最後の助言「デート?」
彩乃の人の呼び方にはある種グッとくるものがある。
慕う四ノ宮は『お姉さま』で、恩人と謳う陽太は『様』を付け、天敵――と本人は言わないが――である琴美に至っては『化け物』扱いだ。
更に敵と銘打つ霜平教諭のことは名前を呼びすらしない。
『あの人』……まるでどこかの名前を言ってはいけない例の闇の魔法使い扱いだ。
彩乃が特殊な呼び方をする人たちにはきまって共通点がある。
それは『優秀』であるという点だ。
俺の下僕である陽太は確かに恐ろしいほど優秀で、きっとやばいことをしているに違いない。それほどの密偵力、調査力で、彩乃にその術が引き継がれているらしい。おーこわ。
ピノコこと火野琴美は、彩乃曰く『化け物』で、人心掌握、心象操作に長けているらしい。
俺は今のところそんな風に感じたことはないが、恐怖を感じずにはいられないくらい何でも知り尽くすほどの彩乃が言うのだから、きっとそうなのだろう。おーこわ。
さらにあのアンポンタン顧問、霜平も確かに優秀らしい。
洞察力だか何だか知らないが、
もしもそれら全てが霜平自身の意志による策なのだとしたら、畏敬の念を感じずにはいられないな。おーこわ。
そして彩乃は、凛堂のことを『魔性』と称した。
魔性って言ったら……アレっしょ? 魔性の女、的な?
……。
うん、どこが?
デートをすりゃ会話もなく病院に連れて行かれ、生焼けの肉を何度も食わされ、挙句自家製の
精神とか胃を攻めてくるあたり、魔性というよりも
まあそんな凛堂の魅力の禅問答はさておき。
彩乃は俺のことを普通に「冬根さん」と呼ぶ。
ということはつまり、やっぱり俺は優秀ではないということなんですよね。
いやまあ知ってはいますよ? 自覚もありますし。冬の似合う寒くて寂しい人間ですし。
しかしながらそんな俺に対して、どこかのアンポンちゃんは「曖昧な与式から最善手を見つけられる能力」があるなんて言ってくれた。
アンポンちゃんはキミが言うに、えらく優秀なんでしょう?
優秀な人が認める俺のことも、何かしら特殊な呼び方していいのよ? なあ彩乃さんや。
「えぇ……じゃ、ウィンプさんとかクイッターさんとかどうですか?」
学校最寄りの駅で列車を降り、降ってきた雪を感じながらの通学路すがら、詳細を告げずにあだ名を要求したところ、彩乃はえらく面倒くさそうにそう言ってきた。
「なにそれ? ラッド? SNS?」
「冬根さんみたいな人のことです。意味はご自身で調べてみたらどうですか。まあどうせ、今後関わらないことですし呼ぶことはないと思いますけど」
ニンマリとした彩乃の顔を見るに、きっと悪口の部類だ。
ちくしょうめ……なまじ意味が分からなく怒ることもできない。キーッ!
「さて、そろそろ学校ですね」
「あ、ああ」
これにて彩乃との登校デート (?)もおしまいである。
つまりはこれ以降彩乃とは敵で、こうして話すこともなくなるということらしい。
そう思うといくら恐ろしい後輩でも、寂しいな、などと感じてしまう。
つくづく俺は甘ちゃんだよね。その甘さがいつも厄介事を引き込んでいるってのに。
校門の前まで来ると彩乃は立ち止まった。
そして意外なことに俺に深々と頭を下げてきた。ふわっとサイドテールが揺れる。
「何の真似だ?」
「今までありがとうございました」
――正当な親切には正当な感謝を、だっけか。
「別に俺は何もしてないぞ」
「まあそうですね」
「おい」
そこは社交辞令でもちゃんと褒めなさいよ!
どこまでもSで、どこまでも辛辣で、そしてどこまでも彩乃らしい。
「登校デート、どうでした?」
「え? ああ、んー、まあ楽しかったかな」
半分は怖かったけど。
「それはよかったです。私はつまらなかったですけど」
「……」
そろそろ泣いていい?
悲しい顔を我慢する俺を見て満足したのか、手を口元に当てて表情を崩す彩乃。
「冬根さんの為にデートしてあげたんですから、感謝してくださいね」
「……デートって言えるのか、これ」
「私の人生初デートを捧げたんですから。責任とってください」
「責任? ってなんだよ。どうとりゃいいんだよ」
「二万円くらいですかね」
「金かよ! てか無駄にリアルな数字だすなよ!」
右手を出すな! やらんぞ、ってか今財布に千円ちょっとしかないし。
そういう高度なサディスティックは俺がもっとマゾヒズムを獲得してからにしてくださいってば。いやだから獲得する予定なのかよ。
「冗談です。これで、本当にさようならです」
「そうか」
雪足が強まってきたせいか、心なしか彩乃が寂しそうな顔をしているように見える。
だったらいいな、という願望がそう映しているだけかもしれないが。
そして彩乃はなぜか学校とは反対方向に歩き始めた。
雪を背に去り行く彩乃の後ろ姿を見ていると、何故か鼻の奥が突き刺されるように痛みだした。
なんだよ。結局なんだかんだで、彩乃のことも好いていたんじゃないか。
すでに俺もまあまあなマゾに染まってたのかな。
じゃあな、と心の中で呟くと、それを感じ取ったかのように彩乃は数メートル先で俺の方へと振り向いてきて驚いた。なに? 以心伝心?
