05話.[違和感しかない]
「うーむ」
正義といられないというのは違和感しかない。
向こうも一応汲み取ってくれているのか学校で近づいて来ることはなかった。
その間、教室内で件の女子と普通に話している正義が見えるというのもなんとも……。
「聡子ー、ジュース買いに行こ」
「うん」
それを見ているよりは遥かにいい時間が過ごせるということで教室外へ。
まあそれはいいんだけど廊下は去年よりも冷えているような気がした。
ブランケットとかは使用できるから教室内は意外と暖かいんだけどね。
「いちご牛乳は美味しいなあ」
「そうね」
敢えてシンプルな牛乳を買う必要は悪いけどない……かな?
でも、いちご牛乳ってことになると話は変わってくる。
「正義、あの子とずっといるね」
「そうね」
「普通に相手をしているのはなんでだろうね、正義の中に聡子への気持ちはなかったということなのかな?」
それならそれで構わない。
触れられてもいいと思ったのは正義にだけだし、抱きしめられたこととかも別に後悔とか嫌だとか感じているわけではないから。
「それより愛子、ありがとね」
「うん? なんで?」
「愛子が事情を説明してくれたから面倒くさいことにならずに済んでいるし、学校でも来てくれるからひとりぼっちにならなくて済んでいるわけだからさ」
「あはは、そんなの当たり前だよ」
「うん、ありがと」
もしあのまま玄関のところにいたら変わっていたのかもしれないけど。
事情を知っていても私は無視をしたような人間だから評価も変わっているかもね。
正義の中であの子や他の子のことが大きくなったら当たり前も崩れていく。
「愛子、抱きしめてもいい?」
「いいよっ、はいっ」
「うん」
うん、安心できるのはやっぱり愛子といるときも同じだ。
さすがに対愛子だったらこっちの方が背が高いから心臓の音が聞こえるとかそういうことは一切ないけど。
「ゆっくりだね」
「あ、そりゃ愛子といると安心できるからね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、ちょっと悔しいかな」
「まあ、さすがにそこは同性とするのと異性とするのとでは違うから」
逆に同性とでもドキドキしていたら同性愛者か落ち着かない人間か、というところ。
それもひとつの形だから同性に恋をする人間がいてもいいと思う。
問題があるとすれば受け入れられる可能性が低いということか。
「それなのにいいの?」
「仮にあの子や他の子と付き合っても問題ないわよ、それならいまでも愛子と付き合ってほしいと考えているのは変わらないけどね」
「正義はいい子だけどね、あまりにも聡子が好きすぎるから」
「……そんなわけないって言える感じじゃないわよね」
言いたくはないけど正義は馬鹿だ。
私なんかに無駄に時間を使ってしまっている。
でも、付き合うんだとしたら正義以外にはありえない。
「あ、ここにいたんだ」
一階なのによく分かったものだ。
いつもならにこにこ笑顔で接する愛子もいまは難しい顔をしていた。
「約束はちゃんと守っているみたいだね」
「自分が言ったことぐらい守るわ」
たまに自分に甘くして破ってしまうときもあるけど基本的にはそうしている。
口先だけではないということを知ってほしかった。
まあそれを証明するためには時間が必要なんだけど。
「私は順調に仲良くできていると思うからこれはもしかしたらがあるかもしれないよ」
「それならそれでいいわ、正義が選んだのなら他人がどうこう言えることじゃないし」
「後悔しても知らないから」
すごい自信だ。
そんなに積極的に、大胆に行けるならさっさと行っておけばよかったのに。
こうやって絡まれるのも面倒くさいからキスでも性行為でもなんでもすればいい。
そうしたらまた落ち着いた日々に戻れるんだから。
「戻ろ、廊下はやっぱり寒いわ」
「うん……」
余計なことで内まで冷やしたくない。
いっそのことお試しで付き合ってしまうのもありだ。
それでなにもかもを許可して仲を深めていけば関係だって本格的に変わってくる。
私達の方はお試しではなかったけどその結果がいまのこれに繋がっているわけで。
仮に再度付き合ってもまた同じような展開になりかねないからこれでいいのだ。
「あんたがそんな顔をしない」
「……だって納得がいかないんだもん」
「愛子まで目をつけられたらそれこそ私が嫌な展開になる、だから愛子はいまのままで余計なことはしないでちょうだい」
面倒くさいことに巻き込まれたくないからと許可をしたのは自分だ。
自分可愛さで正義を売ったのとほとんど同じだから心配してもらえるような資格はない。
それに相手をしてくれるだけで十分だった。
いまさらひとりぼっちになったら耐えられないからそこでかなり活躍してくれている。
「愛子」
「……分かった」
「うん」
とにかく静かにしていれば誰にも文句を言われる謂れはない。
あとは真面目に授業を受けて、放課後になったら居残ってから帰ればいい。
距離も遠いわけではないし、治安だってここら辺りは間違いなくいいんだからね。
まだ高校一年生なんだから学校生活を楽しむために動いていたかった。
一月ももう少しで終わるというところまできていた。
寒さは私にとって最悪レベルのものだけど二月を乗り越えれば終わることを考えれば希望も見えてくるというものだ。
そして頼みの綱である愛子も気になる存在と多く過ごすことでひとりでいることが増えているというのが現状で。
「甘っ」
いい点は微妙な現実と違って飲み物が甘いことだろう。
水筒にコーヒーを作っていれてきたんだけど砂糖が多すぎた……。
昨日はちょっと正義の真似をしてブラックのままで飲んだら二度としない! という感じになったので、今日はいつもより多く入れてきた結果がこれだ。
「聡子」
「ん? って……」
いやこれは……どうなの?
私はいつも通り寒いと分かっているのに一階の自動販売機前にいたわけだけども。
水筒で持ってきたはずなのに敢えてここにいる理由は静かで落ち着くからだ。
ぽつんとひとりでいても誰も気にしないから、というのもある。
「こんなところで過ごすなよ、俺でも普通に寒いレベルだぞ」
返事もアウト……だから躱すのが難しい。
おまけにここ、狭いから戻ろうとしても腕を掴まれて終わりだろうし。
「問題ないぞ、俺が終わらせてきたからな」
いま考えたことを無駄にするような行為をしたが無事に終わった。
それどころか後ろから抱きしめられてしまったからどうにもできず。
「大丈夫だ、もう自由にはやらせない」
裏ではどうなるのかなんて分からない。
愛子経由で事情を説明していなかったら私はいきなり避け始めた変人ということになってしまうわけだし。
正義の前では我慢していてもどうせ一対一とかになったら自由に言われるのだ。
「大丈夫だよ聡子、私がはっきり言ってきたし」
「あれ、あんたもいたの?」
「うん、正義が珍しく男の子っぽく行動できていたからね」
うーん、愛子が言っているのなら大丈夫……か?
面倒くさいことに巻き込まれたくないからとああしていたんだからその前提がなくなれば確かにいままで通りでいいのかもしれない。
「ふぅ、で、あんたはいつまで抱きしめてんの?」
「あ、そういえばそうだな」
結局、なんだったんだろうな。
分かっているのはあの子が正義のことを好きだってことだけだけど。
「にしても徹底してたよな、話しかけても無視するぐらいだぜ?」
「だけど聡子ってそんなものじゃない? 喧嘩したときなんて一ヶ月ぐらいは口を聞いてくれなかったりもするし」
「それにしたってな、大丈夫だって言っているのに信じてくれなかったからな」
「それは正義が悪い、だってあの子と一緒にいたんだし」
「それはまあ仕方がないだろ、ある程度一緒にいれば満足すると思ったんだよ」
やっぱりこのふたりの方がお似合いなんだよなあ。
お互い好きに言い合いつつもずっといられるって相性よすぎるでしょ。
「いまからでも付き合ったら?」
「「は? はぁ……」」
「なによ?」
「「聡子ってアホだ……」」
はあ? と聞き返したいのはこちらだった。
明らかに相性がいいのに近くにいる相手を見ないとかそれこそアホじゃん。
「正義、愛子は可愛いんだからいいでしょ?」
「確かにいいと思うけど愛子にその気持ちがなければな」
「正義もいいけど聡子大好き症候群を発症しているからね」
「まあな、俺は聡子大好き野郎だぞ」
ちょいちょい、なんか変わってしまったみたいだ。
付き合う前でもこんなことは言えてなかった。
愛子から揶揄されても言葉を濁すだけだったというのに。
「もうすぐ聡子の誕生日があるからな、それまでには終わらせないといけないと思ったんだよ」
「そうだね、あんな下らないことで邪魔なんかされたくないよね」
「下らないは言いすぎだけどな」
「あ……確かにそうだった、反省……」
誰かを好きになるのは自由だ。
積極的に動こうとするのも自由だ。
でも、自惚れだけど正義を振り向かせたいならあんなことをするべきじゃなかった。
あれだけ積極的にいけるなら正々堂々ぶつかっていけばよかったんだ。
そういう意味ではあの子も私の被害者なのかもしれない。
「聡子、今年はなにが欲しいんだ?」
「去年の誕生日は最悪だったから似たようなことにならなければなんでもいいわよ」
誕生日プレゼントを貰った後に別れよう的なことを言われたんだからね。
だったら誕生日プレゼントすらなしでよかった。
上げて究極的に落とす作戦にはさすがにいい顔はできない。
「あ……」
「やーい、正義のアホー」
「……むかつくなその顔」
確かにこれはやられている側としては最悪レベルだった。
物凄く絶妙なラインでもはや褒めるしかないかもしれない。
「まあまあ、許してあげなさい」
「はーい、あ、そろそろ戻ろうよ」
「そうね、ほら、正義も戻るわよ」
「……おう」
ここに来るんだとしてもお昼休みにしようと決めた。
何気に行き来が大変だし、もう逃げる必要はなさそうだからね。
「バレンタインデーねー」
なんとなくスマホを見ていたらたまたまそんな広告を目撃した。
ちなみに誕生日前だったから去年はちゃんと手作りチョコをあげたわけだけども……。
「あんたはチョコ欲しいの? ――って、なにその顔」
そうしたら「当たり前だろ……」と。
寝転んでいた正義は体を起こして「スマホなんかいじるなよ」ともぶつけてきた。
「でも、市販の物を直接渡した方が美味しくない?」
「そりゃ美味しいけど俺は聡子が作ったチョコを食いたい」
「ふーん、まあ、それなら作るわよ」
ケーキを作ることを考えればそこまで苦ではないから前日にささっと作ってしまおうといま決めた。
「それより誕生日はどうするんだよ?」
「欲しい物とかないから」
「なにか捻り出してくれ」
「あんたがいてくれればそれでいいわよ」
結局、あれからあの子が絡んでくることもなかった。
愛子もまた私とよくいてくれているからそれも抑止力になっているのかもしれない。
だからいまとなっては正義がいてくれればそれでいいわけで。
「ま、絡まれたときは付き合うでも性行為でもなんでもしていいから私を面倒くさいことに巻き込まないでって思っていたけどね」
「酷えな、俺が誰でも受け入れると思ったか?」
「……見た目だけならあっちの方が圧勝だったし」
「馬鹿、見た目でも聡子の方が勝ってるよ、こういうことはあんまり言いたくないけどな」
正義の目はおかしくなってしまっているんだ。
愛子のことが魅力的に見えない時点でそれは明白だと言える。
面食いというわけではないのだとしても多少は意識する面のはずだ。
中身が滅茶苦茶よくても見た目で対象として選ばれない人間だっているだろうし、中身もそんなにいいわけじゃない私なんて余計にね。
「あんたは私を高く評価しすぎよ」
「当たり前だ、好きな人間のことを高く評価してなにが悪いんだ?」
「ちょ、……この前からなんなの?」
そんなことを何度も言われてもなにかが変わるというわけじゃないんだけど。
言えて満足できたということなら別にいいんだけどさ。
「適当に告白して、適当に元の関係に戻そうとしたわけじゃない。俺としてはあのままずっと恋人のままの方がよかったわけだからな」
「……当時の私は他に気になる子ができたからだと思っていたけど」
「そんなわけあるか」
当たり前のように触れてこようとしてきたから慌てて止める。
正義の中では上手くいかなかったことなんてなかったことになっているのかもしれないけどこちらの中にはあれがまだ残っているんだから。
「ど、どういうつもり?」
「どういうつもりって好きな人間には触れたいだろ?」
「触れてあんたにメリットがあんの?」
「ある、物凄く安心できるんだ」
私なんて愛子や正義が近くにいてくれるだけで安心できるのにわがままな人間だ。
まあなんか面倒くさいことになりそうだから許可しておいた。
そうしたら数分もしない内にやべー雰囲気になり始めて体を固まらせたけど。
「……ひとりで満足してない?」
「してるぞ」
「……私にとってのメリットが見当たらないんだけど」
相変わらずこれは心臓が過労死しそうな件だった。
まだまだこれからも働いてもらわないといけないからこれでは困る。
……今日の感じではドキドキしていないみたいだから不公平だし。
「そうか、確かにこれだと聡子的にはなあ」
「……いやまああんたがいてくれればいいんだけど」
「でも、全部それで片付けてしまうのもな」
あと、一回の時間が長いのも勘弁してほしい。
……こんなことでいちいちドキドキする自分が悪いと言えば悪いけど……。
「……いいわよ、無理して私のメリットなんて考えなくて」
「いいのか?」
「うん、あと、一回の時間を三秒とかにしてほしい」
「嫌だ、全然足りないだろ」
言うと思った。
……じゃあこちらばかりドキドキするのは不公平だからと押し倒した。
そのまま勢いで顔を近づけ正義の口に、
「馬鹿馬鹿馬鹿っ、ちょっと待てっ」
「な、なによ、嫌なの?」
しようとした際に慌てて止められてむっとなる。
ここまでしておいてキスは拒むなんておかしいと思う。
その気がないのならもう他の子のところに行くべきだ。
「……そういうのはもっといい雰囲気のときにするべきだろ」
「それってクリスマスとか大晦日とか?」
「それだけじゃないけど……いまこのままするのはもったいないだろ」
抱きしめられていたんだから雰囲気的には悪くないと思うけど。
とにかく、普通にソファに座り直した。
ふふ、顔を赤くしている正義が見られただけで満足するべきかと片付ける。
「聡子ってそういうところがあるよな」
「え、こんなことをするのは初めてじゃない?」
「確かにいまのはそうだけどさ、……なんか急に積極的になったりするよな」
え、それはいつのどこの私なんだろう。
基本的に待ち人間だったからこそ正義が告白してくるまで待ったんだけど。
「あと……笑顔が魅力的なんだよ」
「えぇ、それは悪いことなの?」
「……不意に直視することになったら集中できなくなるだろ」
彼曰く学校でそうされることが多くて困っていたと。
そりゃ誰だって信用できる人間といたら笑うでしょうよという話だ。
「むかついたのは何度も愛子と付き合えって言ってきたことだけどな」
「だって魅力的じゃない、誰がどう見ても愛子を選ぶ方が普通よ」
「そんな普通はない、なんで自分を下げるんだよ」
下げているのではなくて冷静に見られているということだろう。
私がいなかったら間違いなく愛子も正義を選んでいたはずで。
「あんたは現在進行系でもったいないことをしているのよ」
「してない」
「……そう言ってくれるのはありがたいけどね」
近くに愛子やクラスに綺麗な子がいたりすると余計にそう思うんだよ。
なにも私なんかで貴重な青春時代を無駄にしなくていいじゃない、と。
……なんか怖い顔になってきたから言わなかったけどね。
それでもこれを変えようとは思わなかった。
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