遭逢、其の四、五、六

遭逢、其の四


 萌黄に説明した丘までは馬を走らせても5、6分は掛かる。

茜は日暮れ間近で薄暗い道を進んでいった。

丘の手前で馬を降り、手綱を近くの木に括り付けた。

荷袋から小さなランタンを取り出し火を付けて、そこからは歩いて丘に向かう。

 丘には既に錫と躑躅、萌黄は来て待っていた。

森から小さなランタンの明かりが見えてくると、次第にそれが人だと分かる。開けた所まで歩いて来る茜。萌黄からはシルエットが見えた。

 萌黄「錫、躑躅。彼女が来たわ。……躑躅、さっき話した通り、彼女と話せるか確かめて。神通力が通用するかは分からないけど。彼女の素直な気持ちなら感じ取れるかも知れない。」

躑躅「風の者、感謝する。あとは心に話しかけるまで。」

錫「優しいな彼女は。心が見えるようだ。」

萌黄「ふーん。そなの。ふーん。」

錫「其方も同じ心を持っているではないか。我は分かっている。」

萌黄「錫、何それ。ゴマスリ?」

錫「まぁ、そんなところだ。」

萌黄「何よー錫ったらー。」

 茜が近付いて来た。獣神を見ても怖がる様子は無かった。

 萌黄は立ち上がると声を掛けた。

萌黄「茜、私の獣神の錫。そして、あなたを選んだ獣神躑躅よ。」

萌黄は茜の手を引き、躑躅の前に立たせた。

萌黄「さ、茜。躑躅の額に付けて、心で話しかけてみて。」

茜「う、うん。……。」

 茜は躑躅の顎下に優しく手を添えて、額を付けた。

心の中の会話を試みる茜。

茜「私は茜。夕紅 茜です。20年に渡り探し続けたというのはあなたですか?私はあなたの20年の苦労を聞かなければと思った。そして、あなたが何故私なんかを選ぶのかを知りたくて。」

 側の萌黄も錫に額を付け話している。

萌黄「ねーねー錫。躑躅は茜の心を読み取れてるのかしら?」

錫「いや、躑躅は無言のままだ。」

 茜は続けている。

茜「躑躅……様。聞こえてますか?私は、あなたがずっと探し求めた人物でしょうか?今までのあなたの苦労はお察しします。躑躅様は文書の中に入れず、疲れを癒せないまま探し続けていたと萌黄に聞きました。その事は何事にも代え難いものです。だから私はあなたに直接話さなきゃいけないと感じた。……それから、何故私なんかを選ぶのかを聞きたかったんです。躑躅様?聞こえていますか?」

 萌黄「ねー躑躅は何て?会話をしているの?」

錫「躑躅は語っていない。黙って聞いているようだ。」

 茜「あなたが20年もの間、探し続けて選んでくれた。私はその期待に応えられるかは分かりません。それでもいいのなら、お引き受け致します。……。……⁉︎躑躅……様……。な、涙を……。涙を流さないで……。……結局、私はあなたの望む者では無かったのですね……。」

 錫「つ、躑躅が涙を流している。一体どうしたのだ。」

萌黄「躑躅……。茜は継承を断ったのね……。」

 すると躑躅と茜の周りには、火の技巧色、赤に包まれた。

 萌黄「つ、躑躅!何をっ!」

もう既に赤い技巧色で、外からでは様子は分からなくなっていた。

 萌黄「茜の姿が見えない!躑躅!何をしようとしてるの?」

赤い技巧色に包まれた中で、躑躅はようやく口を開いた。

躑躅「黙っていてすまんな。……今まで其方の心を読んでいた。過去から現代までを。そして、今。其方が望むなら、この火の技巧の書を授けよう。我は其方の想いに感謝している。其方は我に気遣っているのだな……。」

茜「火の使い手。お引き受け致します。」

躑躅「我の神通力が届いているのだな。其方には素質も持っているやも知れぬ。……我は躑躅。火の使い手の獣神。其方に託そうぞ、火の技巧の書を!」

茜「もう躑躅と呼んでいい?」

躑躅「左様。敬称など必要無い。我は其方の獣神躑躅なり。我は其方に何があろうとも守護しよう。」

古くボロボロだった技巧の書は、茜に手渡されると、赤い技巧色に包まれ、見る間に綺麗に修復された。

茜「あなたは、しばらくの間、この技巧の書に収まって20年の疲弊した身体を休めねばいけません。それは今の私で出来る事なの?」

 躑躅は翼を大きく広げて、茜を優しく包む。

躑躅「まだ使い手としての力はないはずだ。それは叶わぬ。其方の想いで我は十分癒えている。」

 技巧色が消え、茜と躑躅の姿が見えた。

茜の手には火の紋章の付いた技巧の書を持っていた。

 それを見て駆け寄る萌黄。

萌黄「茜、火の使い手として継承したのね。」

茜「ええ、そう決断したわ萌黄。……今、萌黄と同じ様に、この紋に躑躅を収めたいの。躑躅の身体を休めてほしいの!」

萌黄「そう、分かった。だったら紋章に心からのあなたの気持ちを伝えて。そして躑躅に向かって応召って叫ぶのよ。茜なら出来るかも知れない。さ、やってみて!」

茜「分かった。やってみるっ!」

 茜は一度躑躅の額に自分の額を付け、そのまま躑躅の前で座り込む。技巧の書を抱え、紋に願いを込めている。そっと書を下ろすと、火の紋章が赤く光り始めた。その時、

茜「躑躅、応召!」茜は目を閉じ更に心で願う。

茜「お願いっ!躑躅、身体を休めて!」

 すると躑躅は赤い技巧色に包まれて紋に収まった。

茜は咄嗟とっさに技巧の書を抱きしめてしまった。

 錫「こ、これは!……何故だ。まだアークの力を授かる前に、獣神を紋に収めた。……何という心の力。それが躑躅が選んだ火の者の力か……。」

萌黄「違うよ錫。それは元々の茜の優しい心なんだよ。茜は、躑躅の20年の疲れを、紋に収まって癒やして欲しいと願った優しさが通じたの。」

 錫「火の者よ、聞こえるか?火の者よ。」

茜は書を抱きしめたまま振り返り錫を見た。

萌黄「あ、茜?今のは錫の声よ。あなた、聞こえたの?」

茜は黙ってうなずいた。

萌黄「茜―、あなた火の使い手として最高よー!」

 茜は微笑み、錫を見上げた。

錫「アークの力が無くとも我の声が届くとは……。火の者よ。躑躅とも話せたのだな?」

茜「ええ。技巧の書はそれで受け取りました。……それで……今後はあなたの事は何と呼べば?……」

錫「錫でいい。使い手達はどの獣神も名で呼んでいる。其方は火の使い手となった。同様で構わないのだ。」

茜「ありがとう、錫。……萌黄?これからの私は今後どうすれば良いのかしら?」

萌黄「やる事はたくさんあるの。でも先ずはアークの力を授かりに向かわなきゃ。」

茜「アーク?」

萌黄「そっか。じゃあ先ずは技巧の書を熟読して記憶する事。アークの事も書いてあるよ。力を授かりに行くまで私も一緒にいるから大丈夫、安心して。」

茜「家は……引き払わなきゃ……。それに……子供達……。」

萌黄「ずっと会えないわけじゃない。茜の生まれた家を今後の棲家にしてもいいし、私みたいに錫と一緒に居られる広い場所に移るもいい。それはまだまだ先の話。技巧の書の分からない文言もんごんは、私が教えてあげる。あの時が来るまでに、茜が自立出来ればそれでいいの。」

茜「じゃあ、私の家でしばらく指導をお願いするわ。……あ、……でも錫が……。」

萌黄「錫は大丈夫。なにも技巧の書の紋に収まったからって窮屈だとか無いから。私は錫と外で過ごすのが好きってだけなの、気にしなくてOKよ。……錫、今日はありがとう。さあ、応召!」

萌黄が技巧の書を取り出し、錫は紋に収まった。




遭逢、其の五


 馬で2人が戻った頃にはもう夜もふけていた。

 茜「萌黄のベッドを用意するから待ってて。なんたって1人暮らしだからベッドは1つしか無くてさぁ。」

萌黄「私も手伝う。これからしばらくは茜に勉強してもらわなきゃ。余計な気は使わせないわ。」

部屋の奥に萌黄のベッドをセッティングしている2人。

萌黄「それから、もう茜は賊退治はしなくていいよ。漆黒の竜が現れるだろうから、それは私に任せて。ただ、小さい悪さするヤツらの企みは竜が出ない時もある。それはそれで、今まで通り鞭で懲らしめてもいいのだけれど……。」

茜「漆黒の……竜……。」

萌黄「それも文書もんじょに記されてる。」

茜「分かった。とにかく私は一文漏らさず熟読するわ。」

萌黄「躑躅が茜の文書の記憶を認めたら、躑躅は胸の紋に収めてくれる。そうしたら、鎮める竜の洞窟へ向かうの。それも文書に記されてるわ。……あ、そうそう。子供達が来た時は、私が相手する。茜は気分転換で付き合う程度にして。」

茜「子供達かぁ……。慕ってくれてる分、なんか悲しい……。」

萌黄「だーかーらぁ、この街の使い手として過ごせばいいじゃない。もちろん、他の地へ旅も必要になるけど、メインの居場所をここにすればいいじゃない?これからは躑躅が付いてる。馬で移動とは訳が違うのよ。海を渡るのなんかあっという間。それで世界中の大陸を旅する事もある。でも、必ず戻って来ればいいじゃない。」

茜「そうね。躑躅には良く理解してもらう。」

萌黄「但―し!躑躅がダメだという事にそむくのはダメよ。それが使い手の掟。……あ、これも文書参照ね〜〜〜。」

茜「使い手は技巧の書が全てな訳ね。……さ、萌黄のベッド、こんなもんでいいでしょ。私のより干し草詰まってて高級よ。」

萌黄「よしっ。では火の者よ。眠りにつくとしようぞ。…なぁんてね。」

 夜の夜中に笑い声が響く、不思議な光景がそこにあった。

萌黄と茜はかなり打ち解けてきたようだった。

 しばらく明かりはあったが、やがて窓から明かりが消えて、夜の闇に溶け込んでいった。


 翌朝……。

 萌黄「おはよう、茜。早起きね。」

茜「これが普通よ。いつも通りの朝を迎えたわ。もう技巧の書、読み始めてる。」

萌黄「左様か。して文書に疑問は無いか?」

茜「なぁに?それー。誰の真似―?」

萌黄「えへへ。錫の真似してみた。」

茜「えー。錫はなんか、こう、優しさの中にしっかりした厳しさが有るみたいな話し方だけどー?」

萌黄「茜、凄い。その通り。……でもさー、なんか錫は私にだけは厳しいんだよなー。」

茜「それが錫の優しさでしょ?萌黄の事を知ってるがゆえよ。」

萌黄「うーむ。茜には元々使い手の素質が有る様だね。参った。」

茜「それより、文書のこの部分。萌黄が言ってたあの時って太古の昔に起こった事なのね。それから大地の揺らぎ。」

萌黄「そう。私の過ごしていた街に氷の使い手が訪ねてきて、地震や揺らぎを聞きにきたの。今はそれで他の使い手の所に行ってるわ。」

茜「言われてみれば、小さい地震が多くなってるもの。昔と同じ事態は避けたいものね。」

萌黄「よくぞ言ってくれましたっ。私達の時代には早く手を打って被害を少なく抑えなきゃ。それもまた使い手の使命。」


 茜「紅茶、入れてくるわ。萌黄。」

萌黄は外に出て空を見上げた。雲が少ない青い空。小さい鳥が何羽か通り過ぎた。

萌黄「この街はまだ平和で良かった。」


 紅茶を持ってキッチンから出て来た茜、

茜「萌黄?どうしたの?」

 萌黄が戻って椅子に腰掛ける。

萌黄「この街は平和で良い。でも、毎日空には気を配っておかなきゃね。」

 茜も腰掛ける。

茜「漆黒の竜……ね。」

萌黄「そう。何体も現れる前に片付けなきゃ大変な事になるからねぇ。」

茜「使い手の使命……ね。」

萌黄「そう。竜を消し去ると、悪巧みの悪党共も同時に消滅する。私は当初、何故関係した人物が消滅するのかを錫に尋ねた事があるの。……錫は言ったわ。『民が怯えていては心が癒されない。』って。」

