【第二章 覇王の生誕】
【第二章 覇王の生誕】
「あ〜あ。退屈ですわねぇ。何か面白い事でも無いのかしら? はぁ……」
そう言って、バルコニーの縁に肘をつき、両の掌に顎を乗せ、ぷーっと頬を膨らませてはしぼませ……を繰り返すこの美しい少女は、ランド王国の国王、ランド十二世のニ人目の御子。バーバラ王女、御年十四歳になられる。贔屓目に見ても、かなりの美少女である。かなりの美少女である。大事な事なのでニ回言いました。
癖っ毛のある長い金髪は腰まで伸びており、その美しさに拍車をかけている。兄上にあたるサウザー王子とは十も歳が離れているせいなのか……元々の気質のせいなのか……判然とはしないが、かなりのブラコンである。かなりのブラコンである。これも大事なことなのでニか……
「ちょっとジーナ! さっきから何をぶつぶつと! また独りの世界に浸ってますの?」
あぁ……こうしてプンプンしてる王女も可愛い。私はなんて幸せなんだろうか。
「おーい。ジーナ? 全部、声に出てますわよ」
「はっ。申し訳ありません王女様! また悪い癖が出てしまいました」
「ったく。しょうがありませんわね。なんだってお兄様はこんな人を
はい。私の名はジーナ。先月からバーバラ王女専属のメイドとしてサウザー王子の命令で配属されました。王家に仕えるようになって三年。その間ずっと王女の側にいられるようにと願っておりました。その願いが届いたのです。こうして王女のお世話をさせて頂けて、私は天にも昇る心地です。あぁ……王女が私を見つめている。首を傾げる仕草がまた可愛くて……私は一生お側を離れません。
「あ、ありがとうジーナ。全部聞こえてましてよ? 分かったから、現実に戻ってきてくださる?」
「はっ、王女様ー!私は……私の一生は全て王女様に捧げます! どんな事があっても、私が守り抜いてみせます!」
「あ、ありがとうジーナ……分かったから! 分かったから、一旦離れましょう? そんな抱きつく事ですの!?」
「あぁ……お優しい王女様ぁ……このジーナ。どんなに素敵な殿方に求婚されても結婚なんて致しません。王女様一筋でございます!」
「ちょ、ちょっと! それじゃ
「存じ上げておりますぅー。サウザー王子の盟友の方でございますよね? あの方なら私も王女様にお似合いだと思いますぅー。」
「な!……何で知ってますの!?誰にも言ってないのに……」
「そんな事……王女様を見ていれば分かりますよ。あの方への視線はサウザー王子と同じ位に熱いのですもの」
「ぇえっ! バレバレですの? ウソですわ!」
「ウフ。ご心配には及びません。恐らく気付いてるのは私だけでしょう。あの方……ジェイクマン様ご本人も王子様もお気付きではありません。もう一人のお兄様だろう位に思われてますよ」
「そうなんですの? 良かったぁ……って、良いような良くないような……ところで、何でジーナは気付いたんですの?」
「あら? 私は王女様の事なら何でも知ってますよ? それが王女様の専属メイドとしての私の役割でございます」
「程のいいストーカーみたいですわね……。ねえ? 私の……この想いは実ると思います?」
「まぁ? そこら辺のストーカーよりも、私の方が健全に王女様を愛していますからね?」
「え? あぁ。あはは……」
「あと王女様の想いは私が実らせてみせます。愛する王女様の願いですもの。このジーナにお任せくださいな」
「本当!? あ、でも私まだ十四歳ですのよ? まだそう言う事は早いと思いまして……あの……その……」
「心配いりませんよ? たとえ歳が十離れていようが関係ありません。きっと私がジェイクマン様をロリコンにしてさしあげます」
「え“ーっ! ロリコンって! ジェイクマン様を! そんな変態にですの!?」
「大丈夫です! まずロリコンに落とし込んでから王女様と接して頂いて、王女様に堕ちてもらいます。王女様は今やロリコン界の頂点に立たれるお方ですので、まず堕ちますわ」
「あのぉ? どこの世界線のお話ですの……?」
「王女様はご存知無いのも仕方ありません。世の男共のロリコン愛は、それはそれは凄いものがあります。ジェイクマン様も例外ではないに違いありません。その後に王女様が成長なされてロリコンではなくなっても、王女様に惚れてるのですから、自ずと王女様に恋焦がれますわ」
「はぁ。随分と都合の良い展開ですわね……」
「大丈夫ですわ。王女様は私に全てを任せて頂ければ良いのです」
そう。ジェイクマン様と結ばれても私は王女様のお側は離れません。行く行くは王女様のお子様も私が抱っこさせて頂きますわ。あぁ……可愛いんでしょうねぇ。思い浮かべるだけでも鼻血が出そう……。それにしても王女様……柔らかくて良い匂い。ずっとこうしていたいですわぁ。
「あのー。ジーナ? また声に出してますわよ? くれぐれも私にそのケは無いですからね! もう。お兄様のおバカー!」
♦️
ノックしようとしたその瞬間に「バカ」と、この兄を罵る声をドアの向こうから聞いてしまい、何秒か悩んでしまった。今はよした方が良いだろうか。お構いなしにノックした方が良いだろうか。この俺が迷う事があるとは……。後でジェイクマンに言ったらどんな顔をするだろうか?酒のネタにはもってこいの話だな。まぁいい。さっさと用事を済ませよう。
「バーバラ? 居るか? 入るぞ」
素早くノックして、居るのは分かっているが、ついそう言ってしまう。この時に少し待ってから入るべきだったと後で後悔する光景を目にしてしまった。恍惚とした表情で抱きつくメイドのジーナに困惑しているバーバラ……。
後にも先にもこんなコミカルな局面を垣間見た事は、この時しか無かった。どうしようか迷い動けなかったのもこの時が最初で最後だった。
「よ、よう。バーバラ。斬新だな」
何故そのような言葉が出てきたのか? その答えは永遠に出なかった。
「何がどう斬新なのです! この状態もお兄様のご命令なのですか!?」
「うーむ。半不正解で半分ハズレだ。」
「ならほぼ正解じゃないですか! ほらジーナ? お兄様の
「はい! 申し訳ありません。王子様、王女様。とんだ醜態をお見せしてしまいました」
ジーナは申し訳なさそうにバーバラの腰から手を離し(顔は名残惜しそうにしてるが……)立ち上がり一礼をする。その動作は毅然としたもので、他のメイドとは差を感じる。
「あー。ジーナ? バーバラに良くしてくれているのは有り難いが……そのう……やり過ぎないようにな?」
「はい。かしこまりました。以後は節度を弁えるように致します。ご無礼をお許し下さい」
人は見かけや動作などで、大体はその人となりを判別出来るものだが……例外もあるのだと、確認出来た貴重な体験をした。
しかし、ジーナのメイドとしての能力は他を圧倒している。王家への忠誠心もある(王女のみかもしれないが……)。俺と似て勝ち気な妹の面倒を見るには最適と思い斡旋したのだが……本当にこれで良かったのだろうか。
「ほら! ジーナもこう言っていることですし、お兄様も許してあげてくださいな?
