厄介な自称助手「シノミヤ モア」

 翌日のことである。


 放課とともにすぐに俺はホストクラブ『Captivateキャプティベート』の入っているビルの近くに来ていた。

 ビルの中に入る訳にはいかないので、入口が見える位置であんぱんと牛乳を片手に張り込みをしているといった具合だった。


 目的は一つ。現れるであろう火野琴美の母親、火野恵美子に話をする為だ。


 だったのだが。


 張り込みを始めて数十分、俺の頭にはとある言葉がリフレインすることになるのだった。


 ――油断するな。勝利に酔いしれた時こそ隙が生じる。


 どこかのカエルさんの名セリフですね。げろげーろ。


 正確に言えば勝利に酔いしれてもいなかったし、油断もしていなかった。

 確かにこれから琴美の母親と再対峙するにあたって、俺は『琴美の本心』という切り札を持ってはいる。そういう意味ではある程度勝利を見込める状態ではあった。


 しかし、油断など全くしていない。


 強いて言うなら、本日の占いが最下位で、ラッキーアイテムがカツサンドだったってことくらいだろうか。

 だってカツサンド高いんだもん。あんぱん安かったんだもん。


 そんな小さな妥協が原因だとは到底考えられないが、油断したわけでも隙が生じたわけでもない張り込み中の俺にもとに、またしても厄介な奴が現れてしまったのだった。


 これからが本番だというところに……勘弁してくださいよ、四ノ宮さん。

 いやだから引き込んだの俺なんだけどね。


 ◆ ◆ ◆


「あら! 冬根君じゃない! こんなところで何をしているの?」


 ライトバンに隠れながらホストクラブ『Captivateキャプティベート』のあるビルの入口を見張る俺に、四ノ宮の甲高い声がかかった。

 ゆっさゆさと揺れるポニーテールを見ながら、俺は徐々に焦りが募っていく。


 こいつと喋っている間に琴美の母親が来たらかなり厄介だからだ。


「お、おお四ノ宮、気ィ付けて帰れよ!」

「何よその体育教師みたいな言い方。冬根君は何をしていたの?」


 ダメだ。すんなりと放っておいてはくれなさそうだ。


「んー、まあ調査的な?」

「へぇ! 何の調査かしら! まさか……誰かを真の恋愛に導く為の、その調査なのね!?」


 いやどう答えるのが正解なんだこれ。ミレニアム懸賞問題並みの難問だろ。

 

「えーと……」


 単純な返答だけなら丸かバツの二択である。確率にして五十パーセント。さあ当たれ!


「そ、そうだよ。真の愛の為の調査だ。だから、ちょっと一人に――」

「やっぱり!! 冬根君は恋愛マスターとしての心を忘れていなかったのね!! 近頃ちょっと冬根君の怪しい行動に疑念を持っていたけれど、こうして見えないところで動いているだなんて……さすがだわ!! 私も手伝わせていただくわね!」

「いや、ちょっとそれは」


 はい外したー! 五十パーセント外したー!

 というかこれ最初からどっちもハズレだったとしか思えない。どう答えても四ノ宮がすんなりと帰ってくれる気がしないし。


「冬根君と同じ志をもつ私は、きっと冬根君の良い助手になれるわ! それで、ここで何の調査をしているのかしら」

「まあ、とある人物を待っているというか……」


 ん? 待てよ?


「というか、四ノ宮はどうしてこんなところに?」


 ここは普通の高校生が通るような道ではない。

 俗にいう夜の店が大半を占める通りだし、近くに住宅街もないので拓嶺高校の生徒が通るにしては明らかに不自然だ。


 そんなところにどうして四ノ宮が居るのだ?


「私は、ちょっとした用があって……あ! ちょ、ちょっと待ってて!」


 四ノ宮はわかりやすく狼狽えた後、突然何かを見つけて走って行った。


 走る様を目で追っていると、その先にはちょうど『Captivateキャプティベート』に出勤しにきたであろうナンバー付きホストのカナタが見えた。

 先日、俺がわざわざ金髪にして話を聞いた時と全く同じ格好と髪型だった。一人のようで、どうやら今日は同伴などはないらしい。

 

 と思っていると、そのカナタに四ノ宮が話しかけ始めた。え!?

