第2話 新生活開始
「な、何を言ってるの?藤白さん。」
「私はあなたのお父さんと契約を結んだの。あなたを私の下僕にする代わりに、あなたの家の借金を全て私が返済するという契約をね。」
うん。一旦、このクソ親父と話をしよう。
俺は親父のエプロンを引っ張り廊下に連れ出す。
「どういうことだよ!?俺、何も聞いてないぞ!転校生の藤白さんがうちの借金を返してくれることになって、そんで俺が今日から藤白さんの下僕になるってわけ分かんないんだよ!」
「だって、父さんマグロ漁師になりたいんだもん。」
「……答えになってねぇんだよ!!!真面目に答えろ!!」
「マグロ漁師になって人生やり直そうと思ってた矢先、この話を持ちかけられてさ。もう受けるしかないだろ?」
「いや、普通受けないよ?!息子が下僕になるんだよ?!」
「あんな美人の下僕になれるんだ。ご褒美だろ。父さんが変われるなら変わりたいくらいだ。それにこれで借金ともおさらば出来るし、お前はこれから毎日うまい飯が食える。こんないい話はないじゃないか!」
ふざけたことを抜かす親父に反論してやろうと思ったのだが、親父が急に真剣な面持ちになり土下座までしたからその気が失せてしまった。
「……頼む。父さんを不幸な人生から脱却させてくれ。あの子は悪い子ではないからお前の事を無碍に扱うことはしないだろうし、お前も今よりいい暮らしができるはずだ。」
これを言われては断れない。親父の人生はそれまでに悲惨だった。不幸の始まりは痴漢の冤罪だった。当時大手企業に勤めていた親父はクビになり、その後すぐに母親はホストと家の貯金を全て持って逃亡。加えて、勝手に母親がホストに貢いで作った借金の連帯保証人にされていて3000万の借金を背負わされた。そんな父親に土下座までされては断れるはずも無い。ひどい扱いを受けるわけではないみたいだし、俺は仕方なく下僕になる事を受け入れた。
「あのー、藤白さん?うちの借金、相当あるけど大丈夫?」
「問題ないわ。全部うちで払うから。」
「いや、うちで払うって言ってもそれは親のお金でしょ?家がお金持ちなのか知らないけど勝手にそんな約束しちゃいけないと思うよ?」
「いいえ、親のお金ではなく、私が稼いだお金で払うので問題ないわ。」
へー、今時の若い子は3000万を平気で払えるほど稼いでいるのか。すごいなー。
「葵、藤白さんはな、《プリンセス・プラチナム》の代表取締役をされているんだ。」
プリンセス・プラチナム?!今10代女子に超人気のあのアパレルブランドか?!確かに前にテレビの特集で社長は若いと言っていたがまさかの同い年の子が社長!?
俺の小さな脳では情報が多すぎて思考が追いつかない。
何とか冷静さを取り戻し、俺は質問を続けた。
「藤白さんがあのプリプラの社長さんなのは分かったけど、どうして親父が知り合いなんだよ。」
「じ、実は父さんの昔の同僚の娘さんなんだよー。」
なんかすごく嘘っぽかったがとりあえずスルーする事にした。
「じゃあ、話もまとまったし行きましょうか。」
「行くってどこに?」
「決まってるじゃない。私の家よ。」
「え、今日から行くの!?まだ引っ越しの準備とかしてないんだけど。」
「大丈夫よ。あなたの部屋の荷物は全部運んであるから。」
「もう、退路は断たれていたんですね…。」
ーーーーーーーーーーー
玄関で靴紐を結んでいると親父が俺の背中を叩いた。
「この後すぐ父さんもマグロ漁師さんのところに向かうからしばらくは会えない。元気でやれよ。」
「いや、行動はやっ。まぁ、頑張ってみるよ。」
「寂しくて泣くなよ?」
親父は歯を見せて笑う。
「泣くか。…じゃあ行ってきます。」
流石に16年間一緒に過ごしてきたともなると寂しさは感じる。頑なに売らなかったうちの貯金とは不相応な立派な一軒家ともしばらくお別れだ。