「そうか。わかった。これからも妹を宜しく頼むよ?」
「ありがとうございます。王子様。今、お茶の用意をしますので、ごゆっくりとなさって下さいませ」
深々と頭を下げて部屋を出て行く後ろ姿も凛々しく、頼りに思う。いや、やはりコレでいい。この妹の手綱を握れる人物なんぞ、この小さい国に何人いるか? 多少の誤差は範囲内だ。
「それで? 何の用ですの? お兄様」
「あぁ……まあ。何日かしたらしばらく城を留守にするから、その挨拶にな」
「えぇ!! もしかして国の外に行かれるのですか? 私もご一緒させてほしいですわ!」
「いや。遊びじゃないんだ。危険も伴う。下手をすれば命に関わる。連れては行けない」
「えぇーっ! つまりませんわ!」
「ジーナとでも遊んでてくれ」
「ジェイクマン様もご一緒ですの?」
「ん? ああ。ジェイクも一緒だ」
「えぇえーー! もっとつまりませんわぁ!」
「少しの辛抱だ。俺が帰ったらきっと今より楽しい時間が増えるぞ?」
「少しって……どの位の少しですの?」
「さぁな。来月か? 来年か? いつまで……てのは決まらないな」
「そんなにですの!? 私待てないですわ!」
「良い子だから、大人しくしてておくれよ? ご褒美はたくさん用意しておくから」
その為のジーナなんだ。バーバラの暴走を止めれる人物を近くに配置しておかないと、不安でしょうがない。
「う“ー。分かりましたですわ。けど早くお戻りになってくださいましね?」
「ああ。なるべく早くな」
程なくジーナがティーセットを乗せたワゴンを押して戻って来たので、他愛も無い話で軽いお茶会をしてバーバラの部屋を後にした。十も歳が離れているせいか、不思議な事に妹は可愛いものだ。これから先、殺伐とした未来へ身を置こうとする俺の人生で唯一の憩いの存在だ。
父王を無能と思っているが、唯一認めているのはバーバラを産ませた事だ。それだけは褒めてやる。決行は明日……。歴史が変わる日だ。
♦️
今夜は特別な夜になりそうだな。それもそうか。なんせ明日に全てが動き出す。準備に抜かりは無い。サウザーから計画を聞いた時は自分の耳を疑ったものだが、こうして準備を進めているうちに実感するものはある。サウザーの意志は固く尊い。そしてその思想は気高い。理想の実現に向けての行動計画は中々に荒っぽいやり方だが、迅速にやり遂げるには致し方ない所はある。世界の秩序そのものを変革させるのだ。強引でも、そうしないと腐った世の中は変わらないのだからな。そうだ——世の中は腐っている。
そんな事を考えながらサウザーの待つ王宮へと街を抜けて足を運んでいる途中で、何人もの浮浪者を見かけては小銭をくれてやる。今後の生活の役に立つ程の金額ではないが、今夜を乗り切る分は十分にあるはずだ。しかし、もうすぐそんな生活から解放される。もう暫く耐えてくれ。
俺がサウザーの計画に乗った最もな理由がこれだ。人々は王家の奴隷ではない。民から敬われる王家なぞ数が知れている。殆どの王家が民を奴隷にしか見ていない。人々を支配し、自分達だけの富を築き、裕福な暮らしを送っている。貴様達を越え太らせる為に人々は生きているのでは無い。それを身を持って思い知らせる必要がある。
世界は今、大小合わせて百近くの王国で成り立っている。各王国の王家がそれぞれの領地で特産品などの利権を握っていて、国民を支配している。ここランド王国も例外ではない。その秩序を破壊し、人々に真に平等な世の中の新しい秩序を作る。そう思って立ち上がる人は今まで多く居ただろう。……が、そのことごとくが王家により抹殺されているはずだ。力及ばず無念で散った過去の同志の意志は俺が引き継ぐ。もし死んだ先の世界があるならば、そこから祈っていてほしいものだ。俺達の成功を。
王宮に到着し、門番の衛兵に労いの言葉をかけて中に入る。当たり前のように顔パスだ。サウザーと幼馴染というだけでは、当然だが顔パスなんて無理な訳で。思えば俺も出世したものだ。もっとも、出世なんかに興味はなかったのだが、結果この立場だからこそ明日の準備もスムーズに行う事が出来ている。その点では助かっている。何人もの使用人と会い、会釈してやり過ごして2階へ上るかなり広いメイン階段へ差し掛かろうとした所で、上から不意に聞き覚えのある【お声】を頂く。
「あら! ジェイク様! これからお兄様の所ですの?」
王家の人間は大体、着飾っている事が多いが、この声の主は例外だ。ラフ・軽装、とにかく活発的だ。じゃじゃ馬やんちゃ姫の通り名があるくらいで、俺も何かと世話を焼いたものだ。最も驚いたのが王宮の屋根の上から俺を呼んだ時で、その時はあらゆる思考が止まったのを覚えている。
最近になって新しいメイドが付いたらしく、そのメイドの教育(?)が行き届いてるのか、その時程の活発さは今は無い。が……一人で馬に乗れるほどの活発さだ。どんな暴走を仕出かすか不安は常にある。そんなバーバラ王女の手綱をしっかりと握れている人物とは? 気にはなっていた。それが今、目の前の王女の斜め後ろに居る。黒い髪の毛は後ろで結って纏めており、控え目でしっかりとした佇まいは貫禄すら覚える。そんな見た目とは裏腹に二十歳そこそこの年齢と言うから驚きだ。メイドとして極めて完璧な人物なのだろう。
一つの職業を極めた人間には素晴らしい価値がある。国民全員がそんな、好きで自分に合った職を持てたらどんなに素晴らしい国が出来るか? 俺はそんな国作りをしていきたい。そう言っていたのはサウザーだ。現在の制度では新しい産業が出来ても、全て王家が富を独占し、人々にその恩恵は与えられない。理不尽きわまりない。だがそんな古臭くて理不尽な仕組みは明日で終わる——。
「こんばんは。バーバラ王女。ええ、呼ばれていましてね。今王宮に到着したとこです」
「そうでしたか。え? 何ですの? ……ぇえッ!」
例のメイドが王女に何やら耳打ちしている。何を伝えているのだろう?
「あの……ジェイク様? あの……えと……無理ですわジーナ!
