遭逢、其の十六、十七、十八

遭逢、其の十六


 茜と萌黄は、早朝からいつもの丘にやって来ていた。

茜「先ずはサンドイッチで朝食にしましょ。その後、萌黄の防御技召を披露してもらうわ。」

2人はさながらピクニックに来た様な雰囲気だった。女性同士の使い手たるものなのか……。

 茜「夕べ、技召について勉強したわ。攻撃と防御の術。アークの力が伴って技を繰り出す。」

サンドイッチを頬張りながら話している2人。

 萌黄「どちらもアークの力だけじゃないの。自分の気の力も加えてるのよ。茜は心でイメージするのは得意そうだから出来ると思うわ。今日は自分の気をフルに使って、放った技召を操る。弾技遠隔だんぎえんかく柱壁球遠隔ちゅうへききゅうえんかくを見せるわ。これは放った技を操るから遠隔。弾技(だんぎ)は昨日見せたから今日は防御の方ね。柱壁球ちゅうへききゅうとは、はしらかべきゅうそれぞれの防御の形を移動させて身を守る、攻撃を交わすの。まぁ、強い悪意から発生した漆黒の竜以外は意志を持ってないから攻撃されない。あまり使わないわ。でも、危険が迫った時に咄嗟とっさに防御する為に身に付けておくのよ。後で錫と躑躅にも協力してもらうわ。」

 サンドイッチを平らげて落ち着いた2人は獣神達を召喚した。

 萌黄「茜は召喚―応召はもう問題無いわね。では、始めましょ。先ずは昨日の単連弾たんれんだんを弾技遠隔して自分に向かわせる、攻撃されたイメージよ。」

 拳に技巧色が光り、単連弾を前に放った。両の掌を向けて空へ、そして左右に操る。

その後自分に向けて来る。それを掌で壁を作る様に動かすと技巧色の壁が出来上がり、向かって来た単連弾が当たり飛び散った。

 萌黄「向かって来るものの強さや大きさを感じて、壁も大きくしたり厚くしたりするの。今の壁は、防御技召である柱壁球技召ちゅうへききゅうぎしょうの内の波動壁はどうへきよ。次は円の盾を作る円盾えんじゅんよ。」

萌黄の掌が技巧色に光ると、円を作る様に動かした。

萌黄「円盾をこのままにして攻撃を受けたら衝撃が有るから前に押し出す!」円の盾がそのまま前方に放たれた。それが遠くまで行って消える。

 萌黄「自分から離れた所で跳ね返す盾の事。次は渦柱盾かちゅううじゅんうずを柱の様にした盾の事。」

萌黄は両腕で足元に円を描く。そこに気を集める。

そのまま上に向けて腕を動かして、技巧色の柱が出来た。

 萌黄「気を緩めると消えてしまう。相手の連続攻撃から避ける時や不意打ちされた時に有効ね。こうよ。」

萌黄の周りに柱を次々立てては消えていく渦柱盾。

萌黄「使い手の能力が高ければ、消えずに残る盾が多くなる。……最後は球防壁きゅうぼうへき。私は防御というより、獣神に空から落としてもらって、着地する時に使ってるの。着地は下手だけどね。球防壁はこうよ。」

言うと萌黄は掌で器を作る様な動きで、技巧色のドーム状の形を作って前に立てた。

萌黄「私はドーム状になってて使いづらいの。円弧えんこ側だとあちこち跳ね返って何処へ飛んじゃうか分からないでしょ?で、この逆、へこんだ側で攻撃を一点に跳ね返せる。この防御技召の遠隔操作が柱壁球遠隔よ。……ちょっと今度は獣神達に手を借りましょう。茜も躑躅を呼んで。」

