第五話 敵地へ


「いらしてたんですね」

 帰りのエレカでの後部座席で、マコトは運転席のジャン捜査官へ向けて、羞恥の視線責めを浴びせる。

「ああ。なかなか見ごたえのある、良いステージだったよ。ははは」

 別の部署とはいえ、知り合いの男性捜査官にストリップショーを観られたのは、かなり恥ずかしい。

「マナー違反では ありませんの?」

 マコトよりは裸に抵抗感の少ないユキも、やや不満げである。

「いやいや、話を通して報告も上げる送迎係の役得ってヤツだよ。それにしても、たった三日であそこまで仕上げるとは…正直、驚かされたよ」

 感想という意味では、下世話な空気は感じられない。

 もちろん、男性的な視線も込みだろうけれど、ジャン捜査官は素直に、二人のヌードダンスを称賛していた。

「まぁ、良いですけど」

 とにかく、潜入捜査に必要なダンサーのスキルは身に着けたらしい。


 本部へ到着をすると、早速、クロスマン主任へと経過報告に上がる。

「やあお帰り。研修、ご苦労様だったね」

 主任はいつも通り、デスクで優雅にくつろぎながら書類に目を通し、二人に労いの言葉をくれた。

「「ありがとうございます」」

 促されて、ソファーにお尻を降ろす二人。

「ジャン捜査官からも、報告は上がっているよ。二人とも、報告以上に素晴らしいステージだったね」

「「はい え…?」は…?」

 ヌードダンスを主任に見られてなくてちょっとホっとしていた二人は、ケモ耳をピンと立てて、我が耳を疑う。

「おや、ジャン捜査官からは聞いていなかったのかい? 二人の研修の結果は、私の下にも 映像として送られているのだよ」

 ジャン捜査官の言っていた「報告も上げる~」云々は、つまり映像も込みという事だったらしい。

 二人のストリップショーを見ながら、報告の為の撮影も、特別許可されていたのだ。

「ご、ご覧になったの ですか…?」

「きゅう…」

 マコトのネコ耳とユキのウサ耳が、恥ずかしさでペタんと折れる。

 犯罪者たちと全裸で格闘した映像は、顔や音声が個人特定不可能なレベルだったのもあったし、犯罪者確保の現場映像でもあったから、まだマシだった。

 しかし今回は、男性への性的アピール以外の何物でもない、しかもゆりな感じのストリップダンス映像である。

 何より恥ずかしいと感じたのは、ダンス中にそこそこドキドキしていた自分たちを自覚している事にも、であった。

 マコトの中性的な王子様フェイスが恥ずかしそうに上気して憂い、ユキの無垢なお姫様フェイスが控えめな羞恥心でうなじまで朱く染まってしまう。

 そんな二人の羞恥をあえて拾わず、クロスマン主任は、真面目な声で告げた。

「さて、キミたちがこれから潜入をする宇宙ステーション、バンハルトに関してだが…」

「「はい!」」

 仕事モードになると、二人は羞恥を忘れて、真剣に目と耳を傾ける。

 使命感に燃えるマコトの美顔が、ユキの媚顔が、凛々しく輝く時だ。

「現在のところ、アルバートが入港したという報告は無い。しかし、一ヶ月の間に幾つかの候補地へとやってくる事は確実であり、この三日間にアルバートがどこにもやってこなかったのは、幸いと言えるだろう」

「これから…いつ アルバートがやってくるかは」

「やはり不明だ」

「まだチャンスはこれから…という現状ですわ」

 主任の説明に、二人は強く頷き合う。

 黒衣の主任はデジタルペーパーを二人に手渡すと、計画の説明をする。

「キミたちホワイト・フロールには、六時間後に地球から出発をして貰う。民間の航宙会社の船へと乗船し、バンハルトに最も近い惑星ゲーダッツへと入星。そこからシャトルで宇宙ステーション・バンハルトへと向かい、現地の劇場『ドラッグ・ネイキッド』にて、現在任務中の潜入捜査官と合流。劇場へは、ヌードダンサー志望者として接触を図ってもらう。ここまでの行程は約二日」

「「はい」」

「キミたちの航宙船ホワイト・フロール号は、プログラム操縦で別の領海をパトロール航行をして、擬態モードにて四日後にはゲーダッツのステーションに入港。それから後は全て、キミたちの判断に任される」

「「はい」」

 二人がホワイトフロールだとバレないように、目立つ白鳥を別ルートへ飛翔させて、後に表面塗装などをデシダル変更して、二人よりも数日遅れで到着をさせるようだ。

「あの…お船のプログラムは、私に任せて戴けますか?」

 メカオタクのユキとしては、自分たちの船を一隻で宇宙航行させるのが心配で仕方がないのだろう。

 子供の身を案じる母の如し。

「うむ。キミたちの船だからね。キミたちの意思を尊重しよう」

「ありがとうございます♪」

 それだけで、ユキは上機嫌だ。


 出発前の三時間で、ユキは白鳥に様々な戦闘プログラムを入力していた。

「万が一にも、このお船を攻撃してくる不埒者がいたら、容赦なく 殲滅して差し上げますわ」

「またデビル・ビッチーズとか 呼ばれてしまうね」

 船の対策プログラムを施すと、マコトが用意をしてユキが三時間かけて中身を選んで詰め込んだカートを引きつつ、私服の二人はシャトルで宇宙ステーションへと上がる。

 用意されたチケットで民間航宙会社のゲートを潜り、外宇宙へ向かう旅客航宙船へと、乗船をした。

「チケット、一番安いエコノミーだったね」

「たまには 富豪クラスでユッタリと 旅をしたいですわ」

 いつの時代も、国家運営の資金源は税金である。

 血税を無駄にしない心掛けは、称賛されるべきであろう。

 ワープではなく超々高速航行で、航宙船は惑星ゲーダッツへと向かう。

 目的の惑星へは二十七時間ほどなので、睡眠をとる事は可能であった。

「ユキ、先に行っておいで」

「それでは お言葉に甘えますわ」

 旅客航宙船には、簡易式だけどシャワー設備がある。

 エコノミーの客は専用のシャワールームではなく共同使用であり、シートナンバーで使用時間が決められていた。

 二人は座席が並びなので、ナンバーも続いていて、マコトの浴びる順番を、ユキと交代した形である。

 勇敢さでもセクシーさでも銀河に名高いホワイト・フロールとはいえ、いつ如何なる場所でも目立つという事はない。

 特に、露出過多な専用スーツでもなく、かつ帽子やサングラスで顔を隠していれば、注意深い女性たちでもなければ、騒がれる事もなかった。

 ユキも、オシャレなサングラスで顔を隠してシャワーを浴びに行って、戻ってくる。

「なかなか 素敵なシャワーでしたわ」

「それじゃあ、ボクも行ってくるよ」

 ユキが選んだ大きなサングラスで、マコトもシャワーを浴びに行った。


 目的地との往復便である旅客航宙船は、娯楽という意味だは食事と映画の上映くらいしかない。

 マコトもユキも、エコノミーらしい、お酒の無い食事でお腹を満たす。

「ん…この野菜の味付け、かなり好みかも」

 年齢的にはまだお酒が飲めない二人だから、ノンアルコールは気にならない。

 マコトとしては、船内食の味付けが、かなり気に入っている様子であった。

「私は、思っていた以上に量が多くて 困りましたわ」

 マコトよりも小食なユキだけど、実は苦手なピーマンを残したいらしい。

「ダメだよユキ。好き嫌いしてると 今度作るご飯、ピーマンいっぱい 入れちゃうから」

「んもぅ…マコト イジワルですわ」

 穏やかなお姫様フェイスをプクんと膨れさせるユキの媚顔を、マコトはお姫様の我がままに手を焼く美しい王子様のような美顔で、ヤレヤレと輝かせていた。

 時間的に一晩の航行を経て、旅客航宙船は、辺境の惑星ゲーダッツへと到着。

 入星ステーションで、用意されたバンハルト行きのチケットを使用し、シャトル便へと乗り継ぐ。

「バンハルトでは この『ハッピー・トリガー』っていうモーテルに 入るんだよね?」

「ええ。そのモーテルに、潜入捜査官もいらっしゃいますわ。私たちは『旅行者を装ったダンサー志望の女子大生』という設定ですから、怪しくて低価格なモーテルに泊まるのも、そのためでもありますわ」

 宇宙ステーションやコロニーを巡るシャトルが発進をして、二時間と待たずにバンハルトへ到着。

 広い円盤のようなステーションのバンハルトは、地球製とは別の技術で建造された、古い形のコロニーの一種だ。

 内部には人口重力による大地が拡がっていて、町があり、人々が住んでいる。

 そんなバンハルトで下船をしたのは、マコトとユキの二人だけだった。

 入星ゲートを通過すると、ステーション内部はいかにも裏通りのような、妖しい街造りが為されている。

 低層構造なビルが無計画に乱立をして、歩道も車道も複雑に入り組んでいた。

 道行く客たちは、いかにも危険を感じる空気を楽しんでいて、バンハルトの住人たちも危険っぽい視線を隠していない。

 しかも、地球連邦とは国交のない種族の宇宙人種も、散見できた。

「なるほど…たしかに辺境らしい 危険な場所だよね」

「いかにも、アルバートのような犯罪者が 好みそうな場所ですわ」

 一度とはいえ取り逃がしてしまった犯罪者の顔を思い浮かべ、決意を新たにするマコトとユキだった。


                       ~第五話 終わり~

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