04話.[関わらなければ]

「うへぇ、なんなのよこれ……」


 年内最後の日に最高の辱めを受けていた。

 こんなの公開羞恥プレイになってしまう。


「なんで着物なんか着なきゃいけないのよ」

「可愛くていいじゃん」

「いや、愛子とか他の綺麗な人が着るならともかく私は――」

「はい、ごちゃごちゃ言ってないで行きましょー!」


 まあ……正義が待っているから行くしかないんだけど。

 人がいないならともかく人が結構来る神社に行くんじゃなあ……。


「お待たせー!」

「お、いいな」

「でしょっ? 聡子も着ているんだよっ」

「似合ってる」

「ありがと……」


 もういいからささっと行ってささっと帰ってこよう。

 どうせ日付が変わったら、新しい年になったら帰るんだからね。

 夜中だし、なによりみんな一緒に来た人間に集中するだろうから堂々としておけばじろじろ見られることもないだろう。


「結構遅めに来てよかったな、かなり寒いからさ」

「うん、そうだね」

「聡子は寒いの苦手だから新しい年になったらすぐに帰ろう」

「ちょっと残念だけど正直な話、残っていても仕方がないからね」


 寧ろ愛子が私達と行くことを選んでくれたことが驚きだった。

 年内も会って遊んでいたらしいから余計に。

 両親が厳しいと言っていたから夜遅くに外出ができないのだろうか?


「甘酒、飲むか?」

「あ、たまにしか飲む機会ないし貰おうかな」

「おう、待ってろ」


 こういうときに内が温まるものは助かる。

 お礼を言って受け取ってちびっと飲んだらほっと自然と息が溢れた。

 ほぼ同じような格好で普通に寒いはずなのに愛子からは全くそんな感じが伝わってこないのはなんでだろう。

 大袈裟に言ってしまえば彼女だけ春に生きている感じだ。


「しかし寒いな、流石の俺でもこれは……」

「こうして手を握っておけばいいんだよ、ぎゅーってね」

「おいおい、聡子の両手を握っちゃったら俺は誰の手を握ればいいんだ?」

「え? 自分の手でも握っておけばいいんじゃない?」

「酷えな……」


 まあこれはいつも通りのことだからなにも言わなくていい。

 私が絡まないと至って普通に会話できるからわざとやっているだけだ。

 一応、守ろうとしてくれているのか……?

 正義は酷いことをしてくる人間じゃないから問題もないんだけど。

 そんなことを考えたときのこと、いきなりみんながカウントをし始めて察した。

 黙っているのも逆に恥ずかしいから乗って声を出していると新年に。

 あけましておめでとうと挨拶をしてふたりを見る。

 この先何度こうして一緒に新年を迎えることができるのだろうか?


