第9話 続・痴話喧嘩

 トウコたちの住む街は第16都市と呼ばれている。

大陸中央に首都があり、首都を起点に東側に位置する順に奇数番号を、西側に位置する順に偶数番号が割り振られる。


国の北側は大森林と呼ばれる魔物が跋扈する深い森が広がっている。大森林の向こう側には別の国があり、隣国との交易路が1本、大森林を貫いて存在する。大森林を抜けた交易路の側に、北側唯一の都市があり、北0(ゼロ)都市という。

森から出てくる魔物を抑えるための砦はあるが、都市は北0都市以外には存在しない。

国の南側は断崖絶壁で海が広がっている。唯一1か所のみ海に出られる場所があり、南側唯一の都市は南0(ゼロ)都市という。


番号が大きくなるほど首都から離れていることを意味しており、トウコたちの第16都市は辺境に位置する。第16都市の西にも大森林が広がっており、北側の大森林よりも強力な魔物が存在し、こちらは死の森と呼ばれていた。


第16都市は周りを高い壁で囲まれている。これはこの都市特有のことではなく、どの都市も野盗や魔物から街を守るために高い壁で囲まれているのが普通だ。

ただし、死の森が存在する性質上、第16都市は他の都市よりも壁の作りが強固ではある。


都市の東側が第1区で、ここには行政機関と都市を統治する都知事の住居と都市の出入り口である東門が存在する。第1区から2区、3区と続き、都市の最西端が5区となっている。


2区は貴族や上位階級が住むエリアで、軍や警察機構といった治安維維持部隊もここに駐留しており、北門が存在する。


3区は商業・工業エリアになっているが、2区と3区は壁で区切られており、一般市民の立ち入りを制限している。また一般市民の立ち入りを制限するのに加え、都市に魔物の侵入を許した際、3区より以西の人間を餌に1区および2区を守るという意味合いもある。また、3区には南門がある。


4区は一般市民の住居エリアに加え、農場や牧場の産業エリアも存在する。5区はスラムで、西門がある。


あの後、朝食を食べたトウコとマリーは南門へ向かうために家を出た。リョウは気づいたらいなくなっていた。

トウコたちの住む家は、商業エリアにほど近い4区にある。

今回の仕事は、第16都市から隣の第14都市へ向かう商隊の護衛で、第14都市が東側に位置することから東門から出るのが一番近いが、2区より東のエリアに一般市民は入れないことから、必然的に南門を使用することになる。


