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Rinora

01話.[食べてもらった]

 十二月。

 どんどん寒くなる中、私達は走らされていた。

 走らなくて済むかと思えば球技をやらされるからどっちがいいのかなんて分からない。

 いや、まだ距離が決まっている分、走り終わったら終わりな分、走る方がマシ……か?


「はぁ、はぁ、ふぅ」


 終わってしまえばこっちのもの。

 特別暖かいというわけではないが校舎内に戻れるうえに着替えられるのがいい。


聡子さとこー」

「うわっ!?」


 ……残念ながら冷たい地面に迎えられることになった。

 いきなり後ろから突撃されたら誰だってこうなる。


「あれ、聡子は弱くなったね」

「……あんたが悪い」

「あははっ、ごめんっ」


 渋谷愛子あいこ、中学生のときからの友達だった。

 私からすればとにかく元気すぎてついていけないときがある。


「今日の放課後はカラオケ屋さんにGOだよ!」

「あれ、あんたこの前金欠だって言ってなかった?」

「それがねえ、臨時収入が入ったんですよ」

「それを使っちゃっていいの?」

「うん、お金は使うためにあると思うから」


 そういうものかねえ。

 私としては急にお金が手に入っても貯めておくべきだと思う。

 何故ならそういうのを使用してしまって後悔したことが何度もあるからだ。

 さすがに学習するからそういうのがあってからは貯めるようにしている。

 まあいいか、集まって終わりになったから教室に戻ろう。


「やっぱりタイツを着用してないとだいぶきついわ」

「え、ソックスを履いていれば十分だよ?」

「元気いっぱいなあんた基準で語るな」


 私はというか、みんな好きだろうけどご飯を食べるのが好きだった。

 美味しいご飯を食べるために生きていると言っても過言ではない。

 だから味わっているときに邪魔されるのが嫌いだった。


「……そんな顔をしてくれるなよ」

「なんでいまなの?」


 山崎正義せいぎ、……何気に元カレだったりもする。

 別れてからもこうして関わる機会があったが、正直このタイミングで来ることだけは許せない部分だった。


「あんたは私がご飯を食べることが好きってことも知っているわよね? んで、食べているときに邪魔をされることが大嫌いだということも知っているわよね?」

「悪い、放課後は用事があるからこのタイミングじゃないと暇がなくてさ」


 それならこれより前の休み時間とかに来ればよかったんだ。

 それをしないで暇がない~なんて言われたところで笑うしかなくなる。


「今度、一緒にどこかに行かないか?」

「え、それは別にいいけど……。つか、それならスマホでもいいんじゃない?」

「いや、直接話したくてさ」

「タイミングさえ間違えなければいつでも来てくれればいいわ」

「おう」


 どうせ休み時間は席でゆっくりしているぐらいでしかないから構わなかった。

 元カレだし幼馴染だしということで普通に友達としては歓迎している。

 ちなみに愛子も同じだ、何気に三人が幼馴染というレアな感じになっていた。


「あ、そうだ、あんたも一緒に食べる?」

「いいのか?」

「なに遠慮してんのよ、別に構わないわ」

「じゃあ弁当を持ってくるわ」


 別に賑やかな場所だろうが邪魔をされなければ構わないから教室に戻る。

 そうしたら愛子はもう食べ終わってしまっていたけど……。


「遅いよ」

「ごめん、正義がね」

「正義は駄目だね、全然正義じゃないね」


 愛子は結構あいつに厳しかったりもする。

 別に愛子にだけ悪口を言っていたりしているわけじゃないんだけども。


「失礼するぞ」

「ジャスティス君は帰りなさい」

「いやせいぎだから」


 私の前の子の椅子を借りていた。

 もちろん私の机に自分の領土を確保するという自然な流れ技だった。


「今日はカラオケ屋さんに行くけど正義は連れて行かないから」

