獣神達の道標

ほしのみらい

道標《みちしるべ》、其の一〜三

道標みちしるべ、其の一


 北半球の大陸。その東の国、ジャニオン王国。

上空からの俯瞰ふかん、ジャニオン城を望む。その俯瞰のまま東に目を向ける。

 キョーオウと言う東の街へ続く森の中の道。街へ向かい2人の婦人が歩いている。

 その婦人達の前に山賊達が現れた。

山賊A「おっと待ちなよ、ご婦人方。金目の物を置いてってもらおうか。さもなければ通すわけにはいかねえなぁ。」

婦人A「私達は林の中に山菜を採りに行っただけです。金目の物など何も持っていません。」

婦人B「身ぐるみ剥がしても何も出ませんよ。」

山賊B「身に付けてる飾りが有るじゃねぇか、とっととよこせ。」

 そこへ馬が駆け寄り、目にも留まらぬ速さで数人の山賊が倒れ込む。

山賊A「な、何があった!」


 現れたのは1人の女性。

夕紅ゆうくれない あかね「やめなよアンタ達!そんな暇が有ったらもっと真面目に働いたらどうなの?」

茜はむちの名手。ここ数年、この街で盗賊・山賊退治をこなしてきた。

再び鞭が舞うと、残りの山賊達も倒された。

山賊B「何しやがる、このアマ!」

山賊A「お嬢ちゃん、痛い目に遭いたくなければウセな!」

茜「あれー?聞こえてなかったかな?……さっきやめなって言ったよね?私は構わない、相手になってやるよ。」

言うと目配せして婦人達を街方向に逃した。

山賊C「この野郎舐めやがって。」茜に飛びかかったが再び鞭に踊らされて倒れ込む。

鞭の風切る音と共に、次々に山賊達が倒された。が、数人の山賊は逃げてしまった。

茜「チッ、逃げられた。……でもまー、気絶してるこの3人だけでも縛り付けて、あとは衛兵さんに任せましょ。」

 道の脇の木に3人の山賊を縛り付ける茜。衛兵に知らせるホイッスルを吹いた。

 しばらく待っていると、さっきの婦人達が衛兵と廊馬車ろうばしゃを案内してきた。

茜「衛兵さん、3人程逃してしまいましたが、残りは縛り付けておきました。あとはお願いします。」

衛兵は茜の事を見知っているのか、軽く敬礼してから、気絶して縛られている山賊達のロープを解き、馬車に放り込む。

衛兵「茜殿、ご苦労でした。コイツらは私達が引き受けます。」

婦人A「ありがとうございました。お陰で助かりましたわ。」

婦人B「ありがとう……あら?茜ちゃん……かしら?噂には聞いてるわ。女の子なのに山賊退治を買って出るなんて。」

茜「ご婦人方がご無事でなによりでした。では私はこれで……。」

馬にまたがると街へ走っていく茜、手を振って見送る婦人達の後ろ姿。


 衛兵「ご婦人方、この辺りは山賊が多いので、あまり森の奥まで入らぬように。では失礼します。」

廊馬車は街とは逆方向、城に向かって走り去った。


 街へ入ってきた茜。街の入口には『キョーオウ』と街のアーチ看板が掲げられている。

夕紅ゆうくれない あかね。この街キョーオウでは噂になっている、山賊退治では有名な鞭使いの20代後半の歳頃の女性。もう今は家族は無く、街はずれで1人で暮らしている。

 ジャニオン王国から山賊退治の手当金を貰い、細々と暮らしてきた茜だったが、その腕前は噂が城にまで伝わる程だった。


 部屋に戻った茜は、鞭を壁に掛けベッドに横になる。

するとグラリグラリと小さな地震が起こった。

茜「あ、地震。……最近、地震が多くなった。小さい地震ばかりだけど……。街の人達は大丈夫かしら……。」


 地震は同じ北半球の大陸の北方、レマート国でも感じられた。

山々に囲まれた国でありながら地震を感じるのは珍しい。ところが最近では小さな地震が頻発して起こるようになった。

 ある山の中腹の岩場では、劉抄りゅうしょう淡藤あわふじが召喚獣、獣神じゅうじん白藍しらあいを横に従え、考えていた。

 劉抄 淡藤。北半球の大陸の中央。レマート国の山の街ヒューベット出身。氷の使い手。召喚獣は獣神白藍。

淡藤「最近、妙に地震が多い。まさかこの時代にあの時がやってくるのか?……白藍、何か感じはしないか?」

白藍「この国では漆黒の竜の姿は少なかったが、大地の揺らぎは多く感じている。他の大陸ではどうなのかは分からん。」

淡藤「虫の知らせと言う言葉が有る。他の使い手に伝えておくべきだろうか?」

白藍「我は其方そなたに従おう。氷の者よ、如何いかにするのだ?」

淡藤「千里眼せんりがんを使ってくれないか?とりあえずは1番近い使い手に会いに行きたい。」

白藍「よろしい。氷の者よ、しばし待たれよ。」

 千里眼とは、互いの獣神の居場所、ステータスが分かる。又、他の使い手の居場所、ステータスも分かる。力の量で飛ばせる距離もコントロール出来る。


 召喚獣は飛竜ひりゅう、すなわちドラゴンである。

使い手に従える獣神であり相棒と言うべきで、使い手と獣神は一体である。

 使い手とは、技巧ぎこうしょを継承し、召喚獣を持つ者。

技巧の書は8人の使い手が持っており、それぞれが技巧のすべあやつる。

 ここにいるのは使い手の1人。氷の者、劉抄 淡藤とその獣神白藍だ。

淡藤は技巧氷の術を持つ。技巧の術とは、技巧の書を身に付け発動される技の事。


白藍「氷の者よ。使い手は世界中に散らばっている。我の紋に収まれば何処どこへ行くのも同じ。」

淡藤「いや、先ずはここから1番近い使い手の所で良い。行ってくれるか?」

白藍「よろしい氷の者よ。ここから1番近い使い手、風の者がいる。そこへ参ろう。」

 使い手は、獣神が認めれば、胸の紋に収まる事が出来る。ゆえに獣神と移動出来ると言う訳だ。

 淡藤は獣神の胸の紋に、水色の技巧色に輝きながら収まった。

 8人の使い手の技巧の術は8つ。それに合わせた技巧色ぎこうしょくも8色。

火、水、雷、風、氷、土、光、闇の8つの術で、術を発動する時、それぞれの技巧色に輝く。

火には赤、水には青、雷には黄、風には灰(グレー)、氷には水色、土には茶、光には黄金、闇には紫がそれぞれの技巧色となり使い手がまとう力の表れである。


 獣神白藍に収まった淡藤は、レマート国から近い西の島の国、ラビルス国を目指した。




道標、其の二


 獣神白藍は氷の者淡藤を紋に収め、ラビルス国に飛んだが、地震を感じたのは南半球の使い手も同じだった。

淡藤と同じくあの時を予感したのだろうか……。

 南半球の大陸、南の街フェルド。雪の多いザイラル国の南端の街だ。

ザイラル国中で人口1位の賑やかな港町でもある。

 フェルドの港の隅に係留されているさびれた船。そこを棲家すみかに暮らす闇の術の使い手、烏羽からすば ヘリウスもまた、異変の予感で落ち着かなかった。

 烏羽 ヘリウス。南半球の大陸の南に位置するザイラル国の港街フェルド出身。闇の使い手。技巧色は紫。召喚獣は獣神紫紺しこんである。

 烏羽「海がさざ波立っている……。また地震か⁉︎…このところ何処に居ても揺れを感じる。きっと大地の揺らぎが多くなってきているんだろう……。」

 烏羽はキャビンから出て街を見渡した。どうやら大きく揺れた地震ではなかったようだ。

……空を見上げた。日が暮れる頃で橙色だいだいいろから薄紫色うすむらさきいろに空が変わってきている。烏羽はそこに遥か上空を舞う黒い影を見た。

 烏羽「ん!あれは漆黒しっこくりゅう!……また何処かで悪いくわだてをする者が出たのか……。大地の揺らぎに気を配っている余裕など無いな。」

 一旦キャビンに戻ってからまもなく……烏羽は目立たない服装で出て来た。

 烏羽「さて、どんなヤツの悪巧わるだくみなのか調べるとしよう。どうせまたサルーンにでもたむろしているに違いない。」

 漆黒の竜とは、悪意の多い場所に現れる悪の竜であり、民の悪意の化身である。故にその漆黒の竜の消滅と共に、悪意を持つ関係人物は消滅する。使い手は民の悪意の全てを見抜けない為、漆黒の竜を退治して決着を付けなければならない。

 企ての中心人物を探ってから漆黒の竜を退治するのが烏羽流と言っておこう。中心人物の家族構成から交友関係まで調べておく事で次に企てを引き継ぐ者までも把握する為だ。

 烏羽 ヘリウスは、技巧闇の術の使い手で、紫色の技巧色をまとい術を使うが、使い手の中で唯一攻撃技召こうげきぎしょうを持たない。その為、闇の使い手の防御技召ぼうぎょぎしょうのみ漆黒の竜に破られない特性が有る。使い手の中で防御技召はトップの力を持つ。

 技召とは、すべを発動する事を指し、攻撃技召は攻撃の術、防御技召は防御の術である。

闇の術の使い手は攻撃技召を唯一発動出来ない分、防御技召を発動し、それを遠隔操作する事で攻撃に転じる。これが闇の使い手独自の攻撃法である。どの使い手も、攻撃、防御両技召共に遠隔が可能であり、使い手の熟練度により得意技召が事なる。


 フェルドの街の、場末のサルーンでは、悪党どもの悪巧みの最中だった。

 烏羽は技巧の書を手に獣神を呼ぶ。

烏羽「紫紺、召喚しょうかん!」技巧の書の紋が紫に輝くと、獣神紫紺が現れた。

烏羽「紫紺、空を舞っている漆黒の竜を見張っていてくれ。」

紫紺「我は悟られないよう飛んでいよう。何か有ったら其方そなたの技巧色を頼りに舞い降りる。」

烏羽「頼んだ、紫紺。」


 サルーンのテーブルは悪玉共で一杯だ。

烏羽は声が聞こえる窓の下で様子を伺っていた。

 親玉「そろそろ街の税金輸送の日だ。輸送の馬車を、途中で襲う。それまでに準備を整えておけ。」

子分A「親分。襲う場所は何処に決まりです?」

親分「水道橋すいどうきょうの上に馬車道ばしゃみちがあるだろう。そこで決行だ。」

子分B「あっしらはどういった役割で?」

親分「待ち伏せして馬を驚かす。御者ぎょしゃ以外にも幌の中には衛兵も居るはずだ。全て縛り上げたら、後を追って我々の馬車が到着。かねの袋を全て積み替えたら、役所の馬車を馬もろとも橋から落とす。火など使わんでもヤツらはあの世行きさ。」

子分C「アチキ達で出来ますかい?馬車と馬と衛兵達。重すぎやしませんか。」

親分「だからこそ人数揃えたんだろがっ!分け前が欲しくないなら止めておけ。まもなく、役所を見張らせてる仲間からの合図が有る。それで決行する。野郎どもいいな!」

子分達「おーっ。」

 烏羽は裏手の窓越しで様子を伺っていたが、

烏羽「やはりヤツらか。懲りない連中が次から次へと……。漆黒の竜が低く舞ってきた。これでヤツらともお別れだ。となると今朝の役所周りの不審な連中も仲間と言うわけだな。ならば決行される前に漆黒の竜を消し去るまで。どれだけのワルが消滅するか楽しみだ。」

 暗くなった街中を去っていく烏羽の後ろ姿。上空には漆黒の竜が舞っていた。

 烏羽は街で1番高い塔を持つ教会に入っていく。塔は教会の鐘楼しょうろうで、長い螺旋らせんの石段。それをゆっくりと上がっていく。

石段の途中のあかり取りから見える漆黒の竜。船から見た時より低く舞っているようだ。

 烏羽「紫紺!応召おうしょうしてくれ。あとは任せろ。」

塔の灯取りから烏羽の技巧色が見えると獣神が戻って、技巧の書に収まった。

 召喚しょうかん応召おうしょう。召喚とは、獣神の名を呼び、技巧の書から獣神を出現させる事。応召はその反対で、役目、又は指示した事を終えて、技巧の書に戻す時に獣神に語る言葉。

 烏羽「既にかなり低く舞っている。……もうヤツらの計画実行が近いのか⁉︎……残念だが……私が竜を消す……悪巧みを野放しにはしない!。」

 石段の上の方まで上がって息も切れ切れの様子の烏羽。ようやく鐘の有る最上部まで上がって来た。冷たい海風が吹いていた。烏羽は辺りに漆黒の竜を探す。

 烏羽「むっ、見えた!シルエットでしか見えないがこの距離ならヤレる!」

タイミングを見据えて技召に掛かる烏羽。

 烏羽「柱壁球ちゅうへききゅう遠隔!球防壁きゅうぼうへき!!」

ドーム状に闇の技巧色に輝くと、漆黒の竜に向かって飛ぶ。

紫の技巧色に完全に包まれる漆黒の竜。烏羽は立て続けに技召を繰り出した。

烏羽「柱壁球遠隔!波動壁はどうへき!!」

 波動壁とは、壁状にして使う防御技召だが、烏羽はこれを壁状にせず、細く刃物のように連続して繰り出し、竜を八つ裂きにしてしまう。

 柱壁球遠隔とは、防御遠隔の術。防御技召の前に叫ぶと力が増す。それらは技巧色に纏われながら発動する。

烏羽「波動壁!波動壁!波動壁っ!」

ドーム状の闇の壁に包まれて不意を突かれた漆黒の竜は、たちまち剣のような幾つもの波動壁によって八つ裂きにされ消滅した。

 烏羽「はぁはぁはぁ……ふーっ。……これで親玉は終わりだ。あとは結果を御覧ごろうじろだ。」

 鐘楼の塔を降りていく烏羽。まだわずかに空が彼の技巧色で紫がかっていた。


 サルーンで一連の行動を説明していたワルの一派、親玉と子分数人が突然消えてしまったとマスターから知らされた烏羽。

 太い柱に技巧の書をかざす。闇の印が刻まれた。そして技巧色に輝く。

烏羽「悪い事は出来んと言う事だ。マスター、またワルの妙な企てを耳にしたらこの柱の前で俺を呼んでくれ。この印は普段は見えん。側に立ち、願えば私に通じる。」

マスター「あ、あなたは?もしや使い手様⁉︎」

烏羽「あぁ、俺は闇の使い手、烏羽ヘリウス。烏羽と呼んでくれ。……さて、マスター。一杯貰おうか。」

カウンターに腰掛ける烏羽。

 窓の外では、既にとばりが降りた港に、灯台の灯りが時折街を照らしていた。




道標、其の三


 北半球の大陸、その東の国ジャニオン王国。

国の更に東の端の街キョーオウ。

 今日は茜の部屋に朝から女の子がやって来た。

よく茜の所に来る近所の子供シンディーだった。

シンディー「茜お姉ちゃん、また学校まで一緒に来てー。」

茜「シンディー、またいじめられたの?もうしょうがないわねぇ。」

茜は少女の手を引き、学校までの道を共に歩いていた。

茜「嫌がらせを受けたら、はっきり止めてって叫ぶのよ。それからちゃんと先生に報告しなさい。」

シンディー「うん……でも……。」

茜「大丈夫よ、シンディーなら出来るわ。」


 学校の門を過ぎるといじめっ子達3人が校舎のそばに居た。

シンディーは茜の手をぎゅっと握りしめる。

茜は小声で「大丈夫。お姉ちゃんがキツく言ってあげる。」

2人はいじめっ子の前に歩いていくと、

茜「おい、いじめっ子達!シンディーをこれ以上いじめると、このお姉ちゃんがアンタ達の玉を握り潰しちゃうからね!いい?」

 一瞬ひるむいじめっ子達。

 茜「この子に謝りなさい。それとも握りつぶされてもいい訳?」

いじめっ子達は声を揃えてシンディーに謝った。

茜「よろしい。弱いものいじめは2度としない事。いい?さもないとー……。」(茜の手の振りは読者の想像にお任せ)

 いじめっ子はカタカタ震えながら言った。

いじめっ子A「ごめんなさい。2度としません。」

いじめっ子B、C「ごめんなさい。」

 茜「よし!この事は先生にちゃんと報告します。アンタ達をしっかり見張ってもらうから覚悟しなさい。」

いじめっ子達は慌てて校舎に入って行った。

 シンディー「お姉ちゃん。これからは大丈夫かなぁ……。」

茜「大丈夫よ、シンディー。さ、教室に行きなさい。私は先生に報告してから帰るわ。」

シンディー「ありがとう、茜お姉ちゃん。」


 茜は先生に報告を済ませると、学校を出て街中まちなかを歩いていた。そこへ衛兵2人が茜に駆け寄って来た。

 衛兵「茜殿ですね。山賊退治の手を借りたい。農民の馬車が続けて襲われたんです。」

茜「場所は何処ですか?」


衛兵「ここから北西に伸びる農道です。収穫を終えた頃だったようなので、昼前の頃ではないかと……。5人位だと農夫が言っていました。明日また来ると言う話でした。」

茜「分かりました。翌朝見張りに出ます。賊が出たらホイッスルを吹きます。廊馬車の準備をしておいてください。」

衛兵「お願いします。馬車は用意して農道近くに衛兵を配置させます。」


 昼過ぎになって、部屋に食事に戻ってきた茜。

 茜は食事をしながら独り言をつぶやく。

茜「全くひどいヤツらは絶えないものね……。農民に怪我が無いだけ良かったわ。…縛り付けるロープだけじゃなくて、丈夫な足枷あしかせ位必要なんじゃないかしら…。」




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