俺は玄関を開け、進み始めた。不安と不安、それから不安を抱えて。
ーーーーーーーーーーー
「さぁ、ここから立て直しますか。」
金丸葵の父、金丸浩二は狡猾な笑みを浮かべるとスーツに着替え、家を出て行った。
ーーーーーーーーーーー
うちを出てから40分で車は止まった。
「着いたわよ。」
車が止まったのは高層マンションの目の前だった。降りて最上階を見上げる。自分には一生縁のない場所だと思っていた。まさか住むことになるなんて思いもしなかった。
「行くわよ。」
中に入ると床は大理石、ロビーに水が流れている。入ってすぐに高級感がひしひしと伝わってくる。
俺たちはそのままエレーベーターに乗りこむ。
「家は何回?」
「最上階よ。」
ですよねー。何となくそんな気はしてましたー。
最上階に着き、部屋を案内され、仕事内容の説明を受けた。
俺の仕事は基本、家事と雑用。今まで家の家事を親父と交代制でやってきたから家事に関しては問題ない。問題は雑用の方だ。雑用の量によって仕事の辛さが変わってくる。
「雑用ってちなみにどんなことをするの?」
「あのさ、ずっと言いたかったんだけど、私はあなたの主人よ?敬語を使いなさいよ!」
あれ、学校と全然違う。もう少し口調が柔らくなかったか。。。
「返事は!」
「は、はい!すみません!気をつけます!」
「それとこれからは私のことはお嬢様、もしくは姫花様と呼びなさい!それ以外の呼び方では反応しないから!ただし学校では名字で呼ぶこと!いいわね!」
「はい!」
俺は学校との変わりように気圧され、圧倒されていた。
「あのー、学校とは随分雰囲気違うんですね?ははっ。」
俺はつい口を滑らせてしまった。
「え、何で下僕に気を使わなくちゃいけないのかしら。むしろ私の素を知れるんだから感謝してもいいくらいだわ。」
は。何だこいつ。だめだ、俺こいつ苦手だわ。俺のセンサーが危険信号を出している。俺はこいつとこれから生活していかなくてはいけないのか。
「何よ、その顔は。私のこと、気に食わないの?」
やばっ。顔に出てしまっていた。何とか誤魔化さねば。
「す、すみません!ちがっ」
パチンっ。
乾いた音が響くと、俺の左頬に痛みが生じた。
え、今、平手打ちを食らった?何で?確かに顔に出してしまった俺も悪いかもしれない。けど普通そこまでする?!会って1日も経ってないけど!?
「あんたが悪いのよ!私のこと嫌いみたいな顔をするから!!」
藤白は顔を真っ赤にして言った。
ああ、これ絶対やっていけない。親父、すげー無碍に扱われてるよ、俺。
「とりあえず今日はもうお風呂に入って寝るわ!明日からちゃんと仕事してもらうから!私、朝はパン派だからそれに合わせて料理を作ること!それから明日は7時に起こしなさい!ただし部屋には入らずドア越しに起こすこと!いいわね!」
一悶着を終えると、俺は自分の部屋に行き、ベットに横になる。
「はぁ。今日の朝からやり直したい。」
その日はそのまま眠ってしまった。
ーーーーーーーーーーー
葵が疲れて眠っている頃、可愛らしい人形に囲まれたベッドの上で悶える女子が1人。
「わーーーーーーーーー!!!!!!」
「何であんな事しちゃったのよ私〜〜!ばかばか!絶対に嫌われた!」
彼女は枕をぽこすかと殴る。
「大体、アオちゃんが悪いんだから!ヒメのことに全然気付いてないし!ヒメはただ、久しぶりに会ったからどう接していいか分からなかっただけなのに!それなのにあんな嫌そうな顔して!」
頭に血が上っている様子。それからもしばらく枕を叩いた。
叩き疲れ、ベットに横になると今度は人形を抱きしめる。
「やっぱりあの頃から私のこと嫌い、なのかな、、。」
「はぁ、今日の朝からやり直したい。」
彼女もまた叫び疲れてそのまま眠ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます