07話.[行ってきなさい]
「お誕生日おめでとう!」
や、やかまし……。
祝ってくれるのは嬉しいけどそのせいで外で待つ羽目になった私としてはなんとも言えない気持ちになっていた。
正義から貰ったブランケットをかけていても冷える冷える。
二月の中盤を過ぎているというのに暖かくなるどころかどんどん寒くなるこの現実世界に嫌気が差してきているところだった。
「はいっ、私からはヘアゴムねっ」
「ありがと、でも、なんでヘアゴム?」
「なんか適当で古臭かったからこの機会に変えてほしくて」
「そういうことね、ありがと」
髪が伸びても適当に結べるやつで結んでいただけだった。
髪の品質は気にしているもののゴムとかは適当に使用していたからありがたい……か?
まあなんかすっごく可愛らしい感じなのが引っかかるところだけど。
「そういえば正義は?」
「疲れたとか言って寝ちゃった」
私の家なのに相変わらず自由な人間だった。
基本的にこっちの家に帰ってくるぐらいだからもはや家族としてカウントしているぐらいだ。
……仮に家族でも正義が相手なら恋することぐらい余裕だけどねと内で呟く。
「見て見て、ケーキも私が作ったんだよ?」
「いや、それ私が作ったやつだから」
なんか途中で虚しい気持ちになる行為だった。
前日から準備しなければならないからそれがまた拍車をかけているというか……。
家から追い出される前に完成させたのも私だし。
「で、愛子はなんのために私を追い出したの?」
「なんでだっけ?」
「は? え、私に聞かれても……」
「まあいいでしょっ、ご飯を食べようよ!」
このご飯も愛子と協力して作ったやつだった。
全部彼女が作ると言ってくれたけどさすがに任せられなかった。
教えてできるようになったとはいえ、まだまだ私よりもできないわけだしね。
こんなことを言ったら怒られるから絶対に言わないけど。
「正義を起こしてくるわ」
「うんっ、待ってるねっ」
が、客間に行ってみても正義はいなかった。
それならと自分の部屋に行ってみたら、
「なんでこんなところで寝ているのよ」
ベッドでもない、その側面の広い場所でもないそんな場所に寝ていた。
いくら寒いのが得意だからってこんなのでは風邪を引いてしまうだろう。
うーん、ただ起こすべきなのだろうか?
可愛い寝顔だし、気持ちよさそうだしでこのまま寝かせてあげたい姉的な気持ちが……。
「……聡子か?」
「うん、愛子がご飯食べよーだって――……せめてベッドで寝なさいよ」
抱きしめたくなるぐらい体が冷えていたと判断しておこう。
……残念ながら全く冷えてなんかいなかったけども。
ちなみに正義は「流石にそれはな、だって変態みたいになっちゃうだろ?」と少しだけ不満そうだった。
「勝手に入っている時点で変態とは言えなくてもスケベじゃない?」
「悪いことはなにもしてないぞ、それに下着とかを見てもドキドキしたりなんか――な、なにやってんだよっ」
一気に揶揄したい気持ちが高まってしまった。
だから脱ごうとしたら慌て始めてなんか不思議な気持ちになった。
「ドキドキしないんでしょ? だったら脱いだって――痛いわよ」
「やめろやめろ、冗談だよ」
「そうね、風邪を引いても嫌だからやめておくわ」
愛子も待たせているし茶番を繰り広げている場合ではなかったことを思い出す。
それになんとなく実感が湧かないけど今日は自分の誕生日なわけだしね。
「あ、遅いよっ」
「あんた……」
「た、食べてないよっ?」
頑張ってくれたんだから食べてくれていてもいいんだけど。
冷めてもあれだから正義に声をかけて食べることにした。
もちろん普通に美味しかったし、ケーキの出来も悪くなかった。
「聡子、実はこの後約束をしてて……」
「うん、行ってきなさい。あ、今日はありがとね」
「うんっ、こちらこそありがとねっ」
こういうことも増えたなあ。
それでも祝いに来てくれるところは相変わらずとしか言いようがない。
愛子のそういうところが好きだ。
「聡子、ちょっと外に行かないか?」
