ごーきゅう 透き通れ

 捧げられた/中断された

 火の手が上がりそれきり


 戻ってもその家がどれかわからない

 全て潰れていたからやがて来る兵士たち

 雇われた駒たちが何かを必至に探していた


 僕は体に流れる異物を不快に思う

 どうして、全部明け渡さなければならないの

  仕方ない仕方ない仕方ない、

    ならこれも、仕方がないの?


 隠れて僕は息を止めていた。兵士たちは破壊の後にやって来た。

 目の前を歩くムカデを見て、その波打つ脚を見て、金具の音を聞く。

――何も残ってねえや。

――混沌の血だかがやったと。

 彼らも仕方がない。これをやった犯人を知らないから。

    悲しいね。僕は何もしてやれない。それは異物から聞いた。


 蹴飛ばされて転がる木の板/僕以外はなかった

 兵士たちが叫び武器を抜く


――あれだ!

 あとは鉄と刃の弾ける音/沈み込む混沌


 音が遠かったから茂みから顔を出してその様子を見た。

 沢山いるように見えたけれど五人だけで、みんな大剣を背負っている。

 そしてその一人は浮かび上がってそのまま。何かに対峙して、何かにやられる。

 人が目の前で潰れた。鎧も何もかもお構いなしに潰れてしまう。


 悲痛な声だけが残って、一人、また一人と、

 潰れた。

 僕にはそれしか分からない。見たくはなかったから、茂みの中でそれを聞く。


 最後の一人が、見えない何かを防いで叫んだ。

――卑劣漢め! そんなに殺して楽しいか!

 その後にボソボソとした声が出たような気がする。

 見えない何か。潰された僕の家。炎。

 混沌の血。ハッと目の前に広がった思い出と怖さ。そして、僕の体の異物がうねる。


 思い出だった古井戸も駆け回った広場も

 潰れてしまったよ

 壊れて人はもういなくて消えて熱く


 僕は長い乾燥期に飢えていたから捧げられ

  全身に消えない墨を入れられ

   別のものだと区別されるための証として


 家族は泣いていたかしら

 みんな飢えていて僕もそう

  捧げる前に食べさせられたもので胸の中熱く


 墨は渦となり山となり雷雨をもたらし

 僕の心臓を犠牲に回るという

 歯車のようにすんなりとハマると思い込む


 最後の兵士は潰されずに残り、混沌の血と呼ばれた人のローブを切り裂く。

 それと共にローブは広がってその黒が兵士に降りそそぐ。

 それで彼を引き裂こうとしてる。


 素早かった。その兵士だけ動きが違っていた。

 左下からの切り上げから体を回転させて後方に飛び退いて踵を返しこちらに走ってくる。

 その後ろに見えた二人組の一人が避けたローブから黄金の四肢を覗かせている。それを見ると、なんだかとても強い吐き気を覚えた。

――お前だけか! ちくしょう!

 防具を投げ捨て乱暴に腕を掴まれて走らないといけなかった。

 地面から近づくものがよく見えた。混沌、あのローブの二人は混沌の血。僕は知らなくても、僕の内奥に捧げられたものが知っている。

――見えるから、抱きあげて!

 僕は叫ぶ。元からそうするつもりだったのか、グッと腕を引っ張られ抱きあげられる。

 後ろにから光る、熱を感じる、右手から混沌が口を開けている。

 僕にはその不可視が見える。その成り立ちも分かる。


――右から!

――任せな。

 混沌の方向も確認せず正確に小瓶を投げつける。

 割れればたちまち冷気が溢れ地面に沈み込む。

 逃げた。

――もう大丈夫! あれは追って来てない!

――そうだろう、そうだろうよ。

 ただの冷気と違っていた。僕の体に渦巻くものと同じように捧げられたものの冷たさが詰まっている。それが一番効くって、分かっているんだ。

 混沌には全てあるから、失われたものが含まれているとそれを恐れる。

 その時に、僕はそれらが小さく痛めつけられたかわいそうな獣に見えたんだ。


 そして、僕の家はもう永久になくなった。見えなくなって、小高い丘に残った石碑の残骸に背を預けて休む。

――もう大丈夫だ。へっ、お前捧げられたろ。

 勝手に服をまくり上げられて、ついさっき背中に打ち込まれたものを見られる。

 やっぱり、この人も知っている。

 顔には左顎から右へ抜ける深い傷痕が残っていて、口を開くと歪み人を小ばかにしたような表情になる。

 仕方がない。それに他意が無いことを僕は知ってるから。

――うん、そうだと思う。

 なら、やることは一つしかない。

 それは僕の中に渦巻く。

 そして、この人の体からもそれを感じる。

――地を這う獣を打ち倒して、あの黄昏を消す。

 頭に浮かんだ言葉を並べる。あの混沌の血は、黄昏によって囚われた哀れな人だから、混沌の血はかわいそうな獣を従えて、黄昏に一撃を加えないと解放されない。

 地を這う獣はその血を呑んで、それらが足掻いて作り出す血みどろの道のりを啜って、嗤っている。

――そうだ。この冷たさは欠落者しか持ち得ない。

 欠落者特有の墨は青き涙で打ち込まれる。僕はその絵を見ることはない。

 兵士の腕は青き涙で満ちていて、それは目にも混ざってて、不自然なほどに綺麗に見える。

――オレはな、そろそろダメなんだ。

――分かるよ。

 打ち込まれた青き涙は体を巡って、混ざっていく。

 最後には、青き涙の結晶として、バラバラに砕けて地を豊穣で満たすと言われている。

 けれども、これはそんなに優しいものじゃないことを僕は分かってしまった。

――それまでに。それまでに……やって、くれるか?

――がんばってみる。

 ようし。兵士はもう先が無い。僕もいずれそうなる。

 だから、頑張ってみないと。

 

 もう、なにもないから。

――なら、行かないとな。

 切っ先を向けた先は広大な毒沼で、その先に地を這う獣の巣がある。

 僕は欠落者として、消えてしまった思い出の家を離れなければいけなかった。

 それは復讐かもしれないし、与えられ捧げられたものに突き動かされているだけなのかもしれない。

――うん。

 小さなナイフを渡される。

 それは、光に透けてきらめく。

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