08話.[甘えたりもした]
自分にできることをとにかくやった。
求めてきたら嫌じゃなければ受け入れ、自分からも甘えたりもした。
そんなことを繰り返して段々と暖かい季節に近づいてきたわけだけど、
「おかしい」
四月に近づいているはずなのに気温はあまり変化を見せてくれていなかった。
それどころか四月に近づくと暖かくなるという先入観があるせいで余計に冷たいのが体に効いていくというか……。
「おかしいでしょこれ」
「まあ仕方がないだろ、冬ってのはそういうもんだ」
「あんたは元気でいいわよね、半袖でも過ごせるものね」
「流石にそれはないぞ、ただ、聡子より強いのは確かだな」
夏が苦手になってもいいから冬が得意になりたかった。
そうすればいくらでも薄着でうろちょろしてあげるというのに……。
まあそんなありもしないことを考えても仕方がないから目的地に向かう。
「着いたな」
「あんた
「聡子も会いたかっただろ?」
「ま、そうね」
数百円を犠牲にしてでも野菜を食べてもらうのは癒やしになっていい。
餌がない状態で近づいても近づいて来るから少し申し訳ないときもあるけども。
「ほら」
「後で払うわ」
「いいよ、行こうぜ」
ただ、むしゃむしゃ食べているところを見るとお腹が減ってくるという難点もある。
そもそも、生野菜をそのまま食べて美味しいんだろうか?
キャベツだったら食べられるけど、人参を生で食べられる自信はない。
「最近気づいたんだけどさ、愛子ってなんか凄く大人びたよな」
「元からじゃない? あの子は結構考えなしなところがあるけど相手のことをいつも考えて行動できる子だからね」
「そうか? 俺は最近になって物凄く成長した気がするんだけど」
どうやら小さいのに大きな存在のように見えるらしい。
余裕があるということならいいのではないだろうか。
相手がいつも落ち着かなさそうだったら話しかけるのも難しくなるから。
「つか、愛子のことばかり見るな」
「関係が変わってからも俺らは三人でいるからな」
「ま、それは否定しないわ」
よくあの子は一緒にいてくれていると思う。
普通は三人の内のふたりが付き合い始めたら疎外感を感じてどこかに行きそうなのに。
多分それも強さなのかな、というところ。
私だったら邪魔をしたくないからということで避けだしそうだった。
「長く生きろよー」
「多分大丈夫よ、乱暴な扱いをされるわけではないだろうし」
「はは、だな」
最後の野菜をあげきって。
その他の動物を見たりしてからいつも通りアイスを食べて地元に戻ってきた。
「こっちに戻ってくると少しほっとするな」
「当たり前よ、もう十六年間もここにいるんだから」
「だな」
そしてこの後にやることと言えばひとつに決まっている。
「あんたの部屋はなんか汚ないわね」
「悪い……」
そう、今日は掃除だ。
あまりにも私の家で過ごすせいで物が散乱している。
こっちを適当にしても私の家なら綺麗でいいから気にならなかったのだろう。
が、さすがにここまでくると、ってところだろうか。
「んー、だけどどうすればいいのかは分かりやすいからまだマシね」
「そうだな」
「よし、どんどんやるわよ」
これが終わったら毎日少しずつやってもらうことにしよう。
私の家で過ごすのは別に構わないけどちょっと掃除をしてから来るとかね。
「うわ、あんたこれ下着じゃない……」
「あー……」
「ちゃんとしなさいよ」
洗濯物を取り込んで畳まずに持ってきている、というところだろうか。
さすがに男子であったとしてももう少しぐらい気をつけるべきだ。
一応異性を部屋に入れているわけなんだから余計にね。
私だからある程度耐性はあるものの、他の子だったらこの時点で帰ってしまう可能性だってあるんだから。
――って、別に意図して見ているわけではなくて……と内で慌てて言い訳をしている自分が馬鹿らしくなった。
「終わりね」
「ありがとな」
「同じようにしないでよ? 下着とかを見せつける趣味があるならあれだけど」
「ないよ、飯でも作るから食ってくれ」
「うん、じゃあ食べさせてもらおうかしら」
そういえば正義の家に長時間いるのは何気に久しぶりだ。
少しだけ新鮮だったから色々ときょろきょろ見てしまう。
もちろん「なにしてるんだ」と正義に言われたが、まあ気にしない。
「そういえばあんた、昨日は違う女子と話していたよね」
「ああ、友達のことが気になると言われてな」
「え、使われたってこと?」
「そういう風に考えてはないけど……そうかもしれないな」
ちなみに過去の私も似たようなことをされたことがある。
山崎君のことが気になるから、正義君のことが気になるからと。
大抵は亜美みたいに直接アタックをして正義から振られた……ことになるのか?
たまに違う女子とはいてもほとんどの時間を私達と過ごすために使ってくれているから周りからしたらなんでとなるかもしれない。
「ほい、塩ラーメンです」
「ありがとう」
インスタントラーメンなんてめったに食べないからなかなかレアだった。
ずずっとすすって食べたら久しぶりすぎて物凄く美味しく感じた。
「なんかいいわね、たまにはこういう感じも」
「だろ? 俺なんか適当すぎてしょっちゅう食べているぞ」
「なんか心配になるわね……」
「じゃあ聡子が作ってくれればいいんじゃないのか?」
って、今回は乗せられないぞと気を引き締める。
過去もこのような流れからご飯を作った結果、毎日来るようになったのだ。
彼のご両親も帰宅時間が遅いから仕方がないと言えば仕方がないが、それでも私が作った物ばかりを食べていたらねえ。
「弁当とかもまた食べてえなあ」
「気が向いたらね、あ、これを食べ終わったら今日はもう帰るから」
「は? なんでだよ、いてくれよ」
「課題をまだやってないのよ、忘れたら先生は物凄く怖いからね」
一度やったのに忘れ、怒られ、冗談抜きで泣きそうになったことがある。
普段温和な先生が急に怒ったりすると滅茶苦茶怖いんだよね。
いやでもやっていたのに忘れただけであそこまで怒られるというのも……。
ま、まあ、それからは気をつけているから無駄ではなかったと思いたい。
「こっちでやればいいだろ、普通に離れたくないんだけど」
「一緒にいすぎたらあんただって飽きるでしょ」
「は? あれからずっと一緒にいてまた求めたんだぞ?」
「……それはそうだけど飽きそうじゃない、私自身の魅力はやはりないわけだし」
お喋りがしたいということなら付き合ってあげるけど私にできることは聞いてそれに答えるということだけ。
だから多分濃密にしすぎるとすぐに終わりがきてしまう気がするんだ。
また同じような思いを味わうのは嫌だから私としてはなるべく~というところで抑えたいというところだった。
「まだそんなことを言ってるのかよ」
「……昔みたいにしたくないのよ、あんたとずっとこの関係でいたいからこそ考えて動いているんじゃない」
今日だって牧場に行っただけだったけどデートをしてきたわけで。
正義優先で動きつつも自分勝手にはならないようにしているんだ。
「自信を持ってくれよ、俺は聡子のそういうところも含めて好きになったんだからさ」
「……うん」
「だからまだいてくれ、ちなみに俺も課題はまだやってないから教えてくれると助かるぞ」
「はは、なによそれ、まあいいけど」
落ち着く家で彼氏と勉強をやる時間というのも悪くはない。
いや、まだまだ全然寒いから全てお家デートでもいいぐらいだ。
それに正義が急に抱きしめてきたくなっても人目を気にせずにできるわけだし、……キスをしたくなってもここでなら誰からも悪く言われないわけだし。
ま、なるべくそれはない方がいいんだけどね。
もしいまの状態でしたとしたら止まらなくなるだろうから。
「聡子、ちょっと付いてきて」
ちょっと眠たくて瞼と瞼がくっつきそうになっていたとき、愛子にそう言われてなんとか踏みとどまることができた。
今度は急に暖かくなってきたことが原因だとも言える。
短い休み時間に寝てしまうと授業中も怪しくなってくるからありがたい。
「私も行っていい?」
「亜美も? 愛子がいいならいいんじゃない?」
「私は大丈夫だよ、ちょっと見せたいだけだから」
これはいよいよかと思っていたらやっぱりそれだった。
正義と違って可愛い感じの男子、というところか。
説明してくれたということは関係が変わったのかと期待した自分だが、残念ながらまだ関係が変わったわけではなかったらしい。
それでもこうして説明してくれたのは好きになったかららしかった。
「いいなあ、渋谷さんは可能性があるもんね」
「うーん、どうだろう」
「近くに女の子がいるとかではないんでしょ?」
「うん、見たことはないかな」
「その点、山崎君の近くには常にこの聡子がいたからね……」
「それは仕方がないよ、正義は聡子のことが大好きすぎるから」
愛子はさらに「寧ろよくアタックできたよね」と少しだけ厳しく言っていた。
私としては私云々はともかくとしてよくあそこまで積極的になれるな、というところ。
そこは嫌味を言うつもりはないけど近くにいたからこその難しさかもしれない。
だから正義は~という話になってくるわけだ。
「あー悔しいっ、この聡子この、このっ、このー!」
「ちょ……」
「……冗談だよ、実力で負けたんだしね」
こちらに実力があったのかどうか。
とにかく運がよかったとしか言いようがない気がする。
私はただ正義の近くに存在できていたというだけだ。
「亜美も頑張って他を探しなよ、私も正義を諦めることに――」
「マジっ?」
さすがにこれには驚いた。
正義が私のことを好きすぎるから~というのはなんだったのか。
……やっぱり好きだったということなら申し訳ないことをしたことになる。
正義にも愛子にもだ、これはもうどうしたらいいんだろうね。
「嘘だよ、聡子が正義のことを好きじゃなかったら振り向かせたかもしれないけどね」
「……いまからは勘弁して」
「しないよ、あの子のことを好きになったんだから」
「心配しなくていいよ、山崎君は聡子のことが好きすぎるから」
なんか不安になってしまったから後でふたりきりになった際にいっぱい甘えようと決めて教室に戻った。
「あ、どこに行ってたんだよ」
「ちょっと愛子と亜美と散歩にね」
眠気も吹き飛んでくれたからありがたいけどうーんという感じ。
亜美や愛子は自分の席の方にもう戻っているから腕を掴んで耳に顔を近づける。
「……後で甘えさせて」
「お、おう」
「うん、じゃ、お互いに頑張りましょ」
いつも通りのことをするだけだ。
静かに授業を受けて知識を蓄えるだけ。
お昼休みになったら自作お弁当を食べてお腹いっぱいにするだけ。
お昼休み後も繰り返して放課後を迎えるだけ。
「聡子、いつ甘えてくれるんだ?」
「家じゃないと無理に決まっているじゃない」
だから今日はさっさと帰ることにした。
甘えたいのは確かだから誰にも邪魔されたくない。
「ちょちょ、もう少しでゆっくりでいいだろ」
「いいから早く」
なんか凄く抱きしめたくなったんだから仕方がない。
もうね、玄関のところでがばっといった。
そうしたら少しだけぎこちなかったけど頭を撫でてもらえて少し安心できた。
「どうしたんだ?」
「不安になったのよ」
「またかよ」
「仕方がないじゃない、私が選ばれたのは運みたいなものだし……」
「違うよ、とりあえず靴を脱いでリビングに行こう」
って、ここは私の家なんだけど……。
もう正義は来すぎて飲み物とかだって自分で注いでも違和感ないレベルだった。
「で?」
「あ……愛子の好きな人を教えてもらったんだけど……」
「それでなんで不安になるんだ?」
「……それとは別件なの」
面倒くさい人間になっているからこれは終わらせておいた。
今日はとことん正義にくっつくことで自分を落ち着かせる。
「……あんまりくっつかれると問題なんだが」
「なにが? 嫌ならやめるけど……」
「嫌とかじゃなくて単純に男としてな?」
「だからなにがどうなるの?」
「おいおい……」
恋人にくっついていたいと考えるのは普通だろう。
そもそも付き合う前からくっついてきていたのは正義だ。
抱きしめることなんて普通にしてきていたのにいまさらなんなのか。
「私はあんたが大好きなのよ、それだったらこうして触れていたいに決まっているわ」
「分かったからもう言わなくていい」
「そう? じゃあこのまま継続させてもらうわね」
いまさらだけどこれでもずっと付き合い続けられるかどうかは運ということに気づく。
確かに好きになってどっちかからの告白を受け入れて付き合ったはずなのに別れる人達もいることを考えると怖い話だ。
それまでは誕生日プレゼントを贈り合ったり、抱きしめ合ったり、それ以上のことだってするだろうからね。
「それよりなんで俺には教えてくれなかったんだろうな」
「まだ関係が変わったわけではないからじゃない?」
「それなのに聡子には教えるのか?」
「そこはまあ同性だからってのがあるんでしょ」
大丈夫、きっとそうかからない内に教えてくれると思う。
だって正義へのあれが半端ないわけだしね。
そりゃあれだけ一緒にいて正義は愛子に優しかったわけだから揺れてしまうようなチャンスは何度もあったということで。
「正義、これからも不安になって変なことを言うかもしれないけど――」
「その度に否定していくから大丈夫だ」
「それはそれであれだけどね……」
「はは、じゃあ不安にならなければいい、俺はいつだって聡子の近くにいるぞ」
私に必要なのはとにかく相手を信じることだ。
でも、そこまで不安になる必要はない気がする。
何故なら相手が生まれたときから一緒にいると言っても過言ではない正義だから。
「ということで、とりあえずいまはくっつくのをやめてくれ、下手をすればやばいことになるからな」
「あっ、やばいことってそういう……」
「……分からなかったのかよ」
そういうものなのか……。
こちらとしては安心とか落ち着ける要素でしかないんだけど。
「好きな人間にぴったりくっつかれてたらな……」
「下着姿とかではないのよ?」
「それでもだよ、感触だけは滅茶苦茶鮮明に分かるわけだからな」
と言っても、私の胸とかはないわけだけど……。
ま、まあ、悪く言われているよりはいいかと片付けた。
満足してくれているのならそれでいい。
変なことを言って嫌がられるよりはいいだろう。
「じゃあ……気をつけるわね」
「おう、あ、だけど……俺からするのはいいか?」
「それだったら私からだってしたいわよ」
「じゃあ……頻度に気をつけるということで」
「そうね、それが一番だわ」
というわけでそのように決まった。
いつまでもこの距離感でいられたらいいなと再度呟いたのだった。
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