恋愛マスター「フユネ ヒョウカ」

 ガチャなどで、行くところまで行ってしまい、もう後には引けない状況というのを経験した事はあるだろうか。

 やめたほうがいいのは分かっているのだが、意地やら視野の狭さ故に止まれない状況。

 今、気分はまさにそんな感じだ。


 俺は今から、恋愛マスターとしての立場を守る為に行動しようとしている。

 誰の為でもない。強いて言えば自分の為だ。ここで既にちょっと前の自分と矛盾している。


 あれだけこんな嫌な称号は早く撤廃してしまいたいと願っていたというのに、その助けになるかもしれない妨害相手に対して本気で挑もうとしているのだから、これはもう自我の崩壊か、二重人格の誕生と言われても仕方がないね。


 とかなんとか格好つけてはいるが、その実俺の行動は、ただ単に妨害相手の一人である彩乃の言葉が突き刺さったからというだけのことだった。

 ああも言われてしまえば、俺だって腰を上げざるを得ない。単純な自分の性格にちょっと呆れてしまう。


 もしこれさえも彩乃の思惑通りなのだとしたら、俺は掌の上の粗末なカラクリ人形ってところだな。

 まあその場合、彩乃が真の妨害相手ではないってことにもなり得るけれど。


 てなわけで。

 抽象的にぶつくさと述べていて不快だったなら申し訳ない。

 要するに、俺はこれから妨害相手に対してアクションを起こしに行く。

 下僕である陽太教諭から得た情報を最大限に利用して。


 方法とシミュレーションは、放課後までの授業時間を全て費やして考えつくしたのできっと上手くいくはずだ。

 今日に限って授業中に何度も何度も教師に当てられて、全く聞いていなかった俺は恥をかいてしまったが、この際それはもういい。

 でも、いくらなんでもチョークを投げるのは駄目だと思いますよ、世界史の遠藤。


 ◆ ◆ ◆


 そんな訳で放課後。

 俺は【作戦オペレーション落下フォールン煌光ブライトニング】を遂行すべく、まずは音楽準備室に向かった。

 こら、そこ、ダサいとか言わない。俺もそう思うけど。


 扉を開けて、中に凛堂がいることを確認した。

 しかし俺は入室せずに、


「おっす凛堂、すまん、俺今日は少し予定があるから先に帰らせてもらうぞ」


 できるだけ急ぎの用事があるっぽく聞こえるように言った。

 対して凛堂はいつもの通り無反応……かと思いきや、


「そう」


 と一言呟いてから、小さい掌を控えめに俺に向けて、


「頑張って」


 手を左右に細かく振りながらそう言った。

 凛堂の見慣れない女の子らしい可愛い手振りにキュッと胸が締め付けられるのを感じながら、


「おう、ありがとう。じゃあな」


 できるだけ軋音あつおんが出ないように静かに扉を閉めて、音楽準備室を後にした。

 凛堂も、「頑張って」等と言うってことは、これから俺が何をしようとしているのか見当がついているということだろうか。

 はあ。俺の周りには頭の回転が速い奴ばかりで嫌になるね。


 とにかく、これで第一フェイズは終了だ。聞き分けの良い助手で助かる。


 続いて第二フェイズ。

 俺は生徒会室に向かっている。

 今朝、俺が下僕から得た情報の一つ――そいつは生徒会書記だ、ということだった。


 普段来ることのない職員室のさらに奥の廊下の突き当たりに目当ての生徒会室はあった。

 ここはちょっとした賭けだが、あれだけ自己陶酔するほどの奴だ、きっと釣れるに違いない。


 厳かな扉――他の教室と何ら変わりはないが――を強めに三度ノックすると、返事の前に向こう側から扉は開かれた。

 開けてくれた人物は、早速お目当ての人物、四ノ宮然愛もあだった。


「な、冬根くん…………生徒会に何の用かしら」


 控えめな胸の前で扉を持っていないほうの手をギュッと握り締め、一瞬動揺を見せた四ノ宮だったが、すぐに毅然とした態度で大きめのふちメガネを指先でくいっとあげた。


 さて。


「四ノ宮さんにちょっと、話があるんだけど、いいかな? この前の件で」

「この前の件って……」

「うん。この間ちょっと話したでしょ? ほら、音楽準備室で」


 俺はわざと中にいるであろう他の生徒会メンバーに聞こえるように大きめの声で話す。

 四ノ宮はちらちらと後ろを振り向きながら、予想通りの反応を見せた。


「こ、こんな場所ですることじゃないでしょっ」


 やはりどうやら他の人にはあまりこの子の信念を聞かれたくはないらしい。

 そりゃそうよね、真の恋愛だの何だの言ってたもんね。