ジーナと言うのか、この新しいメイドは。
「どうしました王女? 私に御用がおありですか?」
「あ、あの……何でもございませんのよ! ごめんなさい。ジェイク様を足止めさせてしまいましたわ!」
「大丈夫ですよ。このくらい何ともありません。お気になさらずに。それではまた」
「あ! お待ちくださいジェイクマン様。私ごときが急にお呼び止めして申し訳ございません。と言うのも、王女様は最近クッキーを焼く事をお覚えになられたので、そのご試食を兄上であられるサウザー王子様だけではなく、ジェイクマン様もご一緒にと思っております。私の勝手なお願いではございますが、後日、お時間がありましたら、サウザー王子様と王女様のクッキーを一緒にお召し上がりくださる機会を頂けないでしょうか?」
「え……ジー……クッ……ぇえ!?」
言葉にならない言葉を発して戸惑うバーバラ王女を見て、ジーナは王女を見返して「で、ございましたよね? 王女様」とにこやかに返している。
なるほど。これはいい。あのバーバラ王女をここまで手名付けているとは。しっかりと手綱を握っていて、余程の事が無い限りジーナに任せておけば安心できる。サウザーも自慢のメイドだな。こういう有能な人間は嫌いじゃない。
しかし……こんな風に戸惑うバーバラ王女は初めて見た。なんとも可愛らしいではないか。
「わかりました王女! このジェイクマン、王女の手作りのクッキーを楽しみにしていますね?」
自然と顔が笑顔になる。サウザーが良く、妹は自分にとっての唯一の憩いであると言っていたが、正にそうだな。明日から殺伐とした環境に身を置く立場になると思えば余計にこういう平和な憩いは欲しくなる。
「え……あッはい! ありがとうですわ! ジェイク様の為に、とっても美味しいクッキーを焼きますわね!」
「ええ。是非お願いします。それでは王女、失礼します」
ジーナにも視線を向けたが、目が合う事は無かった。深々とお辞儀をしていたからだ。全く……大したメイドだ。
「はい。ご機嫌よう」
踵を返してサウザーの部屋へと向かう。思わぬ出来事で緊張が取れてしまった。恐らくは明日の最終打ち合わせの為に呼ばれてるんだろうが、果たしてこんなにリラックスした気分で挑んでいいのだろうか。自らを戒めようと深呼吸してみるも、顔は何故かほころんでしまう。しょうがない。なるようになれだ。
サウザーの部屋へ行くには警護の為の関所(?)を通り、案内してもらわなければならない。王位継承権を持つ者なのだから当然だが、幼少期からこうなので、サウザー自身が辟易している。もっとも明日からは更に警護が厳しくなるがな……。
案内してもらった衛兵に礼を言い、部屋に入る。サウザーはどこだ? 居間か? 一家族が過ごせる広さと小部屋が多数あり、いつも探すのに苦労する。
「ジェイクか? こっちだ」
声がした方を向くと、小部屋のドアが一つ開いている。そこはサウザーの意向で小部屋の一つを改装し書庫になっていて、あらゆる種類の本が置いてある。一万冊は超えるであろう本が並んでいて、全て既読済みだとか。
「またそこか。新しい本でも手に入ったか?」
仮にも一国の時期国王に随分な口のきき方だと、我ながら毎回思う。改めるつもりはないが。
「ああ。世界の鉱物資源の分布図が手に入ったんだ。コイツのおかげで今後の侵攻ルートが大分練りやすくなった)
「鉱物資源か……。そんなに重要なものか? どこかの国の採掘品でも買い取る気か?」
「気の利かないジョークだ。俺もその気の利かないジョークで返すとしよう。買い取るんじゃない。占領して独占するべき戦略物資だ。例の新兵器に使用する。これを我々が抑えて独占すれば、敵は同じ兵器を使用するどころか開発さえ出来ない。まさに“敵無し”だな」
「あの“鉄砲”に使うやつか? 構造も簡単だし、原理も複雑ではないから誰でも真似出来そうな気がするけどな」
「確かにその通りだ。だか、材料があれば……の話だ。お前は火薬の原料を知ってるか?」
「火薬……って、あの“鉄砲”の弾を飛ばす時に使う粉の事か? いや、知らない」
「だろうな。俺もつい最近知ったばかりだ。教えてやる。火薬は3つの材料を混ぜて作る。黒鉛、硫黄、
「なるほど。つまりはその硝石が採れる所を優先的に抑えて独占しようという訳か。王家のやり方と変わらんぞ? お前の理想の真逆に行くが、構わんのか?」
「構わん。全てが終わったら解放すれば良い。それまでは理想実現に必要な戦略物資だ。理想実現は電撃的なスピードが肝心だ。敵に準備する暇を与えない方が達成し易い。この先、敵は弱く少ない方が良いだろ?犠牲も少なく出来るしな」
意外だ。サウザーの口から人命を尊ぶ言葉が出て来るとは思いもしなかった。
「王家の俺からそんな言葉が出るとは意外か? 俺だって王家である前に一人の人間だ。家族を失う悲しみは一応は心得ている。それに……そういう触れ込みがあった方が味方を多く増やせるだろ? もちろん敵になる奴には容赦ないがな。感情的な部分だけで考えている訳ではない。合理的な判断はしているつもりだ」
「ふっ。お前らしいな。そう言う事にしておこう。で? 俺にその話をしたくて呼んだのか?」
「半分正解だ。硝石が採れる国は2カ国しかない。幸いな事に近く、隣のポルネジアとその隣のマイトだ。まずこの2カ国から攻め落とす。両国合わせて3日で落とすぞ」
ポルネジアとマイトか……。典型的な王家の独裁国家だ。それを合わせて3日で攻略するとか本気か?
「サウザー。俺はお前を認めている。その合理的な判断能力と戦略眼は他を抜きん出ているし、何よりお前にはカリスマがある。俺には3日で両国を攻略するビジョンが見えない。両国とも大国ではないが小国と侮ってると痛い目を見るぞ?」
「ジェイク。俺もお前を認めている。お前の戦術眼は俺より上だと思う。訓練とはいえ、デモ合戦ではお前に勝った事がないからな。戦略は俺が立てる。その上でお前が勝利を導いてくれ」
「いやいや。俺にも出来る事と出来ない事があるぞ? 両国相手に勝てる策は練るが、流石に3日というのは無理だろ」
「ああ、すまん。勝利条件を伝え忘れていたな。両国に戦争で勝つ訳じゃない。王家を滅ぼし、我が国に取り入れるだけだ」
「王家を滅ぼすだけ? と言っても実際には戦争を起こす事に変わりはないぞ? 暗殺するならまだしも……ん? 暗殺…………サウザー、お前の中ではいつ頃に侵攻する予定なんだ?」
「両国へか?そうだな……具体的に決めてないが、早いに越した事はないな」
「分かった。明日の決行から2週間後に両国へ侵攻しよう。3日と言わず1日で落とすぞ」
「ふっ。お前はやると言ったら必ずやり遂げる男だからな。本当に1日で終わらすんだろう。で? どうやって1日で落とすんだ? しかも2カ国も」
「詳細はまた後で詰めるが、大体のビジョンはこうだ。結論から言うと、両国とも半日で無条件降伏に追い込む。こちらの被害は、ほぼ無いだろう。あちらは軍人に幾らかの被害が出るだろうが、後は王家のみだ。民間人に被害は無い」
「ほう。随分とこちらに都合の良い展開だな。一体どうやってその結果まで持ち込むんだ?」
「なに。人間の集団心理を利用するのさ。個人個人がポツリポツリと点で主張すると、全体に浸透するまでに時間が掛かるだろう? だが、団体があちこちで面で主張すると一気に全体に広がり、否定と鎮圧が困難だ。その困難をこちらが意図的に両国内に作り出す」
「それで? 何を両国内に広めるのだ?」
「お前の理想をさ。王家は倒されるべき。王家が居なければ国民はもっと豊かになれる。ランド国王……あ、その時は既にお前が王だ。ランド国王が俺たちの不条理な王家を討伐して下さる。協力しようじゃないか。という思想を両国内の国民に植え付ける。広まり切った頃合いで進軍すれば邪魔する奴は居まい。居たとしても数が知れている」
「ふむ。確かに上手く事が運びそうなプランではある。だがな? 国民の全員が全員、王家を憎いと思ってる訳ではないだろう? 我らに反して王家の味方をする者も居るはずだ。討伐せねばならない戦力がこちらの予想以上に多かった場合の対処が出来るのか? それに今の生活環境が変わるのを良しとしない者も居るはずだ。そんな簡単に両国民に王家打倒の思想を植え付けられるのか?」
「そこは大丈夫だ。お前が居て初めて成り立つ計画だ。お前のカリスマ性を存分に発揮してもらうさ」
「なんだか……こそばゆいものがあるな。俺に他国の国民まで巻き込む求心力があるとは思えないがな」
「それでいい。お前自身が自分のカリスマ性に酔いしれてるようじゃ、たかが知れてる。お前は何も変わらず、全国民の前で大々的に演説してもらうだけだ。そこでお前の理想をぶちまけてくれ。後の工作は俺がやる」
「やはりお前は頼りになるな。お前が居なければ俺の理想は理想のまま終わってたのかもしれない。これからも頼りにしていいか?」
「ああ。もちろんそのつもりだ。お前を立てる事で貧しい人々が救われるのなら喜んで手を貸すよ。そこで一つ提案があるんだが……」
「何だ? 言ってみろ。」
「お前を前に言うのも気が引けるが、この際はっきり聞いておきたい。この先、どんな残虐な判断を迫られるか分からない。倫理的に頭がおかしくなりそうな決断を下さなければならない時は必ず訪れる。その時、お前は自分の理想の正義の元で即決出来るか?」
「随分と甘く見られてるな。覚悟は当に出来ている」
「それなら安心だ。なら加えて言うぞ? 今閃いたのだが、明日の決行の詳細を変更する。当初は事故を装う予定だったが、お前の目の前で王は惨殺される」
「何!? どう言う事だ? それで俺の覚悟を測ろうと言うのか? 面白い。やってみろ。しかし、そんな直前に変更してやり遂げられるのか?」
「お前の覚悟もそうだが、一番は俺の覚悟を決定的にしたいという意図もある。俺はまだ何処と無く淀んだ部分があるのを自分でも否めない。それを払拭したい。計画自体の結末は変わらないから安心してくれ。何せ俺自身の手でお前の父を殺す。そんな親の仇も同然な俺を、お前はずっと側に置くんだ。俺がお前を殺すかもしれないという、いつ裏切られるかもしれない恐怖も抱えるんだ。そこまでの覚悟をしてくれ」
そう。言った通り、俺にはまだ本当の意味で残虐な判断をする覚悟が出来ていない。サウザーは出来ているだろう。目の前で父を殺されると言われても、眉一つ動かさずに認める程に揺るぎない覚悟だ。この男にとって、そんな大惨事でさえも、ただの通過点にすぎない。その覚悟を決めた男について行くには、生半可な覚悟では置いて行かれる。俺にもその覚悟を身に付ける儀式が必要なのだ。
「くくくっ。お前が俺を殺すか……それこそ俺が望む死に方だ。俺はお前に殺されたい。他の誰でも無い。お前の手でな」
「サウザー、お前……」
「おっと! 早まるなよ? 今じゃないぞ? 世界を俺の理想に染め上げた後の事だぞ?」
「分かった。約束しよう。お前の命の灯火は俺の手で終わらせる」
「ありがとうジェイク。実は話のもう半分はその事だったんだ。全てが終わったら俺を殺してくれと頼もうかと思ってたんだ。どう説得しようか悩んでたんだが……お前があっさりと引き受けてくれて助かったよ」
「いや。いいんだ。お前と俺の仲じゃないか。お前が死んだ後の俺の処遇は俺の好きにしてもいいんだろ?」
「ふっ。好きにしろ」
「分かった。ありがとう」
「なーに。俺とお前の仲じゃないか」
そこで目が合うやニヤリと笑ったかと思いきや、二人して高笑いの合唱ときた。こいつとこんなにも愉快に笑い合ったのは何年ぶりだ?
男が男に惚れるとは言ったものだ。俺はこの時誓った。この男を生涯を掛けて守る。俺に殺されるその日が来るまでは。
「ところでサウザー。明日の決行の詳細なんだが、大きな変更点はあまり無い。お前にしてもらう事も増えない。お前は予定通りにシナリオを進めてくれ。シナリオ通りに進まない事があったとしても、俺の邪魔はしないでくれたらそれでいい」
「分かった。お前に全て託す。宜しく頼む」
「ありがとう。では俺はもう少し準備しなくてはならないから、これで失礼する」
サウザーの部屋を出て廊下を歩いてるのだが……視界がボヤける。俺は……泣いてるのか?
立ち止まり目を擦ると、やはり泣いてるようだ。サウザーからの信頼が嬉しいからか? 明日以降の人々の圧政からの解放に感極まったのか? 違う。サウザーは初めから自分は悪役として最後は死ぬ事を決めていたのだ。理想の大義のためとは言え、これから先、有無を言わさず罪もない人まで殺して行くのだ。その責任を全て一人で背負って死のうと言うのだ。そして俺には後を追って死なせないようにするのだろう。そういう奴だ。そこまでのサウザーの覚悟を、つい先刻まで見抜けなかった。情け無い。自分の情け無さに悔しくて涙が出るのだ。他の誰でも無い俺が気付けなくてどうする。情け無さすぎる。すまないサウザー。すまない。俺の覚悟が未熟ですまない。
俺は明日、王を殺す。迷いは無い。たった今俺にも覚悟が出来た。そしてありがとう。俺にもお前のような完全なる覚悟を持たせてくれたんだな。感謝する。
「さあ、剣を磨くか……」
夜はまだ始まったばかりだ。明日の為の追加の準備もある。急ごう。
♦️
「ちょっとジーナ! さっきのジェイクマン様とのやり取りは何ですの!
方々と用事を済ませ、王女様の就寝の準備にと、お部屋に帰ってくるなり、そのお顔を真っ赤にして先程のクッキーの件を私に責める王女様……どの表情の王女様も可愛い……。
あぁ……もっと私を罵って下さいまし。
「や。そんな懇願されると、怒るに怒れないじゃない……だから、どうしますの!?」
「心配いりません王女様。明日から私と共にクッキーを焼く練習をしましょう。私と一緒にお作りになれば必ず美味しいクッキーが焼けますよ? 例え、大部分を私が作っても殿方様は王女様がお作りになったとお思いですわ」
「ええー? それは詐欺と言うんですわよ!」
あぁ……なんて真面目な王女様……素敵……。
「大丈夫です。王子様とジェイクマン様に喜んでいただきましょう! 王女様もお二方の喜んだお顔を見たいと思いません?」
「そう……そうですわね。私頑張りますわね! 色々教えて下さいましね? ジーナ」
「はい。喜んで」
あぁ……王女様と手と手を取り合い、初めての共同作業! キッチンという閉塞された場所で私が王女様の初めてを教えて差し上げれるなんて。あぁ……鼻血が……。
「わ、私……別の意味で大丈夫ですの? ジェイクマン様ぁ!」
♦️
どうやら今日はラッキーデイのようだ。一度ならず二度までもドアをノックする前に躊躇する事になろうとは……。二度目はこの兄ではなくジェイクを呼んでいたが? まぁ、楽しそうで何よりだ。
「入るぞ? バーバラ! ジーナは居るか?」
ノックと同時にドアを開けた先に広がっている光景は昼とは違い、2人の距離はゼロではなかった。ふっ。俺は何を期待していたのだ? 何を残念がっているのだ? 自然と顔が
「お兄様! ジーナに用ですの? 私ではなくて? 嫉妬しますわよ!」
「おや? いいんだぞ? 存分に嫉妬してくれ」
「お兄様……まさか……そういう事ですの?」
「ん? っははは! まさか! 仕事の話だ。すまないがバーバラ。少し寝室の方へ居てもらえるか? 直ぐに済む」
「えー! 分かりましたわ……」
駄々を捏ねる事も無く素直に寝室のドアの向こうへ消える様子を見るだけでも、ジーナの教育が良く行き届いてるのが解る。流石だ。
「さて、ジーナ。君には私からのたってのお願いがある。これは命令ではない。あくまでも私個人のお願いだ」
「はい。何でも仰って下さい。私はサウザー様の仰っる事ならば、この命でさえも惜しくはありません。それ程の御恩を感じております」
「ありがとう。ただ命だけは大切にしてくれ? お願いと言うのは他でも無い。君とバーバラ、2人とも、この先どんな事があっても決して死に急ぐような事はしないと誓ってくれ」
「かしこまりました。全身全霊をかけて王女様をお守り致します。御安心下さいませ」
「君も、だよジーナ。君が居なくなればバーバラは誰が守る? 私は2人ともに、と言ったんだが?」
「あ……ありがとうございます。そして失礼致しました。正確に解釈しておりませんでした。はい。必ずやサウザー様のご期待に添えるように致します」
「うむ。ありがとう。そして君だけに明かすのだが、バーバラには後で君から上手く説明しておいてくれ。君を信頼できる人間と信じて打ち明ける。いいか? 2度は言わないから、1度でしっかり聞いてその心に刻み込んでくれ。聞き返すのも質問も無しだ」
「かしこまりました。申し訳ありません。少しお待ちいただけないでしょうか」
言うや否や、目を瞑り深い深呼吸を繰り返すジーナを見てる間に再度自分に問う。本当に打ち明けて良いのだろうか? 今後の事を思えばジーナを味方に引き入れておいた方が圧倒的に気持ちが楽だ。それは間違いない。しかし、ジーナにその重責を負わせる事になる。そこまでの覚悟をこの二十歳そこそこの女性に背負わせてもいいのか?
「お待たせ致しました。このジーナ。既に身も心もサウザー様とバーバラ様に捧げております。どの様な状況になろうとも、バーバラ様の幸福を第一に考え行動して参ります。お聞かせください」
開いたその目の奥に輝く光は、消えることがまず無い、強く明るい光だ。俺の葛藤は必要無かったな。ふっ。全く……大した女だ。
「細かい内容は省くので、後々に自分で補填してくれ。まず明日、父王が亡くなる。その日のうちに俺が即位する。そこから俺とジェイクで他国へ侵略を開始する。世界にある百近くある王家を全て滅ぼし、単一国家へと統一する。いいか? 王家は悪だ。富を独占しすぎている。その富を人々に解放する。それが俺の理想だ。バーバラもその激動の中を生きていかなくてはならなくなる。その中を生き抜いていく為に、バーバラには君が必要だ。この先もバーバラをよろしく頼む」
そこまで言い終えて、2人の間には静寂が流れる。俺の言葉を瞬きもせずに真剣に聞いてくれていた様だ。
「かしこまりました。サウザー様。私のすべき事を明確に指示して頂き、誠にありがとうございます。この先の武運長久をお祈り致します」
深々と頭を下げるジーナだが、その凛とした佇まいは本当に頼りになる。任せて安心だな。
「ありがとう。では失礼する」
「はい。あ、お待ち下さい。今、王女様をお連れ致します」
寝室にバーバラを呼びに行く後ろ姿も堂々としている。あんな話を聞いた後だというのに、表情の一つも変わらないのだから感心する。
「お兄様! 私を除け者にしてジーナと何を話してましたの!? ジーナに変な事してませんわよね?」
「まぁ! 王女様ったら……私を心配してくださってるのですか? 嬉しゅうございます」
嬉しそうに顔を赤らめるジーナは本当にうっとりとした表情を浮かべている。先程まで俺と話していた女性と同一人物だとは思えない。頼りになる人材だが……不思議な人物だ。
「心配いらない。ジーナには今後もお前の事を頼むとお願いした所だ。俺の留守中に、お前も何かあったら気兼ねなくジーナに相談してくれ」
「本当ですの? ジーナ? お兄様の代理を頼まれましたの?」
「左様でございます。王女様の身のお世話だけではなく、人生相談まで、幅広くサウザー様より御下命を頂きました。これより先はどんな事でもジーナは王女様のお味方です」
「そうですの? 何かお姉様が出来たみたいですわね! ありがとう、お兄様!」
「お姉様か……それはいいな。そう思って頼りにしてもらっていいぞ。頼んだぞジーナ」
「……ブツブツブツブツ……はい! かしこまりました!お 任せくださいまし。サウザー様」
何を言っていたかはよく聞き取れなかったが、顔を赤らめてニヤけている表情を見れば、おおよその見当はつく。“バーバラの姉”を想像してたのだろう。だんだんジーナの思考が読めてきた。知れば知るほど面白い人物だ。
「では失礼する」
ニコニコと手を振るバーバラの横では、まだ恍惚とした表情を浮かべたままのジーナが居た。
隙を見せるとは珍しい。余程“お姉様”が嬉しかったのだろうか。
決行前の“やるべき事”はあらかた片付け終わったかな? 今夜は早く寝てしまおう。明日に備えて判断力を養っておかなくてはならない。
大丈夫とは思うが、もしもの事があった時の対処を怠らない為にも必要だ。頼んだぞジェイク——。
♦️
「今日は朝から雨か……」
身支度を終え、王宮へと向かう為に自宅のドアを開けた所だった。注意深くしていれば、雨音などで気付くはずなのだが、外を見るまで気に掛けていないとこを察すると……俺は緊張しているのか? まあ無理もない。生まれて初めて、この手で人を殺めるのだ。それも親友の父親をだ。だが、迷いは既に消え失せている。躊躇なく殺れるだろう。
むしろ難しいのはその後の“対処”の方だ。サウザーを謀反者にするのではなく、英雄に仕立て上げねばならない。
ふと考えると、自分の倫理観が崩壊したのではないのかと疑ってしまう。人を殺す事がこんなにも矮小化してしまってもいいのだろうか?
過程の1つに成り下がっていいものだろうか?
国と国民を守る為に、いずれ人を殺す事になる仕事に就いているのだとしても、その時と今回は、状況も殺す動機もまるで違う。国と国民を守る為に侵略者を殺す事とは決して違う……とも言えなくはないか? そうだ。搾取され、虐げられている国民を、国そのものを私物化している悪の王家から救い、守る為に人を、王家を殺す。そこには元々の倫理と同じ根底があるのではないか?
そうだ。俺は間違ってはいない。現状、早期にこの惨状を解決するには、この方法しかないのだ。俺達が正義なんだ。きっとサウザーもそう考えているだろう。
そんな自問自答を繰り返しているうちに目的地に到着だ。
「おはようございます、将軍!」
「おはよう。今日も宜しく頼むよ?」
「はっ! 何事も問題ありません!」
門番の彼も今回の作戦の参加者だ。もっとも……ほぼ全ての兵士は既にサウザーの手の中にある。皆、サウザーの思想に心酔しており、皆がこの国をより良くしたいと願っている。
今日のランド国王は午前中にサウザーと俺とあと数名の臣下で会議をする事になっている。
議題は王家の富の独占を止め、国民に解放するべきとのサウザーの意見書への国王の回答というものだ。それを国王が認めれば殺さずに済む。
だが、まず認めるはずはないだろう。認めれば自分はただの国民の1人になり、富を失うのだ。そして認めてもらっては困る。その後の用意が全て台無しになる。
先に会議室に入り準備の進行具合を確認する事にした。幾度もチェックしてあるが、念には念をだ。この会議室にはテーブルとイスしかない。テーブルは少々面白い形をしており、ドーナツ型で、上座の国王の席の反対側が一箇所欠けている。尋問などがある時は証人が真ん中に立ち、周りをぐるっと重鎮に囲まれて質問攻めに合う事になる。
国王の席の斜め後ろに暖炉があり、炎が赤々と燃えている。その炎の中には剣にしては長い……槍にしては短い武器が十二本程もあり、その役目を果たさんと刀身を熱くたぎらせている。十二本ともに役目を果たすかどうかはまだ不明だ。何本かは使われぬまま終わるかもしれない。
そうこうしているうちに、続々と重鎮たちが会議室にやってきて席に着くなり談笑をしている。一応、警備の責任者としての立場なので会議室に居残るが、会議自体はいつも隅に立って眺めているだけだった。
重鎮たちの会話の中身はどれもこれも反吐が出るものばかりだ。自分たちの利権の自慢や、国民を国民と思わず搾取する方法ばかりに終始する。“粛正”という言葉はこいつらにこそ相応しい。大して苦労もせずに甘い汁しか吸って来なかった己の不徳をあの世で後悔するんだな。
サウザーもやって来た。俺に気付き、目だけで挨拶してきたので同じように目で返す。普段のやり取りと特段に変わった様子もなく安堵する。サウザーもサウザーなりに緊張はしているだろうが、肝は座ってるだろうから心配はしていない。国王の隣の席に目を閉じて座り微動だにしない。重鎮たちとの挨拶もない。これもいつもの通りだ。訝しげに思う表情をする重鎮は誰一人として居ない。今日の会議の内容を熟知していてのこの重鎮達の反応は、間違いなく全員敵だ。
(少しでも俺に賛同してくれるなら生かしておいても良い。その後にクズだと判明したらその時に殺せばいい)
哀しそうな瞳で目を逸らしながらサウザーはそう言っていたな。残念ながら“その後のクズ”すらも現れそうにない。
「国王様がお出でになりました!」
入口の衛兵からの通達で、場は静寂と緊張に包まれる。ランド国王は絶対的な君主だ。代々続く王家の血がそうさせるのかは謎だが、その物言いは圧倒的な上からだ。しかし重鎮達はそれに恐怖し屈服している訳ではない。畏怖し、利用しているのだ。自分の私腹を肥やすためにな。
要はランド国王自身以下、下衆の集まりに過ぎない……というだけなのだが。
国王は会議室に入ってきてから、席に着いてもサウザーの方を見ようともしない。サウザーも相変わらず目を閉じ微動だにしない。何とも悲しい親子だ……。
「国王様も参られた事ですし、早速前回、議題に登ったサウザー王子の提案の賛否を皆様に国王様の前で示して頂きましょうぞ」
口を開いたのは王国のナンバー2の権力者である摂政のハクリウス卿だ。小物の腰巾着。俺もサウザーもそう皮肉って陰で呼んでいる。自分の利益にならない面倒な事はさっさと終わらせてしまいたい内面を隠す事もなく口調に表れてしまっていたが、咎める者は皆無という、これもまた見慣れた光景なのが哀しいかな。
そもそも次期国王のサウザーを差し置いて権力を握っているのが可笑しな話だが、それがこの国の現状なのだから仕方ない。
そこで初めてサウザーが動き出す。席を立ち円形の欠けた所から中央へ入り、両手は腰にやり、やや斜に構えて周りを一瞥し話し出す。不味いとは思ったが口元が緩むのは止められなかった。
あいつ、何て演出をするんだ? これでサウザーに賛同する者はほぼ皆無だ。ここまで横柄にされて尚、サウザーに賛同する訳が無い。篩にかけているのだろう。本気でサウザーについてくるか、それとも死か。
勿論、重鎮達はまだ自分の死は想像もしていない。死をチラつかせると口から出まかせに賛同するに決まっている。後々に面倒だから、そんな賛同は願い下げだ。
しかし、この演出でどうするか迷いがある重鎮が居るかどうかを見極めるのは、この俺の役割なので、しっかりと見定めなければならない。
「さて皆さん。先日の私の提案した内容のおさらいは必要でしょうか? 必要の是非を伺ってもよろしいでしょうか? 国王?」
態度はそのままに国王に問うサウザーの瞳は、何とも悲しい色に包まれている。解ってくれない父親に駄々を捏ねてる子供の瞳だ。
「必要ない。さっさと採決を取れば良いだろう? 賛成に手を挙げる者が居ればいいな?」
国王も国王で重鎮達に圧力を掛けている。暗に賛成に手を挙げればどうなるか……解ってるな? と脅しているのだ。まったく……醜いな。
