06話.[変わっていない]
「うーむ」
ハート型にするか板チョコみたいに四角にするか悩んでいた。
関係的にはほぼ恋人みたいなものだからハート型でも別に重くて引かれる、なんてことにはならないだろうけどキャラ的に引っかかっている、というところだった。
愛子が一生懸命作ってその結果がハート型なら相手も大歓迎だろうけどね。
「ハート型にしようよ」
「あんたそれマジで言ってんの?」
「うん、というか正直に言うと正義は形なんて重要視しないと思う。聡子から貰えたらどんな形でも、どんなお菓子でも喜ぶよ」
それなら数個に分けてひとつだけその形に~というのがいいか。
ハートばかりだとやっぱり痛い女だと判断されるかもしれないし……。
「愛子は気になる人に渡すの?」
「当たり前だよ、そのために今日は聡子に協力してもらっているんだよ?」
「あ、そういえばそうだったわね」
形をどうするかで悩みすぎていて忘れていた。
まあいい、ここで躓いているのももったいないからさっさと決めてしまおう。
「ふぃ~、これで固まるのを待つだけだね」
「そうね、時間はかかるし紅茶でも飲みましょ」
「うん、お菓子も持ってきているからね~」
そもそも明日が当日なんだから今日急いだって仕方がないし。
愛子が手作りチョコに興味を持ってくれたおかげで気恥ずかしくならなくて済んだ。
「正義が大人しく言うことを聞くなんてね」
「愛子が『付いてきたら聡子のチョコがなくなるよ』なんて言ったからでしょ」
「ふふふ、それだけそれが価値のあるものだと考えてくれているんだよ」
どうせなら喜んでもらえた方がいいに決まっている。
市販の物がそもそも美味しいのだとしても一応時間はかけているわけだし。
「はい」
「ありがとっ」
ふぅ、正義の反応はどうなるのかねえ。
照れてくれたら可愛いし、逆に真っ直ぐ笑顔で受け取ってくれても嬉しいし。
「もう終わったから呼んであげようか、少しでも聡子といさせてあげたいし」
「まあそれはともかくもういいわね」
そもそも私は見られていても構わなかった。
なんなら味見すらしてもらってもよかったぐらいだ。
「……よー、暇すぎて暇死するところだったぞ」
「お疲れ、温かいお湯があるけどコーヒーか紅茶、どっちがいい?」
「それならコーヒーかな、それ以外は無駄に使わせることもないし」
「了解」
三人でゆっくり過ごせる時間というのも好きだ。
いまふたりきりになるとすぐに触れてくるから困る。
ふたりきりだから逃げることはできないし、こちらも意識してしまって駄目になる。
「空気を読んで帰った方がいいですかい?」
「帰らなくていいわ、寧ろいてくれないと正義はすぐに発情してしまうからね」
「なるほどっ、じゃあ正義から聡子を守らないとねっ」
正義は頭を掻きつつ「酷えな……」と。
まあほとんど事実だから仕方がない。
そう言われるのが嫌ならタイミングと頻度を変えるしかない。
それすら嫌なら他の仲のいい人間に触れておけばいいんだ。
「なんてね、正義はちゃんと聡子のことを考えているだろうからね」
「ま、それは分かっているわ」
「うん、だから正義とちゃんと向き合ってあげてね」
ここ最近では一番向き合っている気がする。
いや、向き合っているのではなく抱き合っていると言う方が正しいか。
……なんか不健全な関係みたいだけどそれ以外は一切ないから大丈夫だろう。
「そうだ、もうチョコ食べる?」
「いや、当日がいいな」
「そ、じゃあ明日渡すわ」
私としては固まったらすぐに渡して気恥ずかしさというのを消したかった。
当日に渡したらどうしてもバレンタインデーだということを、本命だということを相手にバレてしまうからだ。
無駄な抵抗をしても仕方がないと言えば仕方がないんだけどね。
「私のは本命じゃないから今日あげるよ」
「そうか? じゃあ貰うかな」
ちょ、それじゃあまるで私のが……。
……救いな点はまだ固まっていないことか。
冷蔵庫を開けるのは愛子だろうから見られることもない。
「つか愛子、口の横についてんぞ」
「取ってー」
「仕方ねえなあ」
お似合いだとか思ったけどどちらかと言うと兄妹みたいに見えるかもしれない。
信用している感じが正にそうだ。
「あ、聡子が嫉妬してる」
「兄妹みたいだと思ったのよ」
「もちろん私がお姉ちゃんだよね? 姉弟だよね?」
「ふふ、それもいいかもしれないわね」
しっかり者の弟に支えられる元気な姉というのもいいだろう。
愛子はこれぐらいの感じでいてくれないと困るし、それを維持するためにも周りのサポートというやつは重要なんだし。
「愛子が仮に姉でも構わないぞ、元気な人間が家にいるだけで明るくなるだろ」
「でしょー? よし、じゃあお姉ちゃんって呼んでみようっ」
「姉貴」
「それもまたいいねっ」
なんかひとり置いてけぼりにされているのは嫌だから私がお姉ちゃんと呼ぶことに。
「聡子が妹だったらもっとすごいことになるね」
「愛子がお姉ちゃんだったら毎日抱きしめているわよ」
「いまからでも抱きしめてもいいんだよ?」
「はぐはぐ」
「ふふふ、正義、羨ましいでしょー」
明らかに悔しそうな顔をしていたから後でしてあげようと決めた。
愛子がいるときと愛子がいないときではやはり変わる。
私的には愛子がいてくれているときの方が気楽でいられてやはりよかった。
「はい」
なんで数枚に分けたのかと後悔していた。
クッキーじゃないんだから一枚にまとめればよかったのにともね。
「ありがとなっ」
「うん、ひとつひとつは小さいし味は一緒だけど食べて」
「おうっ」
でも、それはまだまだ後のことになる。
何故なら今日は普通に平日だからだ。
学生である以上、通い続けなければならない。
「冷蔵庫に入れておかないとな」
「常温放置でいいんじゃない? 普通に寒いんだし」
「いや、せっかく作ってくれたのに溶かしたらあれだろ」
「溶ける?」
「溶けると思うぞ、昼は暖かいしな」
そういうものか、まあそこは自由にしてもらえばいい。
で、バレンタインデーも終わったいま(今日だけど)、次は誕生日というわけで。
早生まれだからやっと十六歳かという考えと、もう十六歳かという考えがある。
六歳の頃のことをいまでも鮮明に思い出せるからこそなのかもしれない。
「ちょっといい?」
正義と別れ教室に入って席に座った、というところで話しかけられた。
意識を向けてみたらまたこの前の子で多分露骨に顔に出たんだと思う。
「そんな顔をしないでよ」と言われて一応改めようとした。
「正義のこと?」
「……うん」
「まだ諦められないって?」
「……簡単には捨てられないよ」
まあそりゃそうかという感じの内容だった。
簡単に捨てられるのならそれは好きだったとは言えない。
逆に自分のことだけを好きだったと言えることだ。
「でも、困らせるだけだからもうちょっかいを出したりしないよ」
「じゃあ今日はなんで?」
雰囲気的にも責めたいという感じは伝わってこない。
いまからしても嫌われるだけだと考えているから……かな。
いやでも本当に正義はもったいないことをしているけどね。
「……謝ろうと思って、実力で振り向かせられないのにあなたに当たっちゃったから」
「謝らなくていいわよ、でも、あれがなかったらもっとよかったかもしれないわね」
「自分の大切な友達にそういう対応をされたら山崎君も嫌だよね」
「正義はそういうのを一番嫌うからね」
実は昔にも同じような勝負を仕掛けられたことがある。
そのときは正義に知らせずに避けていたから何度も来られて困った。
愛子といるときもすぐに来ようとするから愛子経由で伝えることも叶わなかったし。
「そういえば渋谷さんと仲いいよね」
「愛子と? そうね、幼馴染だから」
「へえ、いいなあ」
「喧嘩とかもほとんどしたことないから確かにいい相手ね」
しょうもないことで喧嘩をして一ヶ月近く口を聞かなかったことがある。
私がとにかく無視をし続けていたら正義に怒られたうえに、愛子が滅茶苦茶泣いていて折れるしかなかったんだ。
いくら大切な友達相手でも許容できないことはある。
だからあのとき愛子が謝ってきていなかったら二度と一緒にいることはなかった……可能性もあったというところか。
「さ、聡子って呼んでいい?」
「別にいいけど……」
「私のことは
なにが目的なんだ?
