プロローグ2
「え――雨シャイの表紙から出て来たニジゲン? まじで!?」
店主が何度も繰り返し言うのを、レインはうんざりした顔で見返していた。
「そうとしか考えられないだろう――俺がレイヤー? とか言うモノであるならばこの、不自然にある空白をどう説明するんだ?」
レインが示す同人誌――『雨上がりのシャイニーブリッジ』、その一冊の表紙には、橙色の髪の少女が微笑んでいる。しかし、その上にある題字の横──そこには不自然な空白が空いていた。
レインが示すものとは違う「雨シャイ」には、こんな空白は空いていない。そこには青い短髪のギャルソンエプロン姿の青年――レインそっくりの男がむっとした仏頂面でサニーの身体を抱き寄せている。
「漫画や小説、絵画からニジゲンが出てくるのは話に聞いているけれど――まさか同人誌からニジゲンが出てくるとは……」
信じがたい、理解しがたい状況だと言わんばかりに店主が頭を抱えているが、頭を抱えたいのはレインも同じだ。ニジゲンとしてこの世に出現してからこっち、記憶が混乱しているのだから。
「えっと……俺の名前はレイン。ウェザービレッジで覚醒した
「言っときますけどそこで出会ったサニーと一目惚れしたってのは本編には明記されてないからね? 俺から言わせてみれば、アレは出自は同じ孤児なのにクラウディ伯爵に引き取られて裕福なお嬢様育ちしたサニーを見て、嫉妬している描写だと……」
店主が何か言っているが、必死に記憶を浚うレインの耳には入らない。ボーフォートで出会ったサニーの笑顔。そこから暗転して自分の保護者で主人であるグルーミーの狂気じみた笑顔。俺はドクターグルーミーに舞台裏で、可能であれば
「……大丈夫? 表紙から出てきたレインくん」
店主の声に、レインは首を横に振る。
「きっと君は表紙から出てきたから、オタクの狂気アンソロジーの内容がすべて自分の記憶にされているんだろうね」
「……狂気アンソロジー?」
レインの疑問に、店主は小さくうなずいた。
「あぁ。君の出典作品の原作「レインボウサーガ」は残念ながら打ちきりになった。しかし、それでもなおレイサニ……君とサニーちゃんとのカップリングの熱冷めやらぬオタク。そいつが感じた萌えを源泉にした幻覚を元に執筆し、同人地下帝国のどこかで製本し、そして無断で店先に置いていく同人誌――それが「雨上がりのシャイニーブリッジ」。君の出典であり俺たち書店員の頭痛の種だ」
「なんか……悪いな」
店先に売り物ではない商品を置くとどうなるか。カフェ店員として、潜入員として理解している社会の仕組みを振り返ってレインは肩をすくめた。どこから来たのかわからないものは、どんな安値でも店としては売れない。
「これを書いた奴はどうなっているんだ」
「わからない。作者は創務省に逮捕されたとか、無免連に保護されたとか、もう死んだと言う説もあるし、はたまた同人地下帝国のどこかで今もレイサニの新刊を書いているとか――噂ばかりで誰も正体を知らない」
「そいつがやったことで確かなのは、ただこの同人誌を書いたと言うことしかないんだな」
レインは「雨上がりのシャイニーブリッジ」の表紙に指を這わせた。表紙には題字と、絵しか載っていない。本文を書いた作者の名前は当然のごとく書かれていない。
(……)
黙りこくったレインを見て、店主は慌てたように言う。
「とりあえず君、どうする? 俺もちょっとだけなら面倒見れるけど、自立してくれなきゃ困るし……」
「大丈夫です。俺は今まで一人で生きてきた――」
「その台詞を言った君――雨シャイに収録されてる「ずぶ濡れ狼、拾いました」って短編のレインはドクターグルーミーに捨てられて、サニーに拾われるまでずいぶんズタボロになってたよ」
「……」
店主の言葉を起点として、レインの脳内に再生された記憶――そう、ウェザービレッジでの
「…………」
場所も関係も舞台も違う。ただ、レインはどの場合に至ってもサニーに救われ、サニーに惚れる。
しかし、今ここにサニーはいない。だったら俺はどうすれば良い? どうすれば救われる、どうすればハッピーエンドを迎えられる? わからない――レインはいつかひとりでに身体を震わせていた。
「ちょ、そんなに怯えないでよ急に聞いちゃって悪かったって――! 」
そして、その日から一か月ほどレインは店主の家に寝泊まりし──生活基盤を整えたのであった。
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