「意外と帰らないな」

「みんな寒さなんかどうでもいいんだよ」


 そういうものか、ここにわざわざ来ているんだからそれも楽しめなきゃ駄目なのか。

 私にはとてもじゃないけどそんなことはできない。

 別に新年を迎えるだけなら家でもできるんだから出てくる必要はない。

 いまだって鼻水が垂れそうになっているぐらいなんだから早く帰りたい。


「ふたりが残りたいならひとりで帰るけど」

「いや俺も帰るよ、愛子はどうするんだ?」

「実は約束をしててね、いまから合流するんだ」

「そうか、じゃあ気をつけろよ」

「あーい、ふたりもねっ」


 なるほどと納得できる面と、もしかしたら空気を読んだのかもしれないという面と。

 少なくとも後者ならそんなのは必要なかった。

 私は正義ともいたいけど愛子とだっていたいんだから。


「早く帰ろうぜ」

「そうね」


 今回のこれは愛子が誘ってくれたからだった。

 正義的にはそこまでこだわっていないのかもしれない。


「ふぅ、って、寝なくていいの?」

「ああ、全く眠たくないからな」


 まあいいか、こっちも眠たいわけじゃないし。

 騒がしくしなければリビングでゆっくりしていればいい。

 ただ、今日はジュースとかではなく温かいコーヒーを飲むことにした。

 正義の方はブラックで、……砂糖を入れた方が絶対に美味しいけどね。


「愛子みたいに変わっていくんだな、前までは当たり前のように三人でいたのに」

「でも、愛子からしてみれば私達もそうでしょ?」

「……付き合い始めてから変わったのか」


 仲間はずれのように感じたかもしれないし、どうでもよかったのかもしれないし。

 それでもなんにも影響を受けていないということはないと思う。


「でも、後悔はしてないぞ、俺は確かに聡子が好きだったからな」

「うん、好きでもないのに告白されたらたまったものじゃないけど」


 どっちにしろ後か先かってだけの話だ。

 私達が付き合っていなくてもそれこそ正義なんかは他の女の子と付き合って会える頻度が激減していたかもしれない。

 愛子だってとっくの昔に誰かと付き合っていた可能性だってあるわけで、◯◯をしていなかったらそうはなってはいなかったなんて考えはおかしいんだ。


「なあ」

「は、ちょ、なにその顔」


 先程までとは全く違う。

 近いところで言えばクリスマスのあのときの感じと言うのが正しいか。


「……また抱きしめてもいいか?」

「もしかして甘えん坊なの?」

「ああ、あれをしてから落ち着かないんだよ」

「ふふ、まあしたいならすればいいんじゃない」


 あの日はやっぱりクリスマスだからということで全く違かった。

 終わってみればただの平日だとかその前の年は考えたけどね。


「す、するぞ?」

「どうぞ」


 今日は抱きしめられてもあの日ほど影響は受けなかった。

 まあ何事も最初のインパクトには敵わないということなんだろう。

 でも、


「またドキドキしてんの?」

「……当たり前だ」

「まあいいけど」


 体は大きいのに中身は昔のままな気がする。

 昔からミスで手が当たっちゃったときなんかにも慌ててたからなあ。

 ……やばい、そう考えるとなんかとてつもなく愛おしくなってきた。


「このまま寝ちゃう? その場合は歯磨きとかをしてから客間でだけど」

「……無理するなよ」

「無理なんかしてないわよ、あんただからこそ言ってんの」


 正義に触れられるのは全く嫌ではなかった。

 中学生のときに他の男から触れられたときは冗談抜きで鳥肌が立ったけども。

 やばいね、さすがにそれには自分で自分に驚いたぐらいだし。


「あんたとなら一緒に寝たっていいわよ、まああんたが望むのならだけど」


 他の男子ともしているわけじゃないんだしどうでもいいだろう。

 ここで重要なのは正義の気持ちだ。

 こういう発言自体が嫌だってことならもう二度と言わない。


「それに正直布団だけだと動いたときに寒くなるじゃない? その点、あんたを抱いていればいつだってぬくぬくで心地よく寝られそうじゃない」

「……俺は別にそれでもいいけど、後悔しないか?」

「しないわよ、それにもう一緒に寝たことなんて何度もあるじゃない。抱きしめられたことだってクリスマスという特別の日にされたじゃない。何度も言うけど誰からの要求だって受け入れるわけじゃないわ」


 軽い女のように捉えられたら嫌だった。

 私は確かに正義にしかそういうことを許可してはいない。

 もし信じられない、そもそも一緒に寝たくないということなら普通に断ればいい。

 家でゆっくり寝られたら満足度なんかも違うだろうからね。


「そうか」

「うん、あんただから許可しているのよ」

「じゃあ……歯を磨いてくるわ」

「うん、待ってるわ」


 お風呂には入っているみたいだからすぐに寝られる。

 私も既に入った後だから――まあだからこそ冷えたわけだけど。

 着物を丁寧に脱いでラフな服装に着替えてから客間へ。


「聡子」

「おかえり、もう寝られるわよ」

「……じゃあ寝るか」

「うん、寝よ」


 布団を持ち上げて彼を誘う。

 転んだら自分も完全に寝転んで寝る準備を完了させて。


「……クリスマスもいまもあんたがいてくれてよかったわ」


 そう呟き、彼には背を向けて寝ることに集中したのだった。




「……あ、今日は学校じゃなかった」


 体を起こして辺りを見回す。

 そうしたら横ですやすやと寝ている正義がいてなんか微笑ましくなった。

 普段はできない行為、頭を撫でたりとか頬を突っついてみたりとかしてみる。


「……聡子、全然寝られなかったんだけど」

「あれ、駄目だったの?」

「ああ……」


 実は起きていた、というか、寝られなかったらしい。

 それなのにいまみたいなことをして申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちと。


「ごめん、それも知らずに……」

「いや、謝らなくていい、悪いのは俺だからな」


 彼は体を起こして伸びをしていた。

 それからこっちを見て何故か頭を撫でてきたという……。


「ありがとな」

「な、なにが?」

「全てだ、ちょっと家で歯を磨いてくる」


 なにがだあ……。

 正義はああして訳の分からないことをしてくるときもあるから調子が狂う。

 ……少女マンガのヒロインみたいに両手で頭に触れてみたら最高に気恥ずかしくなってきてこちらも歯を磨いたりしようと動き始めたけど。


「あ、そういえば今日はお正月か」


 もっとも、お年玉とかはもう貰っていないからなんか普通の一日のように感じる。

 とりあえずお腹が減ったからご飯を作っていたら正義が戻ってきた。


「お、雑煮か、美味そうだな」

「うん、あんたも食べていきなさい」

「おう」


 お節とかは食べないけどこれはしっかり食べる。

 お餅だってそう、必ず焼き餅も食べるわけだ。


「食べたらちょっと歩こうぜ」

「えぇ」

「そう嫌そうな顔をするなよ」


 外よりも暖かい家の中でゆっくり寝ていればいいのにとは思いつつも了承。

 これまたしっかり洗い物をしてから、しっかり着込んでから外に出た。


「さっむっ!? もう帰っていいっ?」

「まだ数秒しか経過してないぞ、ほら行こう」

「あ……」

「昨日、愛子が言っていただろ? 手でも握っておけばなんとかなるって」


 ……なんか段々と大胆になっている気がする。

 それはそれで構わないけど本当になんであのときしなかったんだ、ってなる。

 あと、寒がっている私を見て笑っているのはなんか意地悪な気が……。


「……なんか意地悪してない?」

「は? してないけど」

「敢えて外に連れ出そうとするじゃない」


 屋外で一緒に過ごすためにブランケットをくれた時点であれだけど。

 屋内でいいじゃない? それだったらゆっくりできるんだから。

 屋外だと仮に抱きしめたくなったとしても人がいるかもしれないという不安からゆっくりできないわけなんだからさ。


「それはあれだよ、屋内で他に誰もいない状況になるとすぐ触れたくなるからさ」

「屋外でもこうして触れているわけだけど」

「それでも手を繋ぐ程度ならなにかを言われたりしないからな」


 まあいいか、手を繋いでいるところを見られても別に恥ずかしくないし。

 と、問題ないと片付けられたのはあくまで私の中でだけ、だったらしい。


「山崎君とどういう関係なの?」


 学校が始まって一週間が経過した頃、あのときのことを目撃していたらしい正義のことを気にしているであろう女子が話しかけてきた。

 友達で幼馴染だということを説明したら「その気がないなら離れてよ」と。

 私からしたら誰かに言われて変えるようなことはしたくないから黙っていた。

 全てを聞いてあげれば冷静になるかもしれないと信じて。


「その気がないなら離れてほしいんだけど」

「えっと、あん――あなたは正――山崎君が好きなの……よね?」

「好きだよ、だからこそあなたの存在が邪魔なの」


 おぅ、ついにこういうときがきたか。

 いやいつかは絶対にこんな風になると思っていた。

