第112話 惜春期⑫ 春の雫
「アーク?京介君は現在どこにいるの??」
母さんは唐突にアークに質問しだした。ホントは理解したくない。聞きたく無かった事だったんだろう。それが表情にありありと出ていた。
「はい。・・旧遺伝子研究所メインルーム5階封鎖区域となっている所です。」
「私の聞いた話だとあなた達は遺伝子研究所、地下1階の手術室で手術を受けたわ。最初に言っておくけど私もすべては知らない。京介君の顔もまだ見てない。彼は『干からびて水分が抜けて初めて安全だと思う』って言ってたからミイラ状態だと思う。」
アオリちゃんが口を押えた。
僕は息を飲んで質問する「父さんは僕達をどうやって生かしたの?」
風が少しやんだ。母さんは瞼を重くして昔の事を思い出しながらゆっくりと話し始める。
「京介君は【ほろびのうた】に感染したあとでアークにタイムカウントを始めさせた。
1つは自分が感染源になるまでの予測時間
もう1つは自分に麻酔がかかるまでの時間
最後の1つは麻酔が覚めた後から自分が・・・」母さん小さな深呼吸をして
「死ぬまでの時間。」と言った。
僕は自分でもよくわからないけど完全にアークを人間扱いしていた。そしてこんな質問をしてしまう。
「その頃のアークに悲しむって感情は?」
「私たちのアーク同様、もちろんあるわ。スタンドアローンタイプは悲しみの中凍結された。それを心配してるのね?」
僕のアークが話し出す
「スタンドアローンタイプに比べたら私たちは幸せな方だったかもしれません。」
ここで黙って聞いていたアオリちゃんが泣きそうな顔で
「京介さんは私のせいで亡くなる選択をしたのかも知れなくって、それでわたし、」
母さんは優しい顔になって
「ううん違うの。京介君はあなたにそう思って欲しくなくてアオリちゃんが大きくなって悩みを抱えていたら、『自分の選択だから全く気にすることないよ!』って伝えて欲しいと言われたわ。」
「そう、なの?」少しアオリちゃんから安心した感情が流れてくる。
「ちょっと話が見えないんだけどどういう意味??」
「京介君の想像からアザレア教、今はハイドラだね、そいつらが【ほろびのうた】を持ってる事が解った時、もし使用された場合、何回アークで解析しても世界の人口の約8~9割が死滅する計算結果だったみたいなの。」
母さんはいつものイタズラな顔をではなく至って真剣に淡々と話した。
「マジかよ!?ほとんど死んでるじゃん!!」
「私が説明します。」そういって母さんのアークは喋り出す。
「京介さんは万が一ウィルスである【ほろびのうた】をバラまかれた場合、世界の死亡者数を極力抑えることが出来る方法を、我々アークを用いて算出しました。そして
それを見事達成した。彼の思惑通り
「うそだろ・・・。」
「そんな・・・。」
「彼の話によると、昔ブレイバーが産生した【ほろびのうた】が、」
「ちょ!ちょっと!!まってまって!!ブレイバーって勇者だろ!?竜二の事をキミドリ色の目を見てそう言ってたから確か先代は目の色が変わってた人だよね?勇者ならなんで【ほろびのうた】を産生してんだ!!」
「われわれアークがハッキングして知り得た情報の中に、オリヴィア・アティウスを追放した後で、アザレア教を引き継いだ3人の枢機卿達の誰かが残した手記らしきものが見つかりました。
その中には体を毟っても悲鳴1つ上げないブレイバーは自分の心配はせず
まさに勇者の様な人物だったらしいのですが、仲間の賢人を目の前で
「ひどい。」
「何なんだ!アザレア教は!くそ!!!」僕は嫌な気分が溢れてきたのでアオリちゃんにリンクしない様にリンクラインを手放した。
「続けてもよろしいでしょうか?」
「うん。正直、気になる。ゴメンねアオリちゃん。」
「いいの、知らなくていい事もあるけど、
「昔ブレイバーが産生した【ほろびのうた】が収束したのは、他の賢者にウィルス抗体を産生させて世界に広がらなかった。と言うのが京介さんの仮説です。
そして教団を抜けた元教皇アザレア・アザリエは亡くなったブレイバーともう一人のご遺体の解体資料とは
「どこに抗体があるんだ!?」父さんが場所を知っている??持ってるのか??何で使わなかった!!
