作者側のプロローグ
作者側のプロローグ
都内某所にあるカフェ、Amicusで次回作のネタ練りをしている漫画家と編集者のコンビが火花を散らし合っていた。
「だ か ら ァ……学校に通う中高生の読者にとって、同じ学区同じ学校同じクラス、それらが揃っているのは運命だってのは納得をもって受け入れられる流れなんスよ? そこまで揃っているのになァンでカップルの男の歳だけ二十ほど上なんスかねぇ……次は学園モノ、生徒同士でやろうって言ったの天色先生の方じゃないッスか!」
少し長い茶髪を揺らして、眼鏡と怒りを抑えながら編集者の男が文句をつける。
「あたしの得意はバトルシーンだって、こないだ
パンツスーツを着た漫画家女性が、にこにこと文句を拒絶するような笑顔で答える。その彼女の目の前に、編集者は原稿を突きつけ言い切った。
「だからって高校生のヒロインの目からしてみれば、四十代のオッサンなんてオッサン過ぎて近寄らんし気になって追いかけようとしないし、まかり間違って助けてもらっても転校していくオッサンを追いかけて転学しようと思わんッスよ!?!? もっと真面目にやってください、天色シュウ先生!!!!」
女性――天色シュウは、訴えてくる編集者を横目で見ながら呟いた。
「あまりオッサンオッサン連呼しないでください、編集者サンが出禁になったら打ち合わせにここを使えなくなるのでやめてください……そんなことよりほら、ちょっと。マスターがコーヒーミルを使うところを見てるので、十分ほど時間貰いますね」
「はぁ!? いま打ち合わせの時間ッスよね!? 仕事中になに言ってんスか」
編集者の文句を受け流し、天色は座っている椅子から転げ落ちそうな勢いで身を乗り出しながらマスターがコーヒー豆を機械に入れて、粉にして湯を入れて――ドリップ? とか言う手順なのだろうか、そうこうしながらコーヒーを淹れるところを見物していた。諦めた編集者はマスターがコーヒーを淹れるところに――正確に言えばコーヒーを淹れる四十代から五十代くらいの年頃のマスターに――目を輝かせている担当漫画家から目を離し、冷めたレモンティーの残りを啜る。天色シュウは人生の喜怒哀楽好悪その他を漫画に転化するタイプの作家だ。今日のときめきもいつか漫画に転化して来て来るだろう。それを信じて編集者――重野
約束通り、十分過ぎると編集者の方を振り返ってきた天色は、頬をバラ色に染めたまま小声で話しかけてくる。
「いやぁ今日のマスターもかっこいいですね、コーヒー豆の布袋を抱えられる腕力と機械を操作できる繊細さ! 編集者サンが言うギャップ萌えってこういうことなんですね……あたしようやく気づきました」
「いや、機械を操作するのは誰にもできるし……オレの言うギャップ萌えってのは、外面と内面が違うような……ほら、こないだ懇親会で先生が話していた少女漫画家のような……」
編集者が挙げた例に、天色はふんと鼻を鳴らす。
「夢野先輩は作風と本人の外見が違うだけです、ギャップ萌えの教材になりませんね。あと先輩は二十八歳とまだお若い、萌えるには十年くらい必要だと思うので――先輩を教材にしたけりゃその時分にまた取り上げてください」
「言い出したオレが言うのもなんなんスけど……知り合いで萌えるってのはなかなか非道じゃないッスか……?」
「さぁーて次はどんなネタで描こうっかなぁ〜!!!!」
編集者の指摘を、天色は原稿を確認する振りで黙殺した。
「あの……先生。違う話題に変えたいんスけど……」
「とりあえず次は頑張って若い男性を描きますか……三十代くらいの」
「いいスか……天色先生。レインボウサーガのキャラがニジゲンになったという噂を聞いたことあります?」
「というか……女の子ばかりをヒロインにするのも型に嵌まってて面白くないのでは……」
「ちょっと……天色シュウ先生。同人地下帝国で見かけたって人がいましてね……」
「となれば次のヒロインは、五十代くらいの男性で……?」
「ちゃんと少年漫画雑誌に載せるってことを理解して、その結論に陥ったんスかねぇ!?!?」
編集者のツッコミに、天色はぶぅと唇を尖らせる。
「敵役を女の子にするからセーフかなって思いました」
「それ、敵役と
「……なぜ分かりました?」
驚いている天色に、重野編集はため息をつく。
「五年ほど担当編集としてご一緒させてもらえてたらそのくらい読めますよ」
「え……もうそんなになりますっけ……」
「なるんスよ、あんたが覚えてなくともね!」
今日分の堪忍袋の緒が切れた重野編集は、証拠写真をテーブルに叩きつけて言う。
「ほらコレ! いつもの絵柄とは違いますけど、コレはレインボウサーガのレインッスよねぇ!?!? 同人地下帝国で、レインに助けてもらったの、カフェの給仕がレインだったのと一部界隈で大騒ぎなんスからね!?」
「……」
天色は不審物を見つけた犬のように、鼻にシワを寄せながら写真を手に取り観察した。
「……コレ、同人誌のレインだと思います。あたしこんなにレインをイケメン男子には描けないんで」
天色がそんな結論を出したのは、それから程なくしてのことだった。
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