俺の主人は幼なじみ

@mifune0710

第1話 人生の転機

 4月。それは人生の転機が訪れる季節。新しい学校、新しい会社、新しいクラス、自分を取り巻く環境が大きく変わる。そんな季節。俺、金丸葵(かねまる あおい)16歳に訪れた転機は常軌を逸したものだった。


 「あなた、今日から私の下僕だから。よろしくね。」


 「へ?」


     ーーーーーーーーーーー


 「どうだ?新学期、ドキドキしてるか?」


 「してるわけないだろ。新学期って言ったってうちの学校、2年はクラス替え無いし。1年と何も変わらないよ。」


 今日から新学期。高校生活2年目を迎える。だけどこれといった変化は何もないだろう。今までと変わらずテンションが常に高いエプロン姿の気色の悪い親父を適当に流しながら、白米とかなり薄味の味噌汁だけという質素な食事を終え、空腹が満たされることなく家を出る、このモーニングルーティーンを繰り返していくのだ。


 「冷めてるなぁ。今時の高校生は皆こうなのか?もっと青春を謳歌しろよ。いいか、父さんが高校2年の時は、新学期の前日は夜も眠れなくて、次の日、大遅刻をして…」


 「はいはい、それで同じ理由で寝坊してた母さんと閉められた門の前で出会ったんでしょ。貯金全部持って、ホストとどっか行った母さんと。何回も聞いたよ、それ。」


 「ああー!それを言うなー!せめて思い出の中では綺麗な母さんでいさせてくれー!」


 俺は目の前で悶えている父を見ながら質素な飯を口に運ぶ。


 「ご馳走さま。じゃあ行ってきます。」


 「おう。行ってらしゃい。」


 椅子にかけてあったカバンを取り、俺は学校に向かった。


      ーーーーーーーーーーー


 新学期。学校には期待と不安が入り混じった独特の雰囲気が漂っている…ということもなく、春休み明けのテストがあるからか、いつもより2割ましで雰囲気が悪い。


 「おっす。金丸ー、お前勉強してきたかー。」


 エナジードリンクを片手に俺の机にケツを載せたのは、寝癖のすごい金髪の男だった。

 黒川悠人、友人だ。一番の友人と言ってもいい。中学の時、今の街に引っ越してきて、不安だった俺に最初に声をかけてくれたいい奴だ。それ以来、こうして一緒にいることが多い。

 

 「まあ、一応春休み中毎日やった。少しだけど。」


 「真面目ちゃんめ。俺はクラス替えが無いのでモチベが全然上がりませんでした。なのでノー勉で挑みます。」


 「クラス替えのせいにするなよな。どうせクラス替えあってもノー勉なんだから。」


 うちの学校、私立呑駄毛高校にクラス替えは3年の時の一度きり。修学旅行を仲の良い友人と過ごせるようにする為だとか、単にクラスを割り振るのがめんどくさいとかいろんな憶測が飛び交っているが本当のところはよく分からない、が深くは考えない。髪型・髪色自由で制服の着方まで自由な高校の考えることなど分からなくて当然なのだ。


 「まあな。あー、超美人の転校生とか来ねぇかなー。」


 「そんな都合のいい話ないだろ。仮に来たとしても寝癖も直してこないズボラなお前じゃ相手してもらえないと思うぞ。」


 鼻で笑いながらそう言うと黒川は何やら文句を言い始めたが、俺はそれを聞き流しつつ、スマホゲームをする。


 「はーい。席つけー。」


 それを聞いたクラスメイトは気怠そうに自席に着く。


 「えー、春休み前に告知しておいた通り、今日は確認テストがあります。」


 先生の口からテストという言葉が出ると皆、肩を落とした。


 「おいおい、そんなにテンション低かったら、転校生が入りづらいだろ。もっとテンション上げろ。」


 クラスはまるで夏休み前のようにテンションが上がった。


 いや、来るんかい、転校生。何やら黒川から視線を感じるが見たらすごいドヤ顔が待っていそうなので振り向かないことにした。ど、どうせ、転校生は男だったというオチだろう。知ってるんだから。別に期待なんかしていないんだからね。


 「はい、じゃあ入ってきて。」


 その転校生が入ってきた途端、男子たちから歓声が上がった。転校生は絢爛の2文字がふさわしい美人だった。長い黒髪に整った顔立ち、おまけにスタイルも良い。誰が見ても美人と答えるだろう。


 「始めまして。藤白姫花と言います。よろしくお願いします。」


 彼女は挨拶し終えると先生に指示され、廊下側の一番後ろの席、つまり俺の後ろの席に座った。転校生イベントが一通り終わり、HRも終わると多くのクラスメイトが俺の後ろの席に群がった。多方面からくる質問の嵐に彼女は一つずつ丁寧に対応する。どうやら人柄もいいらしい。


 「あの子超美人だよなー。間違いなく超美人転校生だよなー。俺完全に一目惚れ。」


 「はぁ。春休み前まではスタバにいる店員に一目惚れしたーって騒いでたじゃねえか。そっちはもういいのかよ。」


 「は?見ず知らずの人間と付き合えるわけねえだろ?ナンパ師ですらナンパの成功率は低いの知らねーの?もう少し現実見た方が良いぞ。」


 「俺はあの店員を落とす!」って言って春休み前はほぼ毎日通い詰めてナンパしてた非常識な男に常識を説かれた。すごく殴りたい。


 「その点、転校生はこれから毎日同じ教室で過ごすわけだし、付き合える可能性は十分ある!」


 「じゃあ、早くお前も転校生のところに言ってこいよ。というか早く行ってくれ。頼むから。」


 「いいや、俺は行かない。今あんな群がってるところでアピールしても印象に残らない。今日の放課後、俺が学校案内をさせてもらえるよう阿部ちゃん先生に頼んだ。2人きりになるそのタイミングで一気に距離を詰める算段だ。あそこにいる男子と違って俺には余裕があるんだよ。へっへっへ。」


 そう言っている黒川の顔はとても気持ち悪い。

 さっきも言ったが黒川はこう見えていい奴だ。しかしモテない。顔も決して悪くないのだが女子のことになると途端に気持ち悪くなる。頭の中が真っピンクなのだ。そのことが起因してクラスの女子たちから嫌われている。だから何も知らない美人転校生は黒川にとって千載一遇のチャンスなのである。


 「ああ、そうかよ。」


 外見だけでよく好きになれるものだ。まあ確かに見てる限り転校生は人当たりも良さそうだが。父さんの例があるから俺は外見で人を好きになったりはしない。外見で選ぶとろくな事にならない。

 転校生、藤白姫花を見て俺はそんなことを考える。


     ーーーーーーーーーーー

 

 放課後になり、テストを終えた爽快感に浸りながら帰り支度をしていると黒川が猛スピードで転校生の元へ向かっていく。


 「藤白さん!放課後予定空いてるかな?阿部ちゃん先生に頼まれたし、よかったら俺がこの学校を案内するよ!」


 黒川は優しい表情をして柔らかい口調で話しかける。先月も見た、好きな女を口説くときの黒川悠人だ。


 「ごめんなさい。今日はこの後予定があって。。それから学校案内は明日、赤坂さんにお願いしようと思ってるの。」


 「な、。いや、でも俺が頼まれたし、明日俺が案内するよー、、。」


 「頼まれた、じゃなくてあんたが学校案内させてもらえるように阿部ちゃんに頼み込んだんでしょ。それにあんたのことはもう話してあるわよ。」

 

 彼女は赤坂芽依。社交的でスポーツ万能、男女ともに好かれているクラスの中心的存在だ。綺麗な赤髪の長髪を少し幼稚なヘアゴムでポニーテールにまとめている。

 転校生のところに真っ先に話しかけに行き、クラスのみんなが話しかけやすく配慮したのも彼女。気配りができ、頼られたら何でも解決してしまう、皆から好かれるのも頷ける。


 「くそぉぉ!また邪魔しやがって!赤坂ぁぁ!」


 「バーカ。あんたみたいに可愛い子なら誰でもいいクズ男のことなんてすぐに教えるに決まってんでしょ。」

 

 女子はみんな黒川のことが嫌いだが、赤坂は特に嫌っている。2人は幼稚園の頃からの幼なじみらしいので他の人よりも嫌な部分を知っているのだろう。

 黒川も黒川で赤坂のことが嫌いだ。女子を口説こうとすると毎回彼女に邪魔され失敗してしまう。まあ、邪魔されなくても失敗するだろうが。


 「あ、あの。私そろそろ帰るね。」


 「あ、うん!また明日ね!藤白さん!」


 藤白は赤坂に手を振ると教室から出て行った。


 「さーて、クズ男の接触を阻止できたし私も帰りますかー。じゃあね、金丸。」


 「おう。また明日。」


 さて俺も帰ろ、、、うとしても帰れない。黒川が口説くことに失敗した後は決まって「黒川を慰める会」がファミレスで始まるのだ。


 「がねまるぅぅ。行ごぉ?」


 「…わかったよ。バイト無いし行くよ。」


 ほらね。最近はこの「行ごぉ?」で通じるようになってきた。


 意気消沈で机に顔を埋めた黒川を起こし、ファミレスに向かった。


      ーーーーーーーーーーー


 「黒川を慰める会」が終わり、ようやく家についた。

 この会は基本黒川がずっと愚痴りっぱなし。とても疲れるイベントだ。だがファミレスは黒川の奢りなので貧乏な俺としては豪華な夕食を食べられる数少ないチャンス。これを逃す手は俺には無いのだ。

 俺は腹一杯で重たい体を動かし、はぁ、とため息をつきながら玄関を開けるとそこには知らない靴が一足。お客さんだろうか。


 「ただいまー。」


 「おぉ!お帰り!ちょっと話があるんだがいいか?」


 「お客さん来てるの?」


 「おう。その人も関係してる話だ。」


 「お客さんは誰なの?」


 「まあまあ、会えばわかる。」


 俺は疲れて重い体をリビングに運ぶ。リビングにいたお客さんの正体を知って疲れが一気に吹っ飛んだ。

 リビングには転校生、藤白姫花がいたのだ。俺の思考は止まる。


 「え、あの、何で藤白さんがうちに?」


 「金丸葵くん。」


 「は、はい。」


 「あなた、今日から私の下僕だから。よろしくね。」


 「へ?」


 この日、俺に人生の転機が訪れた。


 これから俺は藤白姫花の下僕として生きていくことになったのだ。

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