02話.[なんか変な感じ]

「晴れたけど相変わらず寒いわね……」


 冬になると寒いわねと言う頻度が限りなく上がる。

 そしてそれを愛子や正義は何度も聞くことになるわけだ。


「さて、どこに行くか」

「あんたが自由に決めなさい、私はとにかく最後まで付いていくから」


 この前みたいにカラオケでもいいし、ご飯に行くだけでもいいし、ただただお店を見て回るだけでもいいし、なにをどうしようと私達の自由だ。

 誰かに迷惑をかけない行為であればなにかを言われる謂れはない。


「それならバスに乗って牧場にでも行かないか? 聡子はヤギが好きだろ?」

「はは、いいわね」


 そうと決まれば時間もかかるし早速移動するべきだろう。

 バスでは運良く一番後ろのひとつ前が両方空いていたから座らせてもらう。


「わっ、な、なに?」

「悪い、置いたところに聡子の手があっただけだ」

「そ、そう」


 そりゃそうか、手なんか握ろうとするわけがない。

 今日のこれだって休みは暇だから相手をしてほしいだけなんだろうし。

 行きのバス内では全く会話をしなかった。

 私は窓際なのをいいことに窓の外に視線を向けているだけで気まずくならなかったから全く構わなかった。


「おお」

「ただだからすごいよな」


 とはいえ、動物からしたらどうなんだろうねえ。

 二百円払えば野菜を動物にあげられるから買ってヤギくんにあげておいた。


「ふふ、ぱくぱく食べているわ」

「可愛いな」

「うんっ、可愛いっ」


 はっ、いかんいかん、さすがにテンションを上げすぎていて恥ずかしすぎる。

 前に来たときなんかにもこんなところを愛子に見られてしまったし……。


「アイスでも食べるか」

「そうね、ここにきたらミルクアイスを食べないと話にならないわよね」


 そこに触れずに流してくれるところがありがたい。

 アイスは少しだけ強気な価格設定だけどそれでも買って食べる価値はある――って言うのはちょっと偉そうかと改めた。


「チョコ味も味わえるそっちもいいわね」

「ちょっと食べるか? スプーンあるしいいぞ」

「あ、じゃあ貰おうかな、私のもあげるから安心しなさい」


 うん、やっぱりこっちも美味しい。

 でも、ミルクアイスだったら普通のやつが一番かもしれない。


「ふふ、あーん」

「……ああ、普通に美味いな」

「でしょ?」


 ……食べるにしても狼狽えると思っていたから驚いた。

 やっぱり揶揄しようとするべきではない。

 それでこちらが狼狽えていたら馬鹿らしいから。


「定年退職したらこんな上の方で暮らしたいと思わないか?」

「え、なにそのかなり遠い話……」

「いや、落ち着くだろうからさ、まあコンビニとかなくて大変なんだけど」


 上の方は寒いって聞くから私には無理そうだ。

 それにお店が近い方がいいに決まっている。

 それにどこかに行ってしまわない限りは愛子や正義の近くにいたいわけだし。


「仮にこっちで過ごすんだとして、そのときに言い出しっぺのあんたはいてくれんの?」

「どうだろうな、まず聡子が実行してくれるとは思わないからな」

「はは、でしょうね」


 暖かい場所で過ごしたい。

 でも、現実的ではないからとにかく暖房機器に頼って生きていくしかない。


「ちょっと歩いてみないか? 今日はまだ時間があるわけだし」

「いいわよ、早く帰っても寂しいだけだし」


 それに最後まで付いていくと口にしたんだから守らなければならない。

 私はとにかく正義のしたいように行動させるだけだ。


「上に行くと余計に店とかとは無縁になるな」

「そうね、でも、木が多くなって空気が綺麗な気がするわ」

「あ、そういう点では確かにいいな」


 私達が住んでいるところとは違ってとにかく静かだった。

 でも、不安にはならない。

 横に信用できる正義がいるんだから当然と言えば当然だけど。


「っと、また当たったわね」

「……このままでもいいか?」

「え、手を繋ぎたいってこと?」

「なんかいいだろ?」

「別にいいけど」


 握られてから少しうぇってなった。

 なんか手が大きくて少しだけちょっとね……。

 つか、これをするならあのときすればよかったと思う。

 そうすれば間違いなく関係は続いていただろうし……。


「手を握ったのなんていつぶりだろうな」

「小学生のときが最後じゃない? 中学一年生のときに付き合い始めてあの結果だったから」

「そうか、じゃあなんか変わっている気がして当然だよな」


 変わっている気がする、ではなく、変わっているのだ。

 私のはともかく正義の方は男らしくなっているというか。

 ちょっとだけ硬い感じがするのは野球部に入っていて素振りをしていたから……かな?

 いやでもまさか手を握られたぐらいでこんな感じになるとは思っていなかった。


「なんか昔よりふにゃふにゃになったな」

「そう? 女子の中では大きいと思うけど」

「いや小さいだろ、愛子にも負けてないぞ」


 さすがにそれはない。

 あの子の手は同性の私でも何度も触りたくなる魅力がある。

 まあやべーやつになるからそんなことを言ったりはしないけど。


「正義のは大きくなったわね」

「男ならこんなものだろ」

「……この手で頭を撫でられたら誰かは惚れちゃうんじゃない?」

「頭を撫でた程度で惚れられるんならいま頃モテモテだな」


 って、この言い方だと複数人にしている感じか。

 仮に複数人にしていなかったとしても間違いなく愛子にはしているはず。

 当たり前だ、もう彼氏彼女の関係じゃないんだから自由だ。

 相手が求めたからでも、彼が自分の意思でしていたとしてもだ。


「……もう戻りましょ、結構満足できたから」

「そうだな、戻るか」


 バスの時間だってあるしそうゆっくりもしていられない。

 あとはこの手を繋ぐという行為を自然に終わらせたかった。

 私がつまらなさそうだから、無理しているからとあのとき彼が関係を終わらせてきたわけだけど、今日考えてみてもそれだけが理由だとは思えなかった。

 十五時ぐらいに自宅周辺まで戻ってきて自然と解散になった。

 家に入ってしまえばなにがどうなるというわけじゃない。

 大好きなベッドに転んで、両目を腕で覆って。


「なんでこんな……」


 寧ろ別れてすぐの頃よりももやもやしている。

 正義や愛子が悪いわけじゃない。

 いまさらになって変な独占欲を働かせようとしている私が悪いだけ。

 恋人関係だったときの最後のクリスマスに嘘をついたのも影響しているかもしれない。

 急遽予定が入ったとかで一緒に過ごせなくなって、それでも翌日には謝りに来てくれたわけだけど毎年あるんだからとか、結局のところはただの平日だからとか強がったこと。

 大晦日も一緒に神社に行ったけどまだ引きずっていてそれを表に出してしまったこと。

 誕生日に元の関係に戻ろうと言われたこと。

 なにもかもが下手くそだった。

 つまらなく面倒くさい人間だった。

 そりゃ正義だってなんだこいつ……ってなってもおかしくない。

 私が男子でも私みたいな人間とではなく愛子とか他の子と一緒にいるようにする。

 

「まあいいや」


 とにかくいまの私にできることはちゃんと対応をする、ということだ。

 愛想が尽きて来てくれなくなるまではいまのスタンスを貫けばいい。

 無駄に悪く考えて表に出さないことも大切だ。

 愛子は結構鋭いから簡単にバレてしまうし。

 無駄なことで時間を使ってほしくなかった。

 構ってちゃんみたいになってはいけない。

 できるかどうかは分からないが、やるしかない。

 切られてしまわないように、嫌われてしまわないようにもだ。


「正義……」


 少女マンガのヒロインのように異性の名前を呟いてみても、ヒロインと違って情けないなとしか思えなかったのだった。




 今日は朝から少しだけ微妙な気分だった。

 理由は寝坊してお弁当を作れなかったのと、正義が愛子と仲良さそうに歩いていたから。

 なんか加わるのは申し訳なかったから別道から走って先に到着した形になる。


「あれ、聡子もう来てたんだ」

「まあね」


 寝坊したのに普通に起きたであろうふたりよりも早く着くというのは不思議だった。

 お弁当をゆっくり作る時間がなかっただけでそこまで悪くなかった……のかねえ。


「はよー」

「おはよう」


 やっぱり私といるときよりも普通に楽しそうだった。

 正義にだけ素直になれないって誰よりも露骨な気がする。

 もしかしたら関係が変わるのも一瞬のことなのかもしれない。

 もしそうなってもおめでとうってちゃんと笑って言ってやればいい。


「おーい」

「なっ、なによ?」

「なんか朝から辛気臭い顔をしているからさ」


 もう駄目みたいだった。

 笑ってしまいたいぐらい下手くそすぎる。


「やっぱり正義のせいじゃない?」

「えぇ、なんで俺のせいになるんだよ」

「だって正義といるときだけ聡子はたまにぎこちくなくなるし」


 そんなことはない……と言っても説得力がないだろうなあ。

 事実こういうことは何度かあったから。

 もういっそのこと愛子と付き合い始めてくれればフラットに対応できるのに。

 別にキスとかそれ以上のことをした関係じゃないから、それなら割り切れるしさあ。


「愛子、正義と付き合いなさい」

「えー、正義が相手なんて嫌だよ」

「どうして? 普通にいい存在でしょ?」


 たまに変な遠慮をしてくるけどそれ以外では全く問題ない相手だ。

 ……なんか悪く言われたくないって思っちゃっている時点で、ねえ。


「そもそも私には気になっている子がいるからね」

「「嘘だろっ!?」」


 その反応に納得がいかなかったのか「高校生なんだからひとりぐらいはいるよ!」と。

 そうなるとこの前呼んできた人間がそれに該当するのだろうか?