茜「それは私も同感。賊達が蔓延はびこったら、うかうか散歩も出来ないわ。しかも弱い者いじめだし。私が賊退治を始めたのもそれがきっかけだったのかも。」

萌黄「ふうん。そうだったんだ。茜の正義感だね。躑躅もそこに気が付いたんだよ、きっと。……それに国王からの招待を受けるまでの大物なんだね、茜は。」

技巧の書を読みつつの会話。萌黄の会話と文書のどちらも真剣に向き合っていた茜。少しキレた。

茜「ちょと冷やかさないで!……国王に会って何て話せばいいの?私は使い手になりましたって?」

萌黄「まぁまぁ茜―。もっと自信持ちなよ。国王に会ったらさ、使い手に選ばれて、この地ばかりにはいられなくなりました。では失礼します……って感じでもいいじゃない。なんなら城に獣神の印を残してもいいのよ?……でもね、願いが届いても直ぐに向かえなかったらどうする?あっという間に漆黒の竜に囲まれて城が潰されるなんて事だって考えられる。私達使い手の事は歴史が代弁してくれてる。さもなければ一切使い手の事は口にしない事!」

茜「急に気持ちを切り替えるって……苦手なんだよなぁ……。」

萌黄「それが選ばれし者の心の葛藤ってヤツ。使い手は1人じゃない。仲間がいるし、獣神も付いてくれてる。心が折れそうな時、躑躅に話してみるといいよ。私もそうなんだから。もう幾つ心が折れたか知れない。……そんなもん。」

茜「萌黄……。」




遭逢、其の六


 日も高くなり、ランチの時間になった。技巧の書を一旦閉じる茜は身体を伸ばしつつ言った。

茜「萌黄―。そろそろお昼だけど何食べたい?」

萌黄「あぁ、お昼か……。私、錫の紋に収まってくる。」

茜「ん?どしたの萌黄?まるでホームシックみたいね。」

萌黄「もー、茜―っ。違うの!使い手は飲食しなくても、獣神の紋に収まれば済むのよ。はいっ、これも文書参照っ。……使い手は多少の怪我は、獣神の紋に収まれば回復する。飲食も同じで、何も食べなくても、飲まなくても大丈夫なの。もちろん多少は飲食もするし、その分は排泄もあるわ。それとは逆に、獣神が技巧の書に収まると治癒や疲労回復するのと一緒よ。」

 茜はまだ知らない範疇はんちゅうの事であり、残念がっていた。

茜「せっかく萌黄とランチが楽しめると思ったのに……。使い手にはそんな事が有るなんて……ちょっと残念ね……。」

今にも涙をこぼしそうな茜を見て、

萌黄「あ、あ、茜。ランチ、ランチしよ。わ、私は、肉〜〜〜。」

茜「無理にとは言わないわ。これからは私もそうする訳だし。」

 遂には大粒の涙をこぼす茜。

萌黄「ううん。大丈夫よぅ。一緒に食べたいっ。使い手だからって決まりじゃないわ。それは文書には記されてない。」

茜「良かったー。私、ずっと1人で食事してたから、萌黄と一緒に食事出来るなんていいなーって思ってて。」

萌黄「私も誰かと食事するなんて、もう何年も忘れてた。……使い手になったらこうなんだって親から言われてた。一緒にいるのは錫だけ。……街に何事も無ければいつも錫の紋に収まって、それで済んでた。……別にそんな事しなくても、誰かと一緒に食事してもいいんだよね。」

言いながらうつむいて泣いてしまった萌黄。

 茜「萌黄、泣かないでよ。たかだかランチするだけじゃない。……私、使い手として行動するようになっても、たまには萌黄と一緒に食事したいわ。それは使い手の掟には無いでしょ?」

