第2話

 時間すらも超越した空間が、ここにはある。


といえば聞こえはいいが、ニシに朝は来ない。ただそれだけのことだ。

もう何分、何時間走ったのだろうか。


 この戦争で、ヒガシはニシに大勝した。よって、ヒガシには、ニシから多額の懸賞金と、一部領土、そして、月下隊から数万にも及ぶ兵士たちがヒガシに派遣される。主な仕事は、陽下隊の奴隷、一言で言ってしまえばこれに帰着する。

 陽下隊の皆は、安堵している。勝ったことにではない。終わったことにだ。

 戦争の終結を意味する鐘の音が聞こえた瞬間から、後二十四時間だけは、勝った町も負けた町も、それぞれの町で、戦争終了のパレードが行われる。今頃、二つの町は、久方ぶりの平和を楽しんでいる。


「多分、月下隊総司令部本部にマオはいない。かといってパレードの中に紛れるのは危険すぎる。行くとしたら…。」

 壁を越えてから約二時間ほど足を止めず走った後、あまりに無鉄砲な捜索に痺れを切らし、ある程度捜索方針を固めることにする。

「月下隊の本部に通ずるトンネルの麓にある、処刑台、だろうね。」

 町の象徴でもあるニシの町処刑台。処刑台が象徴なんて、皮肉でしかない。国民の勝手が見掛け倒しの民主主義を遂に破壊、日の国は、長らく欧米の方式をとった大統領制を適応していた。タブー視されていた処刑でさえ、兵士団にとっては通例の罰則規定となっていた。

「でもあそこは」

「あぁ、明日から始まる処刑審査のために、既に月下隊の幹部どもがぞろぞろとお出ましってわけだ。」

「総司令部総監督って、マオのお父さんだよね?大事な娘を処刑になんて、」

「いや、あいつの父親ならやりかねない。」

 処刑判決を下すのは高等裁判所、しかし処刑者を選ぶのは兵士団のトップ、総司令部総監督と決まっている。三権分立もくそもない。司法権は裁判所が担ってはいるものの、後ろ盾に月下隊がいることはもはや周知の事実である。マオの父親は総司令部総監督の立場から、明日からの処刑審査で月下隊の誰の首を切るのかを決める。  

 マオは総監督補佐として、処刑台にいるだろうと踏んだのだ。

「なんであそこまで、マオがパパさんのこと崇拝しちゃってるのか知んないけどさ、今マオに会って、どうする気?」

「逃げる。」

「は?」

「マオを連れて、日の国を出る。」

 静かに行われていた会議の体裁を崩したのは、ルートだった。

「エリはともかく、私たちは十八年間、外国どころか、陽下隊が管理してる領域内から出たことすらないのよ?そんなの、無理に決まってるじゃない!」 

「できるかもしれないだろ?」

「無茶だ…。」

「無茶してできるかもしれないなら、やろうぜ。」

 迷ってはいなかった。迷いは、大障壁の向こうに置いてきた。

「レオン…。」

「俺は降りる。って言ったら?」

 いつもみたいに冷静だった。どんな些細な行動も、まず頭で考える奴だ。かといって答えを出すのは早い。突飛な優秀さが、時々癇に障る。ただ、自分が持つ他人に向けた優しさを頑なに認めない。そんな奴でもある。

「俺はお前らに、一緒に死んでくれなんて言えない。勿論マオにもだ。」

「死ぬ気なの?」

「失敗すれば、死からは免れない。」

 数時間前に終結した大戦で、戦闘部隊として最前線で戦うくらい、もしくはそれ以上に危険が伴うことをしようとしていることは、俺が一番よくわかっている。

成功だけを見ようとしても、失敗という揺るぎない弱音が視界を遮ろうとする。それも本音だ。

「やっぱり危険すぎるよ。ねぇ、戻ろう?今なら遅くないよ。」

 ルートの声が弱弱しく揺れる。きっと泣いているのだろう。いつもは呆れるか慰めるところ、切羽詰まっているのは、俺も一緒だ。

 泣いているルートに、いや、この国の理不尽さに向けて怒鳴った。

「お前らは思わないのか?!終戦を喜んでる状況が、もう手遅れなんだよ!今回のヒガシとニシの争いで、一体何人が死んだ?何人が大事な人を失った?ルナだって!

