遭逢、其の十、十一、十二

遭逢、其の十


 ワンダルキアの街を出て、マクロネス共和国を西に縦断していた憂花 山吹は、もう1つの赤道の大陸の国メリプト王国に入った。

 空を飛びながら神通力の会話。

山吹「黄檗、使い手の気配は感じるか?それとも見えてきた街を点々と当たってみても良いんだが……。」

黄檗「そう焦るでない雷の者よ。其方は気が短くていかんな。先ずこの国だけで千里眼を使う。」

山吹「気が短いのは生まれつきだ。」

黄檗「うむ、国の中央、首都なる街。土の者の気配。」

山吹「国の首都……。ネクロマットだな。まだ西へ進まねば。」

黄檗「如何にも。仰せの通り、西へ進む。」


 一方、劉抄 淡藤の経路。

同じく飛びながらの神通力の会話。

淡藤「しばらく南下してきたが羽休めが出来ない、白藍、疲れは無いか?」

白藍「陸に着いた街に使い手がいる様だ。その時に応召を求む。」

淡藤「すまない、白藍。私では風を読めない。南半球に入ってからは東から風がある様だ。風に上手く乗って飛んでくれ。」

白藍「承知している。日暮れ過ぎに着くだろう。……それから、良い知らせが有る。躑躅が技巧の書を継承した。」

淡藤「そうか。ようやく選ばれし者に継承されたのだな。」

白藍「まだ書が渡されただけの事。これからが火の使い手としての正念場。文書の熟読、記憶。アークの力を授かると次には技巧の術の鍛錬、術の修練……。我らは大地の揺らぎに気を配る事だ。」

淡藤「火の者……。望むなら修練に手を貸そう。」

白藍「それも良い。」


 再びメリプト王国。ネクロマットの街が見えてきた黄檗と山吹。

黄檗「日も暮れた。一旦山に降りる。」

山吹「分かった。長旅ご苦労だったな黄檗。」

小高い山の頂に降り立った黄檗、紋から出る山吹。

山吹「黄檗、身体を休めてくれ。応召!」

手にした技巧の書の紋に収まった黄檗。

山吹「土の者……か。明日会おう。」

山吹は岩陰を見つけ、そこで横になった。


 同じ時刻頃、ネクロマットの街はずれ。造船所の跡地を棲家にしていた土の使い手、ノアギウス 葡萄ぶどう

 彼は使い手で1番若く20代前半、継承まもない使い手だ。

土の使い手である葡萄の技巧色は茶。従えている召喚獣は獣神じゅうじん渋紙しぶかみだ。

若いながら、技巧の術をしっかり身に付け、得意攻撃技召も既に持っている。育った環境のせいかのんびり屋なのを萌黄に叱りつけられた経緯が有る。

 ここは元々造船所だった為、ドックが残っていて広い。風が抜けるのか赤道の大陸にしては涼しい環境の場所だ。

 ドックに入ってきた葡萄は獣神を召喚させる。

葡萄「渋紙。そろそろここも移動しなきゃ。漆黒の竜はしばらく見かけなくなったからね。」

渋紙「うむ。別の街に移るのは其方に従う。……別件、其方に伝える事が有る。」

葡萄「何か有った?」

渋紙「火の使い手、選ばれし者に技巧の書が渡された。」

葡萄「長らく探していた躑躅だね。良かったじゃないか。」

渋紙「選ばれし者は今後が正念場。厳しいが耐えられるのだろうか……。その躑躅の気配に加えて錫の気配も感じる。」

葡萄「錫?……萌黄さんだ。躑躅と一緒なんだね。」

渋紙「その様だな。萌黄……風の者か。」

葡萄「一緒に修練したのを忘れたの、渋紙?」

渋紙「忘れてはおらん。風の者は女性だったが、選ばれし者はどうなのか……。」

葡萄「萌黄さんは技巧の術はしっかりしてると思う。僕の攻撃技召の師匠だからね。性別を心配するより、鎮める竜の洞窟までの旅に耐えられるかが第一関門だと僕は思うけど……。」

渋紙「如何にも。選ばれたとて厳しい試練となろう。」

葡萄「僕だって、文書の熟読が追いつかなくて、渋神を初めて召喚したのは南半球の大陸に渡ってからようやくだったよ。それまでは心の気がコントロール出来なかった。」

渋紙「獣神を召喚出来るまでの時間、鎮める竜の洞窟に向け旅すれば良い。火の者もそうなろう。」




遭逢、其の十一


 朝、日も高くなり始めた頃、茜と萌黄は、勉強会の休憩中。テーブルで紅茶を飲んでいた。

茜「ねぇ、萌黄。私は今まで言われるがままに技巧の書を読み、萌黄と勉強会でしょ?萌黄は技巧の書を継承した後、どうしてたの?」

萌黄「私は、父親が使い手で、20歳になって私に継承した。その後は、南半球にある鎮める竜の洞窟を目指してひたすら旅、旅、旅。その間には文書を記憶が出来るだろうって言われてね。錫を召喚出来たのは……途中の赤道の大陸だったかしら。しかも、錫ったら、『まだ記憶が出来ておらんようだ。もっと熟読を求む。』とか言って厳しいったらなかったわ。何度泣きそうになったか。」

茜「泣かなかっただけ偉いじゃない。」

萌黄「召喚、応召が出来ても、獣神に認めてもらえるまでは紋に収めてくれないの。ただ旅してるだけじゃダメなの。鎮める竜の洞窟に行くには、人は登れない高―――い崖を超えて行かなきゃならない。私なんか覚えが悪いから、そのまま高い崖下で文書の記憶をするかも知れない場面だったわ。」

話しながら大きくため息をつく萌黄。


 更に萌黄「でも茜はそうならないかも知れないわ。躑躅が認めたら、胸の紋に収めてくれるかも。そうすれば、長旅の必要も無くなる。洞窟の入口まで飛んでくれるもの。躑躅も言ってたでしょ?英気を養えたって。多分、躑躅はあなたを連れてってくれる。躑躅はそのつもりでいると思うわ。」

茜「でも使い手の継承を受けたら、旅しながら技巧の書の熟読に専念するんでしょ?私は、こんな、お茶しながらでも構わないの?」

萌黄「茜。私はあなたを甘やかしてる訳じゃない。だって躑躅が認めたじゃない。それは躑躅の20年が物語ってるわ。茜は長旅に出たも同じ、今まで頑張って生きてたもの。茜のその過去までも躑躅は理解した。そうでなきゃ、もっともっと厳しい言葉で悟られたはずだもん。」

茜「そりゃだいぶ技巧の書の文言が頭に入ってる。技召の項目も少しは読んで、記憶しようと思ってる。私の事より、萌黄は技召の修練はいいの?」

 萌黄「もーそれよねー。この街に来て、あなたに出会って、平和過ぎて技召を忘れそうよー。」

茜「そっかー。じゃ、今晩。またあの丘に行って、私に見せてくれたりしないかなー?」

萌黄「……火の者よ、……あ、これ錫の真似まねね。『火の者よ。其方は風の者の技召を見たいと申すか。よろしい、申し受けよう。』……いいわ。今晩、文書に合わせて少し披露する。」

茜「ありがとう萌黄。いや、師匠!お願いします。……でも……錫の真似は似てない気がする……。」

萌黄「えー、似てると思ったんだけどなぁ……。」

茜「錫に会ったらまた厳しくされるのは間違いないわね。」

萌黄「え?何なに?錫から似てないって言われるのー?勉強不足って厳しく言われちゃうー?」

茜「萌黄は盛り上げ上手だなー。なんか今までの緊張が一気にほぐれた感じで、心の中がフワフワする。」

萌黄「フ、フワフワ?……」


 日が暮れて、暗くなると少し寒い。2人は馬で丘の手前までやって来た。木に手綱を括り、丘の原っぱに出る2人。

萌黄「私の技巧のすべは風。攻撃技召は風の塊を放つ技よ。最大の力を込めたい時は思いっきり叫ぶわ。でも心で念じても技召を出せる。私は少し苦手だけどね。今は茜に見せるだけ、ちょっとよ。」

 萌黄は両手の拳を前に、心で念じた。拳がグレーの技巧色に包まれる。そのまま拳を空に向かって振ると、グレーの塊が放たれた。萌黄はそのまま連続して放つ。

萌黄「今のは攻撃技召の単連弾よ。私の得意技召。」

言うと今度は腕でゆっくり円を描き、そのまま空に放った。

萌黄「これは円連弾。あまり得意じゃない。風の使い手には相性が悪そうで使いずらいかな。あとは直列連弾ちょくれつれんだんね。これ、私はまだ念じても放てないの……。」

 萌黄は胸に手を当てたあと、腕をゆっくり左右に広げると、グレーの技巧色が腕の動きの通りに光る。

萌黄「直列連弾!」空にグレーの長い帯が放たれた。

 茜は目を輝かせて萌黄の技を見ていた。

萌黄「私、直列連弾はまだ叫ばないと放てないんだ。連続して放つ事が出来るんだけど……茜?……あ、か、ね?」

 茜「あ、ごめん。あまりに不思議すぎて理解を超えた……はははは。」

萌黄「無理もないわね。こんなの初めてって顔してるもん。それで、どお?防御技召も見せる?」

茜「今日はこれで大丈夫。頭が混乱してきた。自分が身に付ける為にまた教えてもらうかも知れない。その時はお願い萌黄。」

萌黄「明日は防御技召を見せるわ、またここに来ましょう。……それで、あなたの姿を見てて葡萄を思い出した。土の使い手よ。葡萄がまだ使い手の継承を受けて日が浅くて、技召の放ち方を教えたの。なんかその時の顔が同じだった。……でも茜は心で躑躅と話せた。使い手の間では神通力と言って、心で会話する。相手の心を読む。茜はそれが身に付いてるかも知れない。この先、アークの力を授かったら、茜は直ぐにでも技召を放てるようになるわ。」


 茜「でもそんな簡単には身に付かないわよね。」

茜は自分の両手を見ていた。




遭逢、其の十二


 黄檗「雷の者、着いた様だ。」

山吹「人気ひとけの無い所で降ろして構わない、頼む。黄檗はしばらく空にいてくれるか?」

黄檗「承知した。しばらく風に乗り舞っていよう。」

 メリプト王国、首都のネクロマットで黄檗から降り立つ山吹。

山吹「球防壁!」

着地寸前にドーム状の壁が出来ると、山吹はそこに着地、バウンドして地についた。

道を歩いている山吹。市場の入口を通り過ぎた所の足下。

獣神の印が光るのを見た。何食わぬ顔で通り過ぎる山吹。

山吹「土の紋章か…。」

更に歩いていた山吹が立ち止まり、空を見上げ目を閉じた。山吹の神通力だ。

山吹「黄檗、届いているか?」

黄檗「届いている。どうした?」

山吹「広い街を歩いているだけではラチがあかない。気配は感じないか?」

黄檗「海に近い所の様だが、何とも言えん。気が弱い。」

山吹「まだ日の浅い使い手。強い気は持っていないだろう。」

黄檗「我の紋に収まるか?」

山吹「いや、このまま海に向かう。黄檗は先に海の近くを旋回してくれ。」

黄檗「御意。」


 山吹はそのまま海の方向に走り始めた。

山吹「ん⁉︎印か……。」

歩く様に進みながら振り返る山吹。

山吹「病院の門の様だな。」言うとまた走り始める。

 息を切らした山吹。空を見上げて黄檗を探した。

山吹「はぁはぁ、はぁ……。海に近いどころかもう港じゃないか。」


 埠頭の岸壁に出てきた山吹。黄檗を呼ぶ。すぐさま黄檗が降りて来た。

山吹「いったいどこで気配を感じた。もうここは海じゃないか。」

黄檗「気が弱いのだ、許せ。渋紙の気配もある。多分あの造船所跡の様だが。」

山吹「分かった、行ってみよう。黄檗は応召!」

技巧の書の紋に黄檗を収め、造船所跡に向かった山吹。


 山吹「まだ日が明けて間もない。土の者は居るだろうか……。」

ドックに入って来た山吹。奥の風通しが良さそうな所で、獣神渋紙と葡萄が休んでいるのが見えた。

 近寄ってくる山吹に気付いた渋紙、ゆっくり起き上がった。

渋紙「雷の者。我が名は渋紙。既にこの地の漆黒の竜は片付いている。他の地に移動の予定だが、其方は如何用で此処に?」

山吹「憂花 山吹。如何にも雷の使い手です。ここへ来る前に印を多く見た。土の者は若い使い手ながらしっかりしていると感じた。だが今日はその話ではないんだ。最近の大地の揺らぎについて尋ねたい。」

 渋紙はその大きな口で葡萄をつまみ上げ、下ろす。目を覚ました葡萄は慌てて、

葡萄「はっ、渋紙。申し訳ない。寝過ぎちゃったよ。」

 目の前の山吹に気付き、

葡萄「あなたは?……つ、使い手ですか?」

山吹「憂花 山吹、雷の使い手。君は土の使い手だな。ここに来る途中、幾つも印を見た。しっかりやっているようでなによりだ。」

葡萄「ありがとうございます、山吹さん。僕は、ノアギウス 葡萄。まだ若輩者じゃくはいものです。ここはもう落ち着いたので他の地に移動の話を進めていました。」

山吹「偉いな葡萄。私がここに来たのは大地の揺らぎについて聞きに来た。」

葡萄「まさか、文書にある……あの時の……ですか?」

山吹「如何にも。このところ、世界各地で地震が多いと聞く。葡萄はこの地で何か感じたか?」

葡萄「はい、確かに最近は地熱が高く、ここでは珍しい砂嵐も見かける様になりました。地震も言われてみれば多いかも知れません。僕は土の使い手のくせに、海の近くに身を寄せていましたが、それでも海が少し騒がしく感じています。」

山吹「やはりこの地もか……。葡萄、よく聞いてくれ。もしや私達の時代にあの時が来るかも知れぬ。それまでにもっと力を身に付ける事だ。あの時が来てしまったら、片付けられるだけの漆黒の竜を消し去り、核の山脈を越えろ。いいな。」

葡萄「分かりました、山吹さん。しかと心して過ごします。」

山吹「うむ。……して葡萄。お前の気は弱すぎる。獣神も近くに来なければ感じ取れない。それではダメだ。どこからでも、使い手の居所が分かるくらいの高い気を持ちなさい。それにはもっと気を高めるよう鍛錬する事。その鍛錬は渋紙に習う事だな。」

渋紙「左様。土の者の気は弱いのは事実。雷の者よ、それは我にも責任がある。しかと鍛錬させよう。」

葡萄「なら南半球の大陸に行こう。あの時が来てもいいように。」

渋紙「そうではない。雷の者が申した通り、大地の怒りの時が来たら、漆黒の竜を消滅せしめ、核の山脈を目指す。鍛錬にはここが都合が良い。少し鍛錬に時間を使う。」

葡萄「分かった、渋紙。ここでしばらく鍛錬するよ。」

黄檗「土の者よ。其方の気がこの星の裏に届くまで力を付けなさい。急ぐ事はない。自分なりで良い。」

葡萄「ありがとう黄檗。もっと頑張るよ。」

山吹「揺らぎにも気を配って過ごしてくれ。私は次の使い手の元に向かう。……黄檗、行こうか。」

山吹は黄檗の胸の紋に収まると、黄檗は飛び立って行った。


 葡萄「使い手の気……。僕はまだまだだね、渋紙。」

渋紙「漆黒の竜を退治するのは鋭くなっている。技召も問題無い。気を高める事を怠っていたのは我の不徳の致すところよ。他の地に移る前に鍛錬しようぞ。」

葡萄「さっき、鍛錬にはここが都合が良いって。壁だらけのこの場所で鍛錬するの?」

渋紙「左様。面白い鍛錬になりそうな場所だ。」

葡萄「お、面白……い?……」

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