 2体の獣神達が現れた。

錫「風の者。成長しているな、感心だ。」

萌黄「ありがとう錫。じゃあ、向かい側に離れて、私に向けて技召を吐いてもらえない?躑躅もお願いしますっ。」

 獣神達が遠くの向かいに舞い降りるとすかさず獣神の技召が飛んでくる。

萌黄は間髪入れず、波動壁で茜ごと防いだ。

今度は形を変えた技巧色が来る。ここは萌黄の得意技召、単連弾が炸裂。見事に蹴散らした。

次には、錫と躑躅がタイミングをずらして技召を放ってきた。

これには萌黄が叫んでしまう。

萌黄「円盾!……はっ。」円盾を放ちながら、「単連弾っ!」

また飛んでくる。萌黄と茜の前に波動壁を立てて、「茜!かがんで!」萌黄はそのまま両掌で、「単連弾!」

飛んで来た幾つかの技召が波動壁で弾ける中、単連弾で残りを飛び散らせた。獣神達が戻って来た。

躑躅「風の者よ。大した反射神経。よく交わしたな。」

錫「うむ。隣の火の者を一般の民に見立てての防御は其方にしては良くやった。」

茜「す、凄かった。私にかがめって言いながら壁で防いで、しかも続く技召の球を蹴散らすなんて……。」

萌黄「そ、そうかな?錫達には、あれでかなり手加減してもらってるんだよ。」

躑躅「火の者に向かってはと思い、力は2程だ。だが波動壁により火の者をかばい、残りを片付けたのは天晴あっぱれだ。」

萌黄「錫と躑躅の言った通りよ。でも、私はこれで一杯一杯なの。心で気を保っている限界。もっと長く気を高めたままにしていないと、意思を持った漆黒の竜が、束で来たりしたらやられてしまうかも知れない。」


 躑躅「火の者よ。アークの力を授かった後は我が相手をする。そんなに不安になるでない。恐怖を持つべきでもない。怪我は我の紋に収まれば癒えていく。」

茜「心の中は躑躅には全てお見通しなのね……。今、少し恐怖を持ってしまったわ。」

躑躅「其方が賊退治をしていた時の気持ちを保てば良い。」

茜「ねぇ萌黄。最後の技召を受けた時、何故左手は円盾を放って、右手が単連弾だったの?」

萌黄「右からの躑躅は私に加減したのか、技召を同じ軌道で飛ばした。左にいた錫は、私に意地悪してバラバラに飛ばして来た。でも錫もそこは加減していて、円盾で幾つかを跳ね返せる程度の間隔のバラし方だった。だから円盾で放った。本来なら、これを一瞬で強さを感じて、大きさを把握して考える。…私にはまだそこまでは無理そうだけど。」

錫「意地悪などしておらん。躑躅が同じ軌道に飛ばした。故に我は間隔の開いた技召にして放とう、それだけだ。……そう其方はそれを感じ、大きさに合った円盾を使ったではないか。その判断は大きな評価に値するものだ。我は其方の成長を見た。」


 躑躅「む⁉︎……千里眼。渋紙……。赤道の大陸からだ。火の使い手に継承した事を察した様だ。こちらからも千里眼を飛ばそうぞ。」

 萌黄「渋紙……。葡萄ね。元気かしら。」

茜「葡萄って?」

萌黄「ノアギウス 葡萄。土の使い手よ。彼がアークの力を授かって間もない頃、技召の出し方を教えたわ。使い手では1番年下かも知れない。もしかしたら茜を気に掛けてるのかもね。今、あの時が起こってしまったら大変だもん。」

躑躅「火の者よ。技召の項までよく読み進めた。技召は修練で身に付けるが近道なり。まもなく我の紋に収まりアークの元へ向かうとしよう。まもなくだ。」

萌黄「そうなの?躑躅?」

躑躅「そう申した。」

萌黄「茜。もう少し、文書を覚えて。躑躅が胸の紋に収めてくれるのよ。私も嬉しいわ!」

茜「本当に⁉︎躑躅……。でも私は覚えきれてない所がまだまだあるわ。」

躑躅「其方は謙虚よ。言わずとも分かっている。まもなくだと申した通り。旅の為に身の回りを整理する事だ。」

茜「分かった……。ローラ、シンディー。……私の馬はシンディーの所に引き取ってもらおう。」

萌黄「国王には話した通りでね。あとは町長夫妻かしらね。」

茜「う、うん……。」

 茜はこれからの自分の身の振る舞い方を考えて、少し寂しさを感じていた。

躑躅「風の者と話したであろう。この街を拠点として問題無い。遠方までの移動には我が付いている。」

萌黄「そうよ、茜。これからは多くの人から感謝も受ける。……それでも犠牲が出る事だってあるわ。その度に人のののしりの言葉をに受けてたら、心が挫けてしまう。強い心、変わらずに持って。」