「え、もう暗いんだけど……」
「少しだけ付き合ってくれ、後で洗い物とか俺もやるからさ」
「あ、じゃあ……少しだけ」
しっかしこんな寒いときになんでわざわざ……。
敢えて連れ出そうとするあたりが意地悪だってこの前は考えたけど、間違いなくそうだといまならはっきり言えた。
「俺さ、今日がくるのを待っていたんだよな」
「誕生日を? なんで?」
いつもよりちょっと豪華なご飯が食べられるぐらいしかメリットはない。
あとは歳を重ねてしまったんだという少しだけ寂しい感じ、かな。
確実に自由にやれなくなる大人に近づいているわけだし、もう少しぐらい長く生きるつもりだけど死だって少しずつ近づいてきているわけだし。
「もう一回やり直したいんだ」
「あ、それって恋人関係に戻りたいって?」
「ああ、俺は聡子しか考えられないからな」
私だってそうだ、少なくともいまはそうだと言える。
正義以外の男子と仲良くしているイメージができない。
いつだって「聡子」と低い声で呼んできてくれるのを待っているわけで。
「聡子」
「いちいち言わなくていいわよ、何度も言ったけどあんただから許可していたんだから」
「ああ、もうあのときのようにはしないから」
「だから言わなくていいわ」
って、それを言いたいだけだったらやはり家の中にいるままでよかったと思う。
これじゃあ寒い思いをしただけで終わりだ。
「あと、誕生日プレゼントを結局用意できてなくてな」
「あんたは……あなたはクリスマスにくれたじゃない、それで十分よ」
あなた呼びなんて滅多にしないからかなり恥ずかしい。
でも、この点だけは外に来ていてよかったと思った。
だって夜だし、そのおかげで顔を見られなくて済むからだ。
「家じゃ駄目だったの?」
「ああ、受け入れられた場合は間違いなく押し倒していただろうからな」
「なるほどね、ふっ、あなたはスケベさんね」
「一緒に過ごしてきた時間が他の人間とは段違いだからな」
それでもやっぱり寒いから家に戻ることに。
急いで洗い物をしておかないと間違いなく後悔するというのもあった。
そして約束通り正義が手伝ってくれたからそう時間もかからずに終わらせることに成功。
「風呂に行ってこいよ、それで今日は一緒に寝ようぜ」
「ご両親から怒られないの?」
「怒られないよ、寧ろ『聡子ちゃんのところに行ってきなさい』って言われるぐらいだ」
「ふっ、想像しやすいわね」
体も冷えたからさっさと入ってくることにしよう。
ただ、この場合の一緒に寝る発言ってなんか意味深な気がする。
別にそれを意識しているわけではないけどしっかり洗って、しっかりつかってからリビングに戻ってきた。
「おかえり」
「お風呂は?」
「もう入ってきたぞ」
「じゃあもうちょっと疲れたから二階に――より客間の方がいい?」
「ああ、聡子がベッドで寝ているのに床でってのも気になるんだよ」
じゃあ客間に布団を拭いて寝よう。
ここの照明もリモコンがあるから楽でいい。
「え、そんなに離すの?」
「いやそりゃまた関係を戻したといってもな」
「別によくない? 間とかなくても」
勝手に近づけたら離れるということはなかったものの向こうを向かれてしまった。
まあなにをどうするってわけじゃないからこのままでもいいんだけども。
まだまだ時間は早いけど電気を消して真っ暗にする。
「正義、そっちに入ってもいい?」
「……好きにすればいい、ここは聡子の家なんだからな」
もちろんそれだけではなく後ろからがばっといった。
真っ暗だからこそこの行為の重さが上がるけど正義は文句を言ってこなかった。
「抱きしめたりしたことを私は後悔しないわ、だからいつかあなたが他の女の子の彼氏になったとしても恨んだりしないから安心してちょうだい」
「……そんないつになるか分からない話をされても困るぞ、しかも関係を戻したばっかりのときに話すことではないだろ」
「そういうつもりでいるから安心してちょうだいって言いたかったの」
こっちを向かせて再度抱きしめたら正義の心臓の音がよく聞こえるようになった。
結構鍛えていることは知っているのもあってなんかすごかった。
「……ドキドキしてるわね」
「……当たり前だろ」
「でも、明日までこれでいい?」
「ああ、誕生日なんだから言うことを聞かないとな」
明日も普通に学校だから風邪を引くわけにもいかない。
布団だけでも十分に暖かいけど、うん、やっぱり変わってくるわけで。
「聡子、あなた呼びはやめてくれ」
「なんでよ、丁寧でいいじゃない」
「なんか気恥ずかしいんだよ」
「夫婦みたいでいいじゃない?」
「そりゃそうだけどさあ」
ちょっと最低かもしれないけど相手も気恥ずかしさを感じてくれているならそれで十分だ。
問題なのはこちらばかりがドキドキすることになることだから余計にその思いが強まる。
「愛子に言わないとな」
「そうね、隠すようなことでもないし」
「俺が愛子の立場だったら隠されたくないからな」
私が同じ立場でもそうだ。
こそこそとしないで堂々と付き合ってほしいと思う。
「あんたは一度別れてからの方が積極的だったわよね」
「一度経験したからだと思う、そうでもなければ一度目みたいに上手くやれなかったよ」
それでも告白してきてくれたのは彼の方からだから十分だと思うけど。
私なんかその気になっても一度も自分から動けなかったわけだからね。
だからその点でも勇気を出せた彼は格好いいと言えた。
って、なんかなんでも高評価で恋をすると若干狂うんだなと再度知った。
とにかく朝までぐっすり寝て彼より先に起きたときのこと。
「……彼女なのよね」
本来なら空白期間のはずのときも彼とずっと一緒に過ごしてきた。
それはつまりほとんど彼氏彼女の関係でいたと言ってもいいぐらいだ。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきて、その先の関係にもなったような私達で。
……それなら、キスぐらいしてもいいのかもしれない。
起きているときにやるとかそんな高等なことはできないからいまならと考えて、さっと起きてしまう前に勝負を仕掛けた。
よくあるしようとした瞬間に相手が目を開ける~なんてことにはならず、なんかあっという間に終わってしまったことになるけど……。
「ご飯を作らないと」
洗濯物だって干さなければならない。
掃除だって学校に行く前にちょっとやっておきたい。
「……はよー」
「おはよ、ご飯できてるわよ」
「……その前に歯を磨いてくるわ」
あ……と自分の失敗を悟る。
せめて歯を磨いてからするべきだったと。
「今回は寝られてよかったよ」
「それはよかったわね、前回なんて徹夜だったわけだし」
「まさか寝られないとは思わなかったけどな」
この様子だと気づいている感じはなさそうだ。
だったら問題ない。
ご飯を食べてもらって、洗い物をして、制服とかに着替えて学校に行くだけだ。
だったはずなんだけど、
「……いまさらだけどさ、寝ているときにするなよ」
と、言われて手も足も呼吸も止めることになった。
もちろんすぐに思い出してなんでもない感を出しつつなに言ってんの? と返す。
バレてるわけがない、あの後だって寝たままだったんだから。
「なんの話よ? 私が早く起きるのはいつも通りだし、別に怪しい行動なんて微塵もしていないでしょ?」
「……別に隠さなくてもいいだろ、それにどうせなら俺からしたかった」
「とにかく行くわよっ」
待つだけじゃなにも変わらない。
正直、どっちからしたとかどうでもいいと思う。
大切なのはこの関係で居続けられるかどうか、ということだから。
なので、勢いで寝ているときにしてしまったのもちょっと失敗だったという感じで。
「ごめん、勝手にして」
「いやまあ謝らなくていいけどさ」
「うん、今度からは許可が下りてからするわ」
慎重になりすぎる必要もないけど自分勝手になりすぎてもいけない。
恋人同士だからって無許可でしてしまったら嫌われてしまう可能性もある。
せっかくまた関係を戻せたのにすぐに関係解消にはなりたくない。
「おはよー!」
