道標、其の十、其の十一、其の十ニ

道標、其の十


 ジャニオン王国。ジャニオン城の有る場所から、東の方角の山の頂に躑躅は羽を休めていた。

躑躅「かの女性が相応しいのかも知れぬ。……優しさの心の中に厳しさを持つ。正義に徹して悪意に向かう姿勢……。城の者達や国王からの信頼も厚い。」


 一方、錫と共に萌黄はプロキオート共和国、ネパリアの街を出て、ようやくジャニオン王国に入って来た。

 神通力で萌黄に語る錫。

錫「我の千里眼の見るところ、城よりまだ東へ行った山に躑躅が居る様だ。躑躅は今、我の千里眼に気付いているはず。風の者よ、そのまま向かうぞ。」

 錫の紋に収まっている萌黄が答える。

萌黄「山?街じゃないの?」

錫「使い手も無く獣神だけで民に姿は見せられないのだ。仕方あるまい。躑躅とて、空からしか探しておらぬはず。」

萌黄「じゃあ躑躅に会えば、色々聞ける訳ね。」

錫「左様。風の者の手も借りる事になるやも知れぬ。」

萌黄「もちろんよ。だって躑躅は20年も探し続けている。当然私、躑躅の役に立ちたいわ。」

錫「うむ。……ん⁉︎……今、躑躅の千里眼を感じた。我の千里眼に返して来た様だ。」

 獣神同士の千里眼では会話は出来ない。又、離れていると神通力を持ってしても会話までは出来ず、直接対面しか方法が無い。

萌黄「じゃあこのまま躑躅がいる山に向かって間違い無さそうね。良かった。早く躑躅に会わなきゃ。多分大地の揺らぎは感じ取っていないわ。それも伝えましょう。」

錫「うむ。風の者に従おう。」


 躑躅は山の頂で身体を丸め佇んでいた。

躑躅「!千里眼。……錫か。……既にこの国に入っている。西の方角、城の方からか……。」

 すると地震で山が少し揺らいだ。

躑躅「……地震か。久しく感じていなかったが……珍しいものだ。」

躑躅はこの時、錫に向けて千里眼を使ったのだった。


 馬の手綱たずなをウッドデッキの柱に結ぶと部屋に入っていく茜。壁に鞭を掛けて椅子に落ち着いた。

茜「痛たー。まだ、椅子にはもたれかかれないわね……。」

 受け取った国王の紋章が入った宝石箱を開けた。

その中には同じ紋章入りの小さな巾着が入っている。

箱を置くと、それを手に取る茜。

茜「少し……重い……。」中から取り出したのは金貨10枚。高額なお礼だった。箱の底には小さく畳んだ手紙も添えてあった。

 手紙にはこう書かれていた。

『夕紅 茜殿、日々の賊、山賊退治感謝する。其方の貢献によって衛兵たちの士気も高まり、城の警備は常に万全である。其方の身体の治療が済んだら顔を見せに参られよ。城中が待ち望む故、丁重にもて成す支度をしておく。ジャニオン国王、印』

 茜「金貨はありがたく頂くけど…お城に出向くのは気が引けるなぁ……。ちょっと恥ずかしい。火傷の具合と相談することにしよう。」

箱に手紙と小さな巾着を入れると蓋を閉めて、暖炉の写真の横に置いた。両親のフォトフレームだ。

茜「父さん、母さん。国王様から招待頂きました。でも今しばらくは止めておきます。」

茜はそう呟くと、かがんで暖炉に火を付けた。




道標、其の十一


 マクロネス共和国。ワンダルキアの街上空。

 淡藤は神通力で白藍に語りかけた。

淡藤「萌黄の言う通り。さすが風の者。見事な案内だった。」

白藍「我の翼に疲労を感じない。風の助けで到着出来た。」

淡藤「山吹と手分けに応じたが、次の街はどうだろうか。千里眼を使ってくれないか?」

白藍「やってみよう。」

 

 ワンダルキアの街では、萌黄との技巧の修練を行った山吹が滞在していたが手分けして使い手を探すことになり別れた。

 山吹は元々ワンダルキアの出身であるが、以前は萌黄の依頼で修練の相手をした。そのあとは南の街アリストロと行き来しながら過ごしている。

 白藍「雷の使い手と黄檗とは別れたが、向かう使い手はこの街ではない。まだ南西に行かねば。山吹は隣国との国境近い海に面した街に居るようだ。」

淡藤「隣国とはメリプト王国。国境近くの海に面した街……。何か有ったのだな。一旦アリストロの街に立ち寄ろう。確か港もある街なはずだ。」

白藍「良かろう。このまま南に飛ぶ。」

 雨雲も見られない赤道の大陸。向かう南の街の空で、微かに雷が幾度か光るのが見えた。

白藍「氷の者。街の空で雷が見えた。」

淡藤「雲のない中の雷……。多分使い手の技召だろう。雷の使い手、山吹。」

白藍「如何にもそのようだ。気配を感じ始めた。」

淡藤「漆黒の竜と対峙たいじしているのか?」

白藍「いや、助けには及ばん。既に片付いた様だ。」

淡藤「ならば今回は直ぐに会えそうだ。」


 先に到着していた山吹は、得意攻撃技召の弾技遠隔の単連弾によって漆黒の竜を消し去った。

港に荷を下ろしている最中に盗賊達が襲った。荷受け側の者数名が殺され、船の乗組員は縛られて猿ぐつわをされていた。

 山吹が竜を消し去ると、首謀者の一味全員が消滅した様だ。

山吹「なんてひどい事を……。」

 船のマストに縛られている乗組員の所に歩み寄る。

山吹「荷受けの人達は皆殺しにされた。あなた達に怪我は?」

猿ぐつわを解き、マストの縄を解いていく山吹。

乗組員「使い手様、船の私達は大丈夫。やられた荷受けの者達は役所の関係者です。……可哀想に……。」

山吹「ならば役所に報告を。それから代わりの者を呼ぶ様に手配なさい。」

そう乗組員に指示を促すと、岸壁に降りて行き、ビット(船を係留するホーサーと言うロープをかける所。係留柱。)に技巧の書をかざし、印を刻んだ。

山吹「……もう少し早く気が付いていれば……。迂闊うかつだった。もっと空に気を配ってさえいればこんな事には……。」

 無惨な姿になってしまった役所の係員。近くに寄ると6名いた。

山吹はその一人一人に手を合わせ哀悼の意を込めた。

 岸壁に降り立った白藍。胸の紋から出てきた淡藤。

淡藤「白藍、応召。」

淡藤は、ひざまづいて手を合わせている山吹に気が付くと歩み寄った。

 淡藤「山吹、途中で立ち寄ったのか?」

山吹は立ち上がると応じた。

山吹「漆黒の竜が見えた。これも使命。」

淡藤「空から雷の技召を見たが片付いた様だな。……しかし犠牲者が出たか……。」

山吹「淡藤。私が気付くのが遅かった。上空の漆黒の竜に目が行き届かずこの有様……。」

淡藤「山吹。あなたが悪いのでは無い。悔やむこともない。」

山吹「そうだな……。」

淡藤「この街は広い。ここは見晴らしの良い場所が無い。こういう街では空よりも人を見て歩く事が良い場合もある。」

山吹「此処までの惨事は初めてだった……。今後はそうするとしよう。で、淡藤……。」

淡藤「端の方に行って話そう。」

 そう言うと山吹を促し岸壁の端まで歩いて行った。

淡藤「付かぬ事を伺うが、この街、いや前にいた街では大地の揺らぎは感じてないか?」

山吹「揺らぎ?地震は多く感じていた。日に日に数が増えている様だったが、大きな揺らぎまでは感じなかった。」

淡藤「やはり地震は増えてきていたか。」

 と、2人が話している間にも地震が起こる。これは少し大きな揺れだった。

被害に遭った船が岸壁の緩衝木かんしょうぼくに当たる音が聞こえる。

かなり波立っている地震の様だ。

 山吹「これは今まで経験した地震では無いな。淡藤、もしや文書のあの時が来ると言うのか⁉︎」

淡藤「如何にも。私はそれを危惧して使い手を訪ね回っている。まだ君で2人目だがな。最初に会ったのは萌黄。風の者だった。実は今は7人の使い手しか居ないのだ。だから萌黄には残る1人、選ばれし使い手を探す事を頼んだ。」

山吹「萌黄か。以前修練の依頼を受けた。ワンダルキアでな。……そうか。選ばれし者、まだ見付かっていなかったか。」

淡藤「躑躅はもう20年余り探し続けている。萌黄はまず躑躅に合流するだろう。」

山吹「淡藤、急ごう。私も急いで使い手を訪ねる。訪ねる使い手はあと4人。2人づつ訪ねれば早いだろう。」

淡藤「分かった。何か有ったら獣神の千里眼を使う様頼む。」

山吹「黄檗。千里眼を使って使い手か獣神を感じてくれ。」

黄檗「承知した。……。……。この大陸の西の端に土の者が。ここから南に進むと光の大陸。その海に近い街に光の者。同じ大陸を西に遥か行った所には水の者が。そして鎮める竜の洞窟と同じ南半球の大陸の最南端の国に闇の者。」

 淡藤はメモを取り、

淡藤「やはりワンダルキアで話した通り、手分けするのが早そうだ。……南下して光の者、東に向かい闇の者を。もう一方は大陸を西に向かい土の者、そして南下し水の者。距離はさほどの差はないが、山吹はどう進む?」

山吹「この大陸の環境には慣れている。私は西に向かおう。」

淡藤「ならば私はこのまま南下し、光の者を訪ねる。」

山吹「承知した。お互い気を付けて向かおう。」

 2人はそれぞれ紋に収まり飛び立った。

二手に分かれて飛ぶ頃には日が沈みはじめていた。




道標、其の十二


 躑躅が休んでいる山の頂まであと僅か。

 萌黄「錫、暗いけど山は見えてきた?」

錫「心配無い。躑躅は休んでいる様だ。着いたらそっと舞い降りるとしよう。」

萌黄「錫のその、そっとって何?羽ばたく音で躑躅だってさすがに目が覚めるわよ。」

錫「滑空して舞い降りる。我のせめてもの優しさ。」

萌黄「なるほどね。私には厳しいくせに、他の獣神には優しいのね。」とってもヤキモチ焼きな萌黄であった。

錫「躑躅の20年を考えたら、同じ獣神とて気を使う。それにな、其方に厳しいのは、風の使い手でありながら気を抜く癖がある。そこを厳しく見ているだけの事。其方にそれさえなければ、隙有らずの有能な使い手になろう。」

萌黄「じゃあ私は隙だらけって言うの!もーっ」

錫「そうではない。其方の僅かな隙と言う事だ。誰も察しはしないが我のみ感じているだけ。気にするな。」

萌黄「言われたら気にする〜〜〜っ!」


 錫は技巧の書から召喚して、よく萌黄と佇んでは色々と話をしている。

使い手は空の漆黒の竜を気にしながら行動するので大抵獣神は応召(技巧の書に収まったままの状態)であり、会話は少ない。ところが萌黄は女性であり話が好きなのか、寂しがりなのか。広い場所を好んで、しかも錫を召喚、話をして過ごす事が多い。

先の会話は錫と萌黄ならではのコミュニケーションと言える。


 錫「到着した。滑空して降りる。」

錫は翼を大きく広げ、風を使いながらゆっくりと山の頂に降りていった。

さすが風の使い手の獣神。気配を消しながら着地する。

ゆっくりと翼を畳むと、胸の紋から萌黄が出てきた。

 丸くなり休んでいる躑躅。気配に気付かない。

 萌黄は錫の額に自分の額を当て、神通力で伝えた。

萌黄「錫。夜明けまで躑躅をそっとしてあげましょう。」

錫「御意。」錫は片方の翼を上げて萌黄を包む。

錫「では休むとしよう。」

こんな休み方をする獣神と使い手も錫と萌黄だけ。信頼関係が築いた友情にも似た光景だった。

 山頂からの星の瞬きは、萌黄をあっという間に眠りに誘った。


 翌、早朝……。

萌黄「錫、錫?」

錫は目を開いた。

 また額を付けて神通力で会話する萌黄。

錫「躑躅はまだ目が覚めていない。よほど疲弊しているか、目当てを見つけて安心したのか……。」

萌黄「そうね。躑躅が目を覚ますまでそっとしておきましょう。私は技巧の書を読み返しているわね。」

話し終えて離れると、錫は微笑んでいる様に見えた。

 これが今だけの平穏とは萌黄には感じ得なかった。……そう、あの時が近い。


 地平線から朝日が覗き始めてしばらくの時が過ぎた。

躑躅は目覚めたが、錫と萌黄の気配を感じると、そのまま起き上がらずに語った。

躑躅「錫。そして風の者よ。何故ここに居る。」

語ってからゆっくりと起き上がる躑躅。

萌黄「あ、躑躅。いきなり来てしまって申し訳ありません。私は風の使い手、萌黄です。」

錫も起き上がる。

錫「選ばれし者探し、訳有って助太刀する事になった。」


 萌黄「あの時が近いらしいの。氷の使い手が、他の使い手を探しに回っています。私達は、選ばれし者探しを手助けするよう話がまとまり、この地にやって来た次第です。」

躑躅「錫。大地が揺らいでいると?訳有ってとはその事か?」

錫「地震の数が増えてきている。今の使い手達の時代に訪れるやも知れぬ。……それ故、選ばれし者は必要。」

躑躅「火の使い手……選ばれし者に相応しい人物がこの地にいるかも知れぬ。」

錫「何と!その者は、書を託しても良い人物なのか?」

躑躅「我はそう感じた。……優しい心を持つが、その心は正義に満ち溢れていた。」

萌黄「そっか。託す相手が決まったなら、ここは私が接触しましょう。継承の次第を伝えに行って参ります。躑躅はここでしばらく待っていてください。」

躑躅「うむ。して、その人物は女性。街はずれに1人で暮らしている。鞭の名手と噂され、賊退治をなりわいとしている様だ。我がそこまで案内する。あとは風の者、頼む。」

萌黄「心したわ、躑躅。早速参りましょうか。」

 躑躅と錫は街はずれの茜の家に飛んだ。

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