遭逢、其の七、八、九
遭逢、其の七
大騒ぎになったランチタイム。その日の夕刻の事。
萌黄「茜。私、今晩は空を見張ってるから、先に休んでいいわ。」
茜「ちょっとちょっとー。私を差し置いて使い手の仕事―?」
萌黄「アイツ、少し降りてきた気がして……。今晩は見張らなきゃと思ってさ。思い当たる事が無いんだし、見張ってる他無いじゃない。」
茜「ふーん。だったら、思い当たる場所にこっちから行ってもいいんじゃない?」
萌黄「な、何それ。」
茜「賊達がよく集まるサルーンとか、港の倉庫とか、衛兵さんの目の届かない所とか。……待って、馬と鞭の支度するから。」
萌黄「鞭は必要無いって。風の使い手をみくびってませんか?」
茜「頼りなのは萌黄に決まってるじゃない。とにかく馬で出るわよ。」
馬に乗った2人はゆっくりと家を離れた。
茜「先ずは近い所から行ってみましょうか。」
茜は家から程近いサルーンに向かった。そこは日暮れてから賊達が集まるサルーン。店の横には何頭かの馬がいた。
茜「どうする?萌黄。」
萌黄「中の様子を調べましょ。」
声が漏れてくる窓の近くに馬を寄せた。
盛り上がっている様子ではあったが、賊達が集まっているのではなかった。
茜「良かった……。じゃ、次行きましょ。」
次に向かった場所は、衛兵達が警備に回らない場末のサルーンだった。中には怪しい4、5人の男がテーブルを囲んで酒を飲んでいた。
男A「俺は船でも何でも構わない。金になるなら参加しよう。」
男B「このところ船の積み荷に金目の物はないよ。」
男C「暗くなってからなら、城から出て来る手当金を積んだ馬車がいいぜ。銀行か郵便局で張ってれば楽勝だ。」
窓越しに話を聞いていた萌黄、
萌黄「まだ計画すら無い段階の話か……。道理で漆黒の竜が高い所から降りてないのが分かったよ。」
茜「どうするの?衛兵に報告する?」
萌黄「悪党共を消したくないなら、今のうちに衛兵に警戒させれば良いとは思う。」
茜「私的には、悪党を消し去る事より、改心させたいな。」
萌黄「茜は女神様だね。……じゃ、衛兵に報告しよう。」
街の夜警の衛兵に顔見知りが居たので、茜が詳しく報告した。衛兵は夜間の警備を強化すると言って話が終わった。
家に戻った2人。空を見上げる萌黄。
萌黄「漆黒の竜が消えた……。こんな事初めてだよ。」
茜「悪巧みが無くなれば、漆黒の竜も消えるって事ね。元を絶てば何事も起こらない。」
萌黄「そう言う結果だね。ホント茜は女神様だわ。」
茜「萌黄、もう遅いし、休みましょう。」
萌黄はふっくらした干し草のベッドで可愛い寝顔で寝ていた。
テーブルでは、まだ茜は技巧の書を読んでいる。
すると地震があった。揺れは小さい。
茜「地震……。本当に多くなったわ……。大地の怒りの時……本当に私達の時代に来てしまうのかしら……。」
遭逢、其のハ
翌朝……。
テーブルで寝てしまっている茜。
奥から起きてきた萌黄が椅子に腰掛ける。萌黄は呟いた。
萌黄「本当に気負わないでって言ってるのに、茜ったら。」
茜に毛布を掛けてあげてから、暖炉に火を付けた。
ふと目に止まる暖炉の上のフォトフレーム。茜の両親の写真。
萌黄は呟いた。「私のパパとママは元気かなぁ……。ま、半分家出状態だし、気にすることでもないか……。」
窓から空を見上げる萌黄。
萌黄「ホントに竜が居ない。茜は予感していたの?……まさかね。」
また椅子に腰掛けた。
萌黄「私は、使い手の継承の為に5年は勉強してた。それを今茜にすぐやれってのは
萌黄はそっと茜の髪を撫でた。
紅茶を入れようとストーブに火を付けにキッチンに向かう萌黄。
茜は目が覚めたようだ。
茜「萌黄。おはよう。ごめんなさい、こんなとこで寝過ぎちゃったわ。紅茶淹れる。」
萌黄「おはよう茜。今紅茶をいれるとこよ。」
テーブルに置きっぱなしの技巧の書に気付いた茜は、慌てて取りに戻る。
ストーブの横に立つ萌黄。側による茜。
萌黄「もう漆黒の竜は消えているわ。茜はホントに女神かも知れないわね。」
茜「衛兵さんに報告して正解って事ね。良かった。」
萌黄「茜。今日は北の丘に行かない?私、錫に顔見せたいの。」
茜「うん。そうしましょう。」
萌黄「それから茜の勉強の成果を、躑躅に判断してもらったら?」
茜「えーまだ半分にも至ってない。点数を付けるなら20点位。」
萌黄「そお?本当にぃ?文書の終わりの方まで読んで寝てしまったようだけどー?」
茜「それは読んでたページじゃないわ。それに覚えてもいない。」
萌黄「うんうん。それは躑躅を呼べば分かるわ。そんなに謙遜しない事よ、茜。」
茜「萌黄……。」
技巧の書を継承した丘に馬でやって来た2人。
周囲に人が居ない事を確認すると、技巧の書を手にした萌黄は、
萌黄「錫―。召喚!」
錫「風の者、何か大事でも有ったか?」
