よんーぜろ 海と紙片

 解けて溶けた。

 にじむインク「過去の大虐殺は人類の罪であり、、、」はぼやけて海に混ざる。

 沢山の紙片が飛ばされて、最後に落ち着ける場所。

 

 そう言ってみたものの、ばらばらに裁断された本を燃やしてしまおうと海に持ってきただけなんだ。

 海へ吹き下ろされる風が長い髪をめちゃめちゃにするものだから、短い髪も悪くないなと隣のけいを見て思う。


――燃やしても海に撒いても、変わらなくない?


 そもそも放置して良かった。

 紙はリサイクルするから、燃やさなくていい。

 繰り返すことで毎日が終わらない気がしてイヤになる。

 そうだ、燃やしてしまおう。海岸なら誰もみていないし、と。何かの反抗心があった。


――ここに書いてあることが全部混ぜられるのがイヤ。


 もっともらしいと思い付いた言葉を叫ぶ。

 風が強いから、元々声が小さいわたしは叫ばないと届かない。

 気にしたこともなかったのに、書いてあること。

 手に取れば「特色のある県野菜を食べよう」「夢には禁じられた欲求が現れる」とか、読むことはないことがらばかり書いてある。

 それを放れば風が捕まえ、海へ舞っていく。

 海にいている。


 くるくると回ろうにも、結局は紙片は海に散らばり、波に飲まれる。

 砂浜との際で固まって残らないように、風が強い。

 

――混ざる。ね。られると、灰だけ。られないと散らばる。それは、なに?


 浅い穴を掘って紙の束を詰め込む。飛ばないよう、砂を被せて。

 恵は、その名前が好きじゃない。

 意味があるから、何が恵みなのか、アタシはそのために生まれたわけじゃない。

 だから真面目をやる。お前たちの欲動の充足が役割じゃないから、薄汚い好意を寄せるな。

 そんなことを言うものだから、クラスでは孤立していた。


――さあね。知らない。


 紙片が入っていた段ボールはもう用無しだ。

 すると途端に邪魔に思えてくる。

 これは、わたしだ。

 役割を失った段ボール。何をするにも人より時間がかかるから、面倒ごとばかりを押しつけられて断れない。

 通販で頼んだ商品の抜け殻。たくさん溜まって、嫌々捨てに行く。弟と私と、いつもどちらが捨てるかで口論になる。

 

 早く燃やして帰ろう。親がうるさい。

 波の音は荒く、海は黒っぽく濁っている。わたしが住んできた海はいつだってそうだ。黒くて、濁っていて、荒々しい。

 テレビやSNSで見るビーチ、可愛らしくスタイルを誇る同じ学年の子。あの海の青さも、このスタイルも、顔も、全部が混ざって、リアルは消える。

 恵は段ボールを雑に千切り、紙の下へ差し込む。

 海に混ざるのがイヤで、ここに書かれたもの全部、紙片になったもの全部、リサイクルに回されずに火を点ける。


――役割がさ、どうしてそうなっているのか、なに? って感じなんだ。


 火は風に吹かれても消えずにある。

 そう決まっているから、ここではそうしないといけないから。将来が困るから。

 そんなことは分からないから、何にもしなくていい。


――わたしも、それは、そう。

――どうだろうね。


 どうだろうね。

 恵はわたしを見ない。何かを考えている。

 浅く被せた砂の下から燃えている。吹かれないよう、風を背に受けて屈む。

 目の前にある火も、ただ重ねられた紙片も段ボールも、同じように、リアルに消えている。

 

 偶然、わたしが見つけて燃やしたから。

 偶然、アタシの意見が受け入れられなかったから。

 偶然だ。 


 燃え尽きる隙間に見える紙片には「状況が人を作るから、状況が無ければ人は生まれない」なんて書いてある。

 

――でも、それでいいと思うよ。

――そうだろうね。


 単なる、偶然。


 だからね。

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