 茜「萌黄……。」

涙が溢れてしまった茜。

萌黄「あらー。茜泣いてるのー?錫にホッペをベロンベロンしてもらっちゃうからー。」

茜「も、萌黄ありがとう。萌黄……。」笑い泣きになる茜であった。




遭逢、其の十七


 ネクロマットの葡萄と別れた山吹は、メリプト王国を出て既に南の光の大陸上空を飛んでいた。

ここは大陸の北東に位置するシャインルクス王朝。現在はオールクスという街を拠点にして、水の使い手が居を構えて行動している。

 水の使い手、瑠璃るりアルバートは、出身もここオールクスの街である。

 南の光の大陸、隣国のオーロックス公国より国の面積が広く人口も多いせいか、漆黒の竜の出現も多いとされる。オールクスはシャインルクス王朝の首都。

元々この大陸はオーロックス公国が収めていた。首都オールクスは隣国の名から取っている。過去の戦争の結果、シャインルクス王朝が生まれたが、戦争に負けたオーロックス側を讃え首都名に似た発音のオールクスと付けられた歴史がある。国土面積、人口数は過去の戦争がきっかけとなり、人々が勝ち組に身を寄せた結果、現在の形になった。戦後まもない頃は対立が多かったが今は一切ない。悪意を生む者だけが現在もかたよって現れている。


 そんなシャインルクス王朝の首都オールクスなのだが、山吹が降り立った時にも何やら問題有りだった。

 山吹「漆黒の竜が舞っている……。使い手は知っているのだろうが、何処へ降下してくるのだろう。」

黄檗「雷の者。ここは退治の時の技巧色に向かうが良い。」


 漆黒の竜が現れて、降下してくるのは大抵の場合、悪意の中心人物のいる付近が多い。張本人を知るなら漆黒の竜の降下を待つ事も多い。グループ全体を消滅せしめる事が多いからだが、危険も伴う。悪意が集まるにつれ、竜の数が増えるからだ。

使い手が気が付かずにいて、竜が増えるケースと、悪意の大きさ(悪意を持つ人物数にも比例)が大きくなるケースのどちらか。それはやがて竜が意識を持つ事にも繋がる。

 山吹は気が短い為に、漆黒の竜の上空で、獣神の紋から降り、空中で技召を放ち退治するという離れ業を持っている。黄檗の静止は山吹の気性を知っての言葉だった。


 山吹「黄檗、使い手の技巧色を待っては遅くなりそうだ。ヤツはゆっくり降下している。しかも上空にはもう1体現れた。まずい!。まずいぞ黄檗。いつもの様に、降下した竜の上空で降ろしてくれ。……この地の使い手は何をモタモタしているのだ!」

黄檗「今、我の千里眼を飛ばした。其方は下方の漆黒の竜を、我は片付いたら其方を収める。」

 黄檗は猛スピードで上昇すると、舞い降りる漆黒の竜の遥か上から山吹を降ろした。

山吹「直列連弾ちょくれつれんだん!」空中で体制を崩しながらも縦横の直列連弾を放ち、竜を囲んで続けて放たれる。竜は移動が出来ないままだ。山吹は大きく気を集め、得意とする単連弾を放った。

