さんーさん ふんわり

 線路のれきを引き裂いて伸びた雑草が一夜にして草原に変える。

 さらさらと流れ、羽虫タワーがいくつもそびえ立つ。

『ただいま除草中です。乗り換え輸送の受付は』

――バスも急成長した雑草で運行出来てないんだ。

――それほんとう? まだ現場も見てないけど。

 単線の線路は緑一面に隠されている。

 駅のホームにまで萌え立つ草花は自然の反抗のようにも思えた。

 人間どもめ、思い知れ!

 そう言ってるようにこの先を塞いでいる。

――ああっ! ちくしょうめ、虫が口に入りやがる。

――じゃけ、窓なんて開けん方がいいって言うたやろ。

 隣のボックス席は窓際に缶が並んでいる。

 見ていると目が合い、気まずそうに会釈する三人。

――あんたうるさいんや、いつも言っとろうが、人様のことを考えときーやって。

 彼らにとっては聴き慣れた説教が始まる。まあまあ、さちさん、雑草でも見らんか。知らん。あんたらはいつもいつもあれじゃけぇ、人のことを考えんから、こうなる。ほうじゃろ、すいませんねえ。あんたらより雑草の方がマシじゃ。

 そんなことを言いながらにぎやかにやっている。

 わたしは席を立って、車掌さんに切符を渡す。

――バスは来ますか?

――すみません、分かりかねます!

 元気の良い声でそう言い返された。

 

 列車を降りれば青空と雑草が広がる。やって来た方向ももう、緑で塞がってしまって、孤島に取り残されてしまったかのようだ。

 ホームから改札へ。

――こんなに暑いのに、何も外に出なくたって。

 わたしが勝手な行動をするから、少年は後からついて来る。確か、従兄弟の親戚の子だったはずだけれど、気にすることでもなかった。

――どうして、こんなに雑草が侵略して来たんだろうね。

――変なこと言うね。これって、いつものコトじゃないか。

 ここから少し歩くと、八百屋があるし、涼んで行こうよ。この辺りは少年の方が詳しい。改札の駅員の会釈をすると、

――八百屋まで歩いて、そこから坂道を下ればバスが来るはずですのでっ!

 汗一つない真っ白な顔。化粧が濃いのだ。

 甘ったるく、粉っぽい感じが、この自然を拒んでいるかのよう。

 暑いから、汗をかく。日が照るから、草木は育つ。

――ありがとうございます。

 少年は人が切り開いたであろう雑草の隙間に立っていた。もうすぐにでも雑草が迫って消えてしまいそうな道で、脇にかんじきが置いてあった。

『ご利用ください。草木に溺れてしまいますよ』

 少年はしっかりとかんじきをして、もう準備万端とばかりに手を振る。

――早く、早く! こういうのは、今じゃないと!

 急かすものだから、わたしは小走りに駆け寄り、サンダルにかんじきを縛る。これも、草木で作られていて、細い荒縄で靴を固定する。

 しゃく、さく、ざざあ、しゅらしゅらしゅら。

 頭よりも高く伸びた雑草がさざめく。一歩踏み出せば、その中を泳いでいるようだ。

――これは、大変かもしれない。


 しばらく雑草を踏みしめて歩くと、徐々にその丈は小さくなっていく。

 首元から、胸。

――あっつい。ほら、芋虫死んでる。

――真っ赤になっちゃうね。

 草で肌を切らないように注意。軍手、あるでしょ。

 少年はザクザクと進み、泳ぎ、日焼けした肌に汗をにじませる。考え無しのわたしは、もう腕がピリピリとして赤く焼けている。

 胸から、腰。

 徐々に雑草の抵抗は弱くなるものの、そうすれば太陽がわたしを照らす。

 草木じゃないから、伸びず。焼けて溶け出す。

――そろそろ着く! アイス買ってよね。

――うん。

 歩きやすくても、こんなにも暑い中を歩くのは大変だ。

 急な雨でも降れば嬉しい。毎日のように降っては止むを繰り返していた雨はどこに行ったんだろう。

 腰から、地面。

 雑草の道が終わると、すぐに八百屋の看板が見える。

『かんじきは使い終わったらここへ!』

 赤い字で書かれた看板も道の終わりを教えてくれる。かんじき、必要だったんだろうか。

――あってよかったよ。結構、あれで足切るんだ。

――へえ。

 少年は元気がある。わたしは焼けた四肢が痛い。

 彼は走って、アイスを目指す。わたしは歩いて、現場を確認しないと。 


――ほら! バスも来ない!

 少年の勝ち誇ったような声だけが、わたしの耳に届く。

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