修練、其の七、八、九

修練、其の七


 萌黄と葡萄はまだ技召対決を続けていた。

 錫「ここで止めぃ!さぁ、この辺りで其方達も少し休むがよい。」

錫と渋紙は、強引に胸の紋に収めると横たわった。

 渋紙は神通力で語りかける。

渋紙「土の者よ。攻撃技召、防御技召共に風の者に付いて行ける様になった。感心したぞ。気とアークの力の合わせ方が良くなっている。上出来だ。」

錫「風の者、かなり冷静沈着な振る舞い。周囲からの見た目で感じる事は出来ていたか?」

萌黄「自分の近くからの見た目を感じる位。上空からの見た目を感じるのは、まだかなり難しいわ。」

錫「葡萄はそれを少しやっている。渋紙がネクロマットで教えていた様だ。心で見ようと、時折目を閉じたりして冷静さを戻しながら続けていた。」

萌黄「心の目の鍛錬をしなきゃいけないわね錫。」

錫「如何にも。だが慌てる事はない。心掛けと言う言葉が有るだろう。実践すれば、心に留めておくだけでも無意識に使える様になってくるはず。」

萌黄「今の葡萄は、以前に技召を教えた葡萄じゃないわ。私もう体力的に限界―。」

錫「そうか、道理で葡萄が直ぐに寝ている訳だな。休まず続けていられるのは、冷静でありながらも無駄に身体を使わないでいたからであろう。2人共天晴あっぱれであったぞ。」

萌黄「錫……私も少し……眠り……たい……。」

 どうやら2人は疲れて眠ってしまった様だ。錫と渋紙も目閉じた。

茜の方も疲れたのか眠ってしまったらしい。躑躅も目を閉じている。もう日が暮れようとしていた。空は茜色に染まり始め、森の方では虫の音が聞こえ始めた。


 籐黄は、金糸雀の故郷ルグトールに昼には着いていたが、棲家にしていた洞穴は、地震によって塞がれてしまっていた。

籐黄は金糸雀を収めたまま崖の1番上に落ち着いたが、この崖下には多くの崩れた岩が見えている。

出発前に、かなり対策を施して出たものの、今はひどい変わりようだった。

 崖下には細い川が流れていたが、崩れた岩を縫う様に水が流れ、向こう岸の河原にも跳ねた岩が多く転がっているのが見て取れる。

金糸雀は、この辺りの変わり様にかなりショックを受けていた。普段は気丈に振る舞う金糸雀だったが今度ばかりは気持ちを隠せず涙した。籐黄もその気持ちを察して、紋に収めてやり、日暮れまで動かなかった。

 獣神の紋の中で涙する事はない(出来ない)が、金糸雀は心の中で悲しんでいる様子。籐黄は語る事なく崖の上で横たわって待つのだった。

金糸雀「ごめんなさい。ずっと黙ってて……。」

籐黄「気にせんでいい。光の者よ。ここの民は既に復旧に尽くしている。被害はあろうが其方が行っても何にもならん。街の民は協力し合って精を出しているぞ。」

金糸雀「見習うべきは私ね。……何か、手助けがしたい。そうでなきゃ、心が張り裂けそう。」

籐黄「ならば、獣神の印を残す事を勧める。……ただし、いたずらに印に願われても、其方の負担になるばかり。印を残す場所を考えてみたらどうか?」

金糸雀「印……。そうね。私が幼い頃、よく相手をしてくれた教会のマザー。今も御存命であればお目にかかって印を残すわ。」

籐黄「ならば街の教会へ向かうとしよう。」

金糸雀「ええ。お願い、籐黄。」


 街の上空を舞う籐黄。人々は瓦礫の片付けに追われている様子。この見た目を金糸雀に伝えるか迷っていた。その籐黄の気持ちを察したのか、金糸雀はキッパリ話した。

 金糸雀「籐黄?ちゃんと街の見た目を伝えてください。街の被害は想像がつきます。」

籐黄は見た目を伝えながら街の教会に向かった。

 教会と言うと、十字架を高くかかげる正面、奥行きのある礼拝堂。もしくは、十字架の乗った高い塔や、鐘楼しょうろう。フレスコ画の高い天井を持つ教会……的な印象だが、この街の教会は、天井は低く、壁面にフレスコ画が有り、灯り取りのステンドグラス。正面壇上の奥にパイプオルガンというこじんまりとした教会であった。