 直列連弾とは、長く剣の様に伸ばした技召を放つ。その直列連弾は、左右の腕を身体の中心から縦、横、斜め外側へ振り出す様に気を送り、放つ剣の様な形の技召。

 山吹「貫けーっ単連弾っ!」かなりの大きさの単連弾。更に追い討ちでまたも単連弾。ここで黄檗が山吹の上まで来ると、胸の紋に収めて上昇した。

 山吹の瞬時の攻撃技召で、下方の漆黒の竜は穴だらけになり、雷に覆われた様にして消滅した。

 黄檗「浅葱あさぎが千里眼を返して来た。街のなかに居る。使い手に何か有ったかも知れぬ。」

山吹「浅葱?水の使い手の獣神か?」

黄檗「如何にも。街に居るも文書に収まっている気配では無い、何処かに潜んでいるやも知れぬ。」

山吹「使い手は竜に気付いて無いのか⁉︎……まぁいい。ついでに上のヤツも片付ける。黄檗、同じ様に頼むぞ。」

 上方の漆黒の竜を横目に上空を押さえた黄檗。

黄檗「まだ小さい竜だが油断は禁物。降ろす!」再び空中で技召を使う山吹。

 山吹「円盾で押し下げ動きを封じる!うぉりゃぁぁ円、盾っ!」

竜の大きさの円盾は動きを抑えながら降下している。

 山吹「単連弾!、単連弾!、単連弾っ!」

雷のスパークを伴いながら、集中砲火の単連弾は円盾を貫き、漆黒の竜を消滅させた。

 素早く近寄る黄檗、同じ様に山吹を紋に収めた。

山吹「黄檗、気配の有る位置上を旋回してくれ。」


 街に水を引いている水道橋の、途中に有る見張り塔に浅葱が見えた。黄檗が近付くと、浅葱が舞い上がった。追いかける様に浅葱の直ぐ上まで近付く黄檗。

 黄檗「浅葱、今上空の2体の漆黒の竜を片付けた。一体水の使い手はどうしたのだ?」

浅葱「水の者が毒を盛られた。身体がしびれて動けなくなる前に我が召喚され、水の者は我が紋に収め、塔に降り立ったのだ。……雷の者よ。手をわずらわせたな。」


 山吹の神通力「浅葱、聞こえるか?水の者は無事か?」

浅葱「うむ、雷の者。水の者には意識が有る。心配無い。だが解毒に時間が必要だ。この地での棲家に案内する。」


 海まで出ると、浜から程近い場所に小島が見えてきた。

水面スレスレに飛ぶ浅葱。島の洞窟が見えてくると、浅葱が滑空し、中に入って行った。

黄檗は一度旋回、浅葱と同じ様に滑空で洞窟に入った。

 山吹は黄檗の紋から出てくる。

山吹「まるで海賊の棲家に来た様だな。」

浅葱「如何にも。ここはその昔、海賊のアジトだったそうだ。使い手によって海賊が消滅すると、水の者がここを拠点に我と代々過ごしている。暮らしているわけではなく、我の羽休めの為。」

そう言いながら胸を地に近付けて紋から水の者を出した浅葱。

 浅葱「水の者よ。雷の者が退治した。もう安心だ。」

瑠璃 アルバート「すまない。……私は水の使い手、瑠璃 アルバート。」

山吹「瑠璃か。私は雷の使い手、憂花 山吹。山吹と呼んでくれ。さぁ、もう解毒まで喋らなくていい。毒を盛った奴らは消滅してしまっただろう。現れたばかりの竜も片付けた。」

神通力の瑠璃「不覚にも毒を盛られるとは…。動けないままですまん、本当に助かった。ありがとう。」

山吹「私がこの地に来たのは他でもない。大地の揺らぎについて訪ねに来た。最近のこの地での異変は感じてないか?」

神通力の瑠璃「先日、この国にただ1つ有る火山が久しぶりに噴火した。数百年ぶりだそうだ。ようやく溶岩の流れが止まったらしい。まだ弱い地震が続いている。今後また噴火も考えられる。」

山吹「もしやあの時が来るのではと氷の者が私を訪ねて来た。そこで、手分けして使い手に知らせようと話がまとまり、この地へも来たのだが、あの時が我々の時代に起こるのかも知れない。その為に気を配っておいて欲しい。」