「最後に、お世話になった冬根さんにお礼も込めてのアドバイスです」
両手を背に回して、ちょっぴり前屈みの体勢になる彩乃。
まるで健気な後輩でも演じてるのかのような、彩乃っぽくないポーズだ。
「アドバイス?」
「はい。どこかのウィンプさんとは違って、崩壊狙いとかではない、ちゃんとしたアドバイスです」
「は、ははは……」
早速あだ名で呼んでるじゃねえか。意味の分からない悪口やめて! 無駄に傷つく!
しょっぱい笑いで誤魔化すことしかできない俺に、彩乃は真っ直ぐな目を向けてきた。
「覚えておいてください。今日の――」
◆ ◆ ◆
聖応大学、合格。
……いや俺マジで凄くない?
あの聖応だよ? 偏差値俺の体重くらいだよ? (ピンと来ねえ)
これで俺は『聖応大学出身』というちゃんとした称号を得ることができる。
これは人生において大いなるアドバンテージだ。もしかしてモテちゃう?
……不祥事とか怠慢で退学や中退にならなければ、だけど。
そんな感じで、やけに登校率の良い自教室で俺は心の中でガッツポーズと
的確な指導、豊富な知識、どれもあのだらしない口調の『ぷぅ』野郎とは思えないものだった。やるじゃんシーモ。
てなわけで、聖応大学に無事合格した俺は、最悪合格しなくてもするつもりではあった一大イベントをこれからこなさなければならない。
登校率がいいのもそのはず、本日は四年に一度の如月の閏日、自由登校の最終日である。
明日の弥生初日は卒業式予行演習に一日を当てられ、その翌日が卒業式である。
人間、『ラスト』って言葉に弱いよね。
『ラストオーダー』とか言われたら特に何か頼む予定が無くても何か頼んじゃうし、『ラストチャンス』って言われればそこに掛けてみたくなっちゃう。
きっと今日のクラスの登校率の良さも、『ラスト自由登校日』に釣られた結果だ。普通に明日も明後日も学校に来なければいけないというのに、つくづく『ラスト』の有用性には言葉をのむ。
俺もミドルネームにでも追加しようかな。冬根・L・氷花。うわ、なんか黒いノートで殺されそうな名前だ。
はてさて、そんな最後の登校日。
俺が事を起こすなら今日しかない。
明日はきっと生徒の大半がいつもと違う動きをするだろうし、明後日には卒業だ。
確実に落ち着いて会えるのは、きっと今日が『ラスト』だ。
ほらまたでたよ、ラスト。
始まりかけている俺の青春がラストにならないよう、こればかりは祈るしかない。
昼休みまではぼんやりこの三年間を振り返って過ごした。
無彩色調だった一、二年の頃に比べ、三年になってからはカラーコーディネーターもびっくりするくらいの多彩な日々だった。
この約一年、主に寒色が強めではあったが、関わる奴らのおかげで暖色も中性色も、金色すら差していた。
まあ結局すべてが混ざり合って魔界のようなどす黒い色みを帯びていた気がするけども。
それもこれも、今日でおしまいにしよう。
自分自身のことは、自分自身でケリをつけるしかない。
迂遠で婉曲な自分に別れを告げる為にも、ね。
とは言うものの、放課後が近づくにつれて俺はどんどん緊張感が増していった。
何ならさっきから変な汗が出ている。深呼吸がまるで効果をなさないレベルだ。
午後の自習時間で脳内シミュレーションを幾度も繰り返し、いいイメージを掴みかけたところでチャイムが鳴った。
遂にその時である。
教室に残って最後の時を名残惜しむクラスメイトを尻目に、俺はコートと鞄を
徐々に加速する心音の四つ打ちをひしひしと感じながら、ルーティンであるいつもの場所へ向かう行為の最中のことだ。
「ふーくん」
道中の最後の曲がり角手前で、俺にピノコの声が掛かった。
「おう。琴美」
ショートボブが少し伸びてミディアム気味な琴美は、珍しく息を切らしていた。
「ふーくんに、伝言が、ある」
「誰の?」
俺はコートを持つ手に無意識に力が入る。
「ああ。書記ちゃんだ」
「四ノ宮?」
肩で息をして片眼を瞑る琴美は、若干上擦った声でこう言った。
「なんでも、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます