道標、其の七、其の八、其の九

道標、其の七


 キョーオウの街の朝。町長の仮住まいに茜は来ていた。

 茜「ローラ、おはよう。ドクターの所に行くけど、一緒に行く?」

ローラ「うん、一緒に行くー。」

茜「奥様、ローラを連れて行っていい?」

町長夫人「もちろんよ、茜ちゃん。私も部屋の掃除がはかどるし助かるわ。」

茜「じゃあ奥様、医院に行ってきます。」

夫人「はい。ローラをお願いね。」


 医院までの道を歩く茜とローラ。その横を衛兵が乗った馬車と廊馬車が走り抜けて行く。

茜「何かあったのかしら?」

 砂埃すなぼこりを上げ、急を要するような馬車の走りに茜は何かを察した。

茜「ねぇ、ローラ。ここからドクターの所まで1人で行ける?」

ローラ「ドクターの所?……茜お姉ちゃんは行けないの?私は行けるよー。」

茜「そっか。じゃあローラ。ドクターの所に先に行っててくれる?私は後からすぐ行くから、医院の待合室で待っててね。」

ローラ「うん、分かったー。でも、茜お姉ちゃんはどうするの?」

茜「ごめんね。忘れ物を取りに行ってくる。」

ローラ「茜お姉ちゃんの忘れ物?あー分かった!茜お姉ちゃん鞭持ってなーい。」

茜「う、うん。そう、鞭を部屋に忘れたの。ドクターにちゃんとお話しして待たせてもらうのよ。」

ローラは1人スキップしながら医院に向かう。茜は自分の部屋の方に慌てて走って行った。


 城に向かう道、港からの荷物の馬車が3台。それを馬で囲んでいる賊達。荷物の馬車は既に囲まれていた。それに気付いた御者だが、城まであと少し。そのまま馬車を進めていた。


 街ですれ違った衛兵の馬車はこの事を知らされ、追いかけていたのだった。

 茜は部屋から鞭やロープを持って自分の馬にまたがった。

そこの遥か上空を舞う獣神躑躅の姿があった。


 茜は単騎たんきで走っていたのでたちまち荷物の馬車に追いついた。

 衛兵の馬車はこの道に来ていない、別の道に行ってしまった様だ。

 馬車を囲む賊の馬。茜はホイッスルを吹きながら横に馬を付け、

茜「やめなさい。立ち去らないと痛い目に遭うわよ!」

囲む賊の馬は6頭。最後尾の馬に乗る賊に叫んだ茜。

賊「邪魔だ、うせろ!」

茜「やめなさいって言ったわよ。聞こえなかった?」

賊「じゃあお嬢ちゃんも一緒に括ってやろうか?あぁー?」

茜の馬は少し後退。

茜「やめなさいって言ってあげたのに。もう許さない!」

茜の鞭が最後尾を走る馬の脚をすくう。

 馬は倒れ込み落馬する賊。立ち上がれなくなっているところへ茜の馬が近付いた。馬から降りる茜。

鞭を振るい賊は気絶、すかさず近くの木に縛り付けた。


 茜のホイッスルを聞きつけた衛兵の馬車。

衛兵「茜殿の笛。この道じゃない!引き返して隣の道へ!」


 再び馬に乗り、追いかける茜。

遠くに見える荷物の馬車。最前部を走っていた馬車に火が放たれた様だった。

茜「クソッ、火をつけた。急がなきゃ。」再びホイッスルを吹く。

最後尾の馬に追いつく茜。鞭を振るい賊を落馬させる。そのまま真ん中の賊に近付いて行く。


 同じ道に入ってきた衛兵の馬車は2頭立て。すぐさま茜が縛り付けた賊の所まで来た。

衛兵「この賊はこのまま放っておけ!早く馬車を追うぞ!」


 3台の荷物の馬車には護衛は無い様だった。最前部の御者は幌に火が放たれた事に気が付いていない。賊の馬はあと4頭。

 茜「馬車を止めるか、賊の馬を倒すかね。」

最後尾の御者に近付く茜の馬。

 茜「一旦馬車を止めて!前の馬車に火が放たれた!」

言うとまたホイッスルを吹き、真ん中の馬車の左に付いて走る賊の馬の間に入る茜。

茜「やめなさい!立ち去らないと酷い目に遭わすわよ!」

賊「ふざけるな!このアマ!こっちは金が掛かってるんだよ。止められるかよ!」

茜「酷い目に遭わすって言ったでしょ?」


 茜はまた馬を少し遅らせ、前の馬に鞭を振るった。馬が倒れ賊が落馬する。

 すかさず今度は右側の賊の馬に追いつく。

茜「もう半分は落馬したわよ!アンタはどうする気?」

賊「フンっ、蹴散らしてやる!」

茜の馬に体当たりしてきた賊の馬。一瞬バランスを崩すも鞭が舞い、その馬も転倒、落馬した。

 追いついた衛兵は後尾の廊馬車に落馬した賊を託し、更に茜のホイッスルを頼りに走り始める。

 最前部の馬車に追いついた茜。馬車の幌の火が全体に回ってしまっている。

 横を走る賊の馬を退け、御者に叫んだ。

茜「幌に火が回っているわ。止まって!」

御者が慌てて馬車を止める。追い抜いてしまった賊の馬2頭。


 茜は前の賊を追う。

 向きを変え引き返してきた賊の馬2頭。全速で向かう茜。

賊に鞭を放つ。片方の賊に鞭が絡むとそのまま落とされる賊。

 向きを変え、残りを追いかける茜。

火の付いた馬車を抜ける残りの賊。

……行手には追って来た衛兵の馬車が道を塞いでいた。ひるがえる残りの馬。

そのまま振り落とされた賊。

 茜は火の付いた馬車に戻り、火に包まれている幌を鞭ではたき落とす。

幌が舞い火の粉が飛ぶ中、茜は必死だ。違う側に馬を回し再び鞭を振るい、幌を落とした。

なんとか馬車の車体に火が回らずに済んだ様だ。

 先頭の御者に声を掛けた。

茜「怪我は?大丈夫でしたか?まもなく衛兵さんが来ます。落ち着いて待っててください。」


 まもなくして衛兵達がやって来た。茜は衛兵に軽く敬礼すると去って行った。

茜「はぁー、ずいぶん手間取っちゃった。急いで医院に向かわなきゃ。」

 上空を旋回していた獣神躑躅が飛び去っていく。

 茜は馬に乗ったまま街に入っていった。




道標、其の八


 北半球の大陸中央に位置するプロキオート共和国。木々の無い小高い丘に落ち着いた錫と萌黄。

萌黄「どう、錫?この国では何か感じる?」

錫「此処ここは何も無い様だ。此処から北に少し行くと漆黒の竜の気配。それ以外は感じない。」

萌黄「それは片付けてかなきゃダメね。」

錫「躑躅がここより東の国にしばらく滞在している様だ。次の地は東の国。」

萌黄「ダメよ。漆黒の竜は消さなきゃ。寄り道になるけど、使い手としての使命よ錫。」

錫「如何にも使命だ。よろしい、北の街に向かおう。」


 錫と萌黄が去った街から北へ飛んだ錫。小さな山の頂に降り立った。錫の胸の紋から出た萌黄。

錫「風の者。漆黒の竜が2体。こちらに気付いた。」

萌黄「分かったわ。もう意識を持っているのね。錫、私が片方を片付けている間、もう片方を引きつけて時間稼ぎして!」

錫「御意ぎょい!」

 向かってくる漆黒の竜。通常、早期に発見すると、漆黒の竜は意思を持っていないが、人の悪意が強くなると共に、徐々に意思を持ち始める。

 錫は片方の竜に向かって、口から風の術を吐く。

錫がやり合ってる隙にもう片方の竜に向かって萌黄の得意攻撃が炸裂。

萌黄「単連弾たんれんだん!」叫ぶ萌黄の両のこぶしから風の塊が飛ぶ。

 単連弾とは、左右の拳、又は掌に気を集め、任意の場所に気を放つ。単発、連発共に同じ攻撃技召名。

 拳を振るう度に竜に向かって飛ぶ風の塊。

漆黒の竜の翼に幾度か命中するものの致命傷にはならず。

 萌黄「くっ……。ならば次はこれでどうだっ!円連弾えんれんだん!」

萌黄は腕を上げ、頭上で円を描く様にして前方に気を送る。そのまま漆黒の竜に向かって放った。


 円連弾とは、腕を上げ、頭上で円を描く様にして前方に気を送る攻撃技召。

萌黄「よしっ。弾技遠隔だんぎえんかく単連弾たんれんだん!」

 弾技遠隔とは、弾技召を遠隔操作する技。(例:弾技遠隔!円連弾。と叫ぶ。)

