第5.5話 料理

「ただいま帰りましたー。」


 もう7時半か。黒川が中々帰らなかったから遅くなってしまった。早く夕飯作んなきゃな。


 俺がキッチンに目をやるとおぞましい光景が広がっていた。

 そこには無数の卵の殻と得体の知れない何かが散乱しており、ボサボサの髪の毛の女性が床でうずくまっている。


 「ば、化物!?」


 「…ないで。」


 「え、?」


 「…てないで。見捨てないでぇぇ!!!!!」


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 「で、どうしてこうなったんですか?」


 「だ、だって、私、オムライス作りだぐで。でも料理でぎないがら何度も失敗しぢゃっで。あ、でも味は美味しいのよ。」


 「だったら、ユーバーイーツなり何なりで頼めばよかったじゃないですか、。」


 「だって料理できないと見捨てられるからぁ。」


 「はぁ。誰が、何で、料理できなかったらお嬢様を見捨てるんですか。」


 好きな相手ができて料理が上手な女子が好きとか言われたんだろうか。


 俺は冷蔵庫を開け、卵の残りを確認する。


 「じゃあ、今日の夕飯はオムライスにしましょう。お嬢様、手伝ってくれますか?」


 お嬢様は表情に明るさを取り戻すと大きくうなずく。


 悔しいが今のお嬢様はちょっと可愛いと思ってしまった。


 ・

 ・

 ・


 「で、できた!私でも作れた!」


 お嬢様は完成したオムライスを見つめ、目を輝かせている。


 つ、つかれた…。まさかここまで料理が壊滅的なんて。あぁ、何個たまごを無駄にしたんだろう。


 「よ、よかったです。早速食べましょう。」


 「ええ、そうね!いただきます!」


 藤白はスプーンでオムライスをすくうと遅いで口に運んだ。


 「ん〜!美味しい!自分で作った料理はこんなに美味しいのね!」


 何だろう、初めて料理ができて喜んでる娘を見てる母親の気持ちだ。


 「ん〜!こんなに美味しいなら明日からも料理作ってみようかしら!」


 「い、いや、料理は俺に任せてください!」


 こんなに大変なことが毎日続いたら、たまったもんじゃない。


 「いいえ、私も作るわ。これから夕飯は私が担当する。料理のできる、この私がね!」


 料理ナメんじゃねぇ!オムライスが作れただけで料理ができるなんておこがましいんだよ!!

 なんていつもならそう思うのに今回は不思議とそう思わない。

 …というかそう思えない。

 …疲れてそれどころじゃない。


 「あ、いや、でも。毎回作るのは大変だと思いますよ?」


 「なら尚更作るわ。あなたの負担を少しでも減らしたいもの。」


 え、あ、や、優しい…。


 「わ、分かりました。じゃあお言葉に甘えようかなっ。」


 「ええ!任せて!」


 ああ、何でお言葉に甘えてしまったのだろう。自分で作る方がはるかに美味しくて精神衛生も保てる料理を作れるのに。

 きっとあのギャップのせいだ。自己中心的で理不尽がデフォの主人が下僕を思いやる言葉を放ったのだ。乾いた俺の心にあの言葉は染みる。お言葉に甘えない方が難しい。


 

 この日から2週間お嬢様の夕飯が続いた。夕飯作りにかかった時間は3時間。お嬢様の料理は失敗ばかりで結局、俺がほとんど手を加えることになったからだ。

 2週間でお嬢様の心が折れてくれて良かった。本当に…。

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