このこじんまりした佇まいが、被害も無く教会を救っていた。

 籐黄が降り立ち、文書に応召して、金糸雀は教会に入って行った。

 そこは小さな礼拝堂。1番前の席にマザーと数人のシスター達が祈りを捧げていた。

金糸雀「あの。先程の地震の被害は無いですか?」

 高齢の、マザーと思しき女性が振り向き応じた。

マザー「ここは何事も無く、無事で……あ、あなたは金糸雀ちゃん?ですか?私を覚えてますか?」

 金糸雀は一瞬の内に過去の幼い記憶が蘇った。

金糸雀「はい、金糸雀ラグレスです。お久しゅうございます、マザー。覚えていてくれたのですね。」

マザー「もちろんです。あの頃はシスター達のお手伝いまでしてくれて。忘れもしない、木登り上手だったわね。でも、その木はもう刈ってしまったけれど。」

 金糸雀は今にも涙しそうだったが、街の事もありグッとこらえて、

金糸雀「マザーにお願いがあって参りました。」

言うと技巧の書を取り出して光の紋を輝かせた。

金糸雀「私は光の使い手です。今後、何かひどい事象が起こった時に、これから刻む印に願ってください。時間が掛かろうとも必ず参ります。私の、この光の紋を刻ませてください。」

 他のシスター達は2人のやり取りをじっと見守っている。

マザー「あの頃の金糸雀ちゃんは、今は使い手様になられた。それは私にも、この教会にも嬉しい知らせです。そうですね、私が亡き後も、シスター達が引き継げる様に、壇上の十字架の前に。」

 シスター達からは小さな拍手が起こった。

金糸雀はシスター達に一礼すると、壇上に上がって、光の紋章を刻んだ。

金糸雀「この印は、私達使い手が近付くと輝いて見えますが、他の方には見えません。ですが、ここに間違いなく印が刻まれている事を忘れないでください。そして、ここに大事が起こった時には印に願い、私を呼んでください。」

マザー「分かりました。……今、ここにいるシスター達には理解出来ているでしょう。大切にします。」

 金糸雀は感極まったのか、涙をこぼしながらマザーにすがりついた。

マザー「もう幼い金糸雀ちゃんではないのですね。さぁ、立って。ここに立ち寄ってくれた事に感謝します。」

金糸雀「街の様子を見て回らなければなりません。これで失礼します。」

言うと礼拝堂を出ていった。




修練、其の八


 教会から出ると籐黄を召喚して紋に収まると舞い上がった。

金糸雀「籐黄、私は教会の役に立ってない。あれで良かったのかしら?」

籐黄「我の感ずるところ、女性使い手なるは心が広い。其の気持ちに包まれる民は良い癒しなのだろう。其方の気持ちは伝わっているだろう。」

 河原の近くの家々は、金糸雀が前に対策した結果、被害は無かった。多くの被害は街の中心辺りの古い建物の様だ。

 金糸雀「人々は起こった事に動じてない。皆んな復興に向けて頑張っている。籐黄、もうこの国は出ましょう。茜さんの所に戻りながら別の国の街を確認しながら。西へなら籐黄も風に乗れる。どお?」

籐黄「ならば北西に向かう。」

金糸雀「メリプト王朝ね。ネクロマットの街にも立ち寄りましょ。葡萄の出身地。街を確認してからキョーオウに向かって。」

籐黄「御意。」


 キョーオウの丘で、長い時間修練していた3人は、それぞれ獣神に収まって夜を明かした。

 茜は夜明けを感じ、

茜「躑躅?まだ休んでるの?……もう夜明け。外に出して。」

躑躅「我の紋に収まって居ながら、夜明けを感じたのか?」

 茜を紋から下ろしながら躑躅が話した。

茜「そうよ。私、何かおかしい?」

躑躅「使い手は獣神の紋に収まると、外の様子は感じないはず。我らの見た目を伝えて外部を知る。」

茜「外の様子が分からなくなるだけじゃなく、何も見えない暗闇にいるみたい。それを躑躅が伝えてくれているのは分かった。でも夜明けを感じたのは私の習慣じゃないかしら?陽の光、陽の強さが分かる。これは使い手の力ではないでしょ?」