「用事があるからそもそも無理だよ、それに今度聡子と出かけるから別にいい」

「えー!? なんで聡子もおーけーしちゃうの!」

「別にこいつのことは嫌いじゃないからね」


 別れた理由は浮気とかそういう最低なやつじゃない。

 ただなんとなく一緒に居づらくなってしまったからだった。

 手も繋がない、抱きしめない、キスもしない、それ以上の行為ももちろんしない。

 それなら友達に戻ろうということで、また戻ったというだけだった。

 まあ、もしかしたら気になる女子でもいたのかもしれないけどね。

 でも、積極的に一緒にいる女子は現時点でいないみたいだからあくまで想像レベルだ。


「聡子と同じクラスだったらよかったんだけどな」

「なんで? 別にこうして会えるじゃない」

「すぐに行ける距離だけど違うクラスから行くのと同じ教室内で移動するのとは違うから」


 仮に同じクラスでもいい点は出された課題を一緒にやれるとかそういうのだろう。

 あ、行くのが面倒くさいということならそれはもう来なければいいと思う。

 こっちは強制しているわけではないし、強制するつもりもないからね。

 あくまで正義がどうするのか、というだけの話だ。


「それ、自分で作っているんだろ?」

「うん、両親は忙しいから」

「……また食いてえなあ」


 彼氏彼女の関係だったときはお弁当を作ったりもしていた。

 毎日「美味いなっ」って嬉しそうに言ってくれていたのは普通に嬉しかった。

 いやだってそれが例えお世辞だったとしても不味いと言われるよりはいいでしょ?


「愛子はそろそろ作れるようになったのか?」

「私はとっくの昔から作れるんですけどっ」

「え、でもその割には毒々しい見た目の夕飯とかあったよな?」

「い、いつの話をしてるのっ、私はもうちゃんと作れるんだから」


 愛子の言っていることも正義の言っていることも本当だった。

 前者はまだ練習前で意地を張ったことから被害に遭った形になる。

 後者は私がとことん付き合ったことで人に出してもいいレベルになったことになる。

 だけどあのときに分かったことは頑張ればなんとかなるかもしれないということだった。

 ……食べたら吐いてしまうかもしれないという品質の物しか作れなかった愛子が普通に作れるようになったことは素晴らしい話だ。


「正義の馬鹿!」

「悪かったよ」

「知らないんだから!」


 ……別れたのはもしかしたら愛子の方がよかったと気づいたからなのかもしれない。

 それならそれで構わないが、なんとなく複雑な気持ちになるのは確かだった。

 自分が優れているなんて思っていないけどね。


「ごちそうさまでした」

「聡子、ジュースを買いに行こ?」

「あ、カラオケに行くことを考えたらここで使うと足りなくなるのよ」


 数時間でも地味にお金を取られる。

 設備の管理代とかがかかるだろうから仕方がない話ではある。

 でも、歌うだけで千円超えというのはなかなか厳しい。


「そっか、あ、正義はどう?」

「あ、買いに行くかな、行くか」

「うん、行こ」


 ふたりは賑やかな教室から消えてしまった。

 お弁当箱を片付けて頬杖をついたりなんかもして。

 他の女子に揺れて負けるよりも愛子に揺れて負ける方が悔しい気がする。

 そりゃ確かに元気いっぱいで可愛くて優しい少女だから気持ちは分からなくはない。

 でも、やっぱり単純な魅力度では負けているから……。


「聡子、ほら」

「え、悪いからいいわよ」


 渋っていたら「もうこうして買ってきたわけだからな」と。

 正義は頑固なところがあるから恐らくこのまま拒否っていても変わらない。


「……あ、ありがと」

「おう」


 ストローをぶっ刺してちゅうちゅう飲んでいたら甘くて美味しかった。

 冬でも、寒くてもこれは変わらない。


「あれ、愛子は?」

「なんか男子に話しかけられてな、俺だけ先に帰ってきたんだ」

「そうなんだ」


 恋愛話というのを聞いたことがないから単純に用があっただけなのだろうか?

