さんーはち 窒息

「ええ、はい。明日は行きますので」

 電話越しで色気を出してそう答えちまった。

 もう、行けない。

 挨拶出来なくなった。目を合わせられなくなった。

 オレはこのサラリーマンというものに窒息してる。車で駆け回り、商品プレゼンテーション。これは良いぜ、お宅の利益になるぜ、共同でwin-winで今後ともよろしく。悩みだったら聞くぜ。


 まったく適当に表現したが、オレの仕事はそんなもんだ。

 車をぶつけちまって、脳震盪と粉微塵の足を見て、ははっ、いてえ。殺せよ。

 反吐出したところでオレは死んでねえから、自宅で腐ってら。

 もう怪我は治っちまって、オレはサラリーを得るためにまた挨拶、おはようございます。ああ畜生、よろしくお願いします。


――そんな辛いならやめればいいのに。

「そうしたらテメエ消えるだろうが」


 無駄に壁に拳を突き立てる。叩かねえ、殺せ。ぐぐっと押し込んだところで壁はかわらねえし、オレは腐ってやがるし、あの傷口は治ったフリをしてやがる。

 だからマユは去って、オレは転がり、明日には仕事がある。


「もう消えちまってたっけな、何が+WEEDだ」

 CBDを吸い、煙草はやめちまった。どちらも変わらねえし、オレは腐ってやがるから、茶色く変色した冷蔵庫の豚肉だって喰う。

 喰う。喰わなければ生きられぬ。

 だからなんだっていう。仕事して、結婚が次にあって、そんなもんは運だけの代物。空に張り込める雲だって笑っていやがる。


 だから苦しい。もうなくなるって言われて、ああやべえはやくはやくと集うあのバカ騒ぎの集団の中で窒息する。ライブハウスで窒息する。

 触れるな、帰れよ、何しに来たんだ。

 黒い影がずずうっと伸びて太陽まで届いて、オレは窒息する。

 マユとはなんだ。帰って来れば仕事が辛い、癒されたい、関係をはっきりしたい、というかに過ぎないから。

 

 年を取ったが、馬鹿な心の中学生のまま、オレはその人生の選択が分からない。

 何か一つで全てが決まるような世界が分からない。

 駄々こねて、自分で自分の首を絞めて、本当に閉めたら顔は真っ赤で、オレは窒息を楽しむ。

「ええ、はい。明日は行きますので」

 どこまでやっても、気が付けば気絶してまた生きる。

 こうやって死を繰り返して、怪我してる間ずっと汚れた天井を見てる。


――いるんでしょう、開けて、開けて。

「ここには益体無しの机があるだけだって」


――机は喋らない。はやく、はやく。

「叫ぶな、喚くな、黙って鳴いてろ」


――その悪い気を払わないと、そうしないといけないって。

「ああ? 明日には行きますつってんだ」


――それなら、開けてよ。


 ガン、ガン、ガン、と硬いものが当たる音がして、ばきぃん、ちゃらら、と金属が地面に落ちる音がした。

 なにをしているのか、それは知らねえ。

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