神通力の瑠璃「承知した……。すまん……紋に収まりたい。痺れが……ひどい……。」

瑠璃が浅葱の紋に収まると、浅葱が語った。

浅葱「大地の揺らぎには十分に配慮しよう。」


 山吹「一旦は使い手全てに知らせが回っている頃。氷の者が南の大陸で闇の使い手に会っているはず。あの時の為の知らせは終わった。私はしばらくこの地に残ろう。瑠璃が回復するまでは竜退治は引き受ける。」

神通力の瑠璃「山吹……。恩に着る。……この島の周囲の海は穏やか。地震が有ればさざ波立つ。あなたでも感じられるはず。ここを寝床に勧めるよ。」

山吹「そうか、それでこの静けさなのか。……私も少し休ませてもらうとするよ。黄檗、紋に収めてくれ。」

黄檗「うむ、ご苦労だったな山吹。」

そう言って山吹を紋に収め、自らはゆっくり横たわった。




遭逢、其の十八


 ジャニオン王国に入り、気配を感じ取りながら躑躅を探す渋紙の姿があった。もう夜更け。街の明かりが無く、星のまたたきがやけにまぶしい位の深夜である。

渋紙は山の頂に舞い降りると、身体を丸めて眠りについた。


 翌早朝……。

 目を覚ました渋紙が葡萄に語りかける。

渋紙「土の者。目覚めよ。躑躅の居る国には入っている。」

葡萄「おはよう渋紙。疲れは取れたの?」

渋紙「我はもう癒えている。この地の獣神の気配を感じない。まだ東に進まねば。」

葡萄「待って。この国は大きな城があるんだ。周りに見当たらない?」

渋紙「南に城が有る。ここは城の北に降り立ったのだろう。」

葡萄「萌黄さんはいつも錫に収まって朝を迎えるんだ。錫の気配は無いの?」

渋紙「いや、獣神の気配は感じない。」

葡萄「じゃあ、獣神達は技巧の書に収まってるんだよ、きっと。そうだとすれば、火の使い手に選ばれた人の家にいるんじゃないかなぁ……。萌黄さんにしては珍しいけど。」

 渋紙は葡萄を紋から出すと続けた。

渋紙「ならば使い手の気配を感じれば良いのだな?」

葡萄「朝早いからそれが良いと思うよ渋紙。でも、萌黄さんは朝は遅く起きる人だから少し待とうよ。」

渋紙「其方はのんびりしていて困る。まぁ、それが長所であり短所であるのだがな。外の空気を吸って少しはスッキリしたか?」

葡萄「もう頭も冴えてるってば。僕は東に向かっても良いよ。」

渋紙「そうか、では、降り立てる場所まで一旦移動する。」

 葡萄を収めると飛び立った渋紙。城を遠くに見ながら東に向かった。東の街、キョーオウに入った渋神。森の中の丘を見つけた。

そう、茜と萌黄が夜な夜な楽しんでる場所だ。渋紙は舞い降りると葡萄を紋から出した。

 渋紙「土の者、応召を願う。我は羽休めをする。其方はここで過ごすも移動するも任せた。」

葡萄「分かった。渋紙応召!」

葡萄は取り出した技巧の書に渋紙を収めると、森に向かって歩き出した。

葡萄「街に出れば萌黄さんとばったり会えたりするかも知れないからねー。ここは街まで歩くよ。」


 一方、茜と萌黄はテーブルに向かい朝食を取っている。

萌黄「もう食材も無くなったし、あとは躑躅の判断によっては鎮める竜の洞窟に向かう事になるわね。」

茜「ローラとシンディーには話しておかなきゃだし、あと馬でしょ。それに、町長夫妻に挨拶して、それから旅支度ね。」

萌黄「ローラは私も好きよ。素直に自分の事を話せるしっかりした子よー。」

茜「そろそろ向かいましょ萌黄。」

 まず2人は馬で町長の仮住まいの家に向かった。


 歩いて街へ向かう葡萄、森に入って呟く。

葡萄「なんかこの辺り、土が柔らかい。馬のひずめの跡も新しいなぁ……。誰か頻繁にここへくる様だな。あの丘で休むのは人目ひとめに付くかも知れないな。」

 少し歩いて、「あ、ここ。馬を括ったりしてるみたい。」

 土の使い手、地面の様子には敏感な能力が有る。茜の馬の形跡は、葡萄にとっては手にとる様に分かる……が、気配は感じ取れないので、そのまま歩いて行くのだった。

 ようやく森を抜け、街に入ってきた葡萄。

葡萄「この街で獣神の印は見つかるかなぁ。古い火の使い手の残した印か、最近萌黄さんが残した印のどっちかがあれば良いんだけど……。うーん誰かに聞くわけにもいかず……どうしよ……。」

 葡萄の少し前を、馬に2人乗りした女性が通り過ぎた。

葡萄「この街の女性は馬で移動してるの?僕の故郷では女性は馬車だった。活発な女性が多い街?」

何やらボソボソ呟きながら歩いている葡萄であった。


 茜と萌黄の2人は、町長の仮住まいにやって来た。

茜「こんにちはー。」

夫人「あら茜ちゃん、こんにちは。今日は馬でやって来て、どうしたの?」

茜「あの、私。しばらくこちらの友人と旅する事になりまして。それを伝えに伺いました。ローラはいますか?」

夫人「ええ、今連れてくるわ、ちょっと待っててね。」


 萌黄「選ばれし者、使い手の道理を押し通す訳にはいかないんだわ。身の周りの整理をしたり、挨拶に回ったり。」

茜「萌黄、何か悟りでも開くの?」

萌黄「悟りじゃなくてーっ……。親から継承されるより色々有るんだなぁって感じてさ。……あっ、ローラー。」

ローラ「茜お姉ちゃんに萌黄お姉ちゃん。こんにちはー。」

萌黄「名前、覚えてくれてたの?」

ローラ「うん。だって萌黄お姉ちゃん、ローラのお友達だもん。」

 萌黄「くぅ〜〜〜。私は今!、使い手を放棄して、子供を持ちたい衝動に駆られている。くぅ〜〜〜。」

茜「じゃあ、萌黄はこの街に永住ね。」

萌黄「う〜〜〜ん。ローラが妹でもいい。」

茜「ねぇ、ローラ。お姉ちゃん達、少し遠くに旅に出る事になったの。少しの間、会えないけど心配しないでね。」

ローラ「ずっと行っちゃうの?」

茜「ううん。少しの間だけよ。お姉ちゃんが戻ったら、またローラに会いに来るからね。」

ローラ「少しだけならローラ大丈夫。待ってるー。」

 萌黄は心を揺さぶられ過ぎて、居ても立ってもいられない状態に陥ってしまった。

萌黄「ローラ。お姉ちゃんも忘れないでね。少しの間だけ会えないけど、我慢しててね。」

ローラ「萌黄お姉ちゃんもコーオー(キョーオウ)の街に一緒に帰ってくるの?ローラ、萌黄お姉ちゃんのことも待ってるー。」

 側で聞いていた町長夫人は、

夫人「茜ちゃん、それに萌黄ちゃんね。2人共気を付けて行ってらっしゃい。」


 町長宅を後にした2人。

萌黄「あ”〜〜〜使い手としての自分を放棄しそうだー。可愛い過ぎる。可愛い過ぎるよーぅ。」

茜「萌黄、母性本能丸出しじゃん。」

萌黄「だってぇ。可愛いんだもん。……でも……茜の気持ち、分かるよ。……キョーオウは茜の故郷だよ!」


 この街の中を、ボーッと歩く葡萄

葡萄「なかなかバッタリ会うってのは無いよね。どこかの家の中かなぁ……。それともどこかに出掛けたかなぁ……。僕と渋紙が道で立ってたら見つけてくれるかなぁ……。」

 渋紙の神通力「土の者は平和よのう。この地に来る前に気の鍛錬をしたであろう。己の気を纏い、使い手の気を感じる。さすれば造作もない事。」

葡萄の神通力「ごめんなさい渋紙。ちゃんと探しますっ。」

 すると側を2人の女性を乗せた馬が通り過ぎた。

葡萄は独り言を呟いた。

葡萄「港の方に向かおうか……。このまま街中を歩き回るか……。」あきれた渋紙。

 渋紙の神通力「其方はつくづく呑気よのう。気を感じる様申したはず。今の馬の2人。多分探している使い手に違いない。」

葡萄の神通力「えーっ。急いで追いかけなきゃ。」

