03話.[気持ちいいのよ]
「んーっ、はぁ……」
今年ももう少しで終わってしまう。
学校も先程終わったところだから余計にそう感じる。
なにより今日がクリスマスだからね。
「聡子、なにか買いに行くか」
「そうね」
結局、愛子は気になる子と過ごすみたいで今年は無理になった。
元々、正義と約束していたからいいと言えばいいが、正義と過ごせないときも相手をしてくれていた愛子と過ごせないのもなんだか寂しかった。
「骨なしでもいいか?」
「うん、楽でいいわよね」
「ああ、骨ありの方が王道だって言う人は多いだろうけどな」
ケーキもそんなに本格的なものじゃなくていい。
小さいけど美味しいショートケーキとかでいいだろう。
両親は相変わらず遅いからどうせふたりきりだしね。
「サラダとかも欲しいか?」
「あったら嬉しいけど、まあ、別にそこまで重要ではないでしょ」
「ピザとかもあるけどどうする?」
温めたらすぐに食べられるピザか。
ピザ店なんかとはレベルが違うけど普通に美味しい食べ物だ。
お金はぽんと一万円をくれたけど……どうするか。
「買いすぎてもあまり食べられないからジュースとかを買いましょ」
「そうだな、じゃあまあチキンとサラダとケーキぐらいでいいか」
「うん、それで満足できるわ」
どうせ貰ったのならとこちらで払わせてもらった。
これをそのまま返すこともできるものの、両親としては今日食べ物を買うときに使ってほしかっただろうからこれでいい。
残りは自分のものにしないで返せば問題にもならないだろう。
「昼はまだ暖かくていいな」
「分かる、ぽかぽかしてて気持ちいいわよね」
夜まではまだまだ時間があるからお昼寝をしてもいいかもしれない。
正義は恐らくこっちで過ごすだろうからなんか安心できるし。
「ただいまー」
相変わらず静かで特に目新しい物もないそんな家だ。
とりあえずは二階に行って適当に私服に着替えた。
戻ってからは飲み物を出したりして最低限のことはする。
「いつからかこれが自然になったよな、仕事とかで家を空けがちになってさ」
「そうね、私がひとりでそれなりにできるようになるまで待っていたんでしょうね」
寂しくても両親相手にそれをぶつけることはなかったから大丈夫だと判断したのかも。
実際のところは寂しがり屋の娘がひとり強がってひとりでいるわけだけど。
だから愛子や正義が来てくれると助かるというところで。
「家事もできるからいいよな」
「最低限ね、真面目にやっている人と比べたら大したことないわよ」
そうしないとお腹が空くからやっているだけ。
そうしないと汚くなってしまうからやっているだけ。
そうしないと着られる服がなくなってしまうからやっているだけだった。
それに元々、掃除をするのは好きだった。
まあそのせいでテスト勉強をしなければならないときにそちらばかり捗ってしまって危ないことになったことも多数あるけども。
「ふぅ、こうして窓の前に寝転ぶと気持ちいいのよ?」
「汚れるぞ」
「いいわよ、誰に見られるわけではないんだし」
猫がいてくれたら抱きながら惰眠をむさぼるんだけどね。
残念ながらいないからひとり丸まって寝るしかない。
寝ればごちゃごちゃ考えなくて済むからというのもある。
「俺がいるだろ」
「あんたも寝転びなさいよ、どうせ制服も洗い出さなければならないんだからいいでしょ」
「……まあいいか、暖かそうだしな」
なんとも言えない距離を作って正義も寝転んでいた。
私はそれが気に入らなくて距離を詰める。
「いちいち離れなくていいでしょ」
「いやそれでも最低限はな?」
「いらない、まあ嫌ならやめるけど」
お昼ご飯を食べていないとかどうでもよくなってきた。
冬の屋内はやっぱりやばい。
「おいおい、寝たら風邪を引くぞ」
「……いいじゃない、どうせ冬休みなんだから」
「嫌だぞ、風邪を引かれたくない」
「だったらあんたが抱きしめてくれればいいんじゃないの」
そうすれば人の体温で風邪を引くこともなくなる。
って、それができていたら友達同士になって戻っていないんだけど。
冗談よと言って彼から背を向けた。
「……正義は現在進行系で損しているわ」
「またそれか」
「事実じゃない、本当にクリスマスに私と一緒でよかったの?」
「いいからこそこうやって一緒にいさせてもらっているんだろ?」
「そう……」
そう言ってほしくて口にしているわけじゃなかった。
ただ、他者が聞いたら間違いなく私はうざいムーブをしていると判断するだろう。
正義の優しさに甘えすぎてしまっている。
「たまに不安定になるよな」
「面倒くさい人間なのよ、ひとりになるのが嫌なのにね」
それでもちゃんと相手のことを考えられている、考えてるということを評価してほしい。
自分勝手に相手を振り回すような人間ではない……と思いたい。
全部相手のことを考えているからこそいまみたいな言葉も出てくるんだろうし。
「……いつもありがと」
「おう」
「正義も寝よ――……案外近くにいたのね」
「ああ、一緒にいてやらないとすぐ不安になるからな」
……なんでいま頭を撫でるのか。
本当にタイミングが分かっていないというか。
でも、普通に嬉しく感じてしまっていてなすがままになるしかできなかった。
「ほら見ろ聡子っ、ロウソクを持ってきたぞっ」
「いやいや、こんな小さいケーキに刺したら危ないでしょ」
なんか子ども時代に戻ったような感じだった。
あの頃は両親もいて、愛子もいて、そして元気な正義がいて。
愛子は最初、気弱な感じだったから静かな子だったんだよね。
「というか、クリスマスケーキにロウソクっている?」
「別にいつ使ってもいいだろ? これから十六歳になるし十六本刺そうぜっ」
「崩れるからっ、あんたの方に十六本刺しておきなさい」
早生まれだから私はこれから十六歳で、彼は来年になったら十七歳になる。
早い話だ、こうしてあっという間に歳を重ねていくことになるんだろう。
そしてよぼよぼのおばあちゃんになって死んでいくんだろう。
「まったく、なにはしゃいでんのよ」
「いいだろ、だって去年は過ごせなかったんだぜ?」
「……一応、あんたもそういう風に考えていたの?」
「当たり前だろ、だってそのせいで聡子は……」
「ま、まあ、言っても仕方がないことよ、ケーキを食べましょ」
さすがに今日は嫌な空気にはしたくなかった。
そんなのは明日とか明後日とかそういうときにやればいい。
「美味しかった」
「だな、捨てるだけでいいのも楽だよな」
「少しだけ洗わなければならないけどね」
後になればなるほど面倒くさいから洗い物をしておく。
で、それが終わったら、終わったら……。
「やることが終わっちゃったわね」
となるともう解散? せっかくのクリスマスなのにお昼寝してご飯を食べただけ?
「そうだ、ほい、これやるよ」
「ん? なにこれ?」
「いいから開けてみろ」
開けてみたら可愛らしい感じのブランケットだった。
ただ、何度見てみても分からないから正義を見てみたら少し気恥ずかしそうで。
「聡子は寒がりだからな、俺は屋内でだけじゃなくて屋外でも相手をしてほしいからそれでもかけておけば可能性も上がるかな、と」
「え、いつ買ってきてくれたの?」
「聡子が寝ているときだな、鍵を勝手に借りたことは悪いと思ってる」
「私、なにも用意してないんだけど……」
「いいんだよ、相手をしてくれているだけで十分だ」
そういうわけにもいかない。
なので、私にできることならなんでもすると言ってから数秒が経過。
「あ、五分抱きしめるとか……どう?」
自分で口にしておきながらすぐに後悔した。
こんなの価値なんてないのになにを言っているのか。
案の定「えっ」となんか引いているみたいだし……。
「じ、自由に使えるお金はあんまりないからさ、私にできるのはこれぐらいというか」
それでも手を握ることよりかは高いと思いたい。
それでもいいならするわと言いながら近づく。
そうなると当然、彼と私の間にはあまり距離がなくなっていくわけで。
「……嫌じゃないならするわよ?」
「……いいのかよ?」
「こっちが聞いているのよ、残る物を返すことはできないけどこれなら――……なんであんたからするの?」
こっちを抱きしめつつ「俺がしたかったから、ってことにしよう」と。
身長差があるから抱きしめられると丁度胸の辺りに顔ということになる。
直接胸に触れているわけだから心臓が動く音も伝わってくるということで……。
「……もしかしてドキドキしてんの?」
「……当たり前だろ」
「へ、へえ」
……余計なことを言わなければよかったと再度後悔した。
私を抱きしめてドキドキしてるってそれはもう……ねえ。
意識してしまうと余計に駄目になる。
うるさい自分の心臓の音が彼に伝わってなければいいと必死に願っていた。
で、もうすぐで体感的に五分になる、というところだった。
がちゃがちゃと玄関の方から音が聞こえてきて体を固まらせたのは。
「愛子参上っ――って、ああー!!」
……今回は母がいる様子もない、父だって同じようにいない。
それなのにどうして入ってこられたのかという純粋な疑問と、抱きしめられている、抱きしめているいまのこれを見られるのはだいぶ不味いというあれと。
「ちょっとジャスティス君!」
「……どうやって入ったんだよ?」
「鍵が開いてましたっ」
「マジか……するの忘れてたか」
さすがに仲がいいとはいっても合鍵を渡しているわけじゃないからそれしかない。
いいような悪いような、いや、いまの状態からすればいいことかも。
ずっと抱きしめ続けていたら、抱きしめられていたら心臓が疲れてしまう。
「……愛子、気になる子と過ごすんじゃなかったの?」
「もう解散になったんだ、結構ご両親が厳しいみたいで」
「そうなのね、あ、飲み物を出すわ」
背中をタップしたら離してくれたからささっと飲み物を注いで持ってきた。
「はい」
「ありがとう!」
よしよし、とにかくこれで心臓が過労死することもなくなったわけだ。
正義もいつもの調子を取り戻してくれているからこれでいい。
「ねね、もし私がこのタイミングで来ていなかったらキスしてた?」
「どうでしょうね、これはクリスマスプレゼントのお返しだったから」
「おお、抱きしめることをプレゼントにしちゃうなんて大胆だねー」
わ、分かってるわいっ、分かっているからこそああやって何度も聞いたんだ。
だけど正義は拒絶してこなかった。
だったらなにかを返さなければならない私としてはするしかないわけで。
「愛子こそどうだったんだ? なんか手を繋いだりとかあったのか?」
「頭を撫でてもらえたよ?」
「よかったな、でもどうせなら手を握ってくればよかったのに」
「うーん、聡子と正義みたいにまだまだ中途半端な関係だからね。それでも、こうしてクリスマスに一緒に過ごせただけで私は嬉しいけど」
中途半端な関係のはずなのに手を繋いだり、頭を撫でてもらったり、抱きしめられたりしていることを考えるとなんじゃこりゃってなる。
傍から見たら彼氏彼女の関係に見えていたりするかもね。
「大きいケーキを用意してくれててさ、それが甘くてすっごく美味しかったんだっ」
「私達も小さいけど食べたわよ、そこのジャスティス君が無理にロウソクを刺そうとして崩れかかっていたけど」
「……い、いいだろ、ケーキといったらやっぱりそれだろ」
誕生日ならともかくクリスマスにはしないだろう。
しかも面積が限りなく狭すぎるのに十六本て……。
「あ、今日はこのまま泊まってもいい?」
「うん、別に構わないわよ、お風呂入る?」
「うん、入らせてもらおうかな」
着替えとタオルを渡してリビングに戻ってきた。
そうしたらどこか落ち着かなさそうな正義がいてなんでだ? と考える。
「……さっきのはやばかったな」
「あー……そういうことね」
「ああ、愛子が来てくれてよかったと言えるし、残念だったとも言えるな」
残念って私的にはありがたかったけど。
だってあのままだったら間違いなくやばい雰囲気になっていた。
そこに両親も夜遅くまで帰ってこないとなれば、うん、やばいね。
「ブランケットの礼としてはやりすぎだったけどな」
「そう? そんなに価値ないと思うけど」
「じゃあ誰にでもするのか? 礼ってことで」
「するわけないでしょ、あんただからこそよ」
気軽にべたべた触れるような人間じゃない。
それは彼氏彼女の関係になったのにできていなかった時点で分かるはず。
だから今回のこれはだいぶ思い切った行動ということになる。
「そういえば正義はどうするの? こっちで寝るの?」
「いいのか?」
「別に寝るぐらいならいいでしょ」
「……部屋でいいか?」
「え、一緒に寝たいの? 愛子が文句を言わなければいいんじゃない?」
ベッドなわけないだろうし別に構わなかった。
一緒にお昼寝したぐらいだしね、いまさら同じところで寝るぐらい全く問題ない。
寝顔だってもう何回も見られているわけだしね。
「お風呂は?」
「あっちでささっと入ってくるわ、聡子の服を借りてもやべーやつになるだけだから」
「ふふ、いいじゃない、女の子の服を来ている長身男子ということで」
「嫌だよ、すぐ戻ってくるけど鍵を借りていくぞ」
「うん、ゆっくりつかってきなさい」
こっちも愛子が出たらささっと入ってベッドに転びたい。
先程のあれでだいぶ疲れてしまった。
ドキドキ疲れなんて付き合っていたときもなかったけど。
「ただいまー」
「あーもう拭けてない、拭くからじっとしてて」
タオルを持ってきて拭いていく。
それこそ熱なんか出してほしくないから仕方がない。
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「私は来てくれて嬉しいわよ」
「……付き合っていたときもさ、私が出しゃばっちゃったからなのも影響していると思うんだ」
「なんでよ、私は三人でいられて嬉しかったわよ?」
「でもさ……」
とにかくこんな話は終わりだ。
愛子が責任を感じる必要はない。
私がとにかく待ってしまったことが悪いんだと思うし。
「あ、正義が部屋で寝たいって言ってて、愛子的には大丈夫?」
「え、許可したの?」
「うんまあ、いまさらそれで恥ずかしがるような仲でもないし」
ひとりだけ客間に寝かせるのも可哀想だからというのもある。
というか、みんなで客間で寝てもいいんだけどね。
「ベッドは駄目だよっ」
「うん、ベッドでは愛子と寝るから」
「うんっ、それなら大丈夫っ」
よし、じゃあお風呂に行こう。
ささっと入って出てくれば多分正義がこっちに来るタイミングと重なると思うし。
「っくちゅっ――ふぅ、情けない体……」
もし胸とかがあったらなにかが変わっていた可能性もある。
さすがにその状態で正義だって我慢できないだろうし。
この前見られたときだって情けない気持ちにしかならなかったしなあ。
「ただいま」
「すかー、すかー」
なにかを食べてお風呂に入ってしまうと愛子は必ずこうなる。
このままだと風邪を引いてしまうからベッドまで運んで寝かせておいた。
つか、正義が戻ってこないのはなんでだろう?
「わっ、なにか買いたい物でもあったのか?」
「ううん、正義がなかなか来ないから迎えに行こうとしただけ」
「悪い、お菓子とかかき集めてきてさ」
「え、まさかいまから食べるつもりなの?」
「たまにはいいだろ、一緒に食べようぜ」
それはまた難しい要求だ。
そうでなくてもチキンやケーキを食べ、ジュースも飲んでいる状態だ。
もしかしなくても太ってしまう要素がある。
「あれ、愛子は?」
「もう寝ちゃったわ」
「そうか、ま、愛子がいたら全部食べられるからな」
いくら食べても太らないあの子が羨ましい。
こっちなんて食べれば食べるほど影響を受けるから。
「乾杯」
「お酒だったらもっとよかったわね」
「そんな不良じゃないぞ、酒は二十歳からだ」
わ、分かってるわいっ。
それにお酒は本当に好きな人だけが飲めばいいんだから。
お酒パワーを使わなくても自分の言いたいことを言えるし、したいことをできるから別にいらなかった。
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