「今度お出かけすることになっているんだよね」

「相手は怖かったりしないのか?」

「え? うん、全く問題ないよ、普通に優しいし」

「そうか、じゃあ上手くいくといいな」

「うん、ありがとー」


 そうか、愛子がこうして来てくれる回数も直に減り始めるのか。

 正義だって誰か気になる子ができれば三人で集まることはもうなくなる。

 そうしたらひとりか、ひとりで上手くやっていけるのかは分からないな。

 だってこれまでずっとふたりが愛想を尽かさずにいてくれたわけだから。

 愛子は早速「行ってくるっ」と言って教室から出ていった。


「……あんたもいつか離れるのかもしれないわね」

「俺が? んー、ないだろうな」

「なんでよ、気になる子のひとりやふたりぐらいはいるんじゃないの?」

「いないな、それに仮にいても必ず聡子達のところには行くよ」

「損してそうね」


 その相手から会うのをやめてと言われても意地を張ってやめなさそう。

 なんて、それはあくまで私の願望だろう。

 大切な人間が他にできればあっという間にこの距離感ではいられなくなる。


「愛子があの様子だと来る頻度も減りそうだからな、俺が相手をしてやらないと聡子はひとりになっちゃうから余計に行かないといけない、だろ?」

「でも、迷惑をかけたいわけじゃないわ、あんたが本当にしたいことをしてちょうだい」

「だからこれが俺のしたいことなんだよ」


 間違いなくあの関係になったことが彼の足を引っ張っている。

 それでも自分から離れようだなんて考えてはいないからどうにもならない。


「なんで朝からそんな顔をしているんだよ」

「私のせいよね、私が愛子やあんた以外と関われていないから不安になっちゃっているのよね? 私が友達を作ればあんたはもっと自由に行動できるのよね?」

「聡子が友達を作っても変わらないよ」


 進展しようがないからここで終わらせた。

 やっぱり寝坊したのもあっていつもみたいに余裕はなかったんだ。

 SHRが始まって、あっという間に終わって休み時間になった。

 愛子は気になる存在以外とも多く関わるから教室で早速盛り上がり始めている。

 授業が始まったら上手く切り替えて集中するんだから偉いと思う。

 友達が多くて、頭もよくて、明るくて、小さいけどスタイルもいいという最強の存在。

 もちろん、世の中には彼女よりも優れた人がたくさんいるだろうけど、見たことのない人よりもこうして直視できてしまう相手の方が眩しく感じるわけだ。


「聡子」

「あんたも物好きね」

「なんでだよ、ちょっと廊下に行こうぜ」


 ひとつ分かったことがある。

 考え事をしていると寒いことがどうでもよくなることだ。

 ただ、気づいてからは余計に厳しく感じるという悪い面もあった。


「クリスマスのことなんだけどさ」

「そういえばもう目の前ね」

「ああ、それで今年は……どうだ?」

「どうだって……愛子が他の人間と過ごせばひとりだけど」


 まあそれならそれで構わない。

 そりゃもちろん誰かと過ごせた方が楽しいに決まっている。

 でも、相手にその気がないのに付き合わせるのは違うからね。


「じゃあ、一緒に過ごさないか?」

「あんたまた――」

「違う、無理やり合わせようとしているわけじゃない」


 他の誰とも過ごす予定がないということなら別に……ね。

 家も近いし、行き来も楽だから彼に負担ばかりかけることもないだろう。

 だからそうそのまま伝えたらなんか嬉しそうな顔をしていた。


「あんたってマゾよね、敢えてなんの得にもならない相手と過ごすなんて」

「どんだけ自分を下げるんだよ」

「だって本当のことでしょ? もっと可愛くていい子と過ごした方がいいでしょ」


 本当にもったいないことばかりしている。

 あのときだって私と付き合わなかったらあの子と付き合えていたのかもしれない。

 愛子以外にも親しい人間がいたんだ。

 それなのに正義は馬鹿だからこっちを選んでさ。


「なあ、俺は別にロボットじゃないんだ、俺が俺の意思でこう言ってるんだぜ?」

「……分かったわよ、でも、後でやめておけばよかったとか言わないでよ」

「言わないよ」


 じゃあ……ケーキとかチキンとかサラダとか買ってちょっと楽しもうか。

 何気に一緒に過ごすのは二年ぶりだったりもするし。

 今年の最初頃、誕生日に関係が戻ってからなんか変な感じだった。

 友達同士のような、恋人に近い感じのようなって感じ。


「俺さ、あのときの選択は間違っていなかったと思うんだよな」

「それって……」

「ああ、こうして元に戻したことだ」


 この様子だと他のいい子に意識を向けたから、ではなさそうだ。

 その割にはなにもなさすぎる。

 もしかしたら裏で仲良くしているのかもしれないが、こうして何度も私のところに来ていればその子の方から間違いなく文句をぶつけてくるだろうからね。


「明らかに聡子が自然体ではいられなくなっていたからな」

「……それはあれよ、なにもしてこなかったからよ」


 自分から告白してきて関係が変わったのになにもされなかった。

 それじゃあ私になんにも魅力がないと言外に言っているようなものだろう。

 そしてそのうえにクリスマスのあれだ。


「……してよかったのか?」

「あんたの告白を受け入れたのよ? していいに決まっているじゃない」

「俺も馬鹿だったな」

「そうよ、私に告白するような人間なんだからね」


 タイミングも大事だけどもしキスとかをしたがっていたら許可をした。

 私だって一応女だからそういうことに興味はあるし。


「いたっ、な、なによ?」

「言うなって」

「わ、分かったから」


 まあ……いまのはいい気持ちにはならないか。

 だって馬鹿って言っているのと同じだし、そんな馬鹿を好きになるような人間って言われているのと同じだし。


「聡子を苛めないでっ」

「「う、うるさあ……」」


 来てくれるのはありがたいけどもう少しボリュームを調節してくれると助かる。

 このままでは鼓膜が死ぬまで保ってくれなさそうだ。


「それにねっ、彼氏だったんならキスぐらいしなよっ」

「……聞いていたのかよ」

「だってあの頃、聡子からよく言われていたからね、正義が情けないから~って」

「マジか……」


 そう、不安と不満から愛子に聞いてもらったことが何度もある。

 カラオケで発散したことだって何度もあった。

 でも、いまさらそれを暴露されると恥ずかしいわけで。

 後半はただただ黙っていることだけしかできなかったのだった。

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