「分かりました。では採決を取らせていただきましょう。あなた方の権力と富を全て国民に分配すると言う私の提案に反対の方は挙手をお願いします!」
これは予め予定にあった事だ。賛成に挙手させるのではなく、反対に挙手させるのだ。
「な? 反対に挙手だと? 何を可笑しな事を……」
「おや? 手が挙がりませんね? 皆さん賛成のようですよ? 国王?」
「馬鹿めが! それで虚をついたつもりか? ほれ、ワシは手を挙げとるぞ!」
国王が手を挙げれば、他の重鎮達も慌てて手を挙げ始めている。恐る恐る手を挙げる者は……無し。目の動きに挙動がある者……無し。動作に躊躇がある者……これも無し。
全員がここで死ぬ運命にあるのだと判明した訳だ。さて! 仕事だ。
「なるほど。分かりました。見事に全員が反対されるのですね? 良かった」
「サウザー。何を考えている? 反対されて良かっただと?」
「そうです。1人でも賛成者が居れば、後々が大変でした。その苦労をしなくて済んだのですから良かった。これで気兼ねなく殺れます。国王、そして臣下の皆様、どうか安らかに」
その言葉と同時に頭を下げるサウザーの動作が合図だ。
天井から十二人の兵士が円形に降下し、国王を含む重鎮達を1人ずつが抑え込む。一瞬の事なので抵抗は一切出来ない筈だ。手を挙げさせたのも、抵抗の動作に移行し辛くさせる為の作戦の一つで、上から降ってくる相手にこの腕を抑えてくれと自らお願いさせた訳だ。おかげで初手で簡単に抑え込めている。
と同時に暖炉横に予め作っておいた隠し通路から十一人の兵士が現れ、暖炉にあった武器をそれぞれが手に持ち、それぞれの獲物の心臓に狙いを定めて一気に突き刺していく。
合図から重鎮の死亡まで十秒と掛かっていない。「何だ何だ?」と考える余裕も与えられずに重鎮たちは次々と短く、深い悲鳴をあげて絶命していく。
せめてもの優しさだ。苦しまずに死ね。残るは国王ただ1人……それは俺が手に持つこの赤く燃えた刀身が使命を果たす。
「な! な! 何だこれは! サウザー!」
「国王? 貴方の古い時代は終わったのです。新しい時代は私が作ります。さようなら」
ぐぅ!と言う悲鳴と共に、俺が突き刺した刀身に身体を貫かれた国王は、たちまちのうちに息絶えてしまった。
何ともあっけないのだろうか? こうまであっさりと方が付いていいのだろうか? 昨日までの俺はこの光景をどう捉えていただろうか? 今の俺は驚く程、淡々としている。そう、庭に生えている草を抜いたのと変わりない心境だ。雑草抜き。まさしく国にとってこいつらは雑草だったのだ。
「ありがとうサウザー。結局お前にも手伝ってもらったな」
「いいんだ、ジェイク。ただ知らせるのはもう少し早い方が助かるかな? 会議室に入る直前に挙手の事や合図を知るのは大変なんだぞ?」
「すまない。次からは気をつけるさ」
「ところで何故剣を燃やしておいたんだ?」
「ん? ああ。単純さ。隠し場所に暖炉の中は最適だし、剣が熱ければ傷口が火傷を負うからそこから出血を防げる。辺りに血が飛び散らない方が片付けが楽だろ? 刀身も短くしてあるから体内の血液で温度が下がって服も燃えることもない。合理的だろ?」
「なるほど。槍にしては短いと思ったら、そういう意図があったのか」
「ああ。持つ者が火傷しない様な長さにしないとな。槍だと暖炉からはみ出て目立ってしまうしな」
そんな会話をしつつも、兵士達は死体を運び出す作業を淡々とこなしている。皆、優秀な俺の直属の部下達だ。上を見上げると別の兵士達が昨夜に急遽取り付けた2本の梁の撤去作業をしている。天井に待機する兵士用に取り付けた物で、兵士が降下するまでは大きな国旗で覆っていたので、その存在を気付かれはしなかった。
「しかし見事な手際だった。流石はジェイクだな」
「褒めるなら俺の部下達を褒めてくれ。完璧に完遂してくれた優秀な部下達に」
「そうだな。最も信頼しているよ」
「その言葉が何よりの褒美さ。皆、お前の理想に心酔している。ところで……あれを見て気分はどうだ?」
丁度今、国王の死体が運ばれる所だった。
「ああ……あれか。正直に言おう。何も無いな」
“あれ”と言ってる時点で本当に何も無いんだろう。俺と同じか。
「よし。こっちは任せて、お前は演説の準備でもしておいてくれ」
「分かった。任せる。しかし……可笑しいよな? 演説の方が緊張するんだが?」
「くっはははっ!」
俺が笑うとサウザーも釣られて笑い出す。暫く2人の笑いは止められなかった。殺戮の現場に不似合いな2人の笑い声は、後々に部下達の心を癒すことになる。この出来事はさして重大な事件などではなく、笑いで済ませられる矮小な出来事でしか無いと。この後直ぐのサウザーの演説を聞けば、自分達は正しかったのだと鼓舞出来る。そこまで計算して笑い出した訳ではないが、結果それで良かったと後に思ったのは覚えている。
「では後は頼んだ。他の者達もご苦労であった! 礼を言う。ありがとう!」
そう言い残して現場を去るサウザーの背中には部下達の歓声が浴びせられていた。これがカリスマだ。この男以外に世界の救済は任せられない。
「さぁて! とっとと終わらせて演説の準備だ!」
部下達の一斉の“了解!”の元、片付け作業は進む。
『世界は! 腐っている! 見る人が違うならば、腐敗ではなく混沌と見る人も居るだろう! が! 私は違う! 断言しよう! 世界は腐っているのだ! 腐り切っているのだ!——』
一連の作業も完了し、王宮の広間の前に人が押し寄せるまでに至るまで、思いの外時間がかかり、時刻は夕刻に迫ろうとしている。にも関わらず、広間は人でごった返している。かと言って混乱が生じる訳でも無く、皆、サウザーの言葉を真剣に聞き入っているようだ。
それもそのはずで、何の演説をするかの概要だけは予めビラを撒いて説明してある。自分達が豊かに暮らせる生活の国に変わろうとするのだから当然だろう。
『——国民とは何か!? 国を支える力である! その国民の今の現状はどうだ!? 王家を肥え太らせるただの奴隷に成り下がっている! 国民は王家に贅沢をさせる為に生きているのでは無い! 断じて無い! お前達国民は! 王家の奴隷のまま生涯を終えていいのか!? 私について来い! 私なら︎——』