 もしここからそういう風になっていたら少し意外だと言えるけど。


「さっき暗い顔をしていたけどどうしたんだ?」

「あ、寒いのはあんまり得意じゃないのは知っているでしょ? それなのに今年は酷いから少しだけ暗い気持ちになっていたのよ」


 いま考えていたことをそのまま伝えることなんてできない。

 だって下手をすれば嫉妬しているような感じに聞こえるだろうからだ。


「今年は寒いよな、来年になったらもっと寒くなることを考えると確かに俺も微妙な気持ちになるよ」

「うん、って、正義は得意じゃなかったっけ?」

「俺は得意だけど聡子が苦手だと一緒にいられる時間が減るだろ?」

「ん? 別に屋内でいればいいじゃない」


 家も数軒先とかだし会おうと思えば夜でも夜中にでも会うことができる。

 まあそれは会う意思があればってことだけど、うん、確かにそうだから。


「いいのか?」

「だからあんたといるのは嫌じゃないって言っているじゃない、どうせ家にいても暇なんだからあんたでも愛子でも来てくれたら助かるんだけど?」


 あれから変わってしまったのはこういうところだった。

 付き合う以前までであればこっちの気持ちなんて聞かずに振り回してきていたぐらいだったというのに。

 正義は頬をかきつつ「そうか」と言ってなんかふにゃっとした笑みを見せてきた。

 なんでそんな顔をするのか分からないから首をかしげたのだった。




「いえーい! 今日もたくさん歌うぞー!」


 う、うるさ……。

 慌てて耳を覆わなかったらどうなっていたのか……。


「むむ、どうしてそんな微妙な顔をしているんですかっ、やっぱり正義がいないと嫌だってことなの?」

「それはあんたの声が大きすぎるからよ、マイクを使うな」

「カラオケ屋さんはマイクを使って楽しむ場所なんだよ? 矛盾していないですかい?」


 ここに来たら八割は愛子に歌ってもらうつもりだからとにかく聞き専に徹する。

 完全に歌わなくてもいいんだけど払っているからには、という心理だった。


「ふへぇ、ふへぇ、ちょっと疲れたよ……」

「お疲れ」

「うん、ちょっとジュース注いでくる」


 私の方は愛子が戻ってくる前に曲を入れてささっと歌ってしまうことに。

 理由は簡単、愛子が上手だから普通に恥ずかしいからだった。

 こういうタイミングで歌っておけば笑われなくて済む。

 この点は正義と来た方がいいかもしれない。

 八十五点から九十点の間で争えるからね。


「ただいまー! って、あー!」

「な、なによ?」

「なんで私がいるときに歌ってくれないのっ」


 そんなの単純な実力の差が露骨に出てしまうからだ。

 って、何回こんな悲しいことを考えなければならないのか。

 とにかく歌わせることでうるさい状態を終わらせた。


「ふぃ~、もう終わりだね」

「うん、聴けてよかったわ」

「ご静聴ありがとうございました」


 ちなみに愛子の家は私の家からちょっと遠かった。

 それでも小さい頃からずっと遊んでいたわけだから紛れもなく幼馴染というわけだ。

 それに正義の家からなら近いと言えるわけだから絶妙な環境な気がする。


「あ、正義だ」


 用事があったはずなのに家の前に立っていた。

 って、なんで愛子はこっちまで来ているんだろう。


「おかえり」

「うん、それよりどうしたのよ?」

「ふたりを待っていたんだよ、用事も終わったからな」


 待っていたってなにができるというわけじゃないけど。

 だってもう普通に暗いし、付いてきてしまったからには送ってあげないといけないし。


「つかなんで愛子がいるんだ?」

「ふたりを待っていたはずなのに私がいるとお邪魔なんですか?」

「違うよ、いちいち戻るのが大変だろ?」

「聡子といたいからです、悪いですか?」

「別に悪いとは言ってないだろ」


 それでももう帰らなければならないとかで帰ろうとしたから送って戻ってきた。

 ……これだったら先程ちゃんと家に帰ってくれた方がマシだったと言える。


「お疲れ」

「ありがと」


 なんか玄関前で座って話すことになった。

 丁度いい段差があるから楽と言えば楽だけど普通に寒い。


「楽しかったか?」

「うん、今日も愛子が無双してくれたわ」

「上手いよな、俺なんて一回しか九十点超えを出したことないぞ」

「私だってそうよ、だから少し恥ずかしいのよね」

「俺は聡子の歌声、綺麗で好きだけどな」


