第六話 裏通りのモーテル
ステーションの表通りで、タクシーを拾う。
二人は共に大きなサングラスで美顔を隠していて、服装もそれぞれ大胆だ。
マコトは、袖なしの短いブラウスを、ボタンで留めずに胸の下で括って留めている。
ボトムは極めてローライズなうえ、ボタンもベルトも留めず、半分まで下げたジッパーのみというユルユル加減。
足下は、走りづらそうなヒールの高いサンダルを履いていた。
ユキは、極めてミニなタンクトップで、右肩だけを余らせてヘタれさせている。
ボトムはギリギリなミニスカートで、しかも腰履きでヘソ出しで、僅かでも屈むとお尻とショーツが見えてしまう。
足下はやはり、走りづらそうなサンダルで纏めていた。
二人とも、シャツ部分では下着が透けていて。胸元や腰部分では大きく肌も露出してしまっている。
上腕やウエスト、ムッチリな腿の根元まで見せ付けていて、いかにも「火遊びにドキドキしている素人の女子」っぽく見える服装だ。
「いつものスーツに比べれば、たしかにマシかもだけど」
「あら、そういう服装も いつもと違って素敵ですわ」
と微笑むユキのコーディネートであり、ファッションに疎いマコトは、黙って着せられているだけであった。
胸元もウエストも腿も露出した、ケモ耳ケモ尻尾のグラマー美少女たち。
案の定というか狙い通りというか、早速、いかにもな感じの男が三人、大胆美少女たちへと、近寄ってきた。
素人女子たちを獲物と狙う、不道徳なオオカミたちである。
「ぃやあキミたち、随分と素敵なスタイルじゃあないですか! とりあえず写真集、出さないかい?」
「ちょっと僕の話を聞いてくれないかな? キミたちのバカンスを、最も楽しくてドキドキなものにする、アルバイトの話さ!」
「それよりさ、オレたちの事務所で話さないかぁ? 二人ならデビュー作イコール銀河のトップスターになれる事、間違いなしだぁ!」
とりあえず、卑猥なヌードモデルと性サービスの風俗店と裏ビデオの勧誘だ。
「ごめんなさい。興味ない」
スカウトたちからユキを護るよう盾になりつつ、顔は見ないでお断り。
「まあまあ、そう結論を急がずに」
「話だけでも、聞いて損は無いよ」
「ウチの事務所、すぐそこだからさぁ」
三人は我先にと競うように、二人を勧誘している。
それぞれ違う風俗の関係者だと、二人にもすぐに解った。
それだけ、このステーションには裏社会的な会社が、事務所を構えている。
という事でもあるのだ。
タクシーがやって来たので、二人はスカウトたちを無視して乗車。
「ああ、それじゃあこれ、名刺だよん」
「ウチもヨロシク!」
「待ってるからねぇ」
そう言いながら、三人はそれぞれのデジタル名刺を、二人の露出させた胸元へと、素早く差し込んだ。
タクシーの初老な男性運転手が、乗客に行き先を訊いてくる。
「どちらまで?」
「ハッピー・トリガーって モーテルまで」
「はいよ」
いかにも繁華街で徘徊してそうな運転手の、面倒くさそうな返事とともに、エレカタクシーが発車をした。
煤けた街並みを眺めながら、マコトは谷間へと差し込まれたデジタル名刺を、抜き出して丸める。
「ボクたちが大人しくしてるからって、失礼だよね」
「本当ですわ」
胸元への名刺差し込みを許したのは、ワザとである。
二人の動体視力と反射神経なら。名刺を胸元へと差し込まれる前に相手の手首を捕らえて捻って無力化させる事など、朝飯前だ。
しかしそんな事をすれば、隙だらけの旅行者ではないと簡単にバレてしまい、アっという間に街中へと噂が広まってしまうだろう。
デジタル名刺からはやはり、イヤらしい立体映像写真集の見本や、性的サービスの立体映像の見本や、裏ビデオの立体映像の見本が投影される。
「ほら 案の定」
中性的な王子様な美顔を、軽い憂いで曇らせるマコト。
「未成年者にこのようなお仕事を斡旋するなんて、常識知らずにも程がありますわ」
穏やかなお姫様の媚顔を、呆れた様子で曇らせるユキ。
と同時に。
「それはともかく…マコトのこのような姿を想像すると、特に男性方は ドキドキされると思いませんか?」
とか、立体映像を見せながら、イタズラっぽく微笑むウサ耳捜査官だ。
「しないよきっと。そもそもこういうのって、ユキみたいに可愛い女の子じゃないと 、誰も喜ばないでしょ?」
「うふふ…マコトのそういうところ、私 とても素敵だと感じますわ」
「?」
ボーイッシュなマコトの、自身の魅力に全く無自覚なところは、ユキにとってのポイントの一つであった。
「お客さん、到着です」
タクシーが車道で停車をすると、右側の歩道には三階建ての古めかしい、赤茶けたモーテルが見える。
派手で品の無い立体映像式の看板には「ホテル・ハッピー・トリガー」と、デジタル表示されていた。
「ありがとう」
ユキが運賃を支払って、ドアが開かれて下車をする。
繁華街専門らしい運転手は、乗客に対する礼とかではなく、二人の見た目に対しての情報をくれた。
「あんたら一見さんでも、フロントで話を通せば、客を取ってくれますぜ」
「ご丁寧に、どうも」
ユキの作り笑顔を疑う事なく、タクシーは去って行く。
「相手を見なさいって話だよね」
いわゆるビジネスウーマン向けの裏情報に、ムっとするマコトと、それほど怒っていないユキ。
「まあ、それだけ私のコーディネートが上手く纏まっている、という証明ですわ」
二人はそれぞれカートを引いて、いかにも安いラブホテルのようなモーテルへと向かった。
自動ドアを潜ると、古いなりに小綺麗な、そしてあまり広くないフロント。
受付けに人影は無く、今どき手押しのベルを鳴らしたら、奥から正装の男性が出て来た。
「いらっしゃい」
覇気の無い言葉もともかくだけど、目つきがいかにも、女性を値踏みするイヤらしい暗い目だ。
「二人部屋。空いてます?」
受付の痩せた男は、マコトとユキをジロジロと舐めるように見回すと、新しいタイプの合い鍵を寄越す。
「二〇六号室です」
それだけを告げると、今度は二人からの言葉を待つ。
お客を紹介して貰えるかしら?
という話を予想しているのは、目で解る。
「どうも」
マコトは呆れた感情を隠す事もなく、鍵を受け取って、ユキと一緒に二階へと、階段で上がった。
フロアへ出ると、どこからか女性の激しい吐息が聴こえてくる。
「うわぁ…」
「まだお昼過ぎですのに」
性的なボイスは、隣の二〇五号室から零れている。
二人が与えられた部屋へ入ると、普通な広さの二人部屋で、小さな窓からは賑わう裏通りが見下ろせた。
トイレやシャワー室は小さくても清潔で、ベッドは並んで密着している。
客の入室に反応して、テレフォンからは性的なサービスの案内が自動表示されて、ある意味、旅行特有な解放感を感じさせてもいた。
たとえ場末のモーテルであっても、室内の安全チェックを怠らないのは、捜査官の基本である。
二人はテキパキと室内を調べて。盗聴器や盗撮カメラなどが無い事を確かめた。
「あら、マコト」
自作のセンサーで発信機などの電波が無い事を確認したユキが、洗面所の引き出しで、何かを見つけた。
「どうしたの?」
呼ばれたマコトが行って見ると、開けられた引き出しには、男性用の避妊具であるスキンが複数枚、パッケージで収められている。
「やはり目的として、こういうモーテル という事でしょうか」
「そうだろうね。冷蔵庫 見てみると、もっと納得できると思うよ」
マコトに促されて、ユキが冷蔵庫を開けてみたら、ミネラルウォーターやドリンクやお酒類などと一緒に、男性用の性的興奮の飲み薬の瓶が、三本ほど収められていた。
スキンは無料だったけど、こっちは有料らしい。
「男性は、これらを服用してまで 女性との時間を楽しみたいのでしょうか?」
「きっと そうなんだろうね。ほら」
「…あぁ 確かに」
言われて、以前、バカンス惑星でひと夏の経験をしたくて違法な催淫飲み薬で危なくなった男子高校生たちを、思い出した。
彼らも、女性との時間を少しでも長く楽しみたくて、元気になる薬を服用して、体質が合わなくて淫獣化しかけたのだ。
「まあ、ボクたちには無関係だけどね」
「ですわね。それじゃあマコト、目的の劇場『ドラッグ・ネイキッド』の下見も兼ねて、街を散策いたしましょう」
知らない街を歩くのは、大歓迎なユキだった。
~第六話 終わり~
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