相談発生「ハナヅミ リカ」
後日談というか今回のオ(やめろ)
琴美と琴美の母・恵美子はあの後、お互いに十年近く言えなかったことを曝け出したそうだ。
恵美子は火がついたように泣きだし、なかなか会話をするのも大変だったらしい。
琴美が幼少期に言った「父親が欲しい」という発言は、「父親が居た時のような楽しく幸せな日常が欲しい」という意味だった。
言葉の足りない琴美の願いを、不器用な恵美子が馬鹿正直に捉え、その言葉だけを盲信し続けた結果、すれ違いが深まりおかしくなってしまっていた、とのことだった。
数日経って、恵美子は俺の姉である涼花の病院『冬根メンタルクリニック』に訪れたそうだ。
正式名称などの詳細は伏せるが、結果は俺の予想通りだったらしい。
しかし献身的な琴美のおかげか軽度で済んでいるらしく、月一回程度の通院と薬の服用で、そう遠くないうちに社会復帰も可能とのことだった。
「いやぁ、でも本当によかったな。これでバイトの数を減らせるし、苦労が減るだろうし。あとはゆっくり時間を掛けて、お母さんと仲が戻るといいな」
「ふーくん、おかわり」
「いや人の話聞けよ! てか食いすぎだろ!」
もう四杯目だぞ!
てなわけで現在琴美は俺の家で俺の特製シーフードカレーを食べている。言っておくがもちろんカエルなんて入れてないからな? いや、カエルはシーフードではないんだけども。
四杯目のカレーを装った皿をスプーンを握りしめた琴美の前に呆れ気味に置くと、不意に琴美は俺の顔を見つめてから口を開いた。
「ふーくんは不思議な奴だな。ふーくん相手に話をしていると、なぜかスルリと本心を零してしまう」
「なんだそれ」
「もしかしたら、ふーくんの言葉には何か特殊な力があるのかもな」
君までそんなオカルティックなこと言うんですね。
そんな訳がないのはお前が一番知っているだろう。事実、俺の恋愛的アドバイスを成功に導いてきたのは陰で動いていたキミでしょうが。
「んなわけあるかよ」
「まあそれはともかく、ふーくんのおかげで私は救われた。本当に感謝する」
「……ふーくんって言うなって。いいから早くカレー食えよ」
顔に熱が集まりそうな予感がして、俺はそっぽを向いた。
別に琴美の為に動いたわけではない。
ただ……買ってもらった赤本とタイ焼きと、彩乃の赤い何かを見られたことへのお返しってだけだ。
感謝するなら霜平にするんだな。
「ところで琴美」
目を離した隙に既に殆ど皿に残っていないカレーに驚きつつ、俺は気になったことを訊くことにした。
「どうして俺があの時あの場所にいるって分かったんだ? なんとなくあのホストクラブ周辺ってのは察するのは分かるが、あのハンバーガー屋は外からだと店内まで良く見えないと思うんだけど」
「ああ、簡単だ。聞き覚えのある音が受話部分から聞こえたからな」
「……? 何の音?」
「芋の揚がる音だ」
「ああぁ……」
確かに鳴ってたな。しかし耳ざとい。
カレーを食い尽くす琴美を見ながら、改めてコイツの優秀さに驚かされていると、
「ところでふーくん、あの時書記ちゃんと一緒に居たな?」
琴美がスプーンを咥えながら問い返してきた。
「四ノ宮か。成り行き上ね」
「書記ちゃんとはどういう関係なのだ?」
「どういう関係って……」
俺が訊きたいくらいだ。
俺の中の四ノ宮は……んー、厄介な奴?
「ふーくんは、ああいう直情的な貧乳が好みなのか?」
「は!? な、なんでそうなるんだよ!」
というかさらっと酷いこと言ってら。四ノ宮が聞いたら絶対大噴火だ。
「それとも眼鏡属性か? ポニテ萌えか?」
「違うってば! そういうのじゃないの! あの時はたまたま鉢合わせただけだ」
「たまたま……ふぬ。書記ちゃんもなかなかヤリ手、ということか」
「なんだよヤリ手って」
「まあいい。あの程度、造作もない。最終的にふーくんと結婚するのは私だ」
あの程度とか言われてますよ四ノ宮さん。
というか、まだそれ言ってるのかよ。マジで反応に困るからやめてくれよ。
「ふーくん!」
「なな、なんだよ……」
改まって真剣な表情を向けてくる琴美。
おいおい待て、結婚とか、今そんなこと言われても俺どうしたらいいんだよ。
まだ彼女が居たことすら――
「おかわり!!」
「……」
本当にカエルでも入れてやればよかった。
◆ ◆ ◆
師走に入って一週間余り経った。
火野琴美の一件もそうだが、あまりにも説明も何もかも後回し先送りにし過ぎて、分かり難かった点はお詫び申しあげたい。
そのお詫びと言っちゃなんだが、次の話はズバリ単刀直入に行こうと思う。
つまるところ『凛堂を出し抜いてやろう大作戦』である。
何の為の作戦かと言われれば、俺の為の作戦である。
……アレだけコミュニケーション不足が云々と抜かしつつ、自分のこととなるとすぐに遠回しになるのは本当に情けない。
でも、ほら、やっぱりこういうのは周りから固めるって言うし?(言い訳)
今回は最初から全てを話しておこうと思う。
要するに。
恋愛相談にくる生徒に俺はいつも崩壊狙いアドバイスをしているわけなのだが、いつも崩壊せずに上手くいってしまうのにはどうやら凛堂が火野琴美を使って上手く行くように仕立てているかららしい。
俺がだいぶ前に琴美にした依頼はこうだ。
『凛堂から依頼されたことを、承諾するふりをして一度無視して欲しい』
つまりは凛堂を裏切ってほしいということをお願いしたのだ。
――ふーくんの依頼、承った。その代わり報酬は高くつくと思うぞ。アイツの報酬はいつも破格だからな。
『凛堂の報酬よりも多く報酬を出す』という条件で琴美は了承してくれたのだ。
あとは、実際に恋愛相談をしに誰かが音楽準備室を訪れ、俺が崩壊狙いのアドバイスをすれば完了である。
実質動くはずだった琴美が動かず、失敗に終わる。
そうなれば俺の恋愛マスターとして立場は無くなるはずだ。
そこで漸く凛堂の本心を――そんなことを思考しながら図書室で赤本と睨めっこをキメていると、タイミングよくスマホがバイブした。
メッセージが一件。凛堂からだった。
『相談』
たった二文字、これだけだった。
凛堂さんや、もしかしてあなたも俺とのメッセージのログを極力残したくない感じですか? ちょっぴり泣くぞ?
ともあれ遂にその時が来たようで俺は柔らかい緊張感が発生した。
しばらく行っていなかった音楽準備室への足取りが軽快な事に俺は自分自身に苦笑してしまいながら辿り着くと、既に相談者と思わしき女子生徒が凛堂の隣に礼儀正しく座っていた。
俺の定位置であったパイプ椅子に座る女子生徒は、リボンの色からしてやはり一年で、その綺麗な姿勢とは裏腹の派手な金髪、濃い化粧、褐色の肌……あまり近づきたくないギャルテイストの子だった。
凛堂も金髪なので、まるで異世界ファンタジーの世界にでも来てしまったような感じがしたが、部屋の狭さと埃っぽさ、繁雑な楽器類が『いつものお前の悲しい日常だ』と言わんばかりに俺に視線を向けてくる。
もしも俺が金髪のままだったら、三賢者ならぬ三金パが揃って条件を満たした俺達は異世界にでも転移してたりしたのかな。絶対金髪にはもうしないけど。
「おまたせ」
「遅いよ、冬根パイセン! ちーっす!」
俺を指差して甲高い声を出した金髪一年女子は、ギラッと鋭い八重歯を覗かせて笑顔になった。
ちーっす……と返す勇気は俺には無かった。
「こんにちは。それで、相談だって?」
「そうそう! 聞いてくれる? ウチ、どうしても彼氏にしたい男がいるんよねー」
一年金髪女子は『
というかそんだけガツガツと言えるなら、本人に直接言えばいいのに。
「いやぁ、ほらアレっしょ! やっぱし好きな人の前だとビビっちゃうー、みたいな?」
……何ちょっと頬赤くしてんだよ。
ギャルギャルしてるくせに意中の人を前にすると照れてモジモジするとか、王道パターン過ぎてもう可愛いですねこんちきしょう。妬。
「それじゃ、アドバイスだけど――」
さて。
俺は目を瞑って考える。
このアドバイスが、もしかしたら最後のアドバイスになるかもしれない。
……なんて感慨深い言葉で彩ろうとも、所詮は崩壊狙いの妬ましいアドバイスなんだけど。
それに今回はいつも動くはずの琴美をストップさせている。
うまいこと崩壊に導いてこのギャルが怒り狂うのは少し怖いが、もう後には引けない。
「そうだな。そいつの頭に、飲み物をぶっかけてやれ」
俺はそう言って、ペットボトルを逆さまにするようなジェスチャーをした。
「えー? さすがにそれはまずいっしょ?」
「……彼氏にしたいんだろ?」
「や、まあそうですけど! でもそれはガチで怒るっつーか」
解せないといった顔で眉を寄せる花積は、両手をパタパタと動かしている。
「俺のアドバイスは変わらない。飲み物なら何でも良い。何の予告もなく、ただぶっかけてやれ。それがアドバイスだ」
「えー……マジかよ。そんなんで上手くいくわけなくね?」
うん、俺もそう思います。えへ。
「恋愛マスターである俺を信じてくれ。今まで相談に来た生徒全員が成功してるんだぞ」
誰かさんのおかげでね。
「えー……。まぁ、よく分かんないけど、了解! アイツの為ならしゃあないかー。とりま冬根っち、ありがとねー! やってみるわ!」
なんとも少し古いセンスの口調でまたしてもニパリと八重歯を零して笑い、手を振りながら音楽準備室を出て行く花積という名の金髪一年。
カチャンと扉が閉まった後、静けさがここを支配した。
「マスター、お疲れ様」
振り返って見降ろした凛堂は、本から目を離さぬままだった。
しかしその頭頂部は、何か物言いたげな雰囲気を纏っている気がする。
「まあ、というわけで、アドバイス完了だな」
「そう」
「そんじゃ俺は引き続き、勉強でも頑張ることにするかな」
「そう」
相変わらず淡白な返事の凛堂に「それじゃ」と言って俺は音楽準備室を出ようとした。
そして、なんとなく、本当に何となく振り返ると、凛堂は本ではなく俺に目線をくれていた。
扉を開いたまま、手が止まる。
時間にして恐らく五秒程、しかし俺にはすごく長く感じる見つめ合いだった。
「なあ凛堂」
気付けば、俺は口を開いていた。思考や感情のその奥から自然と出てきた言葉だ。
「何」
「寂しいか?」
俺の間抜けな問いに、凛堂はゆっくりとした動きで本を持ち上げ、口元を隠す。
そのまま、ゆっくりと首を傾げた。
いつもよりまばたきの回数が多く見える凛堂は、それ以上のアクションは起こさなかった。
「……じゃあ、またな」
相変わらず、何を考えているか分からないやつだった。
でも俺の胸の中で渦巻く火の粉が、どちらにせよ突っ走ることには変わらないことを示している。
もう少し。あと少しのはずである。
だからあと少しだけ待っていてくれ、凛堂
あとは崩壊を待つだけなんだ。頼んだぞ、ピノコ。
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