第二話 ウエノシティーの伝説
日時はともかく、一ヶ月以内にアルバートが確実に姿を見せるという可能性が最も高いのは、地球連邦領の辺境に位置する、小さな宇宙ステーション。
「宇宙ステーション『バンハルト』は、辺境の地という事もあり…非合法な輩が色々な思惑で集まる、裏社会寄りのステーションでもある」
クロスマン主任曰く、そのステーションの娯楽エリア、特に未成年者お断りな地域の、ヌードダンスを売りにしている劇場「ドラッグ・ネイキッド」は、アルバートの密かなご用達の劇場らしい。
「…っていうのが、潜入捜査官からの情報なんだって」
「ですから、私たちもヌードダンサーとして潜入をする。というお話ですのね」
一度は取り逃がしているアルバートを自分たちの手で捉えたいという意思は、確かにあるけれど、選りによってヌードダンス劇場である。
「従業員では ダメなのかな」
「ふふ…マコトのキャットガール姿も、私は見てみたく思いますわ」
「キャットガールねぇ…」
宇宙時代になっても、太古の地球で発明された女性の装束「バニーガール」は、大好評である。
地球より発信されたその文化は、今や全銀河へと知れ渡り、サービス業に身を置く女性たちにとって、マスとスーツの一角を担っている。
しかも種族を問わず、平均的な人類型の宇宙人たちには大好評だ。
ちなみに、ユキの言う「キャットガール」とは、ケモ耳女性たちがウサ耳やウサ尻尾を着けず、自分の耳や尻尾を装飾として表現する形態の一種だ。
マコトはネコ耳ネコ尻尾なので「キャットガール」である。
と、自分の魅力に無自覚なマコトは、美しい中性的な王子様フェイスを、母性本能を擽る憂いフェイスで曇らせ輝かせる。
「ボクには似合わないよ。ああいう可愛い衣装は、ユキの方が絶対に 魅力倍増間違いなしだし」
幼馴染みの裏表の無い感想に、ユキは嬉しそうに頬を染める。
「男性的には、マコトのようなボーイッシュ・キャットガールも、それはそれは魅力的なのだと 聞いてますわ」
「それはネタだよ きっと」
と、本部地下の駐車場で話しをしていたら、一人の男性捜査官が歩み寄ってきた。
「やぁやぁ、お二人があの銀河に名高い、ホワイト・フロールさんだよねぇ?」
マコトよりも頭一つ背が高い男性は、日焼け色の肌に細面で、短い頭髪は濃いグレーでサラサラ。
ややタレ目で軽薄っぽい印象だけど、全身はバランス良く引き締まっていて、鍛錬を怠らない真面目な性格が伺えた。
男性捜査官用の制服ではなく、一般的なジャケット姿でも、鍛えた身体は隠せていない。
少しチャラチャラした感じの外見だけど、明るくて女性受けしそうな印象を覚える二人。
マコトとユキは、年齢的に二十代後半らしい先輩捜査官に、綺麗な敬礼を捧げる。
「特殊捜査官、ハマコトギク・サカザキです」
「同じく、ユキヤナギ・ミドリカワ・ライゼンです」
自己紹介をする二人を、先輩捜査官は頭から爪先まで素早く視線を移し、二人の特徴をナチュラルに頭へ叩き込んでいた。
その行動は捜査官として訓練されて身に着いた無意識の行動だから、二人も特に嫌悪は感じない。
「オレは、広域捜査官のジャン・エイジャン。今回はキミたちの捜査に協力するよう、クロスマン主任から仰せつかっている。ヨロシク」
と微笑みながら握手を差し出し、更に軽くウインク。
「どうも」
「よろしくお願いいたしますわ」
軽い男を演じている気もするけれど、二人の大胆なスーツ姿を素で楽しんでいるようにも感じられる。
マコトはちょっと対応に苦慮する感じだけど、ユキは特に抵抗もない感じだ。
「じゃ、行こうか」
ジャン捜査官の運転で、二人はウエノシティーへと出発をした。
先輩捜査官がエレカを走らせて、二人は後部座席で大人しく運ばれている。
「オレはアレだ、いわゆる風俗関係の懸案を主に担当していてね。そっちの方では色々と顔が利くんだ。だからアレだ。今回のキミたちの捜査に必要な訓練への協力も、クロスマン主任から命じられたってワケだ」
「主任を、よくご存じなのですか?」
マコトの問いに、ジャン捜査官は苦笑いをしながら答える。
「頭が上がらん先輩だよ。あの人に叩き込まれた基本とか色々がさ、今のオレの捜査指針でもあったりな。ま、今のオレが捜査官なんてしていられるのは、みんな あの先輩のおかげだしなー」
先輩後輩の付き合いだけでなく、本当に色々と鍛えられたのだと、苦笑いの笑顔が告白していた。
(私、男性特有な麗しき友情を感じますわ♡)
(うん。そういう感じは あるね)
そんな話をしている間に、エレカはウエノシティーへと到着し、大通りから細い裏路地へと侵入。
