とおーいち 曇天
太陽が出ていなくてよかった。
木々と触れ合うことで体調がよくなるっていわれていたから、外に出た。
曇りの日しか魚は空を漂わないから、外に出る気になるのも今日のような曇天だ。雲はずっしりと汚れを蓄えた雪のようで、空気の色は白だ。
川沿いを歩き、歴史ある橋がまだ残っていること、石碑に当時の写真が載っていてこの場所の時を感じる。
今日は釣りをする人はいない。曇りの日は魚が泳いでいないから、空を漂っているから、空の上で釣りをするのだ。釣り人は魚と共にあり、ずっと魚との輪廻を続けている。
鳥たちはどこへ消えたのだろう。
魚が昇る時、賢いカラスたちであれば捕まえて食べようとしそうなものだけれど、鳥の鳴き声は聞かない。あのカラスの可愛らしいジャンプは見ることが出来ない。
消失しても誰も気にしていないように振舞うから、わたしもそう振舞っている。
曇天以外に外へ出る気がしない。太陽が全身を焼くから、拒絶を感じる。避けてくれといわれているなら、それは慮ってやらないと。
低い地上を漂う小魚。豆アジが川を真似して浮かんでいる。大きな肉食性の魚はみんなもっと空の先の方にいるから、わたしたちが捕食されることはない。
「おさかなおいしいね!」
子供が空を指さしてきゃっきゃとやる。
手を繋いだ母親がそれに寄り添う。散歩はゆっくりとした時間が流れる。
太陽の下に出れなくなってから、そう感じた。
数年前は元気だった。様々な活動や業務改善に熱量があった。わたしの意見を言えば、それなりに通り、わたしは活躍出来ていると思っていた。
けれどもそれは少しずれていて、
「***さんは何年経ってもああだよね」
「少し、考えないといけないな」
と、迷惑に感じている人がいるのに気付き、そこからぽきりと折れてしまった。
誰かのために、頑張っていたつもりで、そうではなくて、挨拶が出来なくなった。
目を合わせることが出来なくなった。
一つのイベント処理にかかる感情の重りは普通は5グラムです。
違いました、500グラムでした。
また、違いました。5000グラムでした。
また、また……。
どうしてそうなったのかは、分からない。自分の気持ちを表現出来なかったから。
魚が空を飛ぶ。小魚なら、手を伸ばせばすぐにでも捕まえられそうだ。
けれども全く捕まえることが出来ない。
パンくずによってくるスズメに触れられないように、さっと逃げてしまうのだ。
川沿いの散歩道は終わり、遠くの空に集団で狩りをするアカシュモクザメ。木の上で擬態する頭足類。頭が良いから、おいしい。
空に浮かぶのは魚だけ。シャチやクジラ、哺乳類は別だった。
ここは底だから、小魚か極限の渦中で生を目指した深海生物しか見かけない。
ひらひらとした触手に注意! 猛毒!
と看板に謎の生物が描かれてていた。深海生物は魚なのだろうか、そもそもこれは魚なんだろうか、それすらみんな分からないから「さかな」
魚は空に浮かんでいる。ただ、雲から透けた太陽のせいで徐々に薄くなる。
追いやられているのだ。太陽が焼くから。
そうして遠くの空に雲の切れ目が現れる。
その澄んだ青は目を焼く。大気中を自由に漂う魚はもう透明になって消えてしまう。
だから、わたしも。
散歩はやめて、手近な地下通路の階段を探している。
太陽が出て来たから、鳥たちが帰って来たから、その生の力強さと魚の違いはなんだろうと考える。
「漂うように見えるか、見えないか」
水の中の重さがないから、力を振るっているのだろう。
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