国も、王都の北府の近郊は、なんとか支配出来ているが、一応、支配下にあるはずの、かつての第二の都市、邑洛ゆうらくの周辺から先は、多種多様な勢力が戦い、相争あいあらそっていて、如親王国の支配が及んでいなかった。如親王国も、討伐軍を繰り出すが、勝ったり負けたりを繰り返している。



 正規軍だし、数も多いのに負ける。指揮官の差というよりは、兵達の経験の差のような気がした。だから、その邑洛にある軍官学校で学び、実戦を経験したい。そう思って、父に相談した。運の良い事に僕は三男。だけど、


「駄目だ。耀勝ですら、役にたたなかったのだ。お前に、何が出来る。兄達の役にたつように。商人の勉強をしていろ」


 と言われた。だけど、それで諦める僕ではない。貯めていたお金と、そして、


「兄上。私塾で勉強したいのですが、お金を貸してください」


「ん? そうか」


 そう言うと、兄上。長兄の耀慶ヨウケイは、立ち上がり、何か箱のような物を、棚から取り出すと、僕の目の前に置いた。


「母上からだ」


「えっ! 母上?」


 母の記憶は、僕には無い。僕が、まだ幼少の頃に、体を悪くして、亡くなったという。その母上が、何故?


「母上はな。お前の事を、何かが違うって言っててな。将来、何か違う道を目指すんじゃないかってな。それで、私に、お金を預けておいたのだよ。お前が、何かするなら自由に使え。足りなかったら、言ってくれ。これでも、自由に使えるお金は、たっぷりとあるからな」



 僕は、その箱をそっと持ち上げた。重っ!。そして、箱を開けると、かなりの金額の金子きんすと、


「あなたの生きたいように、生きなさい」


 という、母上が、書いたであろう書付かきつけが、入っていた。病弱だった割には、力強い筆跡だった。


「ありがとうございます。兄上」


「だから、私ではない。母上だ。だが、生きたいように生きるのは、責任も重いぞ。と、父上も、言っておられた」


「父上が、ですか?」


「ああ。父上も、わかっているのだ。だが、本家のあるじとしての、建前たてまえもあるからな。大人には、色々あるのだ」


「そうですか」





 こうして、僕は、軍官学校に入る為の私塾に通えるようになり、13のとしから、通い始めた。ここから、三年間で、軍官学校に合格し、さらに、軍官学校で上位に入れる力を、つけなければならなかった。しかし、


「う〜ん。耀秀君は、普通に優秀ですよ。これだったら、軍務科でも、戦略科でも、自由自在ですよ」


「はあ」


 と、先生は、綺麗な顔をこちらに向けて話してくれた。


 軍務科か、戦略科か〜。


 趙武が提唱して依頼、軍官学校は科ごとに分けられる事になった。それまでは、一律に、同じ授業を受けていたのだが、それを、軍務科、戦略科、指揮官科、武将科、武芸科と分けたのだった。



 この内、戦略科と、武芸科は、よほど卓越した頭脳があるか、よほど圧倒的な武の才がないと入れない。そして、卒業して出来上がるのは、戦場ではなく王宮等で戦略予想をたてたり戦術を研究したりする者か、武の力だけで戦場で戦うだけの者だ。僕が目指したいのは、どちらでも無い。


 と言うか、武の才は無いから、元々、武芸科は無理なのだが。そして、軍務官は、最初から違う。事務処理をしたいわけでは無い。


 そうなると、指揮官科か、武将科か、だが、ここを目指す人が圧倒的に多い。まあ、当然なのだが。違いは戦場で指揮をとるのか戦場で先頭に立って戦うのかだ。僕は、戦場で指揮をとりたいのだ。



 趙武は、書いていた。耀勝は、実際に戦場で指揮をとらなかったので、負けたのだと、実際に兵や、将がどう戦っているのか、その実感なく、策をろうしているだけだったから、負けたのだと。


 だから、僕は戦場で戦い。指揮をとらなきゃいけない。そう、考えたのだった。


 だったら、目指す科は、


「先生。僕は、指揮官科に入りたいのですが」


 すると、先生は、その美しい顔をくもらせて、


「そうですか〜。それだったら、馬術とか、武術をもう少し頑張らないと……」


「はい、そうですよね……」



 そこで、始まった。武術と、馬術の特訓だったが。


「わあ!」


「相手から目を離して、どうするんです」


「すみません」


「戦場では、謝ってもゆるしてくれませんよ。では、次いきますよ。それっ!」


 どうやら武術の才は、無いらしい。馬術は、馬に乗る走らせる。なんとか皆についていける事は、可能だったが。


 そこで、出会ったのが、龍清君だった。



 ビュッ、ヒュッ、ブーン!


