明日への障壁

来栖シュン

第1話

もしも、この世界が終わってしまうとするのなら、俺は喜んで、死を受け入れようと思う。けれど、それはどうやら叶わないらしい。


 三年に及ぶヒガシとニシの戦いは、今この瞬間、終結を迎えた。

 正史十五年。第三次世界大戦が塗り替えた日常を取り戻しつつあった戦後三十年。見てくれのみの平和は、突然大きな音を立てて崩れていった。

 日の国にはもともと、太陽の町、ヒガシと、月の町、ニシの間に、高さ三百メートルに及ぶ大障壁がそびえていた。生まれた時からある壁に対して、何の疑問も抱いてはいなかった。でも大人たちは違った。壁を壊し、ニシの人々と共存していこうという人もいれば、太陽と月を同じ時間軸で出現させることは危険であるという人もいた。

 そしてある日、戦争は始まった。太陽の光が容赦なく照り付ける、極普通の日だった。


 戦争が終わってもなお、走っていた。肺が焼けているように痛む。

それは、決して、太陽のせいではない。


「頼むっ…。生きててくれ……。」


 レオンはマオを探していた。マオ・ローガン・ニシ。尾に付く名で、所属する町を示している。彼女は、ニシの月下隊で志願兵をしていた。


 俺は、どこに向かえばいいのかすらも分からないまま、ただ彼女の無事だけを願い、走っていた。


 月夜の闇は、壁の一部が破壊された今でも、黒い幕をニシの町一面に隠している。

いつもマオと会っていた場所は、既に戦争で破壊されていた。





「レオン、今マオに会いに行くのは危険すぎるよ。また今度、ねぇ、戦争は終わった。会いに行こうと思えば、今からじゃなくてもきっと、」

「今じゃなきゃ!今じゃなきゃ…だめなんだよ。ニシは負けた。負けた町の兵士団がどうなるのか、お前だってよくわかってんだろ!」

「大丈夫よ、マオならきっと。処刑だって、必ずしも死刑が執行されるわけじゃない。ヒガシに屯田兵として派遣されてくるかもしれないじゃない!」

「そんな可能性にかけてはいられない!俺は今から会いに行く。陽下隊の連中がどんちゃん騒ぎしている間、ここにしかチャンスはない。」

「だったら私も行く。」

「来るな。お前はだめだ。ドジでのろまなんだから。」

「これでも陽下隊のBクラスとしてこの戦争で戦ってきたのよ?レオンについていく。」

「……好きにしろ。」





「…で、なんでお前もいんだよ。」

「二人だけで行ったとして、生きて帰れることを想定していたとは思えないね。なんで俺を誘ってないのか、理解できないよ。」

「俺は初めから、一人で行くつもりだった。」

「水臭いな。ニシにヒガシの人間が行くだけでも危険なのに、こんな無防備だし。」

「走るのに無駄な装備を身に着けていくわけにはいかない。銃一つあれば十分だろ。」

「レオンはともかく、ルートには銃一つじゃ心許ない。それに、今回の戦争で破壊された壁付近にはまだ月下隊の戦闘部隊が大勢いた。はったりの一つもかませない君たちがどうやって街境を越えようと思ったのか不思議だよ。月下隊の幹部なんかに見つかったら、間違いなく生きては帰れない。」

 走りながらでもエリオットの小言は収まらない。

 実際、三十分程前、あっさり月下隊の兵士に見つかった。エリオット特有の虚言癖を当てにしなければ、二人とも簡単に身柄を拘束されていただろう。

「だから…。」

「え?なに?」

「うっせー。何でもねーよ。おいルート、もっと速く走れ!」

 言葉同士の衝突では決してエリオットには勝てない。八つ当たり的にルートに声をかける。

「ご、ごめん。」

「仕方ないよね、ルートは女の子だもん。」

「壁付近にはいられない。スピードを上げるぞ。エリ。」

「わーかったよ。」

「ルート、手貸せ!」

「え?」


 レオンはルートの手首をつかみ、走る速度を上げた。


 こんな危険で馬鹿げた計画に、二人を巻き込みたくはないと考えていた。


 戦争が終わりを迎えたら、マオに伝えなければならないことがあった。


 生きていてくれ。


 頼む。


 頼むから。


 暗い森の中に、月だけが光を持っている。頼りは、その身勝手な月がもたらす、薄い光だけだった。



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