……陽下隊の兵士だけじゃない。今回は、大きくなり過ぎた。関係ねぇ人が大勢死んだ。なのに、月下隊は!また人を何人も殺そうとしてる!月とか太陽とか、そんなの、俺にはどうだっていい。お前らと笑ってる明日があれば、それで、」

「行くよ。」

「エリ?」

「ルート、考えてもみてよ。レオンがいつ、俺たちの言うことを聞いたことがある?それに、ここで別れたら、レオンを引き留めきれなかったことを、一生悔やむことになる。そんな十字架を背負うのはちょっとね。

 俺は、俺のために、レオンについていく。」

「私だって、人が死ぬのはもうやだよ。でも、レオンとエリが死んだら、私、どうしたらいいのか…」

「お前が決めろ。俺はもう少しマオを探す。ニシの町処刑台にもいないかもしれないしな。そんで、ここに戻ってくる。今から十時間後だ。エリはルートについてやっていてくれ。」

「分かった。」

「十時間後って、」

「処刑審査が始まる、一時間前。」

「俺は行く。もう一度言うが、ついてきてくれとは言わないし、正直、お前らがついてくることには反対だ。」

 





「エリ、私、どうしたらいいと思う?」

 ルートは、自分の行動に自信が持てないときや、勇気が出ないとき、いつもレオンやエリオット、そして、父親のマカライに相談する。レオンは少々乱暴に、エリオットやマカライは決まって優しく、ルートの背中を押す。けれど、今回は違っていた。

「こればっかりは、その相談に乗ってあげられない。」

 本意ではないというような顔でうつむく。徐にもう一度話始める。

「でもさ、ルート。レオンは、俺たちがあいつについていくことを反対した。だけど、来るな、お前らはいらないとは言わなかった。」

「どういう意味?」

「どういう意味なんだろうね。俺にも分からない。

 レオンは勝手な奴だよ。あんな勝手な奴、他にはそういない。前しか見えないあいつには、俺たちが必要だと思わないか?」

「レオンは強いもん。私なんか。」

「強い者は、ずっと強くなきゃいけないのか?きっと長い旅になる。成功する妄想より、失敗する具体例が五万と浮かぶ。そんな旅の途中でレオンがこの先ずっと、強くいることを強いるのか?それは酷だよ。俺はついて行って、多少は助けてやりたい。ただ、完全にレオンに乗るわけじゃない。無理だと思えばすぐに逃げ道を確保して、俺一人でも逃げ出すつもりだ。俺は卑怯だからね。」

「エリは卑怯なんかじゃないよ。」

「なんか、なんて心外だな。俺は自分の性格が結構気に入ってるんだ。」

「ふふ、なによそれ。」 

 力なく笑った。

「ねぇ、ルート、少しだけ、あともう少しだけ、戦ってみないか?」

 二人とも、勿論レオンも、この戦いで心身ともに疲労を極めている。本当は、家に帰って、マカライ特製スープを家族四人で飲みたい。妹のアリーは、防空壕の中で、毎日泣いていた。ルートも泣きたかった。

 実をいうと、エリオットは、ルートは女の子だからね、と優しく言ってくれると思っていた。女の子であるという理由は、いつもルートを少し特別にした。陽下隊Bクラスの戦闘部隊は、十八歳以下の女子であれば、戦地ではまだ安全な領域内での戦闘が許されている。でも、今回の旅に女の子の特別ルールは適応しない。

「答えてくれないんじゃなかったの?」

「気が変わったのさ。どうする?決めるのは、ルート自身だよ。」


 ルートは、力なくその場に座り込んだ。約束の時間まで、まだ長い。

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明日への障壁 来栖シュン @Nekutai_16

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