躑躅「うむ。それは火の者が生まれ持っている感覚。大切にするが良い。」

茜「あなたの紋に収まる様になって、昔の古傷までも治ってしまった。不思議な感じ。」

躑躅「使い手の怪我や病気の治癒は、我ら獣神の持つアークの力。だからと言って致命傷を負っては治癒に時間が掛かる。無理をしてもらっても困る。」

茜「今までは、自分の怪我を恐れる事は無かった。骨折しても気にならなかった。でも昨日の修練で分かった。躑躅達の力は私達をあっという間に消し去るんだわ。」

躑躅「我らの吐く技召は、漆黒の竜に対して致命傷を与えられない。この事を如何に感じる?」

茜「躑躅が竜を真っ二つにした。なのに吐く技召は致命傷を与えられない……。何故かしら、気にしてなかったわ。」

躑躅「漆黒の竜は人の悪意の化身。」

茜「悪い気の塊。人の悪意は使い手たる、人が消し去る使命、という事ね。」

躑躅「左様。我らが身体を使えば消し去る事は可能。しかし使い手の術の方が消し去るには早いのだ。」

茜「だから私達使い手は腕を磨くのね。」

躑躅「如何にもだ。……さて、続きを始めるとしよう。」

茜「ええ。少し自習させて躑躅。ここで見ててくれればいいわ。」

 茜は防御技召の円盾、波動壁を始めた。気とアークの力のバランスが整っている。手元から放って遠隔する事も出来つつあった。

茜「なんとか身体が覚えてる。でも防御技召の遠隔は重く感じる。そう簡単ではないわね……。続きは渦柱盾と球防壁ね。萌黄のお手本を思い出して……。円を描いたら上に向けて!」

赤い技巧色が渦を巻く柱が出来上がり、しばらくして消えた。

茜「片手でも作れそう。そうすれば幾つも作って壁になる。」

両腕を使って2本の柱が出来た。そして消える。

茜「これはそんなに体力を使わなくても出来そうね。効果のある柱が何本立てられるか、やってみよう。」

 両腕で2本作るとすかさず隣に2本、更に2本。この時点で最初の2本が消えかかっていた。

茜「強さを変えれば効果が残るのかなぁ?」

 また2本の柱を作った。今度は技巧色が少し濃い。続けて2本、更に2本の柱を立てて、最初の2本を確認する。

茜「まだ消えてない。もう少しスピードを付けて8本立てよう。」

 同じ様にして8本の柱が茜の前に出来上がる。

茜「まだまだ作れる。作った柱が感じられる。最初の柱が消え始めるまで柱を立てよう。」

 茜自身を囲む様に柱を立てていった。12本立った所で手を止める。自身を囲む柱が作った順に消えていった。

茜「12本。これが限界だわ。一旦球防壁に移りましょ。萌黄が苦手って言ってた。難しいかしら?……自分の前に盾の様にするのが面倒ね。……ドーム状にして……盾を……はぁっ!」

茜の前にドーム状の盾を作ったつもりだった。……が、波動壁の出来損ないみたいな歪んだ壁が出来ては消えた。

茜「萌黄や葡萄の球防壁はドーム状だった。しかも放っただけ。作り方が違う?……放つだけで現れる?……。」

 渋紙の紋から出て側で見ていた葡萄。

葡萄「茜さん、おはようございます。頑張ってますね。今の防御技召は何を?」

茜「あ。葡萄、おはよう。防御技召の最後。球防壁なんだけど、歪んだ波動壁みたいになっちゃって……へへ。」

葡萄「今の茜さん、最初の僕と同じでした。球防壁は心の中で作って外に現す感じなんです。」

 そこへ萌黄も側に歩いて来る。

茜「萌黄おはよう。」

萌黄「おはよう、皆んな。茜は相変わらず朝は早いのね。」

ようやく2人が獣神から出てきたのだった。




修練、其の九


 躑躅「ちょうどいい。風の者、土の者。其方達は火の者の向かいに立って、好きな数だけ単連弾を放つように。火の者よ、其方の渦柱盾で全て交わす事。先の其方の柱の数で交わせよう。」

 離れた所に立つ葡萄と萌黄。

萌黄「ねぇ葡萄。躑躅は好きなだけ単連弾を放てって言ってたわね。大丈夫かしら。」

躑躅「遠隔は禁止。火の者に向けて放つのみ。火の者は交わせる限り渦柱盾を立てて受け止める。1度だけやってみなさい。……さぁ風の者、土の者。1度だけ単連弾を放つ。放てるだけ放ってよい。では始め!」

葡萄「茜さん、1度で放てるだけいきます!」

萌黄「1度で放てるだけね。茜、上手く交わしてね!」

 2人の両掌からは単連弾が放たれた。それぞれが10個ずつ。多分2人の限界個数だ。飛んでくるスピードも容赦ない。

 茜はさっきの通り、作れるだけの渦柱盾を立てる。と同時に単連弾が次々に当たっては弾けていった。

茜が立てた渦柱盾は12本。さっきと同じ本数。単連弾が消えた後も2本は消えずに残っていただろう。茜に対しての衝撃も無く、放った2人は呆然と見ていた。

 萌黄「出来るだけ連続して放った単連弾なのに、茜の渦柱盾は葡萄と私の全ての単連弾を受け止めた。」

葡萄「しかも凄いです!あんなに多くの渦柱盾を連続して立てられませんよ。」

躑躅「よろしい。次は遠隔出来る数だけ放ちなさい。火の者よ。今度は連続と言う訳にはいかん。当たると感じた所にのみ立てる事。柱を太く作ろうと思うと数に負ける。それを忘れるな。感じた単連弾の強さに合わせて太さを変えて立てるのだ。今度は上からも感じなければならない、柱を高く伸ばす事も必要。いいな。さぁ、始めなさい。」

