ごーさん ワッシャ
わたしが降り立った時にはもうほとんど終わっていたのだ。
交渉の余地なし、ヤるかヤられるか。
――す、す、す。
コーディネーターは何も言えなくなっていて、目の前の熱帯雨林はこちらに牙を剥く。
伸び来るしなやかな枝を切断して切断して、距離を取れば熟れきった黒々とした果実が飛んでくる。
――decode.
だから地面に突き立てる。ただの線引き棒だから、こんなことには使いたくないのに、業務内容を事前にしっかりと聞いておけばよかった。
段取りは重要ですよ。あいたっ、殴らないで。
なるように動くから。臨機応変っていつも言ってるよ、あの職長。すぐ脚が取れているし。
果実が弾ければ可燃性の内容物から火が出て、わたしたちの周りは燃え盛る。
おまけに腐食性もあるのか、地面に生えた草は変色している。
――こんなはずでは、三日で生態系が全く様変わりするとは、誰か!
おしまい。線引き棒から出てきた文字列はそれだけ。
消費に合わせ生産のための生態系が持続可能な星を作ります。
トータルでゼロになります。
それが怪しいから、調査と評価をしろ。だったかな。
――もうおしまい。
乗ってきた円柱型の錘みたいな船も深く地中に差し込んだ発射装置を起動状態にして待っている。
ここにいては再生産されてしまう。変えられてしまう。これは棒ではなく、鎚。杭。斧。わたしは打ち込み、ただ割る。
――わああ! わああ!
コーディネーターの体は変化を始めていた。おそらく、この星の粒子、空気、いろいろなものの循環が暴走しているから。
早く出ないと危険かな。
それを見ていると、地中から何かが迫ってくる。
――危ない!
わたしはその膨らみに合わせ棒を引き抜き、鎚を叩き込む。
飛び上がれ、大地を打ち込め。
それは巨大なウツボだった。地中を泳ぎ、待ち、這い回る巨大な顎。赤熱した牙は地面を砕き進むために変化を、目は退化するどころかさまざまな粒子を感知出来るようになった。
というような情報が鎚から飛び出してわたしの現実になる。ただ巨大なだけじゃない。だから、押し込め。
――decode.
上顎が砕け、
潰れ、
目は飛び出す。
目の中には虹色の川が流れている。
破壊された組織の先から再生し肉は溢れわたしを呑み込もうとするから鎚は熱を放つ。
熱。
刺すように深く深く穿つ。
再生を許してやるものか。
加速させてやるものか。
瞬間、わたしの目は音もなく白く焼け、その閃光がウツボを焼き貫く。再生する感覚は消えて、打ち込んだ感覚もない。
――あっ、とと。ふう……帰ろう!!
着地でよろけてウツボがいたはずの場所に黒々とした穴を覗けば、まだその壁面にじくじくと動く肉がある。
なんだか惨めな感じがしてくる。
一体何のために、ここまで繰り返すのだろう。
もうここにいても仕方ないから、わたしは船に乗り込む。熱帯雨林はしぶとく、船に絡みつこうとしていた。
――そうなったから、そうするしかないって。そうだよね。
船は熱を発し、わたしは木々を壊して、乗り込む。
木々はそうするしかないし、わたしもそうしなきゃいけない。
――トータルで、ゼロ。ね。
――近い内にゼロです。
船内に戻ればわたしの管理者は気だるげでまた仕事中にアルコールをやっていた。禁止されているのに、誰も指摘しない。
別にそれでやれてるから、とやかく言う必要はない。
――ふう。
体の外側は汚染されていたようだ。除染室が赤くなり、ピリピリとしたものが全身を走る。
来ていた衣服は全て床に落ちて、廃棄される。
わたしの体は、ぺりぺりと剥けて、頭からいっぺんに膜が出来たような感じだ。
それを破り、わたしは外界と体の間の薄皮から抜け出す。
体を他の星に適応させてはいけない。環境保全の機能が元々備わっている。
――これ、イヤだね。
どんどん擦り減っている感じがして、でもこれはやらないといけないので、しかたがない。
――ほらっ。これで、ゼロだ。
管理者はそう言って、この星の情報を削除する。いつか崩壊するから、それに任せて、後は誰の現実にもならなければいい。
そういうこと。
ただ、そう言われても、この船の外は何も見えない。わたしたちは外側を知ってはいけないから、もしかするといまのも全部、気のせいかもしれない。
もう終わってるのかもしれない。
――なに言ってんだよ、これがあれば充分だろ。
それも思い込み。
わたしは寝そべり、そうしてまたこれが続く。
――いいね、楽しそうで。
なにか言いたげな管理者を無視して目を閉じ、わたしはなにも考えないでいる。
もう終わったから、いまは寝かせていて。
これはあの脱皮のせいなのか、わたしの倦怠のせいなのか、分からないでいた。
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