顔を上げて茜を見る萌黄。

萌黄「技巧の書、使い手の掟の項……。……には全く記されてないわ。」

笑泣きの萌黄に微笑み返す茜。

 茜「じゃあ、市場にラムチョップでも買いに行きましょ。ほっぺが落ちるくらい美味しいわよー。さ、萌黄。行こ。」

 馬にまたがり2人は市場に向かった。


 市場の入口には衛兵が2人立っていた。そのうちの1人が茜に気付き、軽く敬礼した。

萌黄「ねぇねぇ、茜。今、衛兵さん、敬礼してくれた。」

茜「うん。顔見知りの衛兵さんはちゃんと敬礼してくれるの。国王の指導なのか、とても礼儀正しいのよ。」


 楽しそうに肉や野菜を買い物する2人。

茜「晩の分とデザートまで買い物しちゃった。」

萌黄「だよね。重いもんこれ……。馬の荷袋一杯になるってば。」

 案の定、左右両方の荷袋一杯の買い物になった。

 茜はヒョイと馬にまたがり、萌黄の手を引き鞍に乗せた。

萌黄「ねぇ、茜。あなた躑躅より馬を従えて方が良いかも。」

茜「それは違う。慣れよ、慣れ。」

萌黄「私の知らない世界よ〜〜〜。」

茜「萌黄ずいぶん世間知らずっぽくない?」

萌黄「失礼しちゃうわねー茜―。」

 何やらくだらない事を話しながらトコトコ走る。


 萌黄はふと空を見上げた。使い手の勘とでも言うべきか……。

萌黄「茜!……空を見て。ずーっと上。小さく見えてる黒いヤツ。」

茜「カラス?」

萌黄小声で「もー違うってば。あれは漆黒の竜に違いないわ。」

茜「私はまだ一般人と変わらない、見えないわよ。……萌黄、それ本当⁉︎」

萌黄「悪い企てがまだ小さい。でも、大きくなるにつれ、漆黒の竜も降下してくる。更に気が付かずにいると、2体3体と数が増えてくる。そうなると、必ず犠牲者が出るのよ。」

茜「ちょっと、せっかくの萌黄とのランチはどうするのよ!」

萌黄「だからまだ小さい企てだってば。……少し空を気にしながらランチにしましょ。」

 茜「急いで帰る!」

萌黄「そこは急がないでいいよ〜〜〜ぅ。」

馬を急がせた茜、勢いにのけぞり、あおられる萌黄。


 家に戻った2人。ウッドデッキに上がる。

買い物を手分けして持っている。空を気にする萌黄。

萌黄「まだ変わりない。良かった。」

 部屋に入った2人。テーブルの技巧の書に気付く萌黄。

萌黄「茜っ!文書は肌身離さず持ち歩く事!」

茜「あ、うっかりしてた……。ごめんなさい。」

萌黄「これは使い手の命だと思って!……しかもこの紋には、今、躑躅が収まってるの。分かるでしょ?……例えば、これが持ち出されて燃やされたとしたら?……もう躑躅は2度と戻らない。」

 茜は自分の軽率さに反省しきりだった。

茜「萌黄。わ、私、軽率過ぎた。使い手としての自覚に欠けていた。ごめんなさい。……私は躑躅を放置して見殺しにしたのと同じだわ。反省します。」

泣きながら床に突っ伏す茜。

 萌黄「茜。そんなに気負わなくていいの。今は使い手としての心の鍛錬の時。……剣だって、つちでたくさん打たなきゃ丈夫な剣にならない。私達も同じ。失敗してたくさん打たれていいのよ。……さぁ、ランチの支度しましょ。」

茜を抱え上げる萌黄。茜は泣き過ぎて目が充血している。

 萌黄「茜、もう大丈夫だから。あなたが分かってくれさえすれば、それでいいの。」

茜「萌黄……。こんな私、使い手に相応ふさわしかった?本当に私で大丈夫なの?」

萌黄「いつになく弱気じゃない?茜。でも、躑躅はいつも通りあなたを見てくれているわ。技巧の書の紋に収まっていても、あなたの事は分かるのだから。」

 服の内ポケットに入れた技巧の書を包むように、

茜「躑躅、ごめんなさい。私……うっ、うう。」

茜は我慢できず、萌黄の胸にしがみついて泣きじゃくった。

萌黄「茜。もういいのよ。何事もなかった。躑躅も知ってる。」

茜「萌黄〜〜〜うっうっ。」

 茜は、使い手としての自覚の無さと、軽率さに涙が止まらなかった。自分自身を悔いていた。

萌黄はしばらく茜を抱えていただろうか。

 萌黄「茜?大丈夫?」

茜「ごめんなさい萌黄。……もう大丈夫。」

萌黄「お取り込み中、大変恐縮ですが、お腹と背中がくっつきそうです。早くランチにしましょうね。」

茜「も、萌黄ったら!待ってて、美味しいラムチョップを作るわ。萌黄は食器を用意して。」

 ようやく茜の家でランチの支度が始まった。


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