道標、其の四〜六

道標、其の四


 ラビルス国の東側へ飛んだ獣神白藍と、紋に収まっていた淡藤は、ようやく風の使い手が居るギルタニアという街に降り立った。

 獣神を従えているのは使い手なのだと言う事は、世界中の周知の事実であり、獣神を見るなり使い手様使い手様と人々が集まってくる。中にはひざまずき拝む民もいる。

 漆黒の竜を退治して消滅した悪人の居場所には、使い手が獣神の印を残す。使い手が離れてしまえば見えなくなり、その件に関係した民にしか分からない。中には忘れられた印も多くない。

 獣神を技巧の書に収めたままでは、普通の民と変わらないので淡藤は白藍を従えたまま広い道を歩いていた。

急いでいる為か、こうする方が他の使い手に声を掛けられ易いと判断したのだろう。中には獣神の姿を見ておびえる者もいたが、これも致し方ない。早く風の使い手と話がしたかった。 淡藤「白藍、この先少し道が狭い。空から付いて来てくれ。」

白藍「いや、氷の者よ。我、応召を求む。」

淡藤「そうか、分かった。」

淡藤は技巧の書を取り出すと、

淡藤「白藍、応召。」そう言うと、白藍は技巧の書の紋に収まった。獣神は紋に収まる事で体力回復や怪我の回復が出来るのだ。

 その様子を見て、側の家から老婆が出て来た。

老婆「そちらの方、使い手様でしたか。この地へは如何用いかようで参られたんですか?」

淡藤「私は淡藤と申します。他の使い手を探すために東の大陸より参りました。」

老婆「如何いかにも。この地にも使い手様はられる。街のはずれ、針葉樹の森の中に大きな平たい岩がある。その使い手様は、よく獣神様とたたずんでおられますじゃ。」

淡藤「ありがとう。行ってみます。」

 その場を後にした淡藤は街はずれに向かった。

淡藤「助かった。白藍の千里眼に頼らずとも見つかりそうだ。」


 大きな平たい岩の上で佇む萌黄もえぎシャーロットとその獣神すず

 萌黄 シャーロット。ここ西の島の国、ラビルス国の街ギルタリア出身。風の使い手。技巧色は灰(グレー)。召喚獣は獣神錫。

 萌黄シャーロット「最近は漆黒の竜の姿が無くなって、ギルタリアも平和になったわねー錫。」

獣神錫「如何にもその通り。漆黒の竜退治もひと段落。……風の者、このまま一度ワンダルキアに戻ってはいかがか?」

萌黄「あっちはそこそこ漆黒の竜が現れたものね。でも、もうここを離れて問題無いと思うの?」

錫「ワンダルキアまでは半日も飛べば行き着ける赤道の大陸。別の街に腰を据えても差し支えなかろう。いずれここへ戻ればよい。」

萌黄「でもねぇ。ここの人達には色々世話になってるし、もうしばらく居たい気持ち。」

錫「ここの民には、多くの漆黒の竜を消し去った事で十分返礼している。其方の印を残しているであろう。……だが、其方の意に我は従おう。しかし民はここだけに在らず。平和を満足とする前に文書を読み返す事を勧める。」

萌黄「厳しいなぁ錫は。使い手の使命は心得ているわ。」

 萌黄と錫の会話の中、森から足音、人の気配。それを察し、

萌黄は小声で「錫!応召よ。」

錫は灰色の技巧色に包まれて技巧の書の紋に収まった。

 萌黄「誰!何者!!」

森から現れたのは、街からやって来た淡藤だった。

 淡藤「私の名は劉抄 淡藤。使い手がここに居ると聞き、訪ねてきた。」

萌黄「如何にも私は風の使い手です。私に何か?」

淡藤「氷の使い手、淡藤です。大地の揺らぎについて調べにここへ来た。最近の事で伺いたい。」

萌黄「分かりました。……錫、召喚よ!」

淡藤「失礼した。白藍、召喚。」

 2人の召喚獣が両者の元に現れた。使い手が対面した時には、獣神を召喚して話をするのが慣例であった。

 萌黄「私は風の使い手、萌黄シャーロットです。萌黄と呼んでいいわ。それから錫は私の獣神よ。」

淡藤「萌黄か。私は淡藤と呼んでくれて構わない。この獣神は白藍。私と同じ氷の術を持っている。」

錫「白藍。先日の千里眼、受け取っている。」

白藍「氷の者が、近くの使い手に案内せよとの指示で参った。」

萌黄「錫!何で言わなかったの?全然聞いてないわよ。」

錫「使い手同士、いずれの時も会える。さすれば用の者がやって来るはず。」

淡藤「その通り。このところの地震の数、大地の揺らぎがひどくなっている。この地ではいかがか?」

萌黄「確かに小さな地震が多くなってはいます。でも大きく揺らぐ程では無いですが……。」

淡藤「もしや、我々の時代に、ついにあの時が来るのではと危惧きぐしてな。」

萌黄「あの時……大地の怒りの時……ですか?」

少しおびえる萌黄。

淡藤「いや、そうとは言い切れんのだが、あまりにも多い地震で気になってしまった。」

萌黄「ふぅ……。脅かさないで淡藤さん。この地は漆黒の竜すら見かけなくなってもう久しいわ。」

淡藤「そうか。ならば他の地に出向くとしよう。」


 錫「待たれ、氷の者。肝心な話だ。……今の世には、8人の使い手の内、血脈けちみゃくの使い手7人しか居らず。仮に大地の怒りの時を迎えても無理な事。」

淡藤「な、何と⁉︎」

錫「血脈の使い手が1人足らないと申した。」

 萌黄は慌てて技巧の書を開く。

 血脈けちみゃくの者とは、親である使い手から継承された使い手の事。前期使い手と血の繋がりのある使い手を指す。

 大地の怒りの時とは、使い手達が『あの時』と語る太古に起きた天変地異。世界が被害を被る中、人の悪意に満ち溢れた末、漆黒の竜が蔓延する。その時世界中で同時に起こる地殻変動を引き起こす事を指す。世界各地で起こる事象(地震による大地割れ、割れた大地から噴き出す溶岩の様な物、流動化する土地、流氷が溶け出し洪水を巻き起こす、厚い雲に覆われ雷鳴が轟き暴風が舞う、厚い闇の雲に覆われ光を失い凍りつく街、雷鳴が鳴り止まず光に包まれる街)等を指す。


 パタと技巧の書を閉じる萌黄。

 萌黄「私達の時代では使い手の継承者が1人欠けてるって事?」

白藍「如何にも。それは火の使い手。継承者が無いまま他界したのだ。以来20年程、火の使い手が従えていた獣神躑躅つつじは世界中を探し回っておられるのだ。」

錫「選ばれし者を探すしかない。」

萌黄「あの時の事を考えるより先にやる事があるじゃない!」

錫「風の者は余暇を持て余している。我らが選ばれし者を探すとしよう。」

萌黄「確かに時間を持て余してるわ。……淡藤さんは他の使い手の所へ行くんでしょ?では私と錫は躑躅と合流して、選ばれし者を探す事にするわ。」

淡藤「そうしてくれたら有難い。」

萌黄「次の地は何処へ?」

淡藤「赤道の大陸が近い。そこに向かおうと思う。」

萌黄「近いのはワンダルキアの街。雷の使い手、山吹さんが居ます。以前修練をお願いしていました。ですがその時から時間が経ち過ぎているので、もう移動してるかも……。ワンダルキアに行くならば、ここから赤道の大陸へは風が強すぎる。素直に南下しても行き着けないわ。まずは向かい風だけど真西に飛んで、それから南に飛べばあとは風任せで大陸に行ける。白藍、淡藤さん、気を付けて。」

淡藤「萌黄。躑躅と合流したら、選ばれし者を必ず見つけ出してくれ、頼んだぞ。」

言うと淡藤は白藍の紋に収まり、白藍は飛び立った。


 萌黄「もー何よ錫ったら。水くさいわねー。さぁ、選ばれし者探し、やりましょうよ!」

錫「……だがしかし、何の当てもない。この20年というもの躑躅は見つけておらん。難儀なんぎな事よ。」

萌黄「躑躅って?誰?何?」

錫「火の使い手の獣神。名を躑躅と言う。技巧の書を継承すべく飛び回っている。まだ相応ふさわしい者は見つかっておらんのだ。使い手に従えていなければ、技巧の書に収まることも出来ん。20年あまり、疲れも癒せず探し回っている。」




道標、其の五


 ジャニオン王国。東のキョーオウの街の中心近くには、町長の邸宅がある。

夜もふけた頃、その邸宅で火の手が上がった。

邸宅の右半分が既に火に包まれ、避難した町長夫妻は立ちすくんでいる。

 町長の妻「誰か!娘を、娘を助けて!」

2階左側のベランダから娘の声が聞こえてくる。

町長の娘「パパ〜、ママ〜。」泣き叫ぶ声が聞こえる。

 周りに居た野次馬達の1人が町長夫人に声を掛ける。

町人まちびと「奥さん、まもなく消防団が来る。大丈夫、心配無い。」

町人が言ってるそばから火の手が強くなっている。1階からは家具が運び出されている様子が見える。

 町長「あああ、娘を助けてくれ〜〜〜っ!」邸宅が火に包まれ、座り込んでしまう町長。

 そこへ邸宅の左側のバルコニーに向けて鞭を投げる。

そう、茜だった。まだ左側には火が回っていない。茜は左側のバルコニーなら上がれると考えたのだろう。


 邸宅の右側ではバケツリレーで消火作業の町人達。鞭を伝って上がる茜。

茜「すみません。私にも水をかけて!」

言いながら上がっていく茜。それに向かって何杯かのバケツの水が茜にかけられた。


 身軽にバルコニーに登り詰めた茜。今度は隣の部屋からのバックドラフトを喰らう。茜の背中が焼けて肌が見え、火傷でただれてしまっている。

茜「くっ。背中が……熱い……。」

 隣の部屋のバックドラフトで、バルコニーの半分が吹き飛ばされたが、辛うじて茜の居る辺りは残っている。

 町長の娘「パパ〜ママ〜。熱いよぅ……。」

 茜は這いつくばって煙を吸わないように部屋に入っていく。

声のする方を見ると、部屋のベッドの下に少女の姿が見えた。

茜「大丈夫?さぁ、こっちへ来て!もう安心よ。」

 ベッドから這って出て来る少女。茜もそこに這って行く。

茜はようやく少女の腕を掴んだ。

茜「もう大丈夫。お姉ちゃんが連れてってあげる。……さ、このままハイハイで行きましょ!」

茜は少女に覆い被さる様にして部屋の外へ、そしてバルコニーへ出た。

 少女を軽くロープでくくり、鞭を伝って降りていく。

見ていた町人は再びバケツの水をかけている。

 到着していた消防団はようやく右手の火を消し止めた。

 降りて来た茜のそばにタオルを持って駆け寄る町長夫妻。

町長夫人「ありがとうございます。助かりました。あなたは娘の命の恩人です。」

町長「ありがとう。さぁここもまだ危ない。離れましょう。」

町長にうながされ邸宅から離れる面々。

 町長の娘「お姉ちゃんありがとう……。……あ、お姉ちゃん、背中……。」

服が燃えてしまい背中があらわになっている。その背中は少し焼けただれている様だった。

茜「大丈夫、大丈夫よ。あなたもよく頑張ったわね。」

町長の娘「うん。お姉ちゃんありがとう。」

町長夫人「さあ、背中の手当てをしなければ。あなた、私は医院に行ってきます。あとをお願いします。」夫人は町長に言うと、茜を抱き抱えて馬車に歩いて行った。

 邸宅右側は消し止めたが、左側の火がまだ収まらず、消防団が必死の消火に当たっている。馬車はその横を通り抜けて行った。


 程なくして医院に着いた2人。茜が治療を受けている。

医師「ここまで服が燃えていながらよく耐えたね。」

茜「水をかけてもらっていたので、なんとか…。」

医師「ここへはしばらくは通いなさい。この背中では、椅子にももたれかかれないじゃろうて。」

町長夫人「治療の代金は私どもで面倒見ます。先生、よろしくお願いします。」

茜「いえ、私は大丈夫です。何日か水浴びすれば治ります。」

医師「おやおや、医者のワシの前でそんな事を言わんでもよかろう。……あなたの事は存じておるよ。鞭の使い手さんじゃろ。」

夫人「はっ。もしや、噂の女性なの⁉︎……。山賊退治の茜ちゃんなのね。」

医師「その通りじゃよ。ほれ、そこの鞭が何よりの証拠じゃて。」

茜「は、はぁ……。……噂……?」

夫人「そうよ。山賊が減って農家の人も酪農の人も助かってるのよ。この間だって、山菜採りのご婦人方を救ってくださって。」


 そこへ娘を連れた町長が入ってきた。

町長「ドクター。彼女の様子はいかがですか?」

医師「なぁに、数日通ってもらえば良くなるわい。」

町長の娘「お姉ちゃん……。背中……大丈夫?」

茜「うん、もう心配要らないわ。先生にお薬付けてもらったもの。それよりあなたは?少しロープを締め付けすぎたかしら?」

町長の娘「私は大丈夫なの。お姉ちゃんのお胸、暖かかったー。私、嬉しかった。ありがとう、お姉ちゃん。」眼をキラキラさせながら語っている。茜は少女の手を握り、

茜「私は茜っていうの。あなたは?」

町長の娘「私はローラ。茜お姉ちゃん、また会ってくれる?」

茜「ええ、もちろん。今度は一緒に遊びましょうね。」

ローラ「うん、きっとね。」

 茜は町長夫妻に向かい、

茜「町長さん、奥様。私はこの子の今の言葉で胸が一杯。これ以上はもう大丈夫です。」

町長「そうはいかん。娘の命の恩人に対して滅相も無い。しばらくドクターの治療を受けてください。」

夫人「そうですよ、茜ちゃん。遠慮は要らないわ。仮住まいの家に移ったらこの子と遊んであげてくださいね。」

茜「あ、ありがとうございます町長さん、奥様。」

医師「噂の女性。鞭の名手と聞く。仕事は有れど、完治するまでは無茶はいけないよ。ここへは毎日来なさい。」


 翌日……。

医師「はいっ。今日はこれで終わり。また明日、来なさい。」

茜「ドクター。私。も、もう大丈夫な感じなんですけど……。」

医師「大丈夫なものか。火傷の跡が残っては女性としてコンプレックスじゃろて。」

茜「ドクター、お言葉を返す様ですが、私は既に傷だらけの身です。何の問題も有りません。」

医師「ローラが心配しちょるじゃろ。見てみぃ。」

側で茜の背中を見て涙を浮かべているローラ。」

茜「あ、あ。ローラ、私は大丈夫。痛くも痒くも無いんだから。心配しないで。」

ローラ「ドクターがまだダメだって言ってる。茜お姉ちゃんはちゃんとここに来なきゃダメー。」

茜「あはは、はいはい。」

 今日は医院に来る前にローラを連れてやって来ていた茜。

ローラの子守りのつもりがさとされている茜であった。




道標、其の六


キョーオウの街の遥か上空を舞う獣神躑躅つつじ

世界各地の街を、選ばれし者の為に旅してきたのである。

獣神は人に変化へんげは出来ないが、意思は神通力を持って知る事が出来る。

躑躅「うむ。この地でしばらく羽根を休めるとしよう。」

ジャニオン城の有る場所から、東の方角の山の頂に飛んでいく躑躅の姿。

 神通力とは、獣神や使い手の能力で、攻撃や防御に使う為ではなく、人の心を読み取る力。使い手と獣神が会話出来るのもこの力によるもの。


 西の島国、ラビルス国ギルタリアの街を去った萌黄と錫、ラビルスの東の大陸から北半球の大陸の西端の国に降り立った錫。

錫の胸の紋から出た萌黄。

萌黄「ここは、ユロピクト王朝ね。……どう、錫?ここの地で何か感じる?」

錫「羽根休めにはいいが、選ばれし者と言える人物の気配は感じない。漆黒の竜が現れなくなって、しばらく使い手が立ち寄っておらん街だ。」

萌黄「そう……。じゃあ少し休んだらもう少し東へ飛びましょう。」

錫「承知した。」

選ばれし者の捜索を買って出た萌黄であったが、隣国で早々に挫けそうだった。

萌黄「気配だけで分かるものなのー?人の心なんかいい加減よ。何を考えてるかなんて、分からないと思うわ。」

錫「では其方は探すのを止めると言うのか?」

萌黄「じゃなくてー。気配だけで良し悪しまで分かるのかなぁってさー。」

錫「無論、獣神の神通力を持ってすれば当然分かる事。だが未だに躑躅は探しきれていない。」

萌黄「ふぇぇ……先が思いやられるなぁ……。でも、火の使い手の獣神躑躅って20年も飛び回ってるんだもんね。躑躅の為にも頑張って探さなきゃ。ところで、錫。次は何処に向かう?」

錫「ここから北の国は氷の者が居た国。ここには気配は無い。このまま東が良い。」

萌黄「と言う事は、プロキオート共和国ね。ここには使い手はいないの?」

錫「現在はおらん。漆黒の竜に気を配りながら捜索する事を勧める。」

萌黄「分かったわ。向かいましょう。」


 一方で赤道の大陸の2つの国の1つ、マクロネス共和国にあるワンダルキアの街に降り立った白藍。

獣神の紋から出た淡藤は、

淡藤「白藍、この街に使い手が居るのは間違いないのか?」

白藍「如何にも相違ない。この街に使い手が居るはずだ。我の千里眼では、獣神黄檗きはだの気配。」

淡藤「黄檗?使い手の術は?」

白藍「雷の使い手。そして従えしは獣神黄檗なり。」

淡藤「ありがとう白藍、羽根休めをしてくれ。……白藍、応召!」

淡藤の技巧の書に収まった白藍。淡藤は街の中へ歩いて行った。

時折空を見上げては漆黒の竜を探している。竜の退治のタイミングで使い手の技巧色から居場所が分かるからだ。

 街を歩いていると、通りがかった建物に獣神の印が光った。

淡藤「この印は?……雷の印か?」

印の光ったその建物は街の郵便局。以前漆黒の竜を退治したのだろう。淡藤は中に入った。

淡藤「すみません。尋ねたい事が有るのですが。」

郵便局員「はい。手紙ですか、荷物ですか?」

淡藤「いえ、そうでは有りません。壁に有る印を見たもので……。」

局員「あ、はい、少しお待ち下さい。」郵便局員は一旦奥へ入る。

局員に変わって郵便局長が出て来た。

局長「壁の印をご覧になったのはあなたですか?」

淡藤「はい。それで失礼した次第。」

局長「使い手様ですね。」

淡藤「はいその通り。ただ、印を残した使い手では有りません。この印を残した使い手は今何処に?」

局長「壁の印は随分前のものです。ですが印を残した使い手様はこの街にまだられるとか……。」

淡藤「会って話したいのですが、居場所はご存知ないですか?」

局長はしばらく考えていたが、

局長「何処に住んでいるのか分からんのですが、先日、教会に賊が入ったのを思い出して。……シスターの話では、空を舞っていた黒い竜を使い手様が退治すると、賊達も消えてしまったと聞きました。教会に行けば何か分かるかも知れませんよ。」

淡藤「ありがとうございます。教会に行ってきます。」

局長「そこを左に曲がって坂の上の丘に有りますよ。」


 郵便局長の言う通りに歩みを運ぶ淡藤。坂を歩いて行く。

教会が見えてきた。素晴らしいステンドグラスが立派な教会だ。

淡藤は呟いた。

淡藤「歩いてばかりでは探すのも時間が掛かるな……。」

教会の庭先を掃除しているシスターがいた。淡藤は近寄ると、

淡藤「こんにちはシスター。1つお伺いしたくて参りました。」

シスター「何かお困りですか?マザーをお呼びしましょうか?」

淡藤「いえ、大丈夫。先日の事で伺いたいのです。この教会に使い手の印があるはずなのですが……。」

シスター「確かに。あの時使い手様は印を残し、また何か有った時には印に願う様にと言われました。」

淡藤「して、その印は?」

シスター「入口に1番近い敷石がそれです。私達には見えないのですが、ここで願えば飛んでくるからと言って帰られました。」

淡藤は呟きながら技巧の書を取り出した。

淡藤「入口に1番近い敷石……。」

淡藤が近付くと印が光り出した。シスターが駆け寄ってくる。

シスター「あなたも使い手様ですか?」

淡藤「如何にも。私は淡藤。氷の使い手です。この紋は先日の一件で記されたものですか?」

シスター「はい。雷を呼び、黒い竜を退治しました。」

話し声を聞きつけ、マザーが入口から出て来た。

マザー「何事です、シスターモリス?」

淡藤「失礼、マザー。この紋の使い手を探しにこの街に参りました。淡藤と申します。」

マザー「残された印が光っている。あなたも使い手様なのですね?」

シスターモリス「その様です。彼が近付き、印が光りました。」

淡藤「その使い手に会いたいのです。居場所はご存知ですか?」

マザー「いいえ。私達は何も……。」

淡藤「仕方ありません……。マザーにお願いが。」

マザー「私に出来る事なら申してください。」

淡藤「この印に願ってください。ここへ来てくれと。」

マザー「使い手様をお呼びする訳ですね。分かりました。」

言うとマザーは印に向かい願った。

淡藤「使い手はすぐ来てくれるでしょう。……私の獣神を招きますが、驚かないでください。……白藍、召喚!」

技巧の書の紋から白藍が召喚された。

マザー「なんと、使い手様は飛竜ドラゴンをお連れなんですね。」側ではほうきを持ったまま呆然とするシスター。

白藍は翼を器用に羽ばたくと、庭に散らばっている枯葉を、壁に沿って全て集めたのだった。

淡藤「シスターモリス。我が獣神のせめてものお礼です。」

淡藤は白藍に寄り添うと、

淡藤「気が利くな白藍。」

白藍「我にはこの程度しか出来んが……。」

小1時間程経ったろうか黄檗は別の街から向かっていた。

白藍「氷の者よ!黄檗きはだがやって来る。」

ようやく上空から獣神黄檗が降りて来た。

胸の紋が黄色く光り、使い手が現れた。

憂花ゆうが 山吹やまぶき「使い手に獣神!何故ここに。」

淡藤「マザーに獣神の印に願ってもらった。私は劉抄 淡藤。氷の使い手だ。君に話が有ってこの地へ来た。」

山吹「印の願いの用とはこの事か……。私は憂花 山吹。雷の使い手。さ、場所を変えて話そう。」

淡藤「マザー、シスター。お世話になりました、感謝します。」

2人の使い手は獣神の紋に収まり飛び立った。

 憂花 山吹。赤道の大陸、マクロネス共和国の街ワンダルキア出身。雷の使い手。技巧色は黄。召喚獣は獣神黄檗。


 黄檗と山吹の、今暮らしている山の中腹の洞穴ほらあなにやって来た。獣神が余裕で入れる広さだ。

山吹「私は獣神を紋に収めておくのが忍びなくてね。黄檗はほとんど外で暮らしている。……ところで話というのは?」

淡藤はここまでの経緯いきさつを山吹に伝えた。

山吹「言われてみれば、地熱が高くなっている気がする。地下のマグマのせいであろうな。言われるまで気にもしなかったが。」

淡藤「大地の揺らぎは感じるか?」

山吹「いや、気にならない程度だが……。黄檗。何か感じているか?」体を丸め、横たわっていた黄檗が答える。

黄檗「いずれこの山辺りで噴火もあろうが直ぐではなさそうだ。其方に伝えるまでもなかった。」

淡藤「北半球の大陸では地震が多い。揺らぎも感じた。もしかしてあの時が来るのではと危惧している。」

山吹「承知した。文書の通り、従おう。あの時が来たら、核の山脈に直ちに向かう。私と黄檗は心しておく。心配無い。残りの使い手は手分けして向かおう。一旦私は南の街へ向かう。」


 核の山脈とは、獣神にしか存在が分からない謎の場所。高い崖に囲まれた地で、山脈が全ての地。中央にそびえるのが核の山。現代では死火山となり、中は巨大な空洞となっている。











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