「京介さんは場所は自分達で見つけて必要ならイチゴサイダーで使え!と言っていました。」
母さんは「要するに京介君が日本に誘導したかった理由は、【ほろびのうた】の感染拡大を防ぐ目的だったわけよね。」
「そうです。手段としては
①京介さんの行ったアイソレーション、いわゆる絶対隔離ですね。
②持ち逃げしたウィルス抗体の利用 これは一か八かのかけでしょう。今どこにあるかわからない。
③あなた達イチゴサイダーの産生能力で抗体を生み出してもらう。」
「普通は自分が死なない②、③を選ぶんじゃないのか!?」
「①を選んだ理由は、【ほろびのうた】の感染源になるまでのわずかな時間で自身の心膜を摘出してあなた達に急いで生きた状態の京介さんの心膜組織を移植する目的があったからです。」
「「え??」」僕達二人は同時に口をあけた。
母さんのアークは続ける
「なぜならばあなた達二人は、その頃ドナーが見つからず、遅すぎる国の対応のせいで生存確率は日に日に下がっていました。あなた達二人はT-SADの末期だったからです。
他のT-SAD患者とは違い、お二人劇症型は既製品であるウシ心膜やブタ心膜を移植してもアポトーシスが止まらず心臓隔壁が崩壊する確率が非常に高かった。
更には手術自体が認可されておらず違法で法律に乗っ取っていなかった。
国の報酬で我々アークを手に入れ予測と確率を何度も計算し、京介さんはジルアティウスとカナダのトロント本部にいる医師をだます計画を立てる。
そしてついには死体ドナーによる【生体心膜ホモグラフト移植術】を強行しました。
死体ドナー、つまり体の心膜組織を提供したのは、実際にはもう間もなく死ぬ京介さんのものでしたが。
ジルアティウスが短時間で麻酔導入、開胸、心膜摘出、閉胸を行い、取り出した心膜組織はグルタールアルデヒドに浸して地下の手術室へ持っていく算段を早くから計画しており、恐らく我々が凍結された後、計画はほぼ予定通りに進んだかと思われます。」
「その後は?」
「私とアオリちゃんのお父さんは、緊急の招集がかかったわ。いまから緊急手術だって。その時点ではアオリちゃんのお父さんは後ろ髪を引っ張られない様にか
『国の許可が下りました。合法の手術ですが奥様にも口外しないでください』とジルさんに釘を刺されていたのを覚えてる。
そして京介君の心膜はあなた達に移植され、目立った拒否反応や組織の崩壊が無く今日まで元気に生きてるの。
京介君は勝ったのよ。
京介君の心膜を使ってあなた達の体が、壊れない様に生き延びる事が出来る様に。
必死で繋ぎ止める気持ちが勝ったって事だよね?
大事なのはね、あなた達2人が今日までこうやって元気で生きてること。
ただそれだけ。
犠牲と思いたければ思って良いよ。でも私は
人知れず奮闘した最期の戦いに京介君は勝ったんだよ。
だから、京介君はヒーローなのよ!カガミ?最後に勝つのは?」
「必ずヒーローだね。」
母さんは泣かない様に唇をキュッと結んで、目に少しの涙を浮かべて上の方の桜を見て返事をせず頷いた。
アオリちゃんと僕は見えないにもかかわらず自分たちの心臓を抑えて鼓動を感じていた。
父さんが、父さんの体の一部が、僕とアオリちゃんの体の中にまだいる不思議。
ぽわっと暖かい。季節にするとまさに今、春の様な気分だった。
父さんの死を初めて理解したあの日、父さんに会いたいってわがままを言った時、母さんが言ってた。
『ずっと、あなたの中にいるじゃない。』って言葉は文字どおり僕の中にいてそれを思い出した途端
僕の感謝が言葉よりも先に目から
「父さん、僕らを生かしてくれてありがとう。」
そうか僕は今日まで父さんのすぐそばで一緒に生きてこれたんだ。
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