 龍清君の振るう、訓練用の、木製のほこが、うなりをあげる。前に素早く全身して、突く。今度は、勢い良く後方に飛び、振り向きながら、矛を袈裟懸けさがけに振るう。そして、矛を素早く返して、逆袈裟斬りに、振り上げる。目に止まらぬ、連続攻撃だった。


 それに、龍清君の訓練は、僕でも相手がいるように見える。複数人に囲まれて、それを矛を振るい、倒していく。凄い。それに、龍清君は、すでに、13歳にして実戦経験があるそうだ。私塾に納める学費を稼ぐ為に隊商の護衛をして野盗やとうと戦い、人を斬ったそうだ。



「昔の武具は、あまり斬れなかったから、その武具の重みを、利用して、ぶん殴る感じだけど。今の武具は、斬れるから、軽くなったんだよ。だから、今の武具に必要なのは、いかに刃の部分を素早く振るって、相手を斬るかなんだ」


「ふ〜ん。そうなんだ」


 龍清君は、爽やかな笑顔で、僕と話す。これが、僕と龍清君の、始めての会話だったけど。そんな、爽やかな笑顔で、言われてもね〜。



「ですから、何で、そちらに兵を、動かすんですか? わなかもしれないでしょ?」


「はい。え〜と、かんです」


 龍清君は、爽やかな笑顔で、先生の質問に、答える。


「はあ〜。まあ、正しいのですが、少なくとも、敵がどういう意図で、そう、兵を動かしているか、理解しないと、味方との連携れんけいも、崩れますよ」


「はい。申し訳ありません」


「わかりました。耀秀君」


「はい。僕ですか?」


「そうです。教える事も良い練習になると言いますし、お互いに教え合いましょう。龍清君は、耀秀君に武術を。耀秀君は、龍清君に戦術学を。よろしくおねがいしますね」


「はい」


 こうして、僕と龍清君は、出合い、長い付き合いが、始まったのだった。



 そして、龍清君が、僕のところに来て言った言葉が、さっきの言葉だった。



 お互い教え合う。龍清君は、僕に武術を教える。すると、龍清君は、僕に色々な武器を扱わせた。矛、やりげき大刀だいとうとうけん、そして、戦斧せんぷ


「基本的に、武器に振り回されてるね。まずは、体力と、膂力りょりょくかな」


「はあ、はあ、はあ、そう」



 それからは、毎早朝、龍清君に起こされ北府の外周を走る。そして、授業が始まるまでひたすら木剣ぼっけんを振り続けた。これを三年。休みの時以外は続けた。さらに、途中からは、龍清君との打ち合い稽古が加わった。勿論もちろん、僕の打ち込みが、一度も龍清君にかする事すらなかったけど。



「よし、やめっ! これで、合格出来る程度には、剣を扱えるようになったんじゃないかな?」


「ありがとう。龍清君」


「いや、友達としては、当然だよ」


「そうか。友達か〜」


「ん?」



 龍清君、君はなんて良い奴なんだ。僕は、この時感動を覚えたのだった。耀家の人間だった僕は、「お父上に、よろしく」とか、「ここまで付き合ったんだから、お金いくらか、もらえる?」とか、打算的ださんてきな友達? ばかりだった。始めての友達、それが、龍清君だった。



 一方の、僕が、龍清君へ戦術学を教える方だが。感覚で理解する、龍清君だったので、僕は軍略囲碁ぐんりゃくいごを使って感覚的に理解してもらう事にした。



 軍略囲碁とは、地形をした地図の上で、騎兵、歩兵、弓兵の三種類の駒、そして、大きさも大中小とあり、これで、兵力の大小を表していた。



 僕は、試験に出るような基本的な戦術で、駒を並べ、動かしていく。その動きを見つつ、龍清君は、


「ん? 何故、そっちに行くんだ? そうか誘い込まれたのか」


 とか、


「この陣形は、戦いにくいな」


 とか、感覚で、あっさりと理解していった。そして、基本戦術を覚えた後は、過去の戦いでの戦術や、僕が思いついた戦術で、駒を動かすが、


「耀秀君の意図は、……。そうか、なるほどね」



 こうして、僕達は、軍官学校の試験に見事合格したのだった。しかも、僕に合わせて、龍清君も、北府の軍官学校ではなく邑洛の軍官学校の試験を受けたのだった。



「邑洛の軍官学校の方が、先生の評判も良いし。それに、せっかく出来た友達とも離れたくなかったからね」


「龍清君」


 君は、本当になんて良い奴なんだ。

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