 しかも四ノ宮はカナタに何か小さいものを渡し、カナタは四ノ宮の頭に手を置いてニコニコしている。


 何何、どういうこと? 四ノ宮さんまさかのホスト通い?

 生徒会なのに? アレだけ真の恋愛とか言っておきながら?


 俺が頭上にどす黒いクエスチョンマークを浮かべていると、話し終えたのか四ノ宮が走って俺の元に戻ってきた。


「お待たせ、冬根君」

「四ノ宮……お前、ホストクラブとか行くの?」

「は? 行くわけないでしょ! そんな愚物の集会みたいなところに! さっきのアレはただの私の兄よ!」


 兄? ――俺は下僕の陽太から聞かされたカナタの本名を思い出した。


 シノミヤ ソウタ。

 単純にたまたま同じ苗字なだけかと思ってはいたが……まさかの兄妹パターンだった。


 というか、そんな濃い繋がりがあったなら教えろよ、下僕!


「何話してきたんだ? 愚物な兄に説法でも説いてきたのか?」

「それはもう諦めたわ。あの頑固者には私から何を言っても無駄なのよ」


 四ノ宮キミも相当頑固だとは思うけど。

 とはいえ、もしかしたら四ノ宮の『真実の愛』などという痒い信条は、あの兄を見ていたからこそ生まれたものなのかもしれないな。

 確かに、言い方は悪いがホストクラブ自体は純粋な恋愛を求める場としては適していないだろうし。


「ただ、今日があの兄の誕生日だったから……その、一言祝ってきただけよ」


 恥ずかしそうに紅潮してそっぽを向きながら、四ノ宮はメガネのテンプルを中指でくいっとあげた。

 oh……四ノ宮ツンデレ兄想い。


「そんなことより! 冬根君は何の調査をしているのかしら? どうやらあのビルを見張っているようだけど」

「ああ……それは――」


 どう説明すればいいか悩み倦ねながら再びビルの入口に目を遣った時だった。

 驚く程長い黒髪の、まるで幽霊のような女性が入っていくのが見えた。


 あの雰囲気は間違いなく、火野琴美の母親だ。


「わ、悪い! ちょっとこれ持ってて! ここで待ってて!」

「え? ど、どういうこと!?」


 俺はドッと気分の悪い汗が噴き出しながら、手に持っていた半端なあんぱんと牛乳を四ノ宮に押し付けて、ビルまで走った。

 エレベータに乗られれば最後、捕まえる手段がなくなる。


 入口の自動ドアにぶつかりながら中に入って見回すと、銀色の郵便ケースの先にあるエレベータにちょうど入っていく琴美の母親が見えた。


「琴美のお母さん!!」


 必死に、恥ずかしいのも忘れて叫んだ俺の声に向けられた琴美の母親の表情は、ジトッとした陰湿で悲壮な表情だった。


 その表情に俺は確信した。


 この人は間違いなく、望んでこのホストクラブに通っているわけではない。

 どう考えても、好きで来ている人間の表情ではない。


「あなたは……」


 不審そうな顔の母親に、片目を向けながら息を整え、


「お話が、あります」


 やがて俺の顔を見て思い出したのだろう、琴美の母親の表情は徐々に冷酷なものに変わっていった。


「あなたは確か……琴美の彼氏だったわね」

「はい……え? いやいや違います!」


 思わず一瞬釣られて肯定しちまった!

 とはいえ覚えてくれていたのは僥倖、さてあの時の話の続きといこうか。


「白くなっているわよ」

「え?」

「……ひげ」


 そう言って俺の鼻と唇の間を指差す琴美の母。

 いい年こいて牛乳ひげは超恥ずかしい。顔に熱を帯びながら、俺は手の甲で拭った。


 でもこれもきっと僥倖。なんせ今日の占いのラッキーカラーは白だったからな。

 恥ずかしさでちょっと頭も真っ白になってるけど。

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