旧世紀の下町造りな通りの角地にある駐車場で、エレカは停車をした。
「はい到着。ここからが、二人をオレに任された理由だな」
ある意味で妹弟子のような二人へ、また明るいウインクをくれると、二人を促して下車をする。
駐車場に隣接しているビルは十階建ての低層構造で、ビル群に囲まれた青空駐車場が、まるで谷底のようだ。
「こっちこっち」
十階建てのビルのエレベーターを九階まで上がると、そこは広い事務所のフロア。
「アンナマリーさ~ん。さっき話した 二人だよ~ん」
事務所の扉に向かって声を掛けたら、扉が開き、質素なワンピースに身を包んだ美女が現れた。
緩いウェーブのロングヘアに、整った美しい面立ち。
柔らかい表情の中にも、仄かな色香と強い意思を感じさせる、切れ長な眼。
マコトよりも少し高い身長と、起伏に恵まれながら整った全身のバランスは、女性から見ても羨ましくなる程の妖艶さだ。
「いらっしゃい、ジャンさん。あなたたちが、あの有名なホワイト・フロールさんね」
静かな眼差しで見つめられて、美しさに気を取られていた二人は、漸く挨拶を返す。
「は、はい! 特殊捜査官の、ハマコトギク・サカザキです!」
「ぉ同じく、ユキヤナギ・ミドリカワ・ライゼンです!」
ユキが慌てる姿は珍しい。
と、レアな表情を久しぶりに見たマコトである。
「オレは担当捜査のおかげもあって、こういう場所には知り合いも多いんだ。こちらのアンナマリーさんは、ダンサーとしてトップに君臨する伝説のダンサーだ。二人はこれから、アンナマリーさんの下で ダンスを教わる事になっている」
「「伝説のダンサー…」ですの…」
男性捜査官の紹介に、アンナマリーは、軽く呆れたように話した。
「伝説なんて、とうの昔よ。今はこの小さな劇場で、若いダンサーを育てるのを楽しんでいる、ただの年寄りなんだから」
と笑うものの、どう年上に見たって二十代の後半。
ジャン捜査官と同い年か、少し年上くらいにしか見えない。
アンナマリーの自虐を、ジャン捜査官も慣れた感じで突っ込む。
「年寄りなんて思ってるのは あんただけだよ。今だって、あんたがステージに上がるのを待ち望んでいる男たちが、ワンサといるんだぜ」
引退して勿体ないと、心の底から顔に出ているジャン捜査官だ。
「そう思って貰えているうちが 華なのよ。それより…」
アンナマリーは、マコトとユキを頭から爪先までを、何度も眺める。
「なるほど…ちょっと、その場で回ってみて」
「「はい」」
言われて、二人はその場でクルり。
いま会ったばかりなのに、なんだか敬意を抱てしまう、不思議な空気を持つ女性だ。
二人の全身をチェックしたアンナマリーは、なんだか楽しそうな笑顔を見せる。
「ふぅ~ん…なかなか 面白い女の子を紹介してくれたものねぇ。で、この娘たちを、どのレベルにまで鍛えればいいの? 出来る事なら、徹底的に鍛えたいものだけれど」
それは間違いなく、ヌードダンサーとして、という意味だろう。
「ぇえと…」
「三日間しかないけど、その間で 出来るだけ」
返答に詰まるマコトたちに代わって、ジャン捜査官が話を進める。
アルバートが、いつ目的のステーションに現れるのか確証を得られない以上、準備期間もあまり取れない。
「三日ね…」
言いながら、アンナマリーは二人の腕やお腹、背中や腿や脹ら脛を、手で触って確かめる。
「ええ。テストしてみたいとハッキリ言えないけれど…まぁ、三日もあれば、高級ダンスポールに出しても通用する位まで、仕上げられると思うわ」
日頃から鍛えている二人の身体に、アンナマリーは確信を得ているようだ。
納得をしたジャン捜査官が、二人に告げる。
「ってワケだから、オレは三日後にまた、迎えに来るから」
「「は、はいっ! よろしくお願いいたします!」」
アンナマリーへ深々と弟子入りの挨拶をすると、優しく微笑む伝説のヌードダンサー。
これからどんな訓練が行われるのか。
ヌードダンスである事だけは、解っているけれど。
気を引き締めるマコトとユキに、ジャン捜査官は、アンナマリーに聞こえるように、ヒソヒソ話。
「二人とも、覚悟しとけよ~。アンナマリーの訓練の厳しさに、泣いて逃げ出すダンサー志望が、後を絶たないんだからな!」
「ジャンさん」
「あは~。それじゃあ、ヨロシク~」
軽薄な空気で、ジャン捜査官はビルを後にする。
「それじゃあ、まずはこの下のレッスンフロアに、降りましょうか」
「「はい!」」
特殊捜査官、マコトとユキの、ヌードダンサーとしての訓練が始まった。
~第二話 終わり~
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