よんーご まあるく
夏の午睡に鳥たちが鳴くものだから、老人がベンチで餌をやる。
寂しいってことも、わたしが眠くて暑さよりもそれを取ったことも、変わったことではないから、その音と音と生ぬるい風だけを感じている。まだ、梅雨の残り香がする芝生と木陰に佇む。
夏はやって来たけれど、まだ動かなければ暑さにやられることもない。
じんわりと汗をかいて、それを風が冷やして、その心地よい代謝と夢心地の中でわたしはまあるくなる。そうやって生きている。苦しまずに、こうして自然の状態を保っていることが出来る。
ほんの少しだけ。
どうしてって、夏の午睡は本当に短い期間しか出来ないから。梅雨の残りがまだあるから、木陰で佇んでいられる。まどろむ。その後は汗と爆撃にまみれた夏がやって来る。あの青さと青々とした木々の力強さに、今日は太陽のせいだから、そういって死んでしまいたくなるような快晴が入道雲と雷鳴のお陰でようやく立ち直れる。
夏はやって来た。暑いから、ほとんど家からは出られない、この力強い夏が、わたしを午睡から引き離して、じりじりと肌が焼かれる拷問の季節がやってくる。
飛行機雲が幕を垂らして、それで日差しと戦っているのを見る。人間は小さいなあなんてわたしは思って、冷房の部屋で震える。
暖かい紅茶と、香ばしく歯触りの楽しいカヌレで口をよろこばせて、小さな蜘蛛の詩を読む。あの芸術家の世界が、この震えと夏とを繋いで、わたしをまあるくする。
もう、終わったから。
午睡を終えたら、労働が待っている。わたしにも出来る、整理と飛躍のお仕事は、例えるなら、大きな石から欠片を取って、その欠片に番号を振るようなもの。
いち、に、さん。さん、ごー、ごー。はち。
蜂蜜が歯に当たってざりざり鳴る。蜜蝋はなかったから、わたしは蜂を知らない。蜂はどこかをさまよって、頭上の先を飛んでいく。わたしは地面に汗を、大きなつばのある帽子が欲しい。太陽を覆ってしまえるほどの帽子で、わたしはわたしの夏を、その午睡を取り戻したい。
そんなに適当にやったらダメじゃないか。そうやって怒るおじさんも夏は、ふうふうと大変そうに麦茶ばかりを飲んでいる。暑いから、適当でいい。寒さに対して失礼なのに、暑さは適当でいい。
まあるく。まあるく。
冬に午睡できないから、夏で調節してたのに気付く。わたしは前回の夏から変わったのかしら。独り言ちてみるけれど、夏は変わらずセミが命を叫んでいる。
どうやら、変わっていないみたい。セミが叫ぶのに差を感じられないから。
二つ目のカヌレに手を伸ばそうとして、やめる。そこに置いてあるから、全部食べて良いのは、前回の夏のわたし。今年は変わったの。変えたの。
そう言いながら、目線は離れない。涼しい冷房の中で震えて、温かい飲み物を飲んで、お仕事はやらないでいい。
夏だから、適当でいい。
まあるく。ね。
気が付けば、紅茶もカヌレも全部消えていた。
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