演説は続いている。後ろの方にも声が届くようにと、巨大なメガホンを3機用意してあるおかげでサウザーの顔は見えないが、暗殺警戒の為の盾の代わりも果たしている。便利な道具だ。
「ジェイク様! こちらに於いででしたか!」
じゃじゃ馬姫とそのジョッキーの登場だ。
「これはバーバラ様! 突然の出来事で、さぞ心が痛い事でしょう? お察し致します」
「あら? 心外に思われるかもしれませんけれども、私、悲しい気持ちが少しもありませんのよ? 寧ろこれからの時代の変化にドキドキしてますのよ!」
これは本当に心外だ。国王はバーバラ王女を溺愛していたのに。
「初めは泣きましたのよ? でもジーナが優しく諭して下さいましたの。聞いてる内に“ああ、そうか”て思えるようになって、今ではお兄様の理想が正しいのだと確信してますわ」
「そうでしたか! では私は何も言いますまい。ジーナも礼を言う」
「とんでもございません。私はサウザー様に仰せつかった、バーバラ様をお守りする役目を果たしたに過ぎません。バーバラ様のお心が強かったのでごさいますよ」
「そうですわね! ジーナが居てくれて本当に良かったですわ! ですからね? ジェイク様も心配いりませんのよ? ジーナが居ますから私は大丈夫ですので、早く他の国の方々も王家の圧政から解放してあげて下さいましね?」
「もちろんです。バーバラ様をも裏切る様な事は致しませんよ!」
『——そう! 期待を裏切ってきたのは王家である! 粛されて然るべきだ!——』
サウザーの演説が丁度、相槌を打ったかのようなタイミングで被さってきたので、バーバラ王女と目を合わせて笑ってしまった。
「ほら? お兄様も、ああ仰ってますわ!」
「そうですね!」
どうやらバーバラ王女の方は心配なさそうだ。ジーナが上手く制御してくれてるんだろう。これで心置きなく国を留守に出来る。
『——であるからして! 私はここに宣告する! 今日この日この刻を以ってランド王国は滅亡する! 新たに世界を新秩序で包む理想国家として、帝国を建国する! その名をガーランド帝国! 私は初代皇帝! サウザー皇帝である!』
新たな国名は何にしようかずっと悩んでいたようだが、そうか。ガーランド帝国か。ふっ。悪役っぽいな。サウザーらしいっちゃらしいか。
「まあ! ガーランド帝国? お兄様が皇帝ですの? 素敵ですわねぇ!」
「バーバラ様? そう素敵な事ばかりではありませんよ? これから軍事に力を入れて参りますし、何よりも今までのような優雅な暮らしからかなり質素な生活に変わります。支配するのではなく、支えられているという意識を強く持たなければなりません」
「大丈夫ですわよ! ちゃんと理解してますわ! ジーナと一緒に頑張りますわ! ね? ジーナ!」
「はい! バーバラ様! 私めにお任せ下さいませ! バーバラ様はこのジーナがお守り致します!」
「そうですか。心強いです」
「だからジェイク様も、お身体は労わって……この先のご無事をお祈りしておりますわ」
「ありがとうございます。このジェイクマン。簡単には死にませんよ!」
そう。死ねないのだ。サウザーを看取るという最後の仕事をやり遂げるまでは。
『——世界は術からずして、王家より解放され、人々は奴隷のような生活から解き放たれなければならない! 私が! ガーランド帝国が解放する! 悪しき王家に鉄槌を下すのだ! これは私利私欲の為の侵略ではない! 世界を正す聖戦である! そのような私を否定し! 私を排除しようとすれば! ガーランド帝国民全てを敵に回す事になるだろう! 正義は! 我等にあり!』
サウザーの演説も、そろそろ華僑か? 広間の人々はだんだんと熱を帯びてサウザーを支持していっている。
『——ガーランド帝国民よ! 我と共にあれ!』
まるで怒号のような大歓声が広間の空間を揺さぶり、顔に衝撃を感じる程だ。圧政から解放されて、明るい未来の生活をサウザーに託す。
いや、託さざるを得ないのだ。人間は強くは無い。1人で何かを変えたくても限界はある。それが強力なカリスマ性のリーダーが牽引してくれるとなると、そういった、弱いが願望の濃い人間ほど熱狂的に支持するものだ。
国民の支持無くして国のトップは務まらない。わずか一日でサウザーは国を掌握したのだ。後はこれを世界中に広げていくだけだ。人から人へと情報は勝手に伝わって行くだろうが、意図的に情報を先に流しておく必要がある。特に先行して侵攻する2ヵ国にはだ。
ともあれ、帝国は立ち上がったのだ。これから世界は変革していく。その尖兵は俺が務める。
その前に! 今夜はとことん祝おう! 酒が美味いぞ!
♦️
「ああ! なんて素敵な日なんでしょう! お兄様が世界の覇王となられたの?」
そう言ってバルコニーに両肘をつき、夜空を見上げてウットリとしているこの美少女は、初代ガーランド帝国皇帝の妹君、バーバラ様十四歳であられる。もう説明不要な美少女である。もう一度言いましょう。説明不要な……
「もう! ジーナったら! また独り言が始まりましたの!? 本当に一体誰に語りかけてらっしゃるのかしら……?」
少し困惑気味に話しかけて下さるお顔には、憂いの表情は無く、晴れ晴れとした気持ちが満面に現れている。
あぁ……なんてお可愛いんでしょう! ありがとうございます。サウザー様! こんなに煌びやかな表情をバーバラ様に贈ってくださって……。こんな素敵なバーバラ様のお側に居られて、私は幸せ者でございます……。
「あ……ありがとうジーナ……。まだ現実には戻って来れないようですわね……」
「はっ! バーバラ様ぁ! 本当に一生お側を離れませんわぁ!」
「ちょっとジーナ! そんなにくっつかれては……デジャヴ? これがデジャヴですの!? お兄様ぁ!!」
次回【第三章 王女の帰還】
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