「あれ、珍しいわね」
「うん、なんか早く起きちゃったからふたりを待ってたんだ」
「体が冷えたんじゃない? これからは無理しなくていいわよ」
「うーん、無理なんかしてないよ、それに仲間外れにされるのは嫌だし」
ところでいつ言おうと考えていたら正義がすぐに言っていた。
愛子は驚くこともせずに「おめでとう」と言っているだけだった。
なんかふたりとも私と違って大人で正直恥ずかしくなったぐらい。
最近の私は恥ずかしくなりすぎでしょとツッコむことも忘れない。
「今度のふたりは積極的だったね」
「私はそうでもなかったけどね」
「そう? 聡子の方から近づいていたと思うけど」
いや、近づく前に正義が来ていたからそう見えていただけだ。
何度も抱きしめてきていたのは正義だし、私はそれを受け入れていただけ。
だから実際に勇気を出せたのは今朝のアレだけということになる。
「愛子はどうなんだ?」
「実はまたお出かけすることになっててね」
「俺、相変わらずどんな人間なのか知らないんだけど」
「私もね」
「関係が変わったら紹介するよ、変わっていない状態で紹介するのはちょっとね」
なるほど、上手くいかなかったときのことを考えているのか。
そう考えると私は恵まれていたんだなと。
勝手にどこかを気に入って近づいてきてくれる正義がいたんだから。
「それより今回は同じようにしないようにね」
「ああ、絶対にしない」
「うん、だったら安心かな」
大きい正義と小さい愛子の組み合わせがやっぱり魅力的に見える。
本人も私がいなければ正義は魅力的だって言っていたからなあ。
その点は結構あれだし、だけど正義が来てくれていなかったら私に興味を抱いてくれるような人間はいなかったしということで難しい。
「あ……」
「「ん?」」
「な、なんでもないっ、だけど用事を思い出したから行くねっ」
これはもしかしたらあの集団の中に気になる存在がいたのかもしれない。
ま、どっちにしろ行き着く先場所は同じだから――って、
「ちょちょ、どこに連れて行く気なの?」
何故か手を握られて集団とは別の方向に連れて行かれていた。
寒さはなんとなく弱くなってきている気がするけどなるべくいたくない中でこれだ。
「まだ時間もあるし公園にでも寄ろう」
「まあ確かに時間はあるけど……」
どうせ行かないと言っても聞いてくれないから付いていくことに。
つか、野球部だった正義に掴まれていたら逃げることなんて元から叶わない。
「さて、朝からよくもやってくれたなあ」
「な、なんの話?」
「はぁ、……危なかったんだぞあの後」
「なにが?」
実はまた寝られていなくて止めが刺された、ってことだろうか?
意外と可愛げのある感じだからそういうこともありそうだ。
「聡子が起きる前から起きてたんだよ」
「へえ、それなのにどうしてすぐに目を開けなかったの?」
「……一瞬だけ見たときの聡子の顔がやばくてな」
「えぇ、恋する乙女って感じじゃなかったの?」
もし化け物みたいに笑っていたとしたら嫌だな。
間違いなく怖いだろうし、目を慌てて閉じてしまうのも理解できる。
「いや……えろかった」
「は、はい……?」
「なんか初めて見る顔だったんだよっ」
つまり……色気があったってこと?
それはいいのか悪いのか、彼的には悪いことなのだろうか?
色々内で言い訳をしてキスをする口実を探していたから表情とかに意識を割いているような余裕はなかった。
そもそも、どんな顔をしていても自分では分からないから考えるだけ無駄だと言える。
「あ、欲情しちゃったってこと? 正義も可愛いわね」
「……なあ、実は空白期間に他の男ととか――」
「ありえないでしょ、あんたと愛子といた記憶しかないわ」
「確かにそうだったな……」
馬鹿なことを言ってほしくないからおでこを突いておいた。
おでこを押さえつつすごい微妙な顔をした正義を見て笑ってしまったのだった。
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