萌黄「大事って、錫は知ってるくせに。そうね、錫の顔が見たくなっただけ。……さ、茜。あなたは心で躑躅を思い浮かべて、召喚って叫んでみて。」
茜「うん。……。……。……躑躅、召喚!」
手にしていた火の技巧の書の紋が光り、躑躅が現れた。
茜は躑躅の姿を見て驚いていたが、
茜「躑躅、もう疲れは癒えたの?」
躑躅「火の者。これは夢では無いな。」
茜「躑躅!私よ、茜!夢なんかじゃない。それより疲れは?身体は大丈夫なの?」
躑躅「我は問題無い。鎮める竜の洞窟まで飛ぶ為の英気を十分養った。あとは其方の記憶にかかっている。……うむ、其方は利口よの。だがもう少し熟読せよ。」
萌黄「躑躅はお見通しよ。茜が技巧の書を読み
茜「ありがとう萌黄。」
躑躅「我は其方の獣神躑躅なり。其方の全てを守護する。焦る事はない。無理も必要としてはいない。」
茜「躑躅、ありがとう。」
思わず躑躅にしがみついてしまう茜。
萌黄「うんうん。うんうん。」
萌黄はホッとした様子だった。これは女性使い手ならではのコミュニケーションなのかも知れない。
遭逢、其の九
家に戻った2人は椅子に腰掛けていた。
萌黄「茜。別に自分を謙遜する事ないんだから。そんな事しても、躑躅には分かってたでしょ?獣神は使い手と一心同体。隠し事も、嘘も通らないわ。」
茜「うん。躑躅が分かってくれてたのは驚いた。でも何故?」
萌黄「1つは瞬時に心を読み取るから。もう1つは技巧の書を肌身離さず持つから。錫は私にはわざと聞いてきたりする。でも召喚する前から全て把握してるわ。今こうして茜と話してる事だって分かってる。それが獣神。使い手の守護を
茜「そっか、じゃあもっと勉強しなきゃ。」
萌黄「茜の記憶を躑躅が認めたら、使い手の力を授かりに出掛けなきゃ。そこから先がまた大変なんだし。……躑躅も言ってたでしょ?焦る事はないって。私も少し勉強しなきゃ。」
2人は黙って技巧の書を読んでいた。
茜「文書の最後の項は何?技、召?」
萌黄「その項はこの先、茜が使い手の力を得てからの重要項目よ。漆黒の竜に対しての技とでも言うのかしら?技を繰り出す事を技召。攻撃技召と防御技召があって。それを繰り出して遠隔で操る事も出来るの。使い手はどちらも使うけど、闇の使い手だけは防御技召しか使えない。但し、闇の使い手の防御技召は漆黒の竜には破られない特性があるわ。光の使い手は逆に攻撃技召しか使えない。但し使い手
茜「闇の使い手は防御だけって事?それでは竜を消し去る事が出来ないんじゃ?」
萌黄「今の闇の使い手はどうするかは分からないけど、防御技召を攻撃に応用して、ダメージを与える使い方をしていると思うわ。皆んな得意を持つようになって進歩していくの。私は直接会って、修練の相手をしてもらう事が多いかな。なんせ身体で覚えるタイプでして……。茜も最初は私が修練に付き合うわ。獣神達でも良いんだけど、力の差が有り過ぎて私は修練にならないんだけどね。」
茜「光の使い手も同じ?攻撃出来るのに防御無し?」
萌黄「そう。その分の力が有る。」
茜「修練は、これからやっていくわけね。獣神を相手に修練ってのは大変そうね。」
萌黄「他の使い手を訪ねて修練をお願いするのも有りよ。私は雷の使い手と土の使い手に修練を頼んだわよ。……獣神相手の修練だと、力の差なのか、加減してくれていても怪我をする。獣神はそれぞれの技召を口から吐くの。それがまた強過ぎて強過ぎて。私の場合、錫の1番加減して吐いた技召でも怪我した……。まともに受けたら遠くまで吹き飛んで、錫が慌てて飛んで来て、紋に収めてくれた位よ。私の防御の力不足も有るけどね。」
茜「……私でも出来るかなぁ……心配になってきた。」
萌黄「茜は元々鞭を使っていて目がついていける。反射的に身体が動くと思うわ。使い手によっては、技召の時に叫ぶ事でパワーを上げる感じだけど、心で念じるだけでも技召が可能になるんだって、錫が言ってた。ま、私も少しは使えるけど。」
茜「うーん、頭が混乱してきた。……萌黄、休憩しよ。市場で買ってきたフルーツと紅茶でティーブレイクね。」
萌黄「オッケー。私は食器を出してフルーツを用意するー。」
2人はテーブルを囲んで勉強の合間のティーブレイクだ。
萌黄「それにしても茜はもう最後の項まで読み進めたんだね。えらいなー。私は記憶が苦手で、しょっちゅう読み返してるんだよ。」
茜「あら、でも読み進めるのと記憶していくのとは違うじゃない?私の記憶の方はまだまだよ。」
萌黄「技召の項目は先の事だから、躑躅だってそこは分かってる。読み返して覚えるんだもん。躑躅が言ってた熟読せよってのは、もう少し読み返して覚えましょうって事よ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます