放たれた心「ソツギョウシキ」
拓嶺高校卒業式。
なんか国歌斉唱して、長々とカノンを聞かされて、証書もらって、昼過ぎには終わりました。
以上です。
完。
もうね、卒業とかどうでもいい。
ついでに大学とか就職とか、なんなら人生もどうでもいいの。
結局、俺のもとには普通の青春っぽい恋愛なんて訪れないって最初から決まってたんだろうね。
ほら、そういうもんじゃん? 制限時間で連打して百体撃破せよ! みたいなミッションで九十九体まではサクッと倒して、そこからどれだけ連打しても九十九体止まりのあの感じ。 最初から成功か失敗か内部で決まってます的な。
だったら最初から期待させないでくださいよ。連打して減った体力は返ってこないんだぞ。
要するに、俺は凛堂に見事に振られた。
一昨日の放課後、俺の疑問形の告白に、凛堂は深々と頭を下げながら「ごめんなさい」と言い放って、そのまま音楽準備室を出て行った。
取り残された俺はそのまま完全下校時刻まで石像になっていた。
な゛ん゛で゛だ゛よ゛お゛お゛! ど゛お゛し゛て゛だ゛よ゛お゛お゛お゛!
一緒に寝たでしょ? (事故です)
抱擁だってしたでしょ!?(事故です)
ことあるごとに頬だって染めてくれてたでしょ!?
それじゃどうして断ったの……あの紅潮はなんだったのさ。俺の見間違い? ……もうそんな気がしてきた。
式が終わってから教室に戻ってきて、担任の教師が何やらブツクサみんなに言っているが、今の俺の耳には全く届かない。
失恋ってこんな感じなんですね。そりゃ髪も切りたくなるわ。俺も何なら髪の毛全部剃りたい。そして出家するんだ……。
女子どもからはすすり泣く声が聞こえ、男子どもからはテンションの高いウェイウェイした声が轟いている。俺は自分の腕を枕に机に突っ伏して、静かに自分のブレザーの袖を濡らしている。
きっと、はたから見れば苦楽を共にしたクラスメイトとの別れを惜しむ殊勝な生徒に見えるよね。まあ誰も俺のこと見てないけど。
いつの間にか卒業アルバムに寄せ書きを書き合う時間に移行していた。
もうこれ以上ここに残っていてもしょうがないと鞄に荷物を詰めていると、
「冬根君! いるかしら!」
久しぶりに聞くラウドボイスが教室の後ろ側のドアから聞こえた。
よく見なくてもそこには胸に淡い桃色の造花のバッジを付けたポニーテール眼鏡が偉そうな体勢で立っていた。
注目されるのも嫌で、俺は慌てて荷物を持って駆け寄る。
「おう四ノ宮、卒業おめでとう」
「ええ、おめでとう。じゃないわ! ほら! いくわよ!」
四ノ宮はそう言って俺の腕をがしっと掴んできた。
「行くってどこにだよ」
「決まってるわ!」
身体の小さな四ノ宮とは思えない力強さで引っ張ってきて俺は前につんのめってコートを落とした。
四ノ宮はそれを拾い上げ両手でクシャっと握りしめて、何故か得意げな顔でこう言った。
「部活よ!」
◆ ◆ ◆
いや、あのね四ノ宮さん。
俺、できればここに来たくなかったんですけど。
フラれたばかりで、顔を合わせるのも気まずいと言いますか……。
「失礼するわ!! もうみんな集まったかしら!」
俺を引き摺りまわした四ノ宮は、俺の想いなど関係なく音楽準備室に激しく突入していった。
仕方なく俺も後に続く。
音楽準備室の中には俺と四ノ宮を除いて四人の人間が談笑していた。
チョコレート部のアンポンタン顧問、霜平
化け物の片鱗をついこの前垣間見てしまったピノコこと火野琴美。
天使さえも魅了し世界を平和に導く尊き友人、棗さくら。
そして悪名高い地獄からの使者 (おい)、凛堂
四人は入ってきた俺と四ノ宮を見るなり、狭い音楽準備室の中で輪になって並んだ。
俺と四ノ宮が隙間に入り、輪は歪な楕円になった。
「さてぇ、
いつも通りのだらっと口調で顧問は人差し指を立てた。
いったい何を始めるんですかね。
「じゃあまずぅ、部長の凛ちゃんからぁ! どうぞ!」
気まずさが胸に吹き荒れてあまり見れなかった凛堂に目を遣ると、凛堂のブレザーの胸部分にも桃色の造花バッジが付いていた。
そうか。一年だが凛堂も卒業して大学に行くんだもんな。
「今まで言ってなかったけど」
凛堂が無表情のまま話し始めた。
ってかこれなんなの? ひとり一言的なやつ? それとも暴露大会?
「私、チョコレートは苦手」
「えぇ! 凛ちゃん、そういうのもっと早くいってよぉ」
「もったいないわね! あんなに甘くて素敵な食べ物の良さが分からないなんて!」
凛堂の謎の告白に、霜平と四ノ宮が反応した。
棗は苦笑いをしてジャージの萌袖を口元に当てている。琴美に至っては完全に無反応だ。
……いやだからこれ何の時間?