先に放った円連弾が両の翼を切り裂いたが漆黒の竜はまだ舞っている。

そのあと続けた弾技遠隔単連弾の連続攻撃をまともに喰らった漆黒の竜。

胴体に無数の穴が開き、その後消滅した。

 使い手の技召には攻撃、防御の術が有るが、その術は遠隔により縦横無尽に動く。又、使い手毎の特性を活かした攻撃法により漆黒の竜は消滅させられる。

 召喚獣の術は漆黒の竜に致命傷を与えられる力が無い為、使い手の技召頼りになる。

 萌黄「錫!離れてー!…弾技遠隔!円連弾!」

輪になって竜に向かって放った円連弾を遠隔し、見事に片側の翼を切り裂いた。続けて放ったのは単連弾。

萌黄「私の!……単連弾はっ!……追いかける事だって出来るんだからー!」

 片方の翼ではどうにもならず、落ちていく漆黒の竜の身体に、風の術の単連弾が幾つも貫通、その後グレーの技巧色と共に消滅した。

 単連弾は萌黄の得意技召。1つでも複数でも遠隔出来、漆黒の竜はたちまち穴だらけの姿に変わり果てる。

萌黄「ふぅはぁ……はぁ。片付いた。2体の漆黒の竜だなんて、なんて悪意の集まりなの⁉︎……錫―降りて来てーっ。」


 萌黄の立つ頂から街が見える。建物が燃えているのが確認出来た。あの辺りが悪意の集まっていた場所らしい。

萌黄「錫、私を掴んであの火事の所まで連れてってお願い。」

錫「狭い所では其方を落とす事になるが、良いのか?」

萌黄「優しく降ろして!」


 街に入ると、火事のある建物では消防団が消火中。その建物は街の歴史館だった。

すぐ近くで獣神錫が羽ばたきながら掴んでいた萌黄を離した。

萌黄「うっわぁぁぁ……球防壁!」


 球防壁とは、てのひらに気を集め、ドーム状に壁を作り身を守る防御技召。

萌黄が落ちる真下にドーム状の防御技召を放つと、そこに着地、と言うかバウンドして地面に転がった。

萌黄「優しく降ろしてって言ったのに、錫はー。」

 近寄って来た衛兵。

衛兵「使い手様でしたか。さ、お手を。」

萌黄「あ、ありがとう。ここの街は?」

衛兵「ネパリアの街です。使い手様、お怪我は?」

萌黄「私は心配無いわ、大丈夫。それより街の人に被害は?それにこの火事は何?」

衛兵「何者かが歴史館の宝物ほうもつを狙っていたと思われます。5、6人の男達が先程消えてしまいました。被害者は有りません。」

萌黄「そう、良かった。」

そう言うと萌黄は技巧の書を取り出し、歴史館のすすけた柱にそれをかざした。

風の紋が灰色に光って印が刻まれた。

萌黄「衛兵さん。この紋は私が離れると見えなくなります。ですが、何かあった時、この柱に刻んだ印の前で願えば、また私がここへ来ます。」

衛兵「かしこまりました。関係者には使い手様の印の話を伝えましょう。」

 そこへ錫が降りて来た。

萌黄「お願いします。では私はこれで去ります。……さぁ、錫。東の国へ行きましょう!まずは躑躅に会うのよ。」

錫「では風の者。まずは東の国、躑躅の元へ向かおうぞ。」

周囲を飛んでいた錫が戻って、萌黄を胸の紋に収めた。




道標、其の九


 馬に乗ったまま医院まで戻った茜。ローラは待合室で待ちくたびれたのか寝てしまっていた。

ドクターの治療を終えると茜はローラを抱いて出て来た。

 外の明るさに目が覚めたローラ。

ローラ「あ、茜お姉ちゃん。」

茜「ごめんね。待たせちゃった。もう先生の治療は終わったわ。馬で来たから、お姉ちゃんにちゃんと掴まっててね。」

 茜はローラを鞍に乗せてから自分もまたがった。

 ゆっくりと馬を進め始めた茜。

茜「今日はこれからローラにお友達を紹介するわね。シンディーって女の子よ。」

ローラ「シンディーはお姉ちゃんなの?」

茜「ローラより1歳お姉さんよ。ローラはもうすぐ学校に上がるでしょ?だからシンディーを紹介したいの。」

ローラ「分かったー。」


 シンディーの家。納屋の有る曲がり屋の家で、農家をする家系だった。シンディーは学校でいじめっ子によくいじめられていた子であるが、茜が学校に報告してからはいじめは無くなった。

 シンディーは茜の姿に気付いて外に出て来た。

 茜はローラを鞍から降ろすと、

茜「あらシンディー。ちょうど良かった。紹介するわ。この子はローラ。あなたの1歳年下。もうすぐ学校に上がるから、よろしくね。ちゃんといじめっ子達から守ってあげてね。」

ローラ「シンディーお姉ちゃん。私、ローラ。もうすぐ学校に上がるの。」

シンディー「こんにちはローラ。私はシンディーよ。学校に上がったら一緒に学校に通いましょうねー。」

茜「シンディー。これからローラをよろしくね。じゃこれで帰るわ。また会いましょ。」

茜はまたローラを鞍に乗せて町長の仮住まいに向かった。


 ローラを乗せてやって来る馬を見つけ、町長が出迎えた。

町長「茜ちゃん、いつもローラと遊んでくれてすまないね。さっき城の衛兵が訪ねてきてね。手当を預かっている。さ、中へどうぞ。」

茜「いえ、私はここで構いません。」

町長「じゃあちょっと待っててくださいな。ローラ。茜お姉ちゃんにお礼を言って、中に入りなさい。」

ローラ「茜お姉ちゃん、今日はお馬さんに乗せてもらってありがとう。また遊んでね。」

茜「シンディーお姉ちゃんのお家は覚えてる?ここから近いから、学校が終わる頃に遊びに行ってみたらどうかしら?」

ローラ「うん、今度遊びに行ってみるー。茜お姉ちゃんまたねー。」

 2人が話している間に町長が家から戻ってきた。

町長「はいこれ。国王様の紋章入りの宝石入れだよ。中にはお礼の手当が入っている。受け取りなさい。」

 手渡されたのは、王家の紋章が刻まれた小さな宝石箱だった。

茜「国王様から?私に何のお礼なの?」

町長「昼間の荷馬車の件のお礼らしいよ。茜ちゃんはすごいねぇ。6頭の賊を片付けちまうなんて。その時の馬車の積み荷は船からの大事な荷物らしく、国王様がたいそう喜んでおられたそうだよ。そのうち茜ちゃんを城に招いてくれるかも知れないね。キョーオウの街の誇りだよ、茜ちゃん。」

茜「ありがとうございます。町長さん。それじゃあ私、これで帰ります。」

馬にまたがると、茜は街はずれの自分の家に帰って行った。

 町長の仮住まいの遥か上空で、躑躅が舞っていた。

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