 それに私達は彼氏彼女の関係じゃないからどうこう言える立場ではないと。


「えっと、どうすれば敵対視しないでくれるの?」

「一緒にいないでくれればそれでいいよ」

「……ま、分かったわ」


 一ヶ月ぐらい止めれば満足するでしょ。

 その間に正義がちゃんと決めてくれればこれも終わる。

 断ってもいいし、受け入れたって構わない。

 私はただただ平和に生きていたかった。


「破ったら許さないから」

「分かったわよ、自由に仲良くすればいいわ」


 面倒くさいことになるから愛子経由でこれを伝えてもらうことにした。

 疑われたくないからすぐに帰らずに放課後は残っていた。

 露骨に私の前で正義ににこにこと笑みを浮かべて話しかけていたから積極性はあるのかもしれない。


「ちょいちょーい、なんで許可しちゃったの?」

「だって面倒くさいことに巻き込まれたくないし」


 そういうリスクもあったから正義と仲良くするのはいいことばかりではなかった。

 いや、他の女子が特攻してこなければ本当に最高の相手としか言いようがないけども。


「もし正義を取られるのだとしてもその相手は愛子がよかったけどね」

「私には気になる子がいますから、それに正義が好きなのは間違いなく聡子でしょ」

「まあ……そうかもね」


 あんなことをしてくるぐらいなんだからなにかがないとおかしい。

 逆になにかを試すためにしているのだとしたらそれはもう仕方がない話だ。

 世界にはたくさんの魅力的な女子がいる。

 私のことを忘れてしまえば天国みたいなものだから。


「愛子がたまにでも相手をしてくれれば寂しくないからいいわよ」

「そりゃ行くけど」

「うん、それでいいの」


 多くは望まないから平穏な生活のままであってほしい。

 どうせ社会人になったら理不尽なことだって多いだろうからいまだけはね。

 大学に行くつもりはないからあとほぼ二年間平和なままでいられればそれで十分だ。


「それより気になる人ってどんな感じなの?」

「うーん、正義とは違う感じかも、そもそもが僕系だし」

「へえ、仲良くできるといいわね」

「うん、聡子と正義を見ていると余計にそう思うよ」


 最近の私達なら間違いなくそれっぽいことができていた。

 でも、今回のこれで一ヶ月近く空くからどうなるのかは分からない。


「これで私達は終わりかしらね」

「もう、そんな悲しいことを言わないでよ」

「って、愛子は正義にだけ少し厳しかったでしょ?」


 昔はただ単に素直になれないだけだと思っていた。

 正義の方は全く気にせずに愛子と仲良くしていたから愛子的にはそういう風に対応してくれる前提で動いているんだろうとも。

 だからやっぱり愛子が正義の相手をしてくれるのが一番なんだよなあと。


「……それは聡子を守るためにだよ」

「ありがと、愛子がいてくれてよかったわ」


 ここで離れてしまうことが正義のためには正しいことなのかもしれない。

 自分だけでは行動できないからあの子が終わらせてくれるのかもしれない。

 

「もう愛子と付き合うわ」

「おー、それもいいなー」

「正義と同じで一緒にいて安心できる子だからね」

「私もそうだよ、聡子といると安心できるし楽しい!」


 とはいえ、彼女には気になる人がいるんだから邪魔することはできない。

 最近はどこか調子に乗っていた気がしたから一ヶ月間ぐらいは静かに過ごそう。


「愛子は自分の優先したいことを優先しなさい」

「うん、分かった」

「じゃ、帰るわよ」

「うん、帰ろー」


 家に着いたらささっとなにもかもを済ませて部屋にこもった。

 実は正義から連絡がきていたけど私は自分が口にしたことぐらい守る。

 それにこのことは愛子経由で知っているはずだから慌てなくていい。


「……あれでよかったのかな」


 面倒くさいことに巻き込まれたくないからって分かったと簡単に言ってしまった。

 もし目の前であからさまに仲良くされたら耐えられるのか……?

 いまは名字呼びだからいいけど正義とか呼び始めた際には……。


「っと、誰か来たわね」


 インターホンが鳴ったから一階に下りて扉を開けたら、


「聡子――」


 正義がいたから慌てて閉めた。

 それでもやっぱり敵視されることよりもこちらを選ぶ。

 関わらなければいままで通り過ごせるということなら間違いなくね。

 そのためになら正義なんて……。


「聡子、開けてくれよ」


 話すことも駄目だと思うから玄関から離れた。

 それから部屋に戻ってベッドに寝転んで布団の中にこもった。

 ……これなら暖かいし、なにより音が聞こえてきても関係ない。

 何度も言うけど自分が口にしたことぐらい守らなければならないのだ。

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