第3話 初めての朝
「ヒメ、今度大阪に引っ越すことになったの。」
黒髪の小さな少女は涙をこらえている。
「え、。」
小さな少年は目を丸くする。
「だから、もうアオちゃんとは、、会えなくなっちゃう、と思う…。」
「……。」
下を向いた少年の拳は小刻みに震えている。
「やっぱりいやぁ!ヒメはずっとアオちゃんといだぁい。」
こらえていた涙が溢れ、泣き出してしまう少女。
少女は啜り泣きくらいに落ち着くと再び話し始めた。
「アオちゃんも、ヒメと離れるの寂しいよね?」
少年はかぶっていた帽子を深く被って目を隠すと口を開く。
「別に、寂しくなんてないよ。」
「え、。」
少年は寂しかった。けれどここで寂しいと言ってしまえば、彼女は引っ越しづらくなってしまう。そんな思いから出た言葉だった。
いや、でもそれが全てじゃなかった。男だから。かっこ悪いところは見せられない。そんな見栄からでた言葉でもあった。
しかし、幼い彼女には少年のひめた思いには気づけない。
「なんで、。ヒメとアオちゃんは大きくなって自分でお金を稼いだら一緒に住んで幸せに暮らそうって約束したじゃん、、。」
「知らない、、そんな約束、。早く行っちゃえ。」
少年は口に出した後、ひどい事を行ったことに気づく。でももう引っ込めることはできない。
少女の目には再び涙がこみ上げ、顔を真っ赤にして少年の頬を思いっきり叩く。
「アオちゃんなんて、だいっきらぁい!!!」
頬を叩かれた少年も反射で口を開く。
「俺もヒメのことなんて大嫌いだ!!!」
ーピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。
俺は重いまぶたを何とかあげ、スマホのアラームを止める。スマホの液晶には5時30分と映し出されている。
「嫌な夢だったな。」
俺は体を起こし、キッチンに向かう。
俺はあの時のことを後悔している。自分の気持ちを素直に言うべきだった。どうして、また会える、また会おう、そんな別れ方が出来なかったのか。この夢を見る度に思ってしまう。
「よし、やるか。」
料理、洗濯、これらを済ませて時刻は6時40分。あいつを起こすまで少し時間があるのでぼーっと景色を眺める。
「…もう一度会えたら、謝りたいな。」
感傷に浸って景色を眺めているとあっという間に7時になった。
「そろそろ起こさないとな。」
ーーーーーーーーーーー
階段を上がって彼女の部屋の前に立つと深く深呼吸をし、ドアをノックする。
「藤白さーん。起きてくださーい。」
返事がない。
「藤白さーん!もう7時ですよ!起きてください!」
またしても返事がない。
「はぁ、仕方ない。後で起こしに来るか。」
俺は一階に降りて、リビングにあるソファに腰をかけ、テレビをつける。
「今日の最下位は、ごめんなさい。蟹座のあなた!不運な1日です。朝からいきなりハプニングがあるかも。落ち着いた行動をすれば事態は軽く治まるかも…?ラッキーアイテムは変わったキーホルダーです!それでは今日も一日頑張っていきましょう!」
……変わったキーホルダー持ってたっけ。…無いな。
占いを見終えて、少しリビングでゆっくりした後、もう一度二階に向かう。
「藤白さーん。起きてください。そろそろ起きないと遅刻しちゃいますよー。」
また返事がない。ここで俺には二つの選択肢がある。1つ目は部屋に入って起こして怒られるか、2つ目は部屋に入るなという言いつけを守り、自分で起きるのを待つか。
俺は前者を選択した。別にやましい気持ちがあるわけじゃない。寝坊させた方が怒られると思ったからだ。断じてやましい気持ちがあったわけではないぞ。
「藤白さーん。入りますよー。」
恐る恐るドアを開く。するとそこには、なんとドアの目の前にパジャマ姿の藤白さんが仁王立ちしていた。
「えーっと、起きてたんですねー、藤白さん。もー、返事くらいしてくださいよー。ははは。」
「ええ、起きてたわよ、あなたが最初に起こしにくる前からね。」
だったら返事くらいしてくれよ。
「…あなた、昨日、私が言ったルール覚えてる?」
「お、覚えてますよ!でも寝坊して遅刻する方が大変かと思って部屋に入ったんですよ!べ、別に変な意味はないです!」
「それもそうだけど、そのことじゃないわ。呼び方よ。」
呼び方、、あ、やばい。そういえば、、。
”それとこれからは私のことはお嬢様、もしくは姫花様と呼びなさい!それ以外の呼び方では反応しないから! ”
「す、すみません。完全に忘れてました。」
「全くよ。あなたが呼び方を間違えるからこうしてドアの前で30分も仁王立ちしちゃったじゃない。」
めんどくさ。普通そこまでしないだろ。これで俺が部屋に入って来なかったらずっと仁王立ちしてたのかよ。
「めんどくさ。普通そこまでしないだろ。これで俺が部屋に入って来なかったらずっと仁王立ちしてたのかよって思ってる顔してるわね。」
「い、いや、そんなこと思ってないですよ!」
こわ、一言一句一緒だ。エスパーか何かですか。
「……」
藤白は俺の目をじっと見る。そして何かを察して口を開く。
「朝ごはん抜きね。」
「いや、朝ごはんだけは勘弁してもらえませんか?」
「ダメよ。あなたのミスで私は30分を奪われたわ。むしろ朝ごはん抜きで済んだのだから私の寛大な心に感謝するべきだわ。」
何なんだ、この女の傍若無人ぶりは。この女の30分は俺の食事を奪うほどの価値があるのか?いやないだろ。朝飯抜きのことといい、昨日のビンタといい、理不尽すぎる。これからやっていくにあたってこのままではまずい。ちょっと文句を言ってやろう。
「あの、いい加減に、」
「何。」
「何でもないです。」
その2文字とお嬢様の眼光は俺を黙らせるには十分だった。
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