第8話 痴話喧嘩
夕食を食べた3人は、リビングで思い思いに過ごしていた。トウコは風呂から上がったばかりのようで、艶やかな黒髪から水滴を滴らせながら、水差しから水を飲んでいる。その姿は、上は白のタンクトップに下は下着のみでそれ以外は身に着けていない。程よく筋肉のついた引き締まった足がむき出しだ。上もタンクトップの下に何もつけていないことがよくわかる。
「トウコ、あなたねぇ。女の子なんだから人前でそんな恰好するんじゃないわよ。」
一人掛けのソファに座って酒を飲んでいたマリーが窘めるが、トウコはそれを鼻で笑い飛ばし、4人掛けのソファにだらしなく寝そべっていたリョウの頭の横に座った。
「どうせすぐ脱ぐんだから、どんな格好でもいーじゃん」
リョウがニヤニヤしながら下品なことを言い、マリーが顔を顰める。
「今日は1人で寝な」とトウコがあしらうと、途端に不機嫌な顔になったリョウが体を起こし、トウコの首元に顔をうずめながら
「なんだよ。明日からくだらない護衛の仕事で6日は拘束されんだぞ?今日ヤっておかないとどうすんだよ。」と言い、首に噛みつく。
「ちょっと!イチャつくなら部屋でやんなさいよ!うっとうしいわね!」
マリーが喚くが、リョウはお構いなしに左手でトウコの太ももを撫でまわす。
こうなったリョウが引き下がらないことを分かっているトウコは、諦めたように息を一つ吐き立ち上がった。
「寝る」
自室に戻るトウコを嬉しそうにリョウが後を追う。
「明日は早いんだからほどほどにしなさいよ」
トウコの腰を抱きながら、リョウが左手をヒラヒラさせて階段を上っていくのをマリーは見送った。
「まったく。何だかんだでトウコはリョウに甘いのよね・・・」
翌朝、マリーは激しい殺気で飛び起きた。
「な、なに!?」
部屋の外から何かがぶつかるような激しい音がする。
慌てて部屋を飛び出したところで、斜め前のトウコの部屋び扉が吹き飛び、リョウが転がり出てきた。
リョウはそのまま壁に激突して倒れこみ、すぐさま起き上がろうとしたところを、部屋から走り出てきたトウコがリョウの頭と、短剣を握った左手を踏みつける。ミシっとリョウの頭から嫌な音がする。
リョウは頭を踏みつけられたまま殺意のこもった目でトウコをにらみつけ、トウコもまた据わった目でリョウを見下ろす。
「ああ、最悪だわ。ホント最悪。なんなのよコイツら・・・」
マリーが頭を抱えて呻く。
半裸の2人の姿はボロボロだ。
頭を踏みつけられているリョウは、左目が腫れあがって完全にふさがっており、右腕もあり得ない方向に折れ曲がっている。
短剣を握った左手は無事なようだが、トウコに踏みつけられてミシミシと物騒な音が鳴っており、左手も時間の問題だわ、とマリーは思った。
トウコも左頬がざっくり切られており、なによりも右肩の付け根にリョウの短剣が深々と突き刺さったままだ。
「ちょっと!何があったのよ!とりあえず2人ともやめなさい!」
マリーが叫ぶが、2人は睨み合ったままだ。
マリーが深くため息をつく。
「おいお前ら。いい加減にしろ」
普段のマリーらしからぬ、ドスの聞いた低い声。マリーからも殺気があふれ出る。
トウコの気配がふっと緩む。が、次の瞬間、リョウの左手首を踏みつけていた足に力を入れた。ゴキっと鈍い音がしてリョウの左手首の骨が砕けたことを確認したトウコは、リョウからようやく離れた。
「・・・アンタ、ホント容赦ないわね。恋人の手首砕くなんて・・・」
「仕方ないだろう?あのまま離れたら間違いなく私が刺されてた。先に足の骨砕いて動けなくするべきだった。」
「あぁぁクッソ、いてえ・・・」
リョウが倒れたまま呻く。
「当り前じゃない!何やってんのよ!!で?何があったわけ?」
前半はリョウに、後半はトウコに向けてマリーが問う。
「さあ?寝てたら突然襲われた。」
「もう・・・ホントにあんたたち何なのよ・・とりあえず、トウコを先に回復するから。リョウはしばらくそこで頭冷やしてなさい。」
マリーがトウコの右肩に突き刺さったままだった短剣を引き抜き、回復魔法をかける。淡い光がトウコを包み、傷がみるみるふさがっていく。
「どう?腕は動く?」
右肩を回しながら問題ないことを確認したトウコが答える。
「大丈夫みたいだ。ありがとう。」
「顔も傷は残ってないわね。んもう、女の子の顔を切りつけるなんて。傷が残ったらどうするのよ!」
「・・・顔に傷があったぐらいで丁度いい。どうせ俺と結婚すんだし関係ねーだろ。」
そう言ったリョウをマリーは睨みつける。
「結婚しようとする女を殺しにかかったくせに何言ってんのよアンタは!!どう?少しは頭冷えたのかしら?」
「ああ。・・・回復頼む」
「本当に大丈夫なのね?治った瞬間、トウコに襲い掛かったら承知しないわよ!?」
「大丈夫だっつってんだろ。もうなんもしねーよ。」
「それにしても手ひどくやられたわねアンタ。いい男が台無しね。ウケるわ、その顔。」
回復魔法の淡い光が消え、傷も一緒に消えたリョウが起き上がり自室へ入って行こうとしたところをマリーが呼び止める。
「ちょっと!トウコに襲い掛かった理由を言いなさい!理由を!」
しかしリョウはその言葉には答えず、
「着替えたらすぐ出ていく。その女の顔見てたら、また襲い掛かりそうだからもう少し頭冷やしてくる。今日は8時に南門集合だろ?ちゃんと行くからよ。」
と言い、部屋の扉を閉めようとする。
そこへ、「リョウ」と今度はトウコが声をかけ、右肩に突き刺されたリョウの短剣を「忘れ物」と言いながら投げる。
短剣がリョウの顔のすぐ横、扉に突き刺さり、リョウは苦々しい顔で舌打ちし、そのままドアを閉めた。
それを見届けたトウコは、
「私も着替える。マリー、朝ごはん用意しといて。」
と言い残し、扉が無くなり荒れ果てた自室へと入っていく。
「朝ごはんってアンタねえ!リョウもリョウだけど、アンタも大概よ!こんな状態でよく朝ごはんとか言えるわね!」
「そんなこと言っても、おなかが空いた状態で仕事なんてできないじゃないか。屋台で何か買ってもいいけど、マリーのご飯の方が美味しいから私はマリーの朝ごはんが食べたい。」
マリーの言葉に、トウコが部屋の奥からのんびりと応じる。
「はぁ・・・分かったわよ。落ち着いたらリョウがキレた理由を聞いておきなさいよ。こんな騒ぎは2度とごめんだわ。」
「あの様子じゃ、しばらく理由は言わないと思うけどね。ただの痴話喧嘩ってことでいいじゃないか。」
「・・・普通は痴話喧嘩で殺し合いなんてしないのよ」
マリーは疲れたように呟きながら朝食を作るために階段を下りて行った。
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