謝罪をするために近づいてきたらしいけど一緒にいようとするのはおかしい。
だってこう言ってはなんだけど私が正義と仲良くしているところを直視することになるんだからね。
正義が裏で彼女と仲良くしているのならともかくとして、あの正義に限ってそんなことはありえないからメリットもないと。
「あ、邪魔したいから一緒にいようとしているわけじゃないよ? ただ、圧倒的な差をこの目で直視すれば次へって……動けるかもしれないって……」
「辛いだけじゃない」
「でも、そういうきっかけがないとふたりに迷惑をかけちゃうから」
別れてからならともかくとして、基本的に誰かひとりしか選ばれないからなあ。
漫画とかでもあるまいし、好きな気持ちを抱え続けるなんてデメリットなだけ。
……自分は絶対に体験したくないけどそうやって捨ててしまうのが一番……なのかなと。
「それに単純に聡子に興味が湧いたというか……」
「私に? 面白みもない人間だけどね」
「そんなことないよ」
あー……そんなことないって言ってもらうために口にしたわけじゃないんだけど……。
やっぱり構ってちゃんなだけな気がする。
正義にも何回も損しているとか口にしてね。
「今日はバレンタインデーだけど持ってきてないの?」
「え……渡していいの?」
「そりゃそんなの自由でしょ、って、私から言われたくないわよね……」
とてつもなく嫌なキャラになっている気がした。
自分が選ばれるからこその余裕だとか思われたら嫌だぞ。
「聡子さえよければ最後に……」
「うん、それはあんたと正義次第だから」
先生に見つかると当然没収されるから放課後にした方がいいと言っておいた。
亜美も頷いて「ありがとう」とお礼を言ってきたからこちらも頷いておく。
どういう反応をするのか気になるから正義に聞きまくろうと決めた。
「待ったか?」
「いや? 寒いし帰るわよ」
「おう」
正義は受け取ってあげたんだろうか?
そこもはっきりさせるために断っていたらと思うと……。
「……受け取ってあげたの?」
「ああ」
「そう」
それならまだいい。
友達みたいな状態になってしまったから気になるんだ。
もうこの前みたいにどうなろうとどうでもいいとは片付けられない。
「つか、普通に話してたよな」
「そうね、相手が敵対視してこないなら厳しく対応する意味もないからね」
「もうなにもしないだろうけど困ったことがあったら言ってくれ」
「大丈夫よ、あの子はもうなにもしないわ」
正義から注意なんてされたくないだろうから絶対にしない。
もうメリットがない、寧ろデメリットばかりだ。
「聡子から貰った方は最後に食べるかな」
「自由にしてくれればいいわ」
市販で売られている物がそもそも最強なんだから。
そういう点ではわざわざ劣化させる手作りよりもそのまま渡した方がいい。
まあそれでは寂しいからということで作らせてもらったわけだけど。
「亜美、愛子、私からだけ?」
「ああ、俺はモテるような人間じゃないからな」
「嘘つき」
「嘘じゃないぞ、仮にモテていたとしても聡子からは離れないけどな」
いまだからこそこうなっているけどそれは信じられるようなことじゃない。
私よりもいい子にアピールされていたら間違いなく揺れていただろうから。
彼女ができればその彼女は他の女子といることを嫌がるから不可能。
「聡子?」
「あ……」
「どうしたんだよ?」
「入ろ、やっぱり外は寒いわ」
「お、おう、開けてくれないと入れないけどな」
いつも通りのことをしてゆっくりとする。
がさごそといじっていたからどうしたんだ? と考えていたら小袋を取り出してなるほどと理解できた。
「それが亜美作?」
「おう、丁寧だよな」
「美味しそうね」
透明の袋に入っているからよく見える。
面白い点は板チョコではないけど真四角のチョコだということだった。
