第4話 学校案内

「おい、どうしたんだ。体調悪そうだな。」


 休み時間、机に突っ伏している俺を見て、そう声をかけてきたのは黒川だった。


 「いや、別に体調が悪いわけじゃねえよ。ただ、ちょっと朝飯食べてなくて腹減りすぎて死にそうだから寝て空腹を凌ごうと思ってな。」


 今は三限終わりの休み時間。朝飯を食えなかった俺はとてつもない空腹に襲われていた。


 「お前、朝飯も食えないくらい貧しいのか、?明日からおにぎり持ってきてやろうか?」


 すごい哀れみの顔を向けてくる黒川。黒川は俺の家が貧乏なのを知っているから今まで色々と気にかけてくれた。


 「サンキュー。でも大丈夫だ。今日は親父が朝飯当番忘れて食えなかっただけだから。」


 俺は本当のことは言わず適当な嘘をついた。昨日から下僕になって、主人の機嫌を損ねたから朝飯抜きになってしまったとはさすがに言えなかった。


 「そうなのか。それは災難だったな。まあでも本当に食えなくなったら言えよ?そしたら毎日おにぎり作ってきてやるから。ちゃんと毎日味変してな。」


 黒川は軽く笑いながら俺の背中を叩く。


 「おう。その時は頼むわ。」


 「任せとけ。」


 藤白の横暴ぶりを体験したからか、いつもより黒川の優しさが身にしみる。今黒川のおにぎりを食べたら泣いてしまいそうなほどに。


 「ごめんね、昼休みに学校案内しようと思ったんだけど部活の顧問に呼び出されちゃった。放課後でも大丈夫?」


 「ごめんなさい。放課後はちょっと予定があって。」


 「そっかぁ。教室とか知らないと色々不便だと思うから、今日の昼休み、他の人に案内してもらえるように頼んでみるね。」


 「ありがとう!赤坂さん!」


 藤白と赤坂の会話が聞こえてくる。


 「よくあんな高い声出せるな。家ではあんなに低い声出してるくせに。」


 俺が黒川にも聞こえないくらい小さな声でそう呟くと藤白と目があった。

 

 まさか、俺の愚痴、聞こえてないよな。

 

 藤白は赤坂の方を向いて話を再開すると、今度は赤坂もこちらを向き、何やら話をしている。


 2人は話を終えるとこちらに向かってくる。いよいよ愚痴が聞こえてた説が濃厚になってきた。


 「金丸。金丸って昼休み、暇?」


 でた。先に用件は言わず、暇かどうかだけを聞いてくるやつ。ここで素直に暇と答えれば、このあと来るであろう用件を必ず引き受けなければならない。かといって暇じゃないならそれ相応の理由が必要になる。なかなかにタチの悪い聞き方だ。この聞き方をしてくるあたり何かめんどくさい事を頼まれるに違いない。

 

 「あ、ああ。暇だよ。」


 「よかった!じゃあ藤白さんに学校を案内してあげて!」


 …占いって、、よく当たるわ。


                ーーーーーーーーーーー


 ガツガツ。ムシャムシャ。ガツガツ。ムシャムシャ。


 「おま、もう少し静かに食えよ…。」


 俺の箸は止まらない。唐揚げを放り込んでは、チェイサーとして大量の白米を掻き込む。

 今日初めての飯、加えて今までの貧相な弁当から大量のおかずの入った弁当への格上げにより、俺はかつて無いほどの幸福感を味わっていた。


 「頼む、今日だけは見逃してくれ!!」


 「はぁ、わかったからご飯粒を机に零さずに食え、俺の机が汚れる。」


 「わかった!サンキュー黒川!!」


 感謝を述べた俺の口から、またご飯粒が宙を舞い、机に落ちる。


 「もう、黙って食ってくれ…。」


 そこからはひたすらに弁当を掻き込んだ。完食するのにそう時間はかからなかった。


 「はぁ、うまかった…。」


 今の俺はこんなにうまい弁当が食えるなら、この下僕生活も悪くない、そう思うほどに幸せに包まれていた。まぁ、弁当を作るのは自分なのだが。


 「そういや、どうしたんだ?今日の弁当、やけに豪華じゃねぇか。」


 「ん、あぁ、詳しくは言えねぇけど、これから食事に関しての心配は無くなったんだよ。」


 「何だ、誰かから食材を恵んでもらえるようになったのか?タダか?タダならやめとけ。タダより怖い物はないからな。」


 黒川、その点は大丈夫だ。十分すぎるほどに対価は払ってる。


 「大丈夫だよ。ご飯の代わりにその人の手伝いとかしてるから。」


 「ふーん。まあそれなら大丈夫か。」


 黒川が想像してるような、易しい手伝いだったら、ね。

 そんなことを思いながら藤白に目を遣る。あの女は複数の女子と楽しそうに弁当を食べている。どうやら学校生活はうまくやっているようだ。

 俺は藤白が食事を終えるまで黒川と談笑を続けることにした。


 「お前、そろそろ藤白さんのとこ行った方がいいんじゃねえの?学校案内するんだろ?」


 「ああ、行ってくるわ。…てかいいの?」


 「いいの?って何が。」


 「いや、お前、藤白さんのこと狙ってただろ。」


 「ああ、諦めたわ。俺の場合、大半の女子に嫌われてるから、俺のヤバいところ言いふらされちまったら、もうお手上げなんだよ。」


 「でもお前、根はいい奴なんだから、アプローチを続けてれば、好きになってくれるかもしれねぇだろ。」


 「女子社会は同調圧力に屈しなければ生きていけない辛く苦しーい世界だぞ。出会って間もない男のためにそんなリスク冒さねぇよ。」


 「そういうものか。」


 「そういうもの。」


 いつもなら諦めるのは早いのではと思ってしまうが、あの女の本性を知っているからか、ここで見切りをつけるのは正しい選択だと思ってしまう。


 「じゃあ、行ってくるわ。」


 「おう。」


                ーーーーーーーーーーー


 藤白たちは楽しく会話をしている。あの会話を遮って話しかけるのは少し気が引ける。


 「あの、藤白さん、そろそろ学校案内してもいいかな。」


 「あ、うん。分かった。」


 「じゃあごめんね。ちょっと学校案内してもらってくる。」


 「いってらしゃーい。姫ちゃーん。」


 どうやらこの昼休みでだいぶ仲が進展したようだ。


 

 音楽室や調理室などは教室のある校舎とは別の校舎にあるのでまずはそちらに向かう。


 「最初に第二校舎から案内するねー。」


 「ええ。」


 ここから会話は特にない。俺は淡々と教室を案内する。

 いくつか教室を紹介したところで俺は耐えきれなかった。


 「あの、何が目的でしょうか…。」


 学校ではまだ一度も喋ってなかった俺を学校案内役にするなんて何かあるに決まってる。


 「目的なんて無いわよ。」


 「え、じゃあ何で…。」


 「別に、あんたならヒメも気を使わなくていいかなって思っただけ。」


 ん?ヒメ?


 「会って二日ですが?」


 俺がそう言うと藤白は少し顔をしかめた。


 「ええ、そうね!!」


 彼女は急に声を荒らげ、俺を睨むと、教室のある第一校舎の方へ歩いていく。


 「あの!まだ案内の途中なんですけど!」


 「いい!もう十分だわ!」


 何だよ、急に。


 何で怒ったのかよく分からないが、またあの女の反感を買ってしまったようだ。


                ーーーーーーーーーーー


 ーその日の夜。


 「もおおおおお!!!!何なの、あの鈍感男は!!」


 今夜もまた彼女は枕を叩いていた。


 「せっかく勇気出して一人称を昔に戻したのに、全く気付く様子が無いなんて!!大体、苗字が変わったくらいで普通幼なじみに気づかないなんてあり得なくない!?アオちゃんは私のことなんて全く気に留めてなかったの!?そーですか!いいですよ!だったらアオちゃんのことなんて嫌いになって……。」


 「…嫌いになんてなれないよ。」


 彼女は「はぁ」とため息をつくと、今度は枕に顔を埋める。


 「アオちゃんのバカ。」

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