 朝食を売る屋台が立ち並ぶ通りを、トウコとマリーは歩いている。

「はぁ・・リョウはちゃんと来るのかしらね・・・っていうか、来てもあの状態で仕事になるのかしら・・・」

マリーはずっとこの調子でぼやいている。

「大丈夫だろう。あんなんでも仕事はちゃんとする男だし、何よりまだ完全にキレてなかった。」

「あれてキレてなかったらなんなのよ!アンタ思いっきりリョウに刺されてたじゃないのよ!」

「まだ本気じゃなかったさ。短剣に何の付与も掛けてなかったのがいい証拠だろう?本気だったら今頃私の腕はないんじゃないか?その前に私が殺してたかもしれないけれど。」

「あぁもうやだやだ・・・アンタたち常識をどこに落としてきたのよ。」

「生まれてきた時から持っていなかった可能性もあるんじゃないか?」


トウコがおどけながら言うと、マリーは空を仰いで特大のため息をついた。



 南門に到着したトウコとマリーの2人が辺りを見渡す。南門付近は、これから仕事に向かう組合員で溢れていた。

「まだリョウは来ていないみたいね・・・。あの一団かしら、今回のお仕事相手は。」

事前情報通り、荷馬車が5台にその家族らが乗るという馬車が1台、その周りを多数の組合員たちがたむろしている集団に2人は近づく。


「よーよーよー破壊屋!お前らもこの仕事に参加すんのか?破壊屋が護衛とは珍しいな!」

赤みがかった金髪に少しくすんだ青い目をした、大剣を担いだ大柄な男が2人に近づきながら叫ぶ。


「破壊屋なんて呼ばないで!私たちはそんな名前じゃないわよ、アレックス!」

「なんでも殴るトウコに、ハンマーぶん回すお前、切り刻みまくって敵を壊すリョウ。破壊屋、ぴったりじゃねーか!」

ガハハと豪快に笑った男――アレックスは主に護衛の仕事を専門に請け負う20人程のチームのリーダーだ。


「ま、お前らが参加するなら今回の仕事は楽勝だな。他チームといざこざは起きそうだけどな!お?いざこざを起こしそうな楽しい奴がいないじゃないか。リョウはどうした?トウコ、夫婦喧嘩でもしたのか?」

「そのうち来るさ」

「そうね・・夫婦喧嘩ね・・・・シャレになってないのよそれ・・・」

顔を顰めたトウコと、遠い目をしてつぶやくマリーにアレックスが問いかけようとしたその時、

「なんだあ?色無しがこんなところで何してやがんだ。」

野卑た男4人が近づいてきた。


トウコたちの事を知っている組合員はぎょっとした顔で少し距離を置き、知らない組合員はニヤニヤした顔で成り行きを見守っている。

「なんだお前ら。この街に来てまだ日が浅いのか?俺たちが話してんだ、邪魔すんな。」

アレックスが4人をけん制するが男たちは止まらない。

「お前んとこが飼ってる色無しなのか?いい女じゃねーか。俺たちにも回してくれよ、ちゃんと金は払うからよ。」

「彼女はれっきとした組合員で奴隷じゃないわよ。すっこんでなさい!」

「うるせえぞ!オカマこそすっこみやがれ!いいから色無しこっちに来いや!」

男の一人が、トウコの腕と尻をつかみ叫ぶ。


距離を置いていた組合員たちがそれを見て、青い顔で今度は大きく距離を開ける。


トウコが口を開こうとしたその時、

「人の女に何してやがんだ。」

低い声とともに、リョウがトウコと男の間に割って入り、左手で男の頭を掴んだかと思うと、そのまま短剣で男の右の鼻孔を切り裂く。


「があぁっ・・・!」


切り裂かれた男が呻くも、リョウはそのまま男の鼻先に短剣の切っ先を突き付け言う。

「このまま左も切り裂かれるか、鼻をそぎ落とされるかどっちか選べ。それともその汚い指を全部切り落としてやろうか?」


突然のことに呆然としていた男の仲間たちが怒声を上げ、男を助けようとするのを、

「やめとけ!やめとけ!お前らもやられるぞ!近づくな!」

「アンタたちあの男の事は諦めなさい!五体満足はもう無理よ!」

アレックスとマリーの2人が男たちを抑えにかかる。


「お、おいトウコ、マリー!お前らなんとかしろよ!リョウを止めろ!」

距離を置いていた組合員の1人がマリーとトウコに叫ぶと、

「無理よ!私はか弱いヒーラーなのよ!脳筋バカを止められるわけないでしょ!」

マリーが叫び返し、トウコはため息を一つ吐いてリョウの腕を引いた。

「リョウ。もう十分だ、やめな。」


リョウは冷めた目でトウコを見下ろし、静かな口調で、しかし殺気の籠った口調で言う。

「おい、お前もお前だぞ、トウコ。何触られてんだよ。十分避けられただろう、俺への当てつけか?やっぱり殺されたいのかお前。」


「・・・朝の続きをやろうって?」

「おう、殺してやるからかかってこいよ」

リョウが男を突き倒し、そのままトウコへと向き直る。


パリパリと2人の周りに魔力が集まる。


「悪化したー!!!おい、なんでトウコまでキレてんだよ!マリー冗談言ってないで止めろ!」

「おいおいおいおい!何であんなにキレてんだよ!!マリーなんとかしろ!」


組合員たちとアレックスがマリーに叫ぶも、

「ああ、お空・・・綺麗・・・」


マリーは現実逃避していた。

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