よんーさん 心なき魂

 それは徒党を組み、外側へ向かい続けた。

 優しく語りかける人形に人集りが出来るのを見てから、そうしたものたちが現れる。

 どうして心なき魂と呼ばれるのかは知れず。

 そう呼ばれるところの理由はただそう感じたから。それで、心なき魂とは人形に心酔するものと理解される。

 特に大した話をしてるわけでもなく、ただ優しく、

――ここではね……ただあることだけが、それだけが、救いなのですわ。

 そんなようなことを言っている。

 豊かな森林と、木漏れ日と、小さな人形。それだけがある。

 なんてことはない風景。

 そう思っていることすら、魂から心が消えていく現象なのだろう。

 あの優しく語りかける人形の声はひとたび耳にすれば頭から離れない。

 その言葉の数々が役に立つでも、使える知恵でもないが、その「救い」が耳から離れない。

 爽やかな青色とそれを彩る灰色のリボン。華奢きゃしゃな腕の奥には球体関節が隠れている。その完成された球体は、どこにも触れ得ない精巧さがある。

 どうやって現れたのか、僕は知らなかった。

 ある時ふと、人形が公園に鎮座していた。最初はそれをいぶかしむ人が多く、その『声』に反応することもなかった。

 不審なものがあり、それは雨の日も、近くで火事があろうとも、そこから動くことはなかった。

 それでいて、そうした自然の劣化を受けずに、現れた時のまま、そのドレスは爽やかな青のまま、動かない口から声を紡ぐ。

――そうして……そうしてね。この先に点と点で示して、わたくしたちの至る地平があるの。

 それを耳にして、想起させられる場所は銀の境界で、そこには枯れた人々と自由に動く人形と、決して晴れることのない灰色の空とが、眼前に広がる。

 ただあること。

 それがなんの救いになるのだろう。

 そして、ここでは塀が、堀が、壁が。かつて通じ合った我々は不本意にも争わなければいけなかった。

 国家として、調和ないままにただ成長があった。それは豊かで良いことだ。

 そうすれば、争いもなくなるはずだ。

 そうだと思って、これまでやって来た。だから、だからこそ人形の言葉はそのを乱す。


 そうしたことは、みんな、過ぎたことだ。

 あの外側への反応、取り壊される壁、命のあいだ。

 ここから外へ、銀の境界は人形だけが知っていて、その流れに従って「すべて優しき輩のために、大地をその一点で満たさん」と今ある全てを変えなければならなかった。

 その一点とは『声』である。

 声の内容は重要ではなく、人形の声が重要だ。

 国から立ち上がり、豊かさを目指した僕らはその声に響いて、人にある歪を見つけた。

 一つの意味と価値から世界が幸福になると、それなりに上手くやれるからと、元々あったもの『魂』をないがしろろにして来たことを、人形は教えてくれた。

 

 それで。

 あいも変わらず人形は曖昧な言葉と銀の境界に至る道標を示している。

 国中で同じような人形が出現して、心なき魂は増える一方だった。

 あるいは病のように。

 この世界の価値に生え揃った人というものが脳に迷っているその壁を取り払ってこの体を体らしくすること。

 完全な球体関節は触れずとも意思だけで動く。

 もしくは、意思など必要とせず、それはそうなるべくしてそこにある。

 あの自然論者のような意味合いではなくて、そこにある感覚は人形の『声』と同じだ。

 それを憂いた政府は撤去作戦を開始して、人形全てを駆逐しようと虚しい努力を始める。

 ただ置いてある人形なら、そこから取り去るか粉々にしてしまえばいい。声など、伝わらなければあの夢遊病者のような価値のない者たちの仲間入りすることはないだろう。

 そうやって僕らは数百人集められ、無力化を命じられていた。

 ただ指定された場所の人形を壊すだけでいい。

 燃やしても、叩き潰してもよいが密閉して持ってくれば追加報酬。そんな契約で十日分の生活費を受け取った。 

――価値があるか無いかで決めて何が悪い。

 これまで続けてきた生活に満足できないヤツラが腹いせに騒いでいるだけだろう。

――人形とは薄気味悪いな。球体関節とか、あの整い過ぎたカタチが嫌いなんだ。

 住む所でも出た。心なき魂たちは何かを喚いていて、迷惑しているんだ。


 そう言っていた僕らは全員、あの不平等の壁の打ち壊しに参加していた。

 どちらが始めたか、壁作り競争で生まれた壁とそこに生じた町。この国内でどこにも居場所がない者たちが住み着き、そのどちらでもない場所を占拠していた。

 打ち壊しは彼らから協力の呼びかけがあった。

 曰く、彼らはこの壁を成長させ、そして打ち壊す日を待っていた。

 各所に仕掛けられた家は壁の強度を下げるのに一役買っていて、それは楔のように機能している。

――発破。

 誰かがそう叫び、手製の爆弾を家に投げ込む。

 高く弾ける音がして、家は崩れ、壁の崩落が始まった。

 砂煙を上げて、周囲を巻きこんで崩れていく。

 抑え込んでいた兵士は諦めたようにそれを見て、去って行く。奪い取った武器、車両、それら全ては僕らのものだ。

 銀の境界を目指すために、必要な犠牲だった。

 そうして壁に続く広大な道に、沢山の軍用トラックと兵士が見える。一定の距離を置いて、こちらを監視するようにレンズの反射がきらめく。

――ドローンだよ。彼らはもうほとんど直接手を下さない。あれだけいるってのに。

 壁はずっと先の方まで崩れている。心なき魂は数多く、その流れを止めるには遅すぎる。

――誰かと意思疎通したわけじゃないから、やっこさんも対策の取りようがない。

 だから、運よく壁が壊れたのだろうか。

 兵士たちがそれほど大きな抵抗をしなかった理由は何だろうか。

 僕らは、壁の崩れ切るのを待つ。


――声も、魂も、ただ震えるのでしょうね。

――わたくしね、銀の境界なんて知らないの。

 人形たちが現れたのは、なにもこの小さな壁と小競り合いの場所だけではなかった。

 かれらの声が震わせるのは、魂だったから。

 かれらが心なき魂を震わせるのは、このせかい全てだった。

 この騒動は小さな熾りに過ぎなかったけれども、そうやってただ銀の境界を目指し、心なき魂はこの場の様々な「壁」を破壊して回っていた。


 人形たちは、緑豊かな場所でただそこにあり、

 穏やかに声を発した。

 ただ、それだけが、人形だったから。

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