萌黄「いくよー茜―。弾技遠隔っ単連弾―!」

葡萄「弾技遠隔っ単連弾!」

放たれた単連弾。葡萄は4つ、萌黄は6つだった。グレーと茶色の技巧色のたまが交差したりしながら向かって来る。

 茜は上から来る球も感じつつ渦柱盾で受け止めた。横から前から、そして上から。

柱が消えた所には薄っすらと赤い技巧色が残る。全て交わした。

 躑躅「渦柱盾は上出来だった。速さに付いていけている。」

 茜の側に駆け寄る2人。

萌黄「凄いスピードよ、茜。文句無し!」

葡萄「微妙に柱の太さを変えているなんて。しかも今回は10本。さっきの渦柱盾の壁は12本立ててましたね。」

萌黄「そろそろ本気の手合わせになりそうね茜。」

茜「でも今のが精一杯の状態。これ以上は無理だわ。あ、せっかくだから2人に教えて欲しいの。球防壁の作り方。」

萌黄「あー、そう来ましたかー。苦手なとこだなー。はいっ葡萄。作り方のコツは?」

葡萄「さっき言ったんですが、何というか……心の中で作って外に現すって感じなんです。」

萌黄「そうね。身体で作るより、心で先ず形にするのが先なのかも知れないわ。」

茜「私は逆だったんだ。壁だからって、先に身体を動かしてた。そうじゃなく、心で形にしてから外に出す。」

 半球体が茜の両掌から放たれた。

萌黄「そう、それそれ。半球体の塊も同じ感じ。」

葡萄「こうやって自分を守るのも有りですよ。」

 葡萄の背程の半球体、凹み側を外に向け何かを受け止めるポーズをする。

葡萄と逆に凹みを自分にして構える萌黄。

茜「うんうん。よく分かる。放たないで前に置く感じで受け止めるのね。……でも塊にして受け止める時って有る?」

萌黄「塊で受けなくても、それなりの強度で作ればオッケーよ。そうよね、葡萄?」

葡萄「作る速さは球防壁が1番速いけど、強度が足らなくなったりすると衝撃を受ける。消えずに残っているのも球防壁が1番じゃないかなぁ……。」

 萌黄「躑躅。私に長く技召を吐いてくれる?」

躑躅は萌黄に技召を吐いた。途切れず長く続く技召。

 萌黄「球防壁―っ!」

背丈程の球防壁。半球体の円弧面で受け止める。受けた技召が背後に流れて消える。

躑躅の技召が切れるとしばらくして球防壁が消えた。

躑躅「うむ。受け止め方は間違いでは無い。但し、その逆で受けてはならん。球防壁の方が早く消えてしまう。」

萌黄「はぁはぁ……。そ、そうね。私もそう思う。上から落ちた時のクッションが1番有効!」

 そう言うと周りを伺う萌黄。そこに錫が羽ばたいて飛んできた。

掴まれるのかと身構える萌黄に、

錫「風の者。何だ?掴んでほしいのか?」

萌黄「錫、やめてー。」

茜「私も掴まれて落とされる前に習得しなきゃ。ね、萌黄。」

萌黄「その通り。気を抜くとすぐ掴んで高く飛んでは落とされるの。あートラウマになりそう。」

 また錫の殺気を感じたのか身構える。

錫「我はここに居るが、何をしている?」

萌黄「あ、つい身構えてしまったわ。」

錫「気配を感じればよい。掴まれぬ様交わすなり技召で応じる。」

萌黄は大袈裟に錫にしがみつくと、

萌黄「あなたに技召を放つなんて出来ないわ〜〜〜。」

錫「余計な事をするでない。……躑躅。そろそろ火の者を手合わせに加えられるか?」

躑躅「うむ。攻撃技召は単連弾のみ。防御技召はその場に合った防御をする。ほんの一時だけ。合図をしたら止め。先ずは土の者と火の者で始めなさい。」

 茜と葡萄が離れて位置に着く。

躑躅「始めっ!」

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