「お、これ甘すぎなくていいな」
「ブラック寄りってこと? あんたの好みのことを分かっているじゃない」
「なるほどな、だからあんなに好みの物とかを聞いてきていたのか」
なるほど、話していなかったあの期間にそういうことを知ろうと動いていたのか。
その積極性だけは本当にすごいと思う。
「美味かったな、甘すぎるのは得意じゃないから――って、どうしたっ?」
「……私は甘い方が好きだから作った物にも影響しているかもしれないわ」
「別にいいだろ、作ってくれた物ならなんでも味わって食べさせてもらうよ」
どうやらこちらで食べるつもりはないようだった。
正直ありがたい。
自分が作った物を目の前で食べられたら気恥ずかしいどころの話じゃないから。
「告白とかされる度に聡子が一番だって思うんだ」
「……モテてるじゃない」
「正直、小中は女子とかも多く来てくれたからな」
確かにそう、いつも囲まれていた。
それでも正義はこちらを忘れずに来てくれたし、愛子も含めて三人で過ごせる時間もちゃんとあったということになる。
小学生時代なんてそれこそ美少女なんかが正義を囲んでいたぐらいだ。
揺れなかったのは小学生だから恋に興味がなかったのか、美少女でも興味を抱けるような対象じゃなかったのか、というところ。
「でも、俺は聡子や愛子と多くいることを選んだからな」
「それはそうね、三人でずっと一緒にいた思い出しかないわ」
「ああ、大切だったからな」
大切、うん、確かに大切な時間だった。
喧嘩したときなんかにはもういいとすら考えたこともあるけど、時間が経過すればするほど不安になってくるようなそんな関係だったのだ。
だからやっぱり仲直りしてよかったと思う。
「さてと、聡子」
「ん? なによ?」
「一日一回さ……」
「ああ、ふっ、あんたも甘えん坊ね」
最近は抱きしめられるのではなくて抱きしめるのが普通になっていた。
そしてそれだけではなく、後頭部を撫でるまでがワンセットとなっている。
「じっとできていい子ね」
「……子ども扱いするなよ」
「不意に抱きしめたときなんて慌てていたでしょ? あれは可愛かったわよ?」
「……好きな人間に抱きしめられたら普通はそうなるだろ」
本当になんで付き合っていたときにこれをしなかったのかという話だ。
基本的に待ち専門だったからなんだけど、意外と乙女だったということを私は最近知った。
「あのときの私達はなんでこういうことをできなかったと思う?」
「なんでだろうな、好きな相手に告白して受け入れられたからそれで満足してしまったのかもしれないな」
「自分ひとり満足しているんじゃないわよ」
それで受け入れて喜んでいたこちらはどうすればいいの、という話だ。
クリスマスに一緒に過ごせなかったからって不安定になって、大晦日からお正月にかけても同じで、それでもバレンタインデーはしっかり作って渡して、誕生日には誕生日プレゼントを貰った後に別で最低のプレゼントを貰ったというアレだし。
「あのね、こんなことをするのはあんたにだけなのよ? いまさら他の女子のところに行くって言ったらマジで刺すからね?」
「愛子と付き合った方がいいんじゃなかったのか?」
「もうそのフェーズは終わったのよ、離れたら絶対に許さない」
もう少し前までとは変わってきてしまっているのだ。
自信がないということならいまからでも亜美の要求を受け入れればいい。
別にいますぐに行動に移すんだったら私だって我慢できるわけだからね。
「大丈夫だ」
「うん、それならいいわ」
抱きしめるのをやめて正義を見た。
背が高いだけでやっぱり中身がなにも変わっていない幼いときの正義のままだった。
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