 俺ならそんなことを口走ったことが知られたら自ら進んで地面にめり込んで窒息してしまいたくなる。


「いや、でもこういう話し合いは早い方がいいかなって。それに俺はここでも全然かまわないけど」

「わ、私が構うのよ! それに私は今仕事中よ!」

「そうか。それなら仕方ない、終わるまでどこかで――」

「いいじゃん、然愛もあ、行っておいで? 今日はもう上がっていいから」


 俺の言葉を遮って、四ノ宮の背後に背の高い女性が現れた。


「会長、しかし」


 振り返って見上げる四ノ宮のセリフからして、どうやら生徒会長らしい。

 確か隣のクラスの……名前は忘れたが同学年だ。

 驚く程真っ直ぐ綺麗な明るい長髪が、品位の高さを物語っている気がする。


「いいのいいの。ほとんど今日の仕事は終わってるんだし、然愛もあもたまには息抜きしておいで。然愛もあ宛に来客なんて珍しいし、ほら、大事ながあるんでしょ? ふふふ」

「会長!」

「ふふふ。そこの男子君、それじゃ然愛もあをよろしくね? あんまり遅くまで連れまわしたらダメよ? それと、高校生らしい節度は持ってね」

「会長!!!!」

「ふふふふ」


 数十種類の花を纏っているかのような微笑みで、生徒会長は奥に消えて行った。

 よく分からない勘違いをされた気もするが、どちらにせよ都合がいい。早く連れ出せるに越したことはないからな。


「ちょっと、そこで待ってて!」


 顔が真っ赤の四ノ宮は、そう言うなりバタンと強めに扉を閉めてしまった。

 生徒会長の助力勘違いもあってか、第二フェイズは予想より早く完了しそうだ。生徒会活動が終わるまで、時間を潰す腹積もりではあったのだが。


 五分くらい経った頃合いで、四ノ宮は生徒会室から出てきた。

 相変わらずのポニーテールが、一段とツンツン怒りを放っている気がした。


「行きますよ!」


 中で生徒会長にでもからかわれたのだろうか。そう怒ってばかりでは寿命が縮まりますよ。

 そう、カルシウムが良いですよ。ほら、牛乳は他にもいろいろと良い効果がありますし。胸とか胸とか。


 ◆ ◆ ◆


 第三フェイズ。ここが本番だ。

 まず俺達は学校から歩いて三分程の喫茶店に入った。

 席に着いてすぐに俺は四ノ宮にこう告げた。


「ここ、パフェがとても美味しいんだよね」


 ……嘘だ。というより、この店入ったのは初めてなのでよく知らん。

 が、下僕から手に入れた情報『四ノ宮然愛は甘いものには目が無いが、節約の為我慢していることが多い』を使わせてもらうことにする。


「そ、そうなの……でも私はカフェラテで結構」

「えー、そう言わずにパフェ食べようよ。俺、出すからさ」

「な、敵にお金を出してもらう程、私は落ちぶれてないわ! バカにしないで!」


 おう……予想通りの嫌われっぷり。だが、引くわけにはいかない。


「そんな事言わずに。ほら、付き合わせてしまって悪いから、せめてもの俺の詫びの気持ちとしてここくらいは出させてよ。じゃないと俺の気が済まないからさ」

「でも、そんなわけには……でも、パフェ……」

「うん、本当に美味しいんだよ、ここのパフェ。とりあえず、それ食べてから話し合おう?」

「む、むむむ……わ、わかったわ」


 メニューと俺を交互に見つめながら紅潮する四ノ宮は渋々了承してくれた。

 てか、むむむって。本当に口にするやつは今日日きょうび見ないぞ。


 というわけで四ノ宮に甘味を奢ることになった俺。

 これも作戦の一つ。甘いものには、特に甘いものが好きな人にとっては、セロトニンの分泌が促進されることにより幸福感や満足度を高める働きがあるのです。出典、俺の姉。


 まず話し合いをする前に、円滑に進められるように四ノ宮の状態を良い方向に持っていこうと考えた。

 財布が悲鳴をあげている気がするが、これですべて上手くいくなら安いもんだ。


「では、私はこのスペシャルエクストリームゴールデンパフェで!」


 注文を取りに来た店員に四ノ宮が言ったのは、特撮モノの必殺技名みたいな名前の商品だった。

 慌ててメニュー表を見た俺の目に飛び込んできた数字は――せ、せんきゅうひゃくはちじゅうえん……。

 財布の悲鳴が絶叫に変わった気がする。


 ともあれ、これも作戦の為だ。

 でも少しは遠慮しろよな! この貧乳メガネめ! と思ったが、子供のような笑顔が隠しきれていない正面の四ノ宮を見ていると、少し嬉しくもなってしまった。つくづく甘ちゃんだ。


 パフェが来るまで、本題には触れないように当たり障りのない話をした。

 生徒会の活動内容についてや、来月行われる体育祭について、など。

 普通に会話をする分には四ノ宮は非常に話しやすく、また友好的な印象でとても心地よかった。

 どこかの誰かさんとは大違いだね。


 話題が尽きかけた頃に若い男性店員が慎重にパフェを二つ運んできた。

 小さいそれは俺の目の前に、大きくまるで楽器のようなそれが四ノ宮の目の前に置かれた。でかすぎだろ……。


「とりあえず、食べようか」

「そ、そうね! いただきます!」


 溢れんばかりの笑顔で四ノ宮はそういうと、早速長いスプーンでパフェを啄み始めた。

 美味さと興奮で鼻の穴が大きくなっている四ノ宮を見ながら、俺はもう一つの情報を出すタイミングを考える。やはり話し合いの途中がベストだろうが……切り出すタイミングを間違えないようにしなければな。


 俺には少し甘すぎた小さめのチョコレートパフェを完食したと同時に、四ノ宮もジャイアントパフェを完食していた。って早すぎだろ!

 幸せそうにお腹を摩りながら「ご馳走様でした」と言う四ノ宮は、『余は満足じゃ』とでも言いそうなトロンとした笑顔だった。


 よし。布石は打ち終わった。


「それじゃ、お腹も満たされたし、早速なんだけど良いかな?」

「え、ええ、そうね。話、だったわね」

「うん」

「言っておくけど、パフェをご馳走になったくらいで、あなたに対する評価が変わったりなんかしないわよ」

「いや、別にそんなつもりで奢ったわけじゃないって。単純に付き合わせたお詫びだよ」


 いいえ、企みはしっかりとありました。さあ働け四ノ宮のセロトニン。


「そう。それならいいけど。私は、あなたが他人の色恋沙汰を言葉巧みに操るペテン師紛いな行為をしていることに関しては許すつもりはないわ。あなたのやっていることは自然の理を揺るがす歪んだ行為よ!」


 前、音楽準備室で言われた言葉と一言一句変わらないセリフだ。四ノ宮の意志の強さが窺える。

 それを逆手にとって……。


「俺もね。それは常々思っているんだよね。罪悪感さえあるんだ」

「そ、そうなの……それなら今すぐにでもそのペテン行為をやめるべきよ!」

「俺だって、もし可能ならやめたいさ」


 うん、マジでやめたい。本音がポロリ。


「でも、こうも思うんだ」


 よしココだ。締めの一手。

 きっとコイツの陶酔の根源はここにあると信じて。


「四ノ宮さん、タイタニックって映画知ってる?」


 下僕から得た情報――四ノ宮の好きな映画は『タイタニック』で、その好き度合いは異常なまでのもの。


「タ……知ってるけどそれがどうしたの?」


 俺も遥か昔に見た記憶しかないが、休み時間を駆使して予め内容を復習しておいた。

 見た事のない人にはこの不朽の名作を是非直接見て頂きたいが、知らない人の為に物凄く端折った簡単なあらすじを言うならこうだ。


 貴族であるローズの乗る船タイタニック号。その船のチケットをかけて繰り広げられたポーカーの勝負に、画家を目指して貧しくも自由奔放な生活をしているジャックが勝ち、乗船することとなる。

 望まない結婚まで強いられる貴族の角張りかしこまった生活を窮屈に感じているローズと、画家になる野望を持つジャックが出会い、やがて運命のように身分違いの恋に燃え上がる。


 というところまでが起承転結の起承部分だ。

 俺が四ノ宮を上手く丸め込むために使うのはここまでの部分。転結など、気になる場合は是非見てね。本当、名作なので。


「タイタニックのジャックとローズ、あれは恋愛としてどういう形だと思う?」


 さあ、食いつけ!


「どうって……その、素敵だとは思うけど」


 ……あれ? 食いつき悪い? 異常なまでに好きなんじゃないのか?

 四ノ宮の恋愛観は、此処タイタニックから来てるんじゃないのか?

 ええい、こうなりゃ俺も暴走じゃ!


「あれこそが、運命の、真の愛のかたちだと思わないか?」

「そ、そうね」

「そうなんだ。様々な弊害があろうとも、撥ね退けて結ばれる、それこそが恋愛の真のかたち。そうだろ?」


 ぐ、ぐばぁ(吐血)

 何言ってるの俺。今すぐマントルまで埋まりたい。


「そ、そうよ! ジャック様とローズ、あの二人の形こそが真の恋愛の形。それに比べてあなたのしていることは、『恋愛マスター』なんて稚拙な肩書をつかって思春期の男女を掻き乱しているに過ぎないわ!」


 四ノ宮の目の見開き具合、良かった、食いついてくれた。ってかジャックって。

 あとは、上手く繋げるだけだ。


「そう。そうなんだ。俺もまさにそう思っているんだ。あの関係こそが、理想郷。四ノ宮さんと同じ思いを抱いていることがちょっと嬉しいよ」

「そ、それならどうして冬根君は下劣な真似をしているの? あなたのしていることは、ジャック様とローズが行き着いた関係とは程遠い、醜い行為よ!」

「そう見えるかもしれないね。俺も、そう見られても仕方ないとも思っているんだ。でも――」


 こじつけろこじつけろ! さっき食べたチョコレートパフェを脳に回せ、俺。

 俺はできるだけ、深刻そうな顔を作ってから、


「それじゃ四ノ宮さん、ジャックはどうしてローズの乗るタイタニック号に乗ることになったと思う?」

「どうしてって……それは、ポーカーに勝ったからでしょ」

「いや、違う。違うよ、四ノ宮さん」

「どういうこと?」


 俺は四ノ宮の掛ける大きな縁メガネの奥の怪訝そうな瞳を真っ直ぐ見つめてから言葉を継ぐ。


「ジャックには信念、野望があったから。画家になりたいという野望があったからこそ、タイタニック号に乗ることになったんだ。ポーカーはそのきっかけに過ぎない」

「そ、そうね。……一理あるわ」

「それじゃ四ノ宮さん、もう一つ訊くね。恋愛マスターとしての俺の元に現れる相談者達は、どうして成功して恋人を作れていると思う?」

「それは、あなたがペテン染みた言動で生徒たちを誑かして」


 俺は無言でゆっくりかぶりを振った。


「違うよ、四ノ宮さん」

「どういうこと!?」

「俺の元に来る相談者の生徒たちもまた、信念や野望があるから、だよ。好きな人とお近づきになりたい、一緒になりたい、恋人になりたいっていう想い。それがあったからこそ、結果的に成功している。俺のアドバイスなんてものは、そのきっかけに過ぎないんだ」

「きっかけ……」

「そう。だから、俺はポーカーでしかないってことさ。想いを捻じ曲げたり、誑かしたりなんかじゃなくて、ただのきっかけの一つってこと」


 …………俺気持ち悪くない? 自分で言っててあれだけど、マジで詐欺師みたいじゃね?

 俺が四ノ宮さんの立場だったら、「何言ってるのキモ」と言い放って水でもかけて帰ってるところだけど……。


「な、なるほど。あなたはただのポーカー。きっかけ……そう、そうね、そうだったのね」


 ひ、響いてくれちゃったみたいだ! 四ノ宮さんチョロッ!

 とここで内心ほくそ笑んでないで、もう一押しだ。


「そう。だから、四ノ宮さんと考えていることは一緒なんだよ。真の恋愛を捻じ曲げようとも思ってない。ただ俺は、きっかけであり続けたい。ポーカーが無かったら、タイタニック号に乗れずに終わってしまう真の恋愛だってあるかもしれないからね」


 何回言うねん、真の恋愛。言い慣れてきてる自分がちょっとキモチワルイ。


「だから四ノ宮さん――」


 そう、これを言うがためのここまでの作戦だった。

 要するに負けなければいい。ということは敵が敵じゃなくなればいい。


「――俺と一緒に、そのポーカーきっかけにならないか?」


 彩乃は四ノ宮をお姉さまと呼び慕っている。そのお姉さまを、こちら側に引き込めば。

 お姉さま四ノ宮を闇落ちならぬさせれば、彩乃が敵対しなくなり、実質敗北することはなくなる。


 これが【作戦オペレーション落下フォールン煌光ブライトニング】。


 ……いや何回聞いてもダサい。それに恋愛マスターが光側ってのもどうかと思うね。

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