 付き合う前から言ってくれているけどそれだけは絶対にない。

 もしそうだったら音楽の成績は最強クラスだろうし、九十点を超えなくて恥ずかしい思いを味わうこともないだろう。


「それより待つにしても中で待っていればいいじゃない、風邪を引いちゃうわよ?」

「なるべく直接話したいんだよ」

「それにしたって一緒にいられない時間はそれでいいでしょ?」


 そこで意地を張ったところでいいことなんてなにもない。

 寒いだけだし、いまも言ったように最悪の場合は風邪を引いてしまうだけ。


「でも、すぐに暗くなるんだからなるべく女子ふたりで歩くなよ」

「愛子が急に行きたがるから無理よ」

「今度からは俺も行っていいか?」

「うん、それは別に構わないけど」


 愛子だって結局好きなんだろうから気にしなくていい。

 悪く言っているように見えて悪く言っていないから。


「相変わらず両親は遅いのか?」

「そうね、だから早く帰っても寂しいのよ」

「……じゃあ一緒にいてもいいか?」

「だから別にいいって言っているじゃない、私は屋内ならいくらでも相手をするわ」


 ご飯を食べたければ作って少し食べてもらったっていい。

 夜遅くまで帰ってこないから愛子でも正義でも相手をしてくれるならありがたい。


「いまからご飯作るけど食べる?」

「……なんか無理してないか?」

「はい? 無理なんかしてないわよ」

「あ、じゃあ……」


 小洒落たものを作れるわけではないからささっと作って食べてもらった。

 食べる前にお風呂を溜めておけば洗い物をしても丁度いいぐらいに溜まる。

 効率的にできているとは思わないが、まあこうしておけば楽だからこれでいい。


「美味いな」

「一応長くやっているから」

「俺も覚えないとなあ」

「将来ひとり暮らしでもするつもりなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど、自分で作れたら母さんの負担も少なくなるしさ」


 ……まあこういうところは普通に好きだった。

 自分勝手じゃないし、こっちのことをきちんと考えてくれるところもね。

 だからこそ他の魅力的な子と付き合い始めても不思議ではない人間で。


「私はあんたのそういうところが好きよ」

「えっ? あ、ありがとう」

「ずっとそのままでいてちょうだい」


 関係が変わっても変わらないものというのはあるから。

 いつまでも変わらないでいてくれれば私は正義といたいと思う。


「ぶあっくしゅっ」

「だ,大丈夫か?」

「うぅ、大丈夫よ、今日は早くお風呂に入って寝るわ」

「分かった、今日はもう帰るわ」


 正義が出ていったらしっかり鍵を閉めてから着替えを持って洗面所に。


「どう考えても愛子の方が魅力的よね」


 脱いでみてもそう。

 あの子は小さいくせに胸だけはいっちょ前にあるから男子的には破壊力がすごそう。

 おまけに元気でにこにことしてくれているから揺れてしまう人間も多そうだ。

 方や私は愛想がない女で。


「はぁ……」


 愛想もなければ胸もない。

 スタイルもよくなければ頭もそれなりにしかよくないときた。

 全く公平な世の中なんかじゃない。

 なにかに優れた人間が優遇されて、なんにも優れていない人間は優遇されない人生。


「なんてね」


 努力をしていないのに羨む資格はない。

 それに静かに生きられている現状に満足している。

 胸が小さくたって生きていけるんだから気にしなくていい。

 寧ろ巨乳じゃなくてよかっただろう。

 もし巨乳だったらじろじろ見られていただろうからね。


「ただいまー」


 お風呂から出て拭いていたタイミングで母が帰ってきたみたいだった。

 温かいから入りなよと言うために洗面所からも出てみたら、


「うわっ、わ、悪いっ」


 何故か正義がいて固まる羽目になった。

 まあその向こうには母がいるから策略というわけでもないだろうけど。


「……ごめん、変なの見せて」

「……いや、悪いのは俺だからな」


 再度来た理由は正義のご両親の帰宅時間も遅かったからだそうだ。

 話をしようと思って外に出たら母と遭遇したんだと。

 ……後からになって恥ずかしくなってきたから慌てて洗面所にこもったのだった。

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