む-れい 合わせ鍵

 見えている。どうしても入ることのできない部屋に溢れる砂の掃除を命じられて途方に暮れる。

――誰か。知りませんか?

 訊ねても誰も知らない。うーん困った。

 鍵穴を覗いても何も見えない。

 当たり前だけど、生体認証の台座に触れても反応はない。いじわるな作りだから合っている時しか動かない。どんなものも合わないと反応しないから訊ねても上手くいかない。

 砂漠のルールというやつだ。

 叩いても反応は無し。放棄された倉庫。

 場所を間違えたのかと思って蜘蛛駆除機に場所を聞いてみれば「こちらHS-68です。ここに書いてありますよ」

 壁の模様に擬態して番地目が書いてあった。

 触れると少しだけ光って、わたしの帰り道を示してくれる。

 もう帰って、終わりにしてしまおうか。

 でも、どうせまた明日やりなさいだろうし。

 渡された鍵は合わなかった。古めかしく、今ではほとんど使われない生の鍵。

 大抵はそれぞれの鍵で開く場所が決められているからこれを使うのは初めて。でも鍵穴に差し込んでも回らない。

 悩んでいると一人歩いてくる。

 わたしと同じように簡単な仕事を頼まれた子。

 持っていたのは殺虫剤で、発泡して動きを止めるタイプのもの。泡だらけになるからあまり好きじゃない。

――ここってHR-68だよね?

――ううん、HS-68.

ここからだと結構距離がある。ひと階層分も違うから、1時間はかかる。

 もちろん、そのことはその子も知っていて悲しそうな顔をする。

――クモ、見つけないといけない。

――機械が居るから大丈夫だよ。

 そうかもしれないけど、それだと叱られるから。

 わたしは仲間を見つけた気になって、少し安堵する。これで、叱られるのは一人きりじゃない。

 でも、わたしのことを期待の眼差しで見つめてくる。

――あなた、この前のランキングで載ってた! クモくらい、すぐ見つけてよ。

――イヤ。この扉の先を掃除しなきゃいけないんだから。

 様々な仕事にランキングがつけられて、半年ごとに公表される。その中で、わたしはクモの駆除数でトップだった。

 ただ、偶然、回った所に巣が固まっていただけだったから、わたしの実力なんかはたかが知れている。

 チラリ。

 けれどもこの子は目を輝かせたまま。

 わたしは開かない扉のノブを引く。もちろんびくともしない。

――ここを開けたいの?

――そう。きっとクモも沢山いるよ。

 ほんとなら沢山いたらこの都市は跡形もない。

――ほんとう!?

 けれどもそんなことは些細なことだ。彼女は自分の仕事をしないといけないから。叱られてしまうから。わたしもそれはイヤだから。

――ここはね、ほら、鍵出して。

――ん。どう使うの?

 鍵は合わせて使うものなんだ!

 と、自信満々にわたしの鍵を重ねて鍵穴に差し込む。

 くるり。

 鍵穴はすんなりと回って、扉は開く。

――古い扉は二人で開けないといけないの!

 そうして部屋の中は埃まみれで、中から数匹のクモが出て来た。

――あっ! クモ!

 わたしはただ見ているだけで、すぐにあわあわをかけて中に取り込む。

 部屋の中には古びて、一目で壊れたと分かるピアノが置いてあった。使えないから、使わない部屋に放り込んでいたような感じがした。

――よかったね。

 これで、𠮟られないで済む。

――ありがとう! もう大丈夫だから、行くね。

――また。

 またね。と言って、名前はまだわたしたちにはなかったから、また別の機会に会えればいいけれど。

 せかせかとして、自分のやることが済んだら満足して行ってしまう。

――あ。わたし、居住ー6の中央に住んでるから!

 最後にようやく気付いて、けれどもあわあわに包まれたクモと共に駆け出した。

 わたしは部屋に入り、扉を閉める。これまで誰も使っていなかったから、中はひんやりとしている。

 壊れたピアノの鍵盤を押しても何も返って来ない。

 返って来ないから、思い切り弾くことが出来る。なにも鳴らないから、楽しい。

 

 しばらく。

 わたしは時間を忘れて。

 一人きりを楽しむ。


 あの子に、いつか届けたかった。

 それは、果たして。

 

 大きくなれば、出来るだろうか。

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