「はーい、じゃあ次ぃ、ピノコちゃん!」
霜平に指を差された琴美は空に目を遣りながら口を開く。
「私はバレンタインに最高四十八個のチョコレートを貰ったことがある」
「えぇ! すっごいねぇ」
「むむ、負けたわ……私は二十二個が最高よ!」
またしても霜平と四ノ宮が反応した。
っておかしくない!? 四十八個とか、それ何KBだよ。
というか四ノ宮も何気にめっちゃ貰ってるし。
とかそれ以前に、バレンタインデーって男がチョコもらう日じゃないの!?
なにそれずるいんですけど? 俺女の子からチョコ貰ったことないんですけど。今年も貰えなかったし。妬ましいったらありゃしない。
ちなみに男子校時代に男から手作りのチョコをもらったことならある。うん、後から聞いた中のチョコの材料を含めて抹消したい記憶歴代ナンバーワンだ。
「はい次ぃ、じゃあ
順番的に次が俺のようで、俺は慌てて左隣の棗に耳打ちする。
「なあさくら、これ何の発表会? 俺何も聞いてないんだけど」
「あれ、そうなの? 僕も昨日部長さんから聞いたんだけど、卒業式の後で部員で集まって、チョコレートにまつわる話を一人一つ話すんだって。来年この部活は廃部らしいから、最後にって」
いやなにそれ聞いてないってば。連絡網どうなってるの。俺やっぱしハブられてる?
「――ちょっと冬根君! 聞いていたのかしら!」
「え? ああすまん、何だって?」
「だから! もう一度言うわよ! チョコレートの日本での生産量、消費量は世界的に見ればあまり優秀とは言えないわ! ドイツをはじめとしてアメリカやスイス、イギリスに比べれば赤子も同然なのよ! だから日本人はもっとチョコレートを食べるべきなのよ!」
「あらぁ、然愛ちゃんいいこと言うわねぇ。先生も賛成よぉ」
腰に手を当てて得意げな顔の四ノ宮。
いやそれただ君がたくさん食べたいだけなのでは?
先程「苦手」と言い放った凛堂は若干苦そうな表情になっている。まあ俺も甘いものは得意ではないしその気持ちはわかるぞ、助手。
「じゃあ~……次はぁ、さくらちゃん!」
「んおい!!」
並んだ順番じゃないのかよ! 手の甲を霜平に突き出してチープなツッコミをしてしまった。
「うふふ、氷花ちゃんは最後! 大トリよぉ。良い話期待してるわよぉ。というわけで、さくらちゃん! どうぞぉ」
「は、はい!」
おいおい。どうしてそういうことするの。
俺この謎の発表会の内容知ったの一分前なんですけど。やっぱし俺いじめられてる?
「え、えへへへ。僕、話って言っても何にも思いつきませんでした。だから、今日早起きしてみんなの分のチョコ作ってきました。えへへ」
棗はそう言って背後の鞄から可愛いリボンのついたラッピング袋を複数取り出した。
照れくさそうにそれをみんなに渡している。俺にもピンクのリボンのついた袋をくれた。
「えへへ、美味しいか分からないけど……食べてくれると嬉しいな」
ズッキューーン――……。
棗の照れた笑顔に射抜かれて幸せの殉職。一瞬棗に純白の翼が生えてるように見えたぜ。
生まれて初めて女の子――もとい可愛い人に貰えたチョコレート……ええ、食べますとも! たとえ猛毒が入っていようとも! 数多の事象に感謝を念じながら噛み締めてやりますとも!
「凛堂部長さんは苦手って聞いてたから、甘さ控えめのラスクにしてみたんだ。えへへ」
「ありがとう」
しっかりと好みまで把握して配る棗さん、最早全能の女神です。男だけど。
「はーい。じゃあ最後ぉ、氷花ちゃん! どうぞぉ」
えー……。
全員の視線が俺に集まる。琴美だけ棗のチョコを既に食べてもぐもぐしている。
「え、えと」
突然チョコに関して話す、とか言われてもマジでないもないんですけど。
こういう風に注目されるのマジで苦手である。
そしてしっかりと俺を凝視する凛堂。一昨日俺を振ったくせになんちゅうメンタルだ。くそ、やっぱり可愛いなちくしょう。
「さ、どうぞぉ」
手を叩いてニッコリと急かしてくる顧問。
こういうのほら、パワハラになりかねませんよ? 嫌がる行為を無理やりさせるのは現代社会において度々取り沙汰される問題の一つですよ?
とはいえこの絶妙な皆の沈黙、逃げるわけにはいかない雰囲気だった。
何を言えばいいんだよ! チョコに関して?
チョコレート、チョコレート……。
「ちょ……」
ええい、くそ!
「お、お
「「「「「…………」」」」」
……。
……もういっそ殺してくれ。
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