渋紙の神通力「馬は左に行った。気配が離れていく。」

葡萄「待って、待ってぇー萌黄さーん。」

慌てて走っていく葡萄。

 馬で次に向かったのはシンディーの家。キョーオウの街では珍しい曲り家の作りの農家である。

茜「こんにちはー。」

納屋からシンディーの母親が出て来た。

母親「あら、茜ちゃん。今日はどうしたの?シンディーならまだ学校だけど……。」

茜「あ、おばさん。こんにちは。おじさんはいます?」

母親「居間で休憩してるわ。今呼ぶね。少し待ってね。」

妻に呼ばれて居間のドアから、パイプたばこをくゆらせながら出て来た父親。

父親「おや茜ちゃん。久しぶりだね。」

茜「こんにちはおじさん。あの、今日は私、お願いがあって伺いました。」

父親「どうしたね?」

茜「私の馬を、引き取ってくださいませんか?お金は入りません。引き取ってもらえればそれで構わないんです。」

父親「茜ちゃんの移動の足が無くなるじゃないか。いいのかね?」

茜「少し旅に出る事になったので、世話が出来なくなるから。それに帰って来ても必要で無くなったの。」

父親「うちは構わないが、茜ちゃんはいいのかい?」

茜「ええ。構いません。」

父親「それなら引き取るよ。シンディーに乗馬を教えるでもいいし、買い物の足にしてもいいからね。」

茜「ありがとう。じゃあお願いします。」

母親「茜ちゃん。どの位の旅になるのかしら?シンディーにはちゃんと伝えておきますね。」


 シンディーの家を後に2人は徒歩で帰宅の途についた。

茜「ねぇ萌黄。着ているものはどうしてるの?」

萌黄「動きやすい服を選べばいいと思うよ。ほころびたりしても、獣神の胸の紋に収まれば修復してくれる。茜は馬に乗る為にその服なんでしょ?それでいいんじゃない。よく似合ってるよ。」

茜「技巧の書を入れるポケットをしっかり縫わなきゃ。今はただ服の内側に入れてるだけだから。」

萌黄「落とさなければ問題無いよ。それに取り出す事もあるわけだし。」

茜「でも、躑躅の居場所でもあるからと思って……。」

萌黄「茜は優しいね。だったら内布を縫い付けるだけならすぐに取り出せる。そうしたら?」

茜「そうね、それなら縫うのも楽だし、そうするわ。」


 2人は茜の家まで話しながら歩いていた。

葡萄「萌黄さーん。」向かいから駆け寄ってくる葡萄が見えた。

萌黄「葡萄?」

葡萄「萌黄さん!はぁはぁ……やっと見つけた。はぁ〜……良かったー。会えたー。」

萌黄「葡萄!なんでアンタがこの街にいるのよ。」

茜小声で「萌黄。誰?」

萌黄「前に話した、技召を教えた葡萄よ。」

茜は葡萄の見かけの姿に驚く。

茜「使い手だったのね。」

萌黄「そ、彼は土の使い手よ。」


 3人は歩き出した。

葡萄「あなたが火の使い手ですか?」

茜「初めまして。夕紅 茜よ。」

葡萄「ノアギウス 葡萄です。初めまして、茜さん。萌黄さんには技召を教わっていました。あ、茜さん、僕の事は葡萄って呼んでくださいね。」

萌